7話 結局レベルは1のまま
「まさかシンさんの症状があそこまで悪いとは思いませんでした」
「そうだよねー。モンスターにトドメを差せないどころか、攻撃も出来ないなんてかなりの重症だよ」
僕は最初の戦闘でいきなり気を失ってしまい、目を覚ましてからは2人の反省会が始まった。
「だから言ったろ、僕はまともに戦えないって。さらに言えば、僕はお金がないから木刀を持っているんじゃないんだ。剣を握るだけで震えて意識が朦朧としだすんだよ」
「……昨日聞いた話だとそこまでの精神的な症状が出るとは考えられないのですが、他に原因は心当たりがありませんか? それを解消すれば治る見込みがあると思うのですが」
マリアは治療の糸口が掴めればと聞いて来たのだろう。
もちろん僕には原因が分かっている。今でも度々夢でうなされるほど思い出している悪夢……だがそれを解消する事は不可能だ。
死んでしまった人……僕の手によって殺してしまった人を蘇らせる事なんて出来るはずがないのだから。一生消えないトラウマ……これは僕が背負わないといけない罪なので、忘れようとも治そうとも考えてはいなかった。
「原因は分かっている。だがそれを君達に教えるつもりもないし、治そうとも考えていない。……僕の考えは分かったろ。そんな僕は君達の力にはなれないから、目的があるのなら神託を無視して他の誰かを仲間にした方がいい。ここで僕と別れて先に進んでもらっても、君達を恨まないからね」
彼女たちにも目的はあるのだろう。その過程で神託という胡散臭いものに振り回されているだけだ。確かに隣町まで一緒に行ってくれると生きて無事に到着出来るだろうが、その後の見返りがない事に付き合わせるわけにもいかない。
いろいろ言い訳っぽい事を言っているが、僕は半分生きる事に諦めているのかもしれない……
「なんでそんな事を言うかなー。どんな事でも支え合っていくのが仲間でしょ?」
「仲間ってのは対等な相手に対して言う事だろ。僕は完全にお荷物。そんなは仲間って言わないよ」
「なら対等な相手とはどのような方の事を言うのでしょう。レベルが一緒? 魔法の属性が一緒? それとも剣の流派が一緒の方の事を言うのでしょうか。……シンさん、人は人の数だけなにかしら違うものなのです。その中で完全に対等の人はいるはずがありません。仲間は能力ではなく、お互いが認め合った者同士がそう呼び合い、一緒に苦難を乗り越えて喜びを分かち合うんです。キッカケは神託による出会いだったかもしれませんが、わたしはシンさんを仲間だと思っていますよ」
「わたしもわたしもー。たしかにシン君は少し頼りないし目がいやらしい時があるけど、戦いはわたしがすれば良いし、きっとシン君にしか出来ない事があるんだよ。だから一緒に行こ」
おやおや、僕の目がいやらしい時があるだって? おかしいな、顔には出していないはずなんだが…… おっと、シリアスな雰囲気を壊すところだった。
真面目な話に戻ると、確かにマリアの言うとおり完全な対等なんて存在しないだろう。問題になるのは相手の事を信用出来るか出来ないか。
2人は使える魔法など平気で僕に話してくれるが、僕は一度も自分の魔法の事を話していない。もしかしたら使えないと思っているのかもしれないが、僕が教えないって事はどこかで彼女達の事を信用しきれていないって事だろう。
だが仲間と見てくれる2人に対して、何も言わずに過ごす事はできない。
「君達が僕の事を仲間と思ってくれるのは嬉しい。でも僕はまだ2人を信じ切れていない所があるって事は言っておきたい。ズルイと思われるだろうけど、おそらくレベルを上げれない僕にとって秘密がバレる事を恐れているんだ。だからまだ君達の仲間になれない」
僕は2人の信用を裏切るような考えを持っている事を伝える。軽蔑も呆れられるのも覚悟の上だ。
だが2人から返って来た答えは別の言葉だった。
「ねえ聞いたマリア! まだ仲間になれないだって、まだだって。これって結構な進歩じゃない?」
「ええそうですね。仲間にはならないから、まだなれない。間違いなく徐々にデレてきています」
あれ、マリアさん? どこでデレなんて言葉を習ったんですかな? 貴女は歳と見た目に反して大人の物言いではありませんでしたか?
先程までのシリアスさが消え去ってしまいましたよ?
「そうだね。この調子で行けば、1か月もしない内に全てを話してくれる関係になるかもしれないよ」
「いえ、1か月もいらないのではないでしょうか? シンさんは案外脇が甘いように見えますので、ミーシャさんの色仕掛けですぐに決着がつくのではないでしょうか」
「えー、わたしそんな事しないよ」
「ええ、ミーシャさんはそのままで十分だと思いますよ」
「やっぱり! フフン、大人の女性としての落ち着きと魅力をシン君に見せてあげるよ」
「その意気です、ミーシャさん」
……僕ってそんなに簡単な人間に見られていたのか。それより、マリアって元神官の割に結構腹黒いのかもしれない。ミーシャさんは意識していないが、十分色仕掛けを行なっている事をマリアは知っているぞ。
魔族を思いのままに誘導するとは……常識人だと思っていたマリアが一番危険なそんなのかもしれないな。
もしかしたらにじみ出ていた黒い魔力ってミーシャさんのせいではなく、本人の気質なんじゃないか? そう思ったが、僕は怖くてそれを口にする事は出来なかった。
「とりあえずシンさんの症状はすぐに治るものではありませんので、ミーシャさんが戦っているのを見て少しずつ慣れていってもらいましょう」
結局まずはモンスターの死から慣れる事から始めると決まり、日が暮れるまで何度も戦いを見せつけられた。ちなみに倒したモンスターから得られた魔石は、戦闘では役に立たない僕が運ぶ事にした。
もちろん水で綺麗にしてから袋に入れていますよ。お金になると言っても、血塗れの石を持ち歩くなんて気持ち悪いですから。
「それでは今日の移動はここまでとしましょう」
この道は流通の多い所なので、日が暮れ始めると旅人や商人などが集まる場所がある。深夜の暗闇から襲って来るモンスターに対抗するべく、なるべく人が集まった方が安全だと自然に出来た場所だ。
今回は行商の集団や旅人などのチームが合わせて4グループが集まっている。軽く挨拶を行なう事で協力関係を確認し、モンスターが襲って来た時の対応などを決めた。
基本、この世界で1人旅をしようとする人はいない。日夜襲って来るモンスターに1人では眠気で対応出来なくなり、まず死ぬ事になるからだ。
「ねー、シン君は食料を持ってきたの? 見たところ荷物が少なそうに見えるし、魔石を洗うのに水をけっこう使ってたよね?」
僕の持っている荷物は、腰に木刀と布袋。背中に小さいリュックを背負っているだけ。そのリュックにはほとんど何も入っていないように潰れているので、ミーシャさんも気になったのだろう。
「大丈夫ですよ。食料は今まで少しずつ貯えて来たから余裕があります」
僕はリュックに手を入れ、堅めのパンとリンゴに似た果物、そして水を取り出して見せた。
「むしろミーシャさん達の方こそ大丈夫なの?」
「わたし達はちょっとズルしてるから大丈夫だよ。シン君はわたし達が入れ替わる時に装備も変わっているのを知っているよね。だから見た目と違って荷物は倍持っているんだよ。それに引っ込んでる方はお腹が空かないから、食料は1人分で助かってるよ」
なるほど、食料の消費は1人分で2人分の荷物を持って旅が出来れば、周りからはズルイと思われるだろう。
だが、それに関しては僕と比べると大した事がないと言える。何しろ僕は魔法によってどれだけでも道具を収納出来て、しかも重さは感じないし時間の流れも止まっている。だから何日経っても食べ物は腐らず保存しておく事が出来るのだ。
僕はこの魔法を<ストレージ>と名付けている。
食事も終わらせ、夜は交代で見張りを行う。数回モンスターが襲って来たが、僕が前にでる事無く倒されていった。ただ少し前に出るのを遅らせてたのは内緒だ。
次の日も僕は見学者だ。ミーシャさんの剣技の前ではこの辺りのモンスターでは相手にもならない。魔石も弱いモンスターから取れる物は小さく、量が多少増えても移動の邪魔になる事はなかった。
もちろん邪魔になるようならストレージに収納するんだけどね。
順調とも思われた旅も、3日目の夜には騒動に巻き込まれた。