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幕間「超能力少女の追走は大変です」第三章「俺の双肩に日本の運命がかかって大変です……マジで?」

幕間 「超能力少女の追走は大変です」


 現在、午後十一時。間もなく日付は変わろうとしている。

 月は分厚い雲に覆われ、空からの光はない。

 街中のことなので、それでまったくの暗闇になるわけではないが、一番の光源が車のヘッドライトという段階で、何とも気が滅入ってくる。

 数分前にジーグレトからの予期しない来訪者を見失ったこの場所は――河川敷か。

 ICPOに所属する日本の捜査官インスペクター大塚暦は、ボンネットに腰掛けながら周囲の状況を確認して、目一杯めげた。

 大塚暦は現在二十七才の女性捜査官。

 捜査官であれば、スーツ姿が制服代わりだと思われがちだが暦の場合は少々事情が異なる。

 かなり緩やかなフランネルの赤いワンピース姿。

 裾も大きく広がっており 実に動きづらそうな出で立ちだ。

 袖口、裾、そして襟元とアンシンメトリーに黒地で幾何学模様が差し込まれているが、あまり秀逸なデザインではない。

 はっきり言うとダサい。

 しかし現状では彼女を中心に、スーツ姿の男が忙しく蠢いている。ほとんどは端末を操作してあちこちと連絡を取っているだけだが。

「~~~~~~」

 そんな暦に一人の捜査官が話しかけてくる。

 金髪にがっしりした顎の持ち主。年の頃は四十代だろうか。

 斜に構えた態度が、この仕事に対しての不熱心さを示している。

 暦は据わった目で、その捜査官を威嚇した。

「――今度、日本語以外の言葉を使用したら外すって言ったわよね」

「oh……」

 なにが「oh」か。

 そもそもが、こいつ――リゼルー捜査官の初動がおかしかったせいで、たかが“家出少女”の捜索に、これだけの手間がかかることになる。

 この腐れフランス人、証拠に残らないやり方でぺしゃんこにしてやろうか、と暗い情念が胸中で渦巻くが、実行はしない。

 そんなこと出来るのは、地球上で――今はもう一人いるのか。

「行方は見付かりそうかな?」

 眉根を寄せてこらえている暦を煽るように、リゼルーはどこかおかしな日本語で話しかけてきた。

 まるで他人事のように。

「……リゼルー、あなた鬱陶しいから本部の隅で膝抱えて座ってなさい。どうせ無能なんだから、せめて視界に入らないで。仕事する気もないようだし」

 するとリゼルーは再び「oh」と漏らして肩をすくめ、こればかりは素直に言うことをつもりなのか、どこかに行ってしまった。

 その素直さを暦は気持ち悪く思うものの、ホッとした気持ちの方が強かった。

 仕事を真面目にする部下は大事だが、役に立たない奴は嫌いだ。

 タイミング的には、そろそろ誰かから「大塚捜査官!」と事態が進展したことを報告する声が上がりそうな気もするが――周囲で忙しく働いている部下達の動きに変化はない。

 無理もないか。

 何しろ相手は超能力少女。

 通常の移動手段は使っていないだろう。ということは通常の操作手順では引っかからないと言うことだ。

 だからこそ、自分が引っ張り出されたんだろうが……


 ――“超能力vs超能力”なんて事態、そもそも想定外過ぎるのよね。


 暦は長く溜息をついた。


第三章「俺の双肩に日本の運命がかかって大変です……マジで?」


 道場に三人の珍客を迎えたのは午後十一時過ぎだっただろうか?

 家に連絡を入れるために引っ張り出した携帯で時刻を確認した時は確かにそんなものだった。

 記憶がおぼろげなのも仕方がないだろう。

 何しろ飯も食ってない、寒さで震えているという、何だか時代錯誤な三人を迎えてしまったのである。

 なかなか顔も見せない師匠を呼び出してカップ麺を幾つか恵んで貰う。そのついでに毛布も。

 それから更衣室に博と大助が溜め込んでいた菓子を引っ張り出して、それも恵んでやる――これはあとから補填すれば問題ないだろう。

 道場に新聞紙を広げて諸々提供してやると、三人は毛布を被って、一斉に食べ始めた。

 ちなみにウチの流派では、道場をことさら神聖視したりはしない。

 なんというか……いかにもな雰囲気作りに道場っぽいモノを作っただけだ、と師匠は言っていたな。

 実際、師匠がここで鍛錬することはないわけだし。  

 で、人が飯喰っているのを見るとこちらも腹が減ってくるのは、大宇宙開闢からの真理である。

 結局、俺と龍馬も連中に提供されたカップ麺を奪い取って、モシャモシャとやり始めた。

 まぁ、一個ずつだし勘弁して貰おう。

 そんなことをしている間に、もちろん日付は変わってしまい、人心地付いたのは三人が訪れてから一時間以上経過してからだった。

「さて――」

 最年長者である功児さんがしっかりと仕切り直す。

「山野明さんといったね。実は昼の中谷さんのガレージでの出来事はもう聞いているんだ」

 今のそれぞれの位置は上座にまず功児さん。その正面に明。

 上手側にトレシーミの二人で、下手側が道場側の二人だ。なんだか明を男達が取り囲んでいるみたいな状態になったが、あくまで自然な流れでこういう座り位置なったことは断っておきたい。

 ……もっとも功児さんに誘導された可能性は否めないけど。

「だからそこのところの説明は良いんだけど……山野さん」

「…………」

 明は黙りを決め込んでいる。

「この日本には“一宿一飯の恩義”という言葉があってね。簡単に言うと、ご飯と宿の面倒を見てくれた人には命を賭けてでも報いろ、という意味だね」

 性格眼鏡が生き生きし始めたぞ。

「い、命……?」

 さすがに明も反応する。

「伝承によると、それだけの恩義で一家惨殺の悪夢から、命と引き替えに子供を救った人物もいるらしい。それぐらいこの国では“一宿一飯の恩義”は大事にされているものなんだ」

 ゴクリ、と明の喉が鳴った。

 取り囲んでいる男連中は、

「それ、漫画の話じゃねーか」

 と、全員突っ込んでいたに違いないが、結局ダンマリを決め込んだ。

 俺と龍馬は、そも曽於功児さんに逆らう発想がないし、反対側の二人はとにかく疲れていたのだろう。

 誰も止める者がいない功児さんは、どこか嬉々とした様子で先を続けた。

「……それでだ。とりあえず君はこちらが提供したご飯は食べた。どういうわけか泊まるところがないというから、ここで一晩過ごせるだけの許可も取ってあげた。これは“一宿一飯”だね?」

「そ、そうだけども!」

「安心してくれて良い。命が欲しいと言うわけではない。君の行動を止めようというのでもない。しかし、どうして本来ならば無関係の我々が巻き込まれなくてはならなかったのか、それは説明しなければならないよ」

「それは……」

「聞けば、君を助けてくれた二人にもちゃんと説明してないそうじゃないか。いい機会だから、ここで全部打ち明けてしまいなさい。その後のことはまた考えてあげるから」

「…………」

 また黙り込んでしまう明。

 しかし、その表情は先ほどのような完全な拒否ではなく、明らかに迷いが見て取れる。

 最初に“命”と脅しを掛けておいてからの、常識的な要求だからな。

 説得とは、すなわち常套手段の積み重ねが一番有効なのかも知れない。

「では順番に尋ねていこう。まず君がそもそも地球に来た理由だ。なぜ地球に来ることになったんだい?」

 そして会話の主導権は渡さないスタイル。

 端から見てると色々勉強になる――いや、いつもは自分もこの功児さんのやり口に翻弄されているのか?

「ママと……喧嘩して」

 明がついに口を開いた。

 しかし親と喧嘩? それで地球に? それって……家出って言わないか?

 俺はその段階で、色々と詰め寄りたくなったがさすがの功児さんは落ち着いたものだった。

 なんら非難の色を浮かべることなく、深くうなずいて、

「なるほど。その理由は教えて貰えるかな?」

 と、先に促す。

「おばあちゃんを……地球で一人きりで住まわせてるのに――僕は反対で……」

「喧嘩だけじゃなくて、おばあちゃんの説得のためにも地球に来たんだね」

「そう――なのかも」

 自覚無しか。

 まぁ、確かにあんまりものを考えてから行動するタイプには思えなかったな。

「それで、おばあちゃんの返事はどうだった?」

 そこは是非聞いておきたい。

 もしかしたら、そのおばあちゃんの鶴の一声で事態が沈静化するかもしれない。

「おばあちゃん……今、入院中……」


「え!!?」


 と、声をあげたのは誰だったのか。あるいは全員だったのか。

 トレシーミ側まで驚いているのに、俺は二度びっくりだ。

 そのあたりも知らないまま、協力してたのか。

 森川はともかくとして――難波~!

 テヘッ! じゃねーよ。

「……それは。驚いたな……それでお祖母様のご容態は?」

「……容態?」

「そうか……つまり――」

 そこで功児さんも言葉の選択に迷ってしまった。

 なんと便利な日本語。素晴らしきかな先人の知恵。言いにくい事柄をオブラートに包んで尋ねられるこの手法。

 例えば、

「元気ですか?」

 と前向きな言葉を選択したとしても、そもそもが元気じゃないから入院しているのである。

 最悪の事態を想定してそれを確認するとして、

「死んでないよね? 死にそうになったりはしてない?」

 ……おおよそ、ゲームの選択肢でも出てこないであろう冗談では済まない言葉だ。

 さて、功児さんの選択は如何に?

「――お祖母様は、回復されそうなのだろうか?」

 うん、功児さんにしては切れ味が鈍いが、そもそも切れ味が必要な局面じゃない。

 明も功児さんの気遣いと、心配してくれているという言葉の向こう側の感情が理解できたのだろう。

 何度もうなずいてから、ちゃんと答えてくれた。

「そ、それは今のところは大丈夫。悪くなってないし、今すぐ――その……」

「そうか。それは何よりだった。それで病名は――」

「言えない」

 即座に放たれたのは拒否の言葉。つい先ほどまで懐柔されそうになっていたように思えただけに、それはあまりにも冷たく道場に響いた。

 その声に、俺と――龍馬がピクリと反応してしまう。

 声にはわかりやすい力の向きがあった。真っ直ぐで何物を寄せ付けない力強さ。

 俺たちは確信する。

 ここが、明の行動の謂わば背骨になっている、と。

「――わかった。それは尋ねない」

 功児さんも譲歩の必要性を認めたようだ。

「しかし、それがなぜロボメイルの情報を集める行動と結びつく?」

「それは」

「病名を明かさなければ説明できないということはないよね? 君は明らかに第三者の要望で動いている。どこでその第三者が紛れ込んだ?」

 断定口調で話し始める功児さん。

 これは力の流れを押し返そうとしているな。

「大丈夫。悪いようにはしないから話してご覧」

 すかさず懐柔。

 まったく根拠がないのは端から聞いているとよくわかるが、どうなる?

「……ち、地球についておばあちゃんの家に行って、そしたらおばあちゃんが倒れてて……」

 明が語り始めた。

 これで事情は判明するかも知れないが、初っ端から何だか大事おおごとだぞ。

 が、まぁ、入院していて無事って事は最悪の事態には至ってないのだろう。

「それは驚いただろう。それから入院の手続きを?」

「……その時に、金髪のおじさんが助けてくれた」

 !?

 ここで出てきたか第三者。

 しかしなんだ?

 そんな都合の良いタイミングで、しゃしゃり出てこれるものなのだろうか?

 一体、そいつは……

 俺が考えている間にも、功児さんの事情聴取は続く。

「その、おじさんにロボメイルの情報を集めるように?」

「それは……ちょっと違うかな?」

「どんな風に?」

「まず、おばあちゃんが倒れていて……」

 素直に話し始めたぞ。

 そこから先の明の話を要約するとこうなる。

 倒れていたおばあちゃんを発見。

 その時に言うわけにはいかない何かしらの病状も確認。

 ここでパニックを起こしかけたらしい。

 どうすればいいのか? 地球ではどういう手順を踏めばいいのか?

 いくら超能力少女でも、こればかりはどうにもならなかったらしい。

 そこに現れたのが金髪のおじさん。

 おばあちゃんを車で病院に運んでくれて、治療を受けたおばあちゃんの容態も落ち着いたらしい。

「で……?」

 長い話に焦れた龍馬が、そこで声をかけた。

 明はそれにめげずに、敢然と言い返す。

「そこまでしてもらったら、何かお礼は出来ませんかって聞くでしょ?」

「そうだね」

 なんか功児さんが凄く疲れてるな。

 まぁ、聞くだに怪しすぎる展開だし、どう考えても自分から罠に入り込んだだけにしか思えない。

 おばあちゃんに関しても、迅速な入院はもしかして実質的に人質の意図があるんじゃないか?

 何となく周囲を見回してみると、明を取り込む形の男達と目が合っていく。

 その目は全員が俺と同じ感想を抱いていると見て、間違いないだろう。

 明自身は自発的に行動しているつもりかも知れないが、巧みに誘導されている。

 そうなると気になるのは、その金髪のおじさんの正体だが――

「わかった。それで、今日追われていたのはどうしてかな?」

 そうか。

 そっちの問題もあったな。

「……多分、ママから連絡があって僕を捕まえるようにって言われたんだと思う」

 ありそうな話だ。

「それで、おばあちゃんの家も無理だし……ロプロンには凄く助けられた」

「何やったんだ?」

 森川、そして難波との間をつなぐと言うこととなれば、これは俺の役目になるだろう。

 そこで積極的に尋ねてみる。

「この辺の土地勘があったから、三次元的な移動でちょっとは助言できた……かも」

「凄く助かったよ」

「森川……自転車チャリは?」

 返ってきたのは森川の遠い眼差しだけだった。

 ……まぁ、どこかで見付かると良いな。

「俺は連絡もらって合流したんだ。森川は体力的にやばそうだったからな。あとどこか泊まれる場所はないか、と聞かれて……」

道場ここを思い出したってわけか」

 そこで龍馬が切り込んだ。

「よぉ! お前ら探してるのは警察みたいな連中なんだろ? 捕まって、ばあちゃんの事も頼めば……」

「それはダメ!」

 あまりの剣幕に、さすがの龍馬も黙り込んでしまった。

 ここでもネックになってるのが、どうやらおばあちゃんの病気の事らしい。

 ふと目を向けるとトレシーミ側も、曖昧な表情。入院の事は知らないまでも、とにかく一度警察と話をしよう、ぐらいのことはちゃんと提案していたようだ。

 だが、こちらとしても家出少女を安易に匿うと色々とやばい――刑法的な意味で。

 しかし異星人にどこまで適応されるものなのか。

 かといって、今の明を説得するのも難事だ。とにかく冷却期間を置く必要はあるだろう。

 功児さんはどう判断するのか……

「――仕方ない。一宿の恩義で話しを聞いてしまった以上、予定通り君はここに泊まると良い」

 ただし、と功児さんは即座に続けた。

「その一晩で、君は冷静になれるように努力するんだ」

「でも――」

「君はいいかもしれないが、付き合ってくれている二人はとにかく一度家に帰さないといけない」

 それもそうだ。

「君の目的は、凄い性能のロボメイルの秘密を調べる”だったよね。それはこちらでも調べてみよう」

「え?」

 いきなりの懐柔策。

「君の情報収集手段が僕にはいまいちわからないんだが、今の地球には色々調べる手段もある。一晩では限界もあるだろうが、翌日には効率的な調査方法を提案できると思うよ」

「そ、それなら……うん――とにかく今日はもう大人しくしてるよ」

 ようやくのことで明はうなずいた。

 そして、森川と難波へ身体ごと向き直り、

「今日はどうもありがとう。また協力してくれる?」

 と、ちゃんと礼を言った。

 悪い奴ではないんだよなぁ。

 だからこそ“金髪のおじさん”に良いように使われているのだろうけど。

「もちろん!」

「時間が合えば」

 とそれぞれに返事をする二人。温度差はあるが、嫌がってはいないようだ。

「では今日のところはいったん解散だ。師匠には改めて僕からお願いしておこう。明日は……そうだな学校終わってから、また道場に来てくれ。そこで今後の具体的な方策を練ろう」

 至れり尽くせりの段取りに、俺は思わず頭を下げてしまう。

 何しろ事は俺とイルンの秘密に関わっている。それも自分たちでさえ正体がわからない秘密だ。

 そういった事情を鑑みての、この巧みな一時保留。

 功児さんは、口の端に笑みを浮かべながら手でそれに応えてくれた。

 よし、これで明日とりあえず学校終わってからだな。


 ――そんな風に思っていた時期が私もありました……を俺はこれからマジで味わうことになる。


                     *


 不思議なもので目覚ましもかけていなかったが、いつもの習慣通り七時に目が覚めた。

 そのまま特に意識することなく制服に着替え、

「おはやーす」

 と、いつも通りに六畳間に顔を出すと、いつも通りに親父と挨拶。

 だが、そこから先が少し違った。

「昨日は遅かったようだな」  

 む……これは少し怒ってるな。

「道場に遅くに来客があってな……早くに連絡できなかったのは悪かった」

「わかってるなら良い」

 素直に謝ったのが功を奏したようだ。

「お母さん、中谷さんのとこに電話までしちゃって……」

 朝食を用意してくれながら、お袋が口を挟んできた。

 潤のところに電話したのか。潤には道場からの帰り道にメールしておいたので、今も心配させ続けているという事態はなんとか回避できたようだ。

 それはともかく……

「母さん、ここのところ目玉焼き多くないか?」

「そうかしら?」

「俺もそう思うぞ」

「二人してそんな……いじわる?」

「そうじゃない。だけど、たまには卵焼きにしてくれよ。鮭焼いたのでもいいけど」

 それと豆腐とあげの味噌汁だったら、最強のコンボだ。

 理想の朝飯を思い浮かべていた俺に、お袋がとんでもない言葉を放り投げてきた。

「そんなに言うなら、潤さんに作ってもらいなさいよ」

「はぁ? なんで潤が出てくるんだよ」

「将来的にそういうことになるでしょ?」

「話が早すぎる!」

「じゃあ、てっちゃん別れるつもりで潤さんとお付き合いしてるの?」

「そ、そりゃ……」

「ずっと付き合うなら、当然そういうことになるでしょ? どうして話が早いの? お母さん、そういう若い人達の感覚全然わかんない」

 年寄りを気取るなら、口調もそれっぽくなってくれないものか。

「母さん、俺は母さんに作ってもらうしかないんだよ。だから明日は目玉焼き勘弁してくれ」

「もう、仕方ないわね」

「俺は!?」

 このままでは目玉焼きが原因で家を出ることになりそうになったその時――


 ――ピンポーン……


 と、来客を告げる呼び鈴。

 思わず家族揃って時計を見上げる。

 現在、午前七時十分。まともな来客とは思えない。

 お袋を出すわけにはいかないから、俺か親父。一瞬で目配せし合って、俺の役目と相成った。

 立ったままだしな。

「はい、どちらさま?」

 扉越しに声をかけると、

「朝早くから失礼します。わたくし、外務省国際情報統括官の迫水と申します」

 相手は礼儀正しく自己紹介。

 で……外務省?

 何でだ?


                 *


 おおよそ予想も想像もしていなかった客を迎えて、俺とお袋は緊張していた。

 親父はすでに出社済みだ。

 野田家の家計を支えるために、突発的な出来事が起きても簡単に休むわけにもいかない。

 ……そういえば、俺のファイトマネーはどうだったかな?

 確か瀬草さんが、

「お前の彼女に管理まかせてるから」

 とか言ってたな。確かに地球で必要な部品パーツ買う必要性もあるだろうし――なんかお袋の望む方向性に、すでに片足突っ込んでいるような気がする。

 いえ、本音を言うとそれで不満はないんですが。(ブラインドショット)

 訪ねてきた外務省の迫水さんは見たところ、年の頃は四十代。

 ごく普通のダークブルーのスーツ姿で――特徴があんまり無いな。

 ちょっとしゃくれてるかな、というぐらいに顎がちょっと目立つ程度。

 他は割と整っているぐらいの容姿。

 今はお袋が出したお茶を正座で啜っている。

「それで……何のご用でしょうか?」

 名刺の肩書きをそのまま信じ、外務省という響きに腰が引けているお袋の代わりに俺が話を切り出すしかない。

「はい」

 と、迫水さんはまず湯呑みをおく。

「野田鉄矢さんには“山野明”という名前にお心当たりがあると思いますが」

「ああ……」

 道場にいるはずの明のことを思い浮かべながら、曖昧に返事をしておく。

「何? 新しいお友達? 昨日遅かったのはそのせいなの?」

 なんでこんなに勘が良いのか。

「うん、まぁ、そんな理由だ」

「その子がどうかしたのかしら? ……あら、ごめんなさい」

 迫水さんは、そんな俺とお袋のやりとりを見ながら何か悟ったらしい。

「今から学校だね。どうだろう、送っていくからその道すがらということで」

 お袋が部外者だということは察してくれたようだ。

「じゃあ、お言葉に甘えて――」

「失礼の無いようにするのよ」

「ああ、じゃあ行ってきます」

 

                   *


 迫水さんは本当に車で来ていたらしく、近場の駐車場まで付き合うこととなった。

「――さっそくですが、学校には行けないと思ってください」

 その道すがら、迫水さんから唐突な告白。

「でしょうね」

 それは俺も覚悟済みだ。

「学校への連絡は、良いように細工しておきます」

「はぁ」

 この辺り、一介の学生としてはどうしようもない。

 外務相の名前で連絡しておきます、と言われないだけ気を使われているのだと前向きに判断しておく。

「着きました。詳しい内容は車の中で」

 駐車場に停まっていたのは……とにかく乗用車だ。

 えっと……セダンタイプの色はグレー。

 すまないが車はまったく詳しくない。“セダンタイプ”という単語を引っ張り出しただけ褒めて欲しいぐらいだ。

 正直、ここまでホイホイついて行ってしまっていいものかとも思うけど、瀬草さんに指摘されたとおり、俺にはイルンと合身出来るという究極の奥の手があるからな。

 

 ピルルルルルル……


 そんな風に未だ呑気に構えていた俺の携帯が鳴った。

 表示されている名前は――功児さん?

 俺は迫水さんに断って電話に出る。

『鉄矢君、謝罪はあとにさせてくれ。色々とまずい状況が起こった』

 功児さんには珍しい、慌てた口調。

 それだけで異常事態であることがわかる。

 いや、外務省の人間に呼び出されている段階で十分に異常事態ではあるんだが。

「どうしたんです?」

『こちらの状況だけを伝えると、彼女がいなくなった――ああ、こちらというのはもちろん道場の話だ。朝に顔を出してみるとすでにもぬけの殻だった』

 話の順序立てでミスるのも功児さんらしくない。

「明が?」

『最初はおばあちゃんの見舞いに行ったのかと思っていた。だが――そこで気付いた』

「何にですか?」

『情報を集めろと言った“金髪のおじさん”の本来の目的だよ』

「だから、情報収集――」

『違う。イルンと合身した君に勝つことだ』

「あ!」

 思わず声をあげてしまった。

 迫水さんが不審そうにこちらを見てくるが、構っている暇はない。

 というか、大体の事情がわかってしまったぞ。

『僕も迂闊だった。言い訳が許されるなら彼女たちが来る前に、パワーについての考察をしていたのが影響していたのだと思う』

「いや、それはもう仕方ないです。それよりも先のこと――」

『間違いないだろう。ロボットの性能ではなく、相手は超能力で君達を打倒するつもりだ』

「パパ!」

 功児さんの予言と共に、空中からイルンが舞い降りてきた。

 その表情は硬い。

 はてさて、野田鉄矢。


 ――どう戦う?


                    *


 イルンの話によると、外務省の人間が中谷家にも訪れたらしい。

 もっとも中谷家に向かったのは、同じ外務省でも別の部署の人間だったようだ。そもそも中谷家は異星との関わり合いがあるので、色々と外務省と接触はあったらしい。

 イルンの要領を得ない話を時系列順に並び替えると、

「いきなり訪ねてきて、戦えるのかって?」

「パワーは大丈夫なのか? 安定して状態が保証されてないのって怖いって言うのよ」

「突然にママを連れだそうとしたんだけど、一緒に行く必要がないってなかなかわからないの。神谷さんなんじゃないかしら?」

「瀬草さんにはまだ連絡取れてなかったみたい。だからとにかくパパに事情を伝えようと思って私が会いに来たの」

 大体こんな感じだろうか。

 イルンのまくし立てに、横で運転する迫水さんの背中が丸まっていくが、仕方ないところだろう。

「――大体事情はわかりました。要するにまた外国の代表相手に戦えば良いんですね」

 功児さんの推測ではそれが明のはずだが、とりあえずそれは置いておく。

「ご理解いただけて助かります。場所はカルハホールになります」

 ……ということは現在向かっている場所もカルハホールってことか。

 ここまでは良いとして、少しは事情を聞いておくか。

「それで、戦う相手はどこの国ですか?」

「フランスです」

「フランス……」

 特に感想がないな。

 連想されるものは――料理、凱旋門……オシャレ?

 が、国のことはとりあえず良いだろう。

「それで、なんでこんなに急いでるんです? そもそもこのロボメイルの戦いはAJRAの仕切りだと思ったんですが」

「ロボメイル競技の主導権を握り続けることが、対異星の外交において重要であることは瀬草氏から説明を受けておられますよね?」

「聞いてますが……それって本当だったんですね」

「本当です」

 本気マジのトーンで返された。

 何て愉快なことになってるんだ日本。

 だが、それならそれで次の疑問が湧いてくる。

「じゃあ、こんな急な要求に応じなければ良いんじゃないですか? この前もやったばかりだし調整が出来ないとか……色々やりようもあったと思いますが」

 なにしろただの高校生でも思いつくのだ。

 いい大人達――それも優秀な――が集まって、それぐらいの事気付きそうなものだが。

 もちろん迫水さんにはこの質問に対する答えがちゃんとあった。

「フランスが負けた場合、日本の常任理事国入りを支持すると伝えてきました」

「それは――重要ですね」

 としか返しようがない。

 確か授業で聞いた内容は……

「パパ、“じょーにんりじこく”て何?」

 イルンが早速に食いついてきた。

 俺は思わず顔をしかめてしまう。

 幼気な声で、一般教養を聞いてくるのはやめるんだ。

 凄くバカになった気分になるんだぞ。

「常任理事国というのは、国連での……重要な役割を担う国、ということです」

 業を煮やしたのか、現代の平均的な高校生の知識について悟ってしまったのか、迫水さんがイルンに説明をしてくれるようだ。

 俺は、どうぞ続けて、を目一杯のジェスチャーで伝える。

「……異星からの接触以来、地球ではうかつに戦争できなくなりました」

「どうして?」

「観光惑星としての価値が下がると、三日月機関の供給が滞ると予想されるからです」

「そうなの?」

「だろうな」

 それぐらいの理屈はわかる。

 地球に慰安と風光明媚な場所での休養、それにロボメイル観戦に訪れているのに、横でドンパチやれていたら、気も散るだろう。

 多分、巻き込まれたからといって異星人に被害が出ることはないと思うのだが、積極的に地球を訪れよう、援助しようと、そんな風には思わないだろう。

 地球人の多くはこの推測を妥当だと感じていて、違う可能性を模索しようともしない。

 それほどに今の地球には三日月機関が必要なのだ。

 しかし、こんな説明を長々と続けるわけにも行かないから、イルンの確認には俺はうなずいておくだけにしておいた。

 他にも確実に存在する地球外からの視点の存在が、最大の抑止力だったという説もあるしな。

 段々思い出してきたぞ。

 それで外交手段としての“戦争”を制限された地球は、代わりにとりあえず出来上がっていた仕組みを有効活用することにした。

 もちろん国連だ。

 そこで改めて問題となったのが常任理事国だ。

 常任理事国というのは第二次世界大戦の戦勝国であるが故に拒否権(VETO)という、多大な権力を持っているわけだが、世界大戦から随分時間が経ち、且つ三日月機関の影響で国力格差が小さくなっている現状、いつまでもこのままで良いのかという問題が提起された。

 そこで常任理事国を増やそうじゃないかという働きかけが行わていた……はず。

 うん、多分ここまでは間違いない。

 元の常任理事国からすれば、自分たちの権利に割り込んでくるものが現れるわけで、そこだけを考えれば嫌がる気持ちもわかる。

 大人げない、とは思うけども。

 日本はそれこそ、異星との接触が起きる前からこの働きかけはしていたわけだが、三日月機関の圧倒的な供給量の多さに、ここに来てその気運が高まってきている……と、どこかで聞いた。

 それに加えて、

「いつまでも戦後ではないだろう」

 という、他の国連加盟国からの要求もある。

 そこで日本の常任理事国入りを嚆矢として、現状の改革を図りたいという欲求もあるらしい。

 それを拒んでいるのが、元々の常任理事国であるわけだがその内の一つ、フランスからそういった提案が成されたというのは――果てさてどっちが焦っているのかな?

「……つまり、滅多にないチャンスだから、相手の気が変わらないうちに戦っちゃおうって事?」

 イルンのざっくりとしたまとめが、実に的を射ている。

「身も蓋も取り外せば、そういうことだろうな」

 しかし外務省は戦う相手が超能力者だと……わかってないんだろうな。

 それにこの情報は、確定的な情報でもないし。

 一体どうするべきか……


 ピルルルルルルル……


 また携帯が鳴った。

 表示されている名前は――瀬草さんだった。

『おい、どういう状況だ?』

 出た瞬間にこれである。

 とりあえず、今わかっているだけの現状を伝えている。

「フランスと戦うことになったようです。学校さぼって、今カルハホールに向かってます。多分、外務省の車で」

『チッ!』

 電話越しにでも、耳が震えるような舌打ちは勘弁して欲しい。

『昨日、お前からの電話に早くに気づけたらどうとでもなったんだがな。相手は多分、昨日お前が会ったって言う超能力少女だぞ』

「はぁ」

 未だに現実感が湧かない俺は、生返事をしてしまった。

 だがそれで瀬草さんも察してくれたらしい。

『……わかってたのか?』

「功児さんが、その可能性を教えてくれましたから。ほとんど断定してましたけど」

『お前のとこの師範代だったな……やるな』

「瀬草さんも、すぐにわかったんですか?」

『俺は経験があるからな。しかもフランス。あの最悪の国だ。勝つためなら何でもするぞ』

 ――とっても狂信のかほり。

「それで……これ戦わなくちゃいけませんか?」

 根本的なところを尋ねてみる。

 外務省相手には尋ねなかったのは、一介の高校生の意志が通るとも思えなかったからだ。

 だが瀬草さんと連絡が取れた以上、少なくともAJRAはこちらの味方になってくれるはずである。

『……俺も出来れば回避したいんだがな――政府が正式に受理してる以上、こちらから降りたらフランスの性悪人共は間違いなく自分たちが勝ちだと主張する』

 真っ当な意見の片鱗は見えるのに、少しの狂気で何もかもが台無しになる感覚。

『横にいるなら試しに聞いてみな』

 少し引いている間に、常識的な提案。

 さっそくやってみる。

「この試合、やらないとダメですか?」

「ここで降りると、日本は深刻なダメージを受けます」

 にべもない返事。

「恐らく相手は、超能力者――ジーグレトとのハーフですが」

 思い切って手持ちのカードを切ってみる。

 さすがに迫水さんも、表情を変えた。運転しているから横顔だけしか見えないが、それはもうはっきりと。

 家出超能力少女の話は……有名な縦割り行政で知らないにしても、ジーグレト人が相手という話はスルーできないらしい。昨日までジーグレト人のことをまったく知らない俺が言うのも何だけど、外務省の人間なら、きっと常識なんだろう。

「……確かな情報ですか?」

 掠れた声で迫水さんがようやくのことで言葉を返してくれた。

 脂汗まで流している。

 ……もしかして、ジーグレト人ってかなりヤバい?

「その……瀬草さんも同意見ですから、確認してみるのはいかがでしょう?」

 あまりの様子にそっと言葉を差し出してみる。

「ホールに着いたら、さっそく確認してみますが……日本としてはこの試合を辞めるという選択にはならないでしょう。それだけはないと断言できます」

 なんか今にも血を吐きそうなんですが。

 ……あれ?

 …………これ、俺が日本の命運を背負ってる展開になってない?

 ………………マジで?

「パパ、ママは明さんのこと心配してたからやりすぎちゃダメよ」

 ええい、このイルンは状況をわかっているのか!?

 そんな余裕カマしていられるような相手なのか?

 だが潤が明の事を心配していたのは間違いない。

 俺も、明とガチでやり合う未来なんか全然想像できない。龍馬バカならともかく。

 つまり……状況を整理しよう。

 まず、これからの試合には日本の命運がかかっている。

 そして、その相手とは出来るだけ手加減しないといけない――勝てるかどうかもわからないのに。


 ――あれ?


 もう一回言うぞ。


 ――あれれ?


プロットは出来ていても、どこで章を区切るかという別問題が発生しました。

なんか、勝手にチキンレースみたいな状態。

多分、ここでいいんじゃないか、と思って区切りましたが、多分短いんじゃないかな。

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