6話 戦いにすらならない結果
翌朝、荷物をまとめて宿を出ると、そこにはミーシャさんが腕を組んで待っていた。
「ようやくわたし達の旅の始まりね。今日の目標は隣町までの道のりを半分まで進むのと、シン君のレベルを5まで上げる事よ!」
朝からテンションが高いミーシャさんは、何を根拠にそう考えているのか分からないが、さっそく無茶な事を言いだした。
「いやいや、道のりもレベルアップも無理だから」
あまりの無茶な内容に僕はすぐに否定する。
まったく、この人は何を言っているんだ? だいたいこの村から隣町までは、馬車を使っても3日。早馬でも1日以上掛かる距離なのに、徒歩で2日なんて不可能に決まっている。
それともレベル12にもなれば、走り続けていけるって事なのか? それこそ勘弁してもらいたい。この世界に来てから少しは体力がついたが、もともと持久走は苦手だったから1分も走れば息があがってしまう自信はある。
「大丈夫! 頑張れば何とかなるし、モンスターの方もわたしがトドメの一歩手前まで追い込んでからシン君に渡すよ。これを繰り返せばすぐにレベルアップよ」
「ちょっと待って! レベルアップは教会で祝福を受けないと上がらないでしょ? 森の中にいる以上、旅の途中でレベルアップは無理だよ」
この世界でのレベルアップは、良くあるゲームなどの経験値が一定まで貯まると自動で行なわれる物ではなく、一定の経験値を持って神の祝福を受ける事で始めてレベルが上がるのだ。
「フフフ、シン君。マリアが元とはいえ、職業が何だったか忘れたの。確かに教会からは除名されたけど、いまだ神託を受けるマリアに掛かれば、神の祝福なんて簡単に行なう事が出来るのよ」
「なんでミーシャさんがドヤ顔なのかは分からないけど、そっか、マリアがいればすぐにレベルを上げれるんだ」
「マリアは光魔法のスペシャリストだからね。回復魔法から除霊、光の攻撃魔法だって使えるんだから! もちろんわたしも魔法は使えるよ。ただ闇魔法って魔族しか使えない魔法だから、ピンチにならないと使うつもりはないけどね。だからわたしの攻撃手段はこの剣だけだと思ってて」
ミーシャさんは剣を抜き、軽く素振りを始める。
彼女の武器は粗末な鉄の片手剣。少し細身な代わりに剣先が長く、重い一撃より広めの間合いからの手数で勝負のスピードタイプのようだ。
気楽に振るわれる剣筋でその実力が分かる。いえ、嘘です。全然僕の目では追えないので凄い実力だと分かる程度です。
そんな僕から分かるのは、村の周りで出会うモンスターぐらいなら苦労しないだろうって事だけだ。
「それよりシン君の武器はなんなの? わたしには普通の木刀にしか見えないんだけど」
ミーシャさんの不思議そうな視線が僕の腰に掛けている木刀に向いている。確かに今からモンスターのいる森に行くと言うのに、装備しているのが木の棒だったら変に思うよね。
真面目に答えても良かったのだが、少しからかいたくなってしまう。
「え!? これがただの木刀に見えるだって? ……ならば教えてあげよう、この木刀は伝説の木刀。全ての物を断ち斬る事が出来る聖剣、それすらも超える幻の武器……その名も<ディメンションリッパー>だ!
ただし発動には大量もMPを使用するから、一度使えば気を失ってしまう危険な物だけどね」
「そ、それがそんなに凄い武器なの!? 凄い! わたしには普通の木刀にしか見えなかったよ!」
ミーシャさんは本気で僕の木刀を見て驚いている。
……まずいね。ここまで信じちゃうとは思わなかったよ。
実はこれって僕の魔法の訓練と護身用として、この村の店で買った木刀の中で一番硬くて攻撃力の高い奴だ。
つまり普通の木刀。こんな冗談とも言える嘘を信じちゃったミーシャさんを見て、僕は逆に困ってしまった。
「ミーシャさん。今の話はシンさんの嘘ですよ。伝説の木刀なんて聞いた事がありませんから、あれは普通の木刀です」
「え? ……なんでシン君はすぐに嘘をつくかな。駄目だよ、嘘をついたら。━━えい!」
「ぎゃっ!?」
僕はミーシャさんからのお仕置きとも言える手刀を額に受け、短い悲鳴を残して地面に叩きつけられた。
これがレベルが10以上離れた者の攻撃か……うん、マジで死にそうになったよ。完全な不意討ちとは言え、ミーシャさんの軽い接触で死にそうなダメージを受けるとは。
これは不用意な接触は避けるべきだね。
僕はミーシャさんに誰にも見られないところに連れて行ってもらい、マリアに回復魔法を掛けてもらった。
実はこれぐらいのダメージなら自分でどうにか出来るのだが、僕の魔法は少々特殊なので誰にも知られたくはない。なので、素直にマリアに頼ったのだ。
「まさか森に出る前に死にかけるとは思ってもみなかったよ。やっぱりミーシャさんはトラブルさんだ」
「今のはシンさんの自業自得です。ミーシャさんに非はありません」
「そうだよ。シン君が嘘をつかなければ何もしなかったんだから、わたしは悪くないよ」
「はい、すみません」
全部が全部嘘ではないが、これが伝説の木刀ってのはもちろん嘘だ。
今回は少し調子に乗った僕が悪いので、素直に謝る。
「それより本気で木刀でモンスターと戦うの? それだと倒すまで時間が掛かり過ぎるよ」
「言ったでしょ。僕は生き物を斬る事が出来ないから、護身用で買ったこれが唯一の武器だよ。それにもうお金に余裕がないから、隣町で稼ぐまではこれで身を守るしかないんだ」
「ん~、わたしも武器はこれしか持っていないから貸せないし、ま、動けなくさせれば何とかなるかな」
ミーシャさん達もお金に余裕がないので、武器の予備を持っているはずがない。装備している武器も、元が悪いし手入れはされていないので切れ味は相当悪いだろう。
それでもここまで無事に旅を出来たのは、レベルの差と剣の腕でカバーしていたと見てとれる。
「あ!? モンスターを見付けたよ」
更に索敵能力まで高いとなれば、女性の1人旅(一応2人旅になるのか?)でも無事に村まで来れた事に納得出来た。
道の横に立ち並んでいる木々の隙間から見えるモンスターを一早く見つけたミーシャさんは、得意気にその事を報告してきた。
腰から剣を抜き、「さあ、行くよ!」と言いたげにこちらを見てきたので、僕は真顔で一言。
「良し、距離もあるし気付かれる前に逃げよう」
「え?」
「え? じゃないでしょう。相手はまだ気付いていないなら、無駄に命を掛ける必要はないです」
僕は剣を構えたままで固まってるミーシャさんを置いて、さっさと前に進んでいく。
「駄目だよー。それじゃあシン君のレベルが上がらないじゃん!」
「何度も言わせないでください。僕は戦うのが怖いんです。避けれる戦いは避けていく事にしていますから、そんな目で見ても無駄です」
この決断に納得いかなかったミーシャさんは、僕の前に回り込んで来て歩みを遮る。
正直、逃亡の邪魔をしないでほしい。
たしかにミーシャさんに掛かれば余裕で倒せるが、戦いになれば僕が戦わないといけなくなるだろう。出来れば避けたい。理想は隣町までモンスターと出会わない事を願っているので、こちらから近づくような行為はしたくない。
ないのだが……
「もう、好き嫌いは駄目です。わたしが守って上げるから一緒に行こ」
「え!? うそ!? ちょっと勘弁してよ!」
逃げ出そうとした僕を軽々と脇に抱え、ミーシャさんは発見したモンスターの所に近づいて行く。まさかここまでするとは……僕はこれから起こる事を想像すると、気分が落ち込んでしまう。
発見されたモンスターは、ゴブリンと呼ばれる人型モンスターだ。
身長は子供と変わらないが、なかなかの筋肉質で装備している棍棒の一撃を頭にでも受ければ、運が悪いと死ぬ可能性もあるだろう。
無警戒で近づいたのでモンスターに発見されるが、ミーシャさんは慌てることなく僕を降ろして剣を向ける。とくに型などはないのだろう。片手で剣を構えているが緊張や力みを見せないので、負ける気はしない。
向かって来る相手に対してすれ違いざまに2、3度剣を振るとゴブリンの手足を切り裂かれ、武器を落としガクッと動きも鈍くなる。
「さあ、シン君の出番だよ。周りはわたしが警戒してあげるから、今のうちにトドメを差してね」
そう言ってミーシャさんが道を開ける。いまだ唸っている声を聞くと、いくら抵抗がないと分かっていても足が震える。
僕が今からこのモンスターにトドメを差す。こいつを倒せば俺のレベルが上がるかもしれない。
ほとんど無抵抗な相手となったゴブリンに対して、僕の木刀では脳天に一撃を与えないと倒せないだろう。動きの遅いゴブリンに剣の間合いまで近づく。
後は木刀を全力で振り下ろすだけ。そう思った瞬間、僕の脳裏に言葉が浮かんでくる……
(また殺すのか? 抵抗出来ない相手を殺すのか? お前のその血塗られた手で━━)
その言葉と共に僕の血の気は一気に下がり、顔面蒼白で目の焦点も合わず、手足が震えだして息も激しく乱れ始める。
「シ、シン君!? どうしたの!? 早くトドメを差さないと危ないよ!」
分からない。僕を心配するミーシャさんの声すらもう頭に入って来ない。何かを言っているのは分かるような気がする。だが、それを言葉として理解する余裕が、今の僕には残されていなかった。
いつまで経っても動きがない僕に、鈍い動きながらゴブリンが噛みつこうとしてくる。
僕はなんとか木刀で防ぐが、あくまでも防御でしかないのでダメージを与える事はない。噛みつきは防いだが、振り回される爪が僕の腕を傷付けていく。
それでも僕は痛みすら感じず、ただ木刀を前に出す事しかできなかった。
「ミーシャさん何か様子がおかしいです! シンさんを助けてください!」
「分かってる!」
流石にまともな状態じゃないと判断した2人は、後ろからゴブリンの首をはねて助けてくれた。だが、目の前で首が飛ぶ瞬間を見せられ、僕の意識は暗闇に覆われ崩れるように倒れてしまう。
数か月ぶりのモンスターとの戦いだったが、何の進展もなく、不甲斐無いものとして終わりを告げた……