表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/32

4話 2人の秘密

 部屋に戻って来たが、寝るにはまだ少し早く時間を持て余していた。スマホで時間を確認すると、午後7時を少し回ったぐらいだった。



「あ、そうだ。せっかくスマホがあるんだし、今後僕みたいな転移者がこれを見付けた時の為に、遺言でも残そうかな」



 転移者がどれほどの確率でこの世界に来るかは分からないが、万が一の確率でスマホを見付けてくれた時の為に最後になるかもしれない言葉を残す事にする。



「あ~、こんばんは。僕は鳥野 心。日本から意味も分からずこの世界に来た、これを見ている君と同じ被害者だよ」



 僕は早速遺言とも言える被害者への言葉を続ける。最初は少し恥ずかしいと思ったが、喋り始めると言葉が次々と出て来る気がした。


 でも気分が乗って来た時、扉をノックする音が部屋に響く。



「えっと、どちら様ですか?」



 この宿は一部屋ごとに魔導鍵がついており、部屋を借りている人にしか開けれないようになっている。この鍵は魔導具の一種らしいが、宿に設置されているのは価値はそこまで高くなく安物との事だ。それでも食堂で働いていた時だとおよそ6か月分の給金なので、僕にとっては安い物ではなかった。



「わたしよ、ミーシャ。シン君がこの宿に泊っているって分かったから、また説得に来たのよ」



 あー、うっかりしていた。この村の人間じゃないトラブルさんが泊ると言ったら、僕が泊っている村に1つしかない宿に決まっているじゃないか。

 いくら今後の事に悩んでいたからと言って、考えが足りなかったと反省だな。



「昼にも言ったけど、僕は貴女の顔を見たくないんだ。悪いけど自分の部屋に帰ってくれないか」


「えー、なんでそんなに怒ってるの? わたし、なんか怒らせるような事を言った?」


「たぶんこの世界の人には誰も分からない事で怒ってるんだよ。貴女はそんなに気にしないで良いけど、それでも顔を見たくないと思っているからこの扉を開けないよ」


「そんなー、それってわたしのせいじゃないじゃん。今後の事を話そうよー」


「しつこいですよ。それに他の宿泊客に迷惑が掛かります。貴女も追い出されたくなかったら、諦めて静かにしてください」


「むー、……いいわ。今は一度引き下がるから」



 トラブルさんの足音が離れていくのを扉に耳を当てて聞き、僕はホッと息を吐いて安堵する。正直、装備を外しているであろうトラブルさんの過度のスキンシップで迫られたら、昼間の事を簡単に許してしまいそうだし。

 実際、この世界での事情を冷静に考える時間があったので、トラブルさんに対する怒りはすでにない。ただあれだけ怒っておいてすぐに許すのは、少し恰好悪いかなーと思っているだけだ。



 どこかの部屋の扉が閉まる音がしたので、トラブルさんが諦めたのを確認出来た。突然の訪問を乗り越え、僕はベットに腰を掛けて一息入れる。


 するとすぐにまた扉からノックする音が響く。



「今度は誰ですか?」



 僕はまたトラブルさんがやって来たのかと思い、少し憮然とした言葉で応対した。



「こんばんは。先程はすみませんでした。実は貴方にお話がありまして、夜で失礼とも思いましたが来てしまいました」



 扉の外から聞こえてきた声は、お風呂で出会った少女のものだった。僕は勘違いから不機嫌そうな声を出してしまった事に悪いと感じ、すぐに扉を開けてあげる。

 少女の服装はゆったりとした貫頭衣で、まるでシスターのような神聖さを感じさせる服だった。



「あ、ありがとうございます。実は……」


「ちょっと待って、話があるなら部屋の中に入ってよ。ここで話をしていると、トラブルさんが突撃してくるかもしれないから」



 今は鍵を開けて扉が全開の状態だ。こんな所をトラブルさんに見られたら、部屋の中に侵入を許してしまうかもしれないと感じたのだ。

 でも言ってから考えてみると、部屋を借りた人にしか開けれない扉の中に入ってって、少女にはとても危険な言葉に聞こえたんじゃないか? ……うん、絶対に怪しい男に見えるな。


 僕はこのまま帰ってしまうだろうなーと考えていたが、予想に反して少女は少しも躊躇わずに部屋に入る。

 え、マジで!? とも思ったが、僕のレベルは1だから少女が相手でも負ける可能性があるんだよな。


 とりあえず少女のレベルを見てみる。




《マリア(人間)   レベル 12》




 はい、見た目と違ってレベルが高かったです。そりゃ躊躇う必要はないよな。僕なんて一撃で沈められる自信があるもの。なにしろ、レベル7のアメリアさんにもボコボコにされるんだから、レベル12のマリアに力で勝てる訳がないね。



「それで僕に何の用?」


「実は……わたし、ミーシャさんの知り合いなんです。それで貴方が怒っている理由を知りたいと言われまして、夜分ですが部屋にお邪魔ました」


「あー、マリアってトラブルさんが言っていた名前だね。そっか、君がそのマリアなんだ」



 僕はどこか聞き覚えのある名前の謎に気付いた。まあトラブルさんには顔を合わせないと言ったが、この子には関係ないし、お風呂での事もあるから部屋を追い出すのは無しだよな。



「やっぱりわたしの事も分かるんですね」


「まあね。なんで君がその事を知っているか知らないけど、僕は少し集中して見ると名前と種族、そしてレベルが見えるようになったんだよ。……それはさておき、トラブルさんに対して怒った理由は簡単だよ」



 さっさと用件を済まして帰ってもらうために、僕は話をする事した。


 ただ、本当の理由は今日出会ったばっかりの子に話す内容じゃないのは分かっていたので、可愛がっていたペットが殺されたような事にして、ペラペラと適当な理由を話してしまった。


 出来るだけ軽い内容にして話したつもりだったが、マリアはその内容を聞いて涙を流してしまう。



「ちょ、ちょっと、何もマリアが泣く事はないよ。もう昔の話だし、僕もある程度落ち着いて聞き流せるようになってるし」


「ですが……」


「ああ、その……そうだ! ちょっと水を貰って来るから、それを飲んで落ち着いてよ」



 僕は嘘で少女を泣かしてしまったようなこの空気に耐えられなくなり、逃げるように水を貰いに部屋を出て行った。ただすぐに戻る事はしない。マリアも落ち着く時間が必要だと思うし、僕も落ち着く時間が欲しかった。



「マリア……少しは落ち着いたかい?」


「待っていたわよ、シン君!」



 部屋に入ると、そこにはいたはずのマリアが居らず、代わりにトラブルさんが立っている。



「な!? 何でトラブルさんがここにいるんだ! この宿の扉は宿泊者しか開閉は出来ないはずだぞ!」


「そんな細かい事はどうでも良いでしょ。それより……その、昼間はごめんなさい。シン君がそんな辛い体験をしてるとは知らなかったの」



 突然しおらしい態度に変わるトラブルさんに、僕は戸惑い驚いてしまった。



「え? ああ、もう良いよ。さっきも言ったけど、僕の気持ちは周りの人間には分かり難いからね。君が気にしないでもいいよ」


「そう? なんなら慰めてあげようか?」



 おいおい、そんなに胸を強調してこっちを見ないでくれよ。それに慰めてくれるって? そんな事を言われたら、変な意味で期待してしまうじゃないか。

 トラブルさんは宿の中と言う事で、剣はもちろん胸当てなどの防具を装備していない。おそらくブラジャーなど存在しないこの世界では、装備が服だけでは形がハッキリ分かってしまい、僕は視線をあっちこっちと見て回っているが、結局その山の頂点に戻ってしまう。


 やはり危険だ。なんとかすぐに帰ってもらわないと、僕が手を出してしまうのが時間の問題になっている。

 天然でやっているなら、僕は抵抗を受け明日を待たずに天に召してしまうだろう。

 分からない……どっちが正解なんだ? 出来ればうやむやにして乗りきりたい。


 せめて話題を変えるキッカケがないかと探していると、窓際に置いてあったスマホの「ピッ!」っという機械音が響いた。

 そう言えば遺言を記録している途中だったのを思い出した。今の音は記憶容量が一杯になったと教えてくれたのだろう。



「なに? 今の音は?」



 トラブルさんは聞き慣れない音に驚き、周りを見回して警戒しだした。僕は流れを変えるチャンスが来たと感じた。



「ああ、今の音は僕の道具から出た音だよ。ほら、その窓際に立てかけてる箱があるでしょ。それからだよ」



 僕は窓際に移動してスマホを手にとる。トラブルさんもスマホに興味があるのか、覗き込むように顔を近づける。

 あれ? おかしいぞ。さっきより距離が近くなってる。なんで僕のすぐ横にトラブルさんの顔があるんだ?????


 僕の混乱指数は一気に上昇した。心拍数が上がり、顔も動かせずにまともな考えが浮かばない状態になっている。



「ねー、それって何なの? 何をする道具?」


「こ、これはねえ、映像を記録する道具なんだよ。ほ、ほら、こんな風にさっきまで撮っておいた映像が見れるんだよ。こうやって早送りもでき…る……?」



 僕の遺言から始まり、マリア訪ねて来た映像もしっかり映っている。そして……



「ちょっと!? なんでそんな道具が存在しているのよ! 駄目!? これ以上見ちゃ駄目ーーー!!!」



 記録していた映像が流れる中、トラブルさんが慌てだし僕が固まってしまう物が映っていた。


 良く考えてみればこの部屋に戻って来てからの状況は変だった。僕にしか開けれないはずの扉なのに、部屋にいたはずのマリアはおらず、代わりにトラブルさんがいた。

 それに僕を説得したいなら最初から2人でくればいいのに、絶対に1人でしか来なかった。


 いや、来れなかったのだ。



「どういう事だよ……なんでマリア(・・・)トラブルさん(・・・・・・)に?」


「わーん、どうしよう、マリア! シン君にわたし達の秘密がバレちゃったよ」



 僕が混乱する中、トラブルさんも姿が見えないマリアに泣き言を言いだした。



 スマホに残された映像を再度見てみる。1人残されたマリアが姿が見えない誰かと会話をし、その後マリアの体が光ったと思ったら背丈などが変わっていき、光が収まるとそこにはトラブルさんが立っている。


 仕組みは分からないが、服装まで変わるのでその場を見ていないと別人だと思ってしまうだろう。僕も魔法の力を得てからは大抵の事には驚かなくなったのだが、これには流石に驚いた。


 僕は2人の秘密に驚愕していた為に何も言えなかったが、トラブルさんが体内にいるであろうマリアに話をし続ける異様な光景がしばらく続いた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ