第1話 外からの来訪者
その日は突然訪れた。
いつも通り、遅刻するライン10分前の8時20分登校。だが教室まで来た時、目を疑った。かなりの人間がすでに登校していたのだ。
(妙だ、いつもよりも人が多ぎる。)
その原因はすぐに判明した。今日、転校生が来るのである。しかも、このクラスに。
他の学校なら、たかが転校生…の一言で片付く問題だろう。しかし、この地区に転校生が来るのは珍しいのだ。さらに、今までの義務教育期間に一人も転校生が来なかった。それも合わさり、彼らにとって転校生という存在は鎖国時代の日本における黒船と同義だった。
とてもだがこんな環境で本など読めるはずもない。
「おーい!分かったぞー!」
教室の扉を開けると同時に今日の日直である湯川が声をはりあげる。
さっきまでの騒ぎが嘘のようにシンと静まり返る。
「転校生は……………」
某クイズ番組のように間をたっぷりと設ける。
皆が湯川の発言に耳を傾けていた。
「………………………女の子だー!!」
「ウオオオオオ!!!」
男子のほとんどは即座に肩を組んで円陣という歓喜の渦を作って気合いを入れている。
ことわっておくが、これは全国大会で優勝したわけではない。転校生の性別が判明しただけである。
一方女子はKONOYO NO OWARIとばかりに落胆し沈んでいた。お通夜でも開きそうな勢いだ。
「よお修也……ってなんだこの熱気は?」
いつも通りギリギリ登校の松田は案の定、この熱気に戸惑っていた。
「おお松田、どうやら今日このクラスに転校生が来るらしいんだ。だからこんな盛り上がってるんだとよ。」
「へー、そうなんか。ま、次の授業の準備しようぜ。」
「そうだな。」
星水さん一直線な松田にとって、転校生は黒船ではなくクラスメイトBとしか思ってない。
かく言う俺も松田と同じようにしか思ってない。一ヶ月後には転校生という箔も剥がれて”同じクラスの人”で定着してるであろう。
修也は周りの音を遮断して本に没頭することにした。
やがて先生が教室に来て、皆が席につく。
教室内は転校生の登場を今か今かと待ちわび、クラス内の興奮も自然と上がっていく。
「今日は転校生が来ている。皆、仲良くしてやってくれ。」
そして扉越しに「もう入ってきていいぞ。」と声をかける。
男子の大部分がツバを飲み、扉の方に目を向ける。皆、いまかいまかと緊張していた。
やがて、音もなくゆっくりと、ゆっくりと扉が開き、彼女がクラスに入ってくる。
「はじめまして、隣の県から越してきました。夏樹由美です。1年弱ですがよろしくお願いします。」
なにも反応しなかった。いや、できなかった。皆、彼女に魅了されてしまったのだ。
ただ一人を除いて。
「…先生、彼女に席を教えてあげたら?このままじゃ立ち見になっちゃいますよ?」静寂を破ったのは、先生が来てからずっと本を読んでいた修也だった。
そしてまた一瞬の静寂。皆がハッとなり意識が戻る。
「……あ、ああ…そうだったな。席は窓際の前から5番目だ。」
夏樹さんは周りをキョロキョロ見渡しながら指定された席へ歩いていく。
先生の声を皮切りに他の面々も我に返ったようで、皆くちぐちに「やばいな…」「ハイレベルな子がきたな!」と喜びに溢れる会話を周りとしていた。
転校生、夏樹由美の影響は朝の会、昼休み、さらには放課後まで続いた。
教室の入り口には他クラスの人が集まり話題の転校生を一目みようと人の壁が形成され、クラス内の男女からは周囲を囲まれて質問攻めの連続。可哀想に…もはや警察の取り調べと大差ないじゃないか。
修也は心の中で同情しながら、ぶ厚い人の壁をくぐり教室を脱出。汗だくながらも、なんとか下駄箱までたどりつけた。
あとは松田が来るまで待つだけ………
……10分経った。ほとんど人が通らないのは予想できた。しかし、松田が来ない。
最初は星水さんと話してるのかと思ったが、星水さんはすでに下校しているのだ。
人の壁に阻まれて脱出できないのか?と思ったがさすがに10分も経てば脱出できてるはずだ。
と、階段から見慣れた顔が見えてきた。えらく顔が緩んでいる。
「いや〜わりいわりい、遅れちまった。」
「珍しいな?ホームシックのお前が遅れるなんて。」
「誰がホームシックじゃ笑。いや…な?やっぱ転校生って少しは気になるだろ?コーキシンだよコーキシン!」
「なるほどな、でももう星水さん帰っちまったぜ?」
「ぬぁに⁉︎お、俺はなんてことを……」さっきとは打って変わって顔を手で覆い屈む。万華鏡のようで見てて飽きない。
「…星水さん、俺のこと嫌ったり失望したりしてた?」
「いや?特に失望とかしてなかったぜ?いつもどおりだった。」
「ほ、ほんとか⁉︎よかっっった〜〜〜…」
たちまち自分の冤罪が証明されたかのような安堵の表情を浮かべる。でもな松田、変わりないってことは星水さんは松田を欲してるわけでもないんだぞ。
「とりあえず帰るか、待たせてごめんな。」
「いいっていいって、俺すぐに家に帰りたくないし。」
「そういやそうだったな!」
松田と帰りながら修也は考えていた。
いつまで転校生という箔が続くのか分からないが、やがて静かなクラスに戻るだろう…
この時、修也は夏樹由美という存在を軽視していた。しかし、その考えは後に間違いだと気づくことになる。