3話 誘惑? からのラッキースケベ?
住まわせてもらっていた部屋から出るべく、自分の荷物をまとめる。と、言っても、この部屋に置いている物なんて大してない。必要な物は僕の得た魔法の効果で別の所に収納しているので、引っ越しは楽なものだ。
まあ、魔法の説明はまた今度する事にしよう。
「シン君って、男の子のくせに部屋が綺麗なんだね」
「勝手に部屋まで着いてきて、えーと……」
そう言えばトラブルさんの名前は分かっているが、なんて呼べばいいんだろう。
「ああ、わたしってちゃんと名前を言っていなかったね。ゴホン、わたしの名前は<エルミーシャ>、ミーシャって呼んでね」
トラブルさんことミーシャさんは、少し腰を曲げて同じ目線でそう言った。そのせいで装備している胸当てが少し下がり、胸元が少し広がって谷間が目に入ってしまう。
僕は慌てて体ごと視線を逸らす。これ以上つけ入られる隙を与えてはいけないと考えての行動だ。
もちろんこんな世界に来ていなかったら、ガッツポーズをして喜んでいただろう。僕だって男だ。しかも16歳の性に興味津津な年頃。一瞬の事でも脳内に永久保存は決定している。
「ねえ聞いてるの? ためしにミーシャって呼んで見てよ」
突然後ろを向かれて無視されたと感じたミーシャさんは、事もあろうに背中から抱きついてきて耳元で呟く。
「ちゃんと聞いていますよ。でも仲間でも何でもない人にそんな馴れ馴れしい呼び方は出来ません」
僕は毅然として断る。だが内心はギリギリのところで留まっている。
なにしろここは僕の今まで住んでいた部屋。店長やアメリアさんは仕事中でここから距離があるし、忙しいので来る事は出来ない。隣の家までも距離がある。
つまりこの狭い隔離された部屋に男女が一緒にいるのだ。そんな状況でミーシャの誘っているかのような態度は、16歳の男の子とって刺激が強すぎて暴走モード突入寸前なんです。
これが誘いで、手を出した事を口実にされる訳にはいかない。例え目の前に楽園に見える扉が鍵が開いた状態であっても、その先に進んでしまえば地獄が待っているのだ。
僕はトラブルさんの装備している胸当てに感謝するよ。それが無かったら、おそらく柔らかい感触に……いや、触った事がないからハッキリとは言えないが、その感触で性に溺れる狂戦士へとクラスチェンジしていたかもしれない。
ま、レベルが違い過ぎるから本気で抵抗されて殺される可能性の方が高いだろうけどね。
「そんな事言ってー。シン君ってこの後泊るところもないんでしょ? お金だって少ないって言ってたじゃん」
核心を突いた言葉が突き刺さる。たしかに数日なら宿に泊まれるだけの蓄えはある。だがそれまでだ。他に住み込みの仕事がないこの村では生きていく事が出来ない以上、無理をしてでも隣町に行くしかない。
だが護衛を雇うには足りないし、1人で森を抜ける実力もない。まさにお先真っ暗なのだ。
「黙っているって事は図星でしょ。やっぱりシン君はわたし達の仲間になるしかないよ。だから、まずはレベルアップを目指そう」
「……貴女が僕をレベルアップさせたいって事は、仲間になってやってほしい事は荒事……って事でしょ? この際、恥も建て前もないので言っておきますが、僕は例え相手がモンスターだろうと生き物を殺すのが怖いんです。
他の冒険者達がモンスターを殺してその体内にある魔石を抜き取ってお金にしているのは知っています。魔石が生活に必要な物だって事も分かっています。
でも僕にはそれすら出来ない。だから貴女の言う仲間になっても力にはなれません。どうか諦めてください」
「そんなの慣れればすぐに出来るようになるよ。ようは最初の一体目。そこさえ乗り切れば、後は息を吸うように自然と出来るようになるから。ね、早速行ってみましょ」
「貴女も……いや、あんたもそう言って簡単に命を奪える人種か!」
僕のミーシャを見る目を変わる。
慣れれば息を吸うように命を奪えるだって? ふざけるな! そんな気持ちの奴と一緒になんていられるか!
僕には過去のトラウマがあって、この世界に来てもモンスターを殺す事が出来ない。それどころか別の人がモンスターと戦っているのを見るのも駄目だった。僕に残されたあの時の手の感触を思い出すたびに、胃の中が逆流して足が震えてくる。
僕のミーシャへの評価が一気に下がる。さっきまではしつこく明るい性格の美人さんだったが、もう僕には殺人狂にしか見えなくなっていた。
「ど、どうしたの急に? なんだか目が怖いよ?」
「僕は僕でどうにかします。今回の事はあんたのせいとも思っていましたが、もう気にしませんので二度と僕の前に現れないでください」
「え? え? ちょ、ちょっとどうしたの急に?」
「もう話しかけないでください。さようなら」
僕はミーシャの問いに答える事無く、部屋を出て行った。残されたミーシャはすぐに追いかける事ができず、茫然と立ち尽くしてした。
まったくもう。変な人に関わっちゃったもんだ。……まあ、トラブルさんはモンスターが相手での話をしているのは分かってるよ。この世界では身を守る為の命懸けの戦いが当たり前だから、手心を加えたら次に死ぬのは自分、または仲間が死ぬ事になるだろう。
それを頭では分かっていたのだが、トラブルさんの言ったセリフは許せなかった。
完全に八つ当たりと言えるが、僕にはどうしても止める事が出来なかった。そしてもう出会わないと思ったので、これ以上考えるのをやめた。
さて、今日はもう遅いから宿に泊るとして、これからどうしようかな……。
僕は移動中も悩んだが、そう簡単に答えが出るなら苦労しない。いや、自分に都合の良い答えなんて、最初からこの村には残っていないだろう。それが分かっているから踏ん切りがつかないのだ。
「は~、これは本当に後がないな。遅らせても事態は悪い方にしか行かないだろうし、明日からは無理してでも隣町を目指すか。……最後かもしれないし、風呂に入ってスッキリしよ」
この村は隣町への休憩所として造られたのは始まりなので、疲れを癒せるように小さいながら宿には風呂が備え付けられている。
そうは言っても、宿泊客での共同浴場。入口の扉に入浴中の札が掛かっている時は誰かが入っているので、しばらく待つ必要があった。
「お、ラッキー。少しは待つ覚悟をしていたけど、誰も使っていないぞ。……こんな所で運を使わないでもいいんだけどなー。出来れば明日からもこの幸運が続いてくれよ」
僕は入浴中の札を差して扉を開ける。
「え!?」
「……はい!?」
扉の先には人がいた。それも全裸の少女だ。突然の出会いに2人は目を合わせた状態から動けないでいる。
少女の年齢は12、3歳ってところ。幼さが少し残る顔つきで髪の色はプラチナで、体型は整っており無駄な脂肪はなく、胸は程良く膨らんでいる。
トラブルさんの見た目が凛々しい美人なら、この目の前で固まっている少女は可愛い美少女ってところか。僕はどうしたらいいか分からず固まりながらも、見るところはしっかり見ていた。
え? 少女の裸をガン見している僕が変態だって? 明日は死ぬかもしれない状況で神様が最後にくれたであろう光景を、目を逸らすという勿体ない事なんて出来るはずがないでしょ。それに入口の札は誰もいない事になっていた。つまりこのラッキースケベは僕に責任がないのだ!
そう、ここに宣言しよう! この光景を逃すのは愚か者のする事だ! 男なら誰しもこうなるはず、決して変態などではないんだ!
「あのー……すみませんが少し後ろを見ていてくれませんか? そうジッと見つめられるのは、流石に気になりますので」
「ああごめん、ごめん。でもわざとじゃないんだ。入口の札が入浴中になっていなかったから、誰もいないと思って」
少女の腕が胸と下半身を隠しながら、少しモジモジして恥ずかしそうに顔を赤くしている。さすがにこれ以上見続けると変態と言われても否定できないので、僕は仕方がなく入り口側に体を向ける。
やや後ろを向くのがゆっくりな気がするのは、断じて気のせいだ!
「すみません。扉の札の事はすっかり忘れていました」
少女は謝るが、僕はむしろお礼を心の中で叫んでいた。今日一日で脳内記録に残さないといけない物が増えたな……おかげで英単語がだいぶ記憶から押し出された気がするよ。
まあ、この世界では必要ない知識だから、少しも後悔してないけどね。
ちなみに、何故かここは異世界であるはずなのに言葉は日本語と同じだった。不思議に思ってはいたが、言葉が通じるのは助かったので深く詮索する事はしていない。
「無駄なお時間を使わせてしまい、本当にすみませんでした」
「いえいえ、大した時間ではありませんよ。僕にはもうやる事がほとんどありませんから」
そう、この村でやる事は残っていない。あとは無事に森を抜けて隣町に行けないと死んで終わり。そう考えるとこれぐらいの時間の浪費、少しも問題にはならないね。
「そう仰って貰えると、こちらとしても気が楽になりました。それではわたし達は部屋に戻ります、シンさん」
あれ? 僕って名前を言ったかな? それとも知り合いだった? ……ま、良いか。今日は色々あって疲れたから、少しでもノンビリして体力を回復させたいからね。
僕はゆっくりと湯に浸かり、明日に備えて疲れをとる。やっぱりお風呂は最高だね。憂鬱だった気持ちが、少し楽になってく気がするよ。
16年という短い人生で最後になるかもしれないお風呂を、心のそこから満喫することにした。