第2話 「らしくない」
第2話 「らしくない」
夏樹由美が三組の一員になってから一ヶ月が経過した。空を覆っていた雲はすっかり晴れ、空は水色一色に染まっている。
夏樹由美フィーバーは、あれで終わらなかった。夏樹由美ファンクラブも結成され、その名前は学年の域を越え学校中に知れ渡っていたのだ。クラスの一員として落ち着くと予想していた日々が懐かしい。さすがに人の壁はもう作られなくなった。しかし代わりに有志による親衛隊が結成されて、一つの国のようである。
修也も夏樹由美の魅力にとりつかれたようで、最近は星水さんと同じくらい夏樹由美に夢中になっている。
気がつけば、クラス内で夏樹由美に好意を抱いてないのは自分だけになっていた。決して俺は夏樹由美を嫌っているわけではない、興味を抱けないだけなのだ。
そんな中、ある変化がおきた。
給食が終わり、昼休みの時間だった。
「えーっと…狭山君、だっけ?」
その声の主は夏樹由美だった。机2つ分ほど離れている所から何の前触れもなく話しかけられる。
「そうだよ、どうかした?」本から目を離さず受け答える。今いい所なんだ、邪魔しないでくれ…
「今度のテストが終わった日にね、皆でカラオケに行こうと思うの。でね、狭山君も来れないかな?って。」
「すまないが厳しいな、その日は好きな作家の小説が出るんだ。他を当たってくれ。」誘いを即行で断る。仕方ないだろう、打ち上げは騒がしくて好きではないのだ。
「そ、そう…分かったわ。」夏樹由美がひっこむ。妥当な判断だ。しかし彼女の親衛隊がこれに黙ってるわけがなかった。
「さ、狭山!君は何をしたのか分かっているのかい⁉︎」
湯川だった。驚きと疑問が入り混じった顔でこちらに近づいてくる。
「君はね、夏樹さんの誘いを断ったんだ。いいかい?夏樹さんの誘いを、断ったんだよ⁉︎」
「…?何を言ってるんだ湯川、夏樹さんだって人だろ?人の誘いを断った、それだけじゃないか。」湯川に対し正論をぶつける。
湯川はまだ何か言いたそうな顔でこちらを見ていたが、やがて夏樹由美の方へ向かうと「夏樹さん、あいつは放っておきましょう。あれは人じゃない、ただの肉塊です。」と人を侮辱する捨て台詞を吐き、ゾロゾロと教室を出ていった。
今日はこんな調子で終わったが、夏樹由美のターンは終わらなかった。
それから毎日のように、事あるごとに夏樹由美から誘われるのだ。もちろん、全て違う理由で俺は断り続けた。誘ってもどうせ時間の無駄だ、と学習できないのだろうか。
もちろんこの出来事を新聞部が見逃すわけがなかった。。翌週には、校内新聞の一面に『S山、夏樹由美さんの誘いを断り続ける5つの理由と真相』などとゴシップ記事のような見出しまで載る事態となり、学校中が【狭山=腹黒い悪】と認識するようにまでなってしまった。クラス外でも視界に入った途端ヒソヒソされる…こんな調子じゃおちおち本も読んでいられない。
「なあ修也…この記事ってマジなの?」
松田が困惑したような顔で聞いてくる。校内新聞を読んだな。ちょうどいい、こっちも話がしたかったところだ。
「……だったらどうする?」
「………え?」
「俺が周囲から注目されたい願望や、あえて冷たく接することによって王道のラブコメ展開を狙ってる……などの憶測に当てはまってると思うか?」
「そんなことないぜ?でもよ、お前のタイプが夏樹さんみたいな積極的な人かもしれないだろ?」
「俺のタイプは小動物気質な子だ。あのテのガツガツ系はこっちが疲れる。」
「そうなのか…修也のフェチ、ゲットだせ♪」ニカッと今日1番の笑顔を見せる。しまった……
「松田頼む……お前の心の中にしまっておいてくれ。」
「2千円な?」くっ……ギリギリ払えるラインを狙ってきやがる……
「………わかった、後で払う。」こうなった以上、俺に勝ち目はない。
「おお!!心の友よーー!!今月ピンチだったから助かるぜー!!!」
「心の友から金を奪うってどうなんだよ。」
「ドンマイってことで!な?」手を合わせてお願いする松田。別にこちらも怒ってるわけではない、いつもの事だ。
「…話を戻そう。俺は新聞に書かれているような事を考えていないし、するつもりもない。」
「だよな、小動物気質な子がタイプ…」「黙ろうか?」「はい」
「でも1度張られたレッテルはなかなか剥がれない。…あるお話をしよう。お姫様の夏樹由美。それに逆らい続ける不審人物。その不審人物と交友関係にある村人A。ただでさえ周りから不審がられ目の敵にされてるんだ、何もやってないのに。何か事件が起こった瞬間に、事件に関係なくとも俺は重要参考人確定。二度と外の空気を吸えないだろう。そして交友関係がある村人も同じ末路を辿ることになるだろうな…」ツバを飲む音がする。松田も想像したようだ。
「……話を戻そう。今の俺の状況は、この話と大差ない。そして村人は…お前だ。近い内、俺は濡れ衣を着せられるだろう。松田も似たような事になる事も考えられる。だから松田、夏休みに入るまで俺と距離をとら…」
「俺はいいぜ?濡れ衣がかかろうが俺はやってないんだ。噂やレッテルにビクビクしててどうするんだよ?修也、らしくねえぜ?」
そうだった。松田はこういう奴じゃないか。全く、らしくないぜ……
「……ありがとな、松田。」
「ん?なにが?そんなにお前のフェチを俺に知って欲しかった…」「黙ろうか」「すいませんでした」
そうだ、変にビクビクしなくたっていい。他人は他人、俺は俺じゃないか。雑音なんてシャットアウトすればいいだけだ。しかし…このままだと恐らく松田にも迷惑がかかる事になるだろう。なんとかしなければな……
次話へ続く