トビラ
冷え込みが、耳を氷嚢へと変えてしまう夜更け。
何時もの見慣れた住宅街の通勤路で自転車と僕が宙を舞っていた。
正月が過ぎ、世間の浮かれた空気が抜け、社会と受験と物理的な寒さが襲ってくる季節。
せっかくのケンタッキ◯が美女の頭部に熱いキスをしようとしているのは、きっと俺が一瞬浮かれたのが原因だろう。
こんな寒空の下で宙を舞っている、アルバイター霜原ゆきとケンタッ◯ーの数分前。
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「今日は余り物出たし、晩飯代浮いたぜーひゃっほぉー」
近所迷惑な奇声を発しながら、愛車の全手動二輪車を軽快に漕ぎ借家を目指す。
3ピースにクリスプ、ビスケットというデザートまでついた豪勢な夕食だ、テンションが上がらないわけがなかった。
住宅街の一角古びた神社の前は人通りは無く、全手動二輪は俺の立ち漕ぎターボも加わり徒歩の3倍位のスピードが出ていた。
何時もなら、そう、何時もなら誰もいないはずだったのだ。
今日限って、目の前には黒髪クールビューティーが飛び出してきてしまっていた。
「アッ」
叫ぶ間もなくハンドルを切り、俺は宙に放り出され。愛車は壁にダイブした。
黒髪美女をちらりと見れば、頭部上空にあの箱が見える、油まみれコース確定ルートだ!
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回想おわり!
ケ◯タッキーよソレは不味い、クソッタレ。ファッチキン。
捏ねられたハンバーグ位に全身を強打し、のたうち回ること数分。やっと痛みが引いたところで、さっきまで愛車の前かごから漂ってきた良い薫りが、道一杯に広がっていた。
柔らかそうな唇に油が付いてつやつやと輝き、足元の箱に奇跡だとしか思えないが、上品かつ丁寧に乗った気品溢れる骨、ビスケットにメープルシロップをかけている美女が居る。
(すごい、こんな美人が俺の晩飯を食べている)
「君、これ良い臭いがしてたけどスッゴい美味しいね」
「美味しいね。じゃねーんだよこのヤロウ!ふざけんなよ!おまえ、まじふざけんなよ、なぁこのヤロウ、なぁ」
「君、語彙少ないね?って謂われないかい?」
不思議そうに黒髪美女が、俺を煽ってくる。
「うるせーわ、んなことはどうでも良いんだよ!なぁコノヤロウ」
「わざとやってるのかい?可愛いね」
「ち、ちげーよ……」
美女に面と向かって微笑みながら可愛いとか言われたら、どう返して良いか分からん。
「君面白い!ご飯も貰えたし、君私と付き合わないか?」
ちなみに拒否権はない。と笑ってないけど笑ってる能面顔で脅してくる。
やべぇぞこいつは。俺の本能が警鐘を打ち鳴らし放題だった。
「それは差し上げるんで、どうぞ。じゃぁ僕は急いでますんで」
「おいおい、連れないなぁ。《名を名乗れ》少年? 」
「霜原ゆき、20歳。彼女無し、童貞、アルバイター、趣味は全手動二輪で町の美味しいもの巡り」
勝手にすらすらと言葉が出てくる。というかヤメロォォ!
「・・・・・・」
何でいたたまれない表情をされなきゃいけないんだ。クソッタレ。
憐れみの目で観ないでくれ、頭を撫でられてもうれしk……嬉しいけど……そうじゃないんだ。
「年上だけど、本当に君が良ければ付き合うぞ?」
ただし。
「ご飯食べさせてくれない?」
いきなり紐宣言とかやばくないですかね?
「紐は嫌です」
キッパリ告げると黒髪美女が顎に手をあて考え始める。
こんな何気ない仕草も様になっていて、見惚れているとにんまりという表情がぴったりの顔を上げた。
「稼げばオッケーという事でいいのか?」
「まぁ、貴方がよければ俺は……」
「じゃぁ決まりだ、本日今よりソナタは我が社だ!」
ひょっこりと耳と尻尾が現れる。
もう意識は向こう岸に全力でぶん投げた後だった。
続く?