二部 第二章「俺の彼女がいい人過ぎて大変です」
明が比喩でも何でもなく飛び去った後。
難波も森川もその場から消え失せてしまった。
もちろん俺もその場を逃げ――もとい、普通に帰った。
そしていつもの手順通りに自転車で潤の家へと向かう。いつの間にかいなくなっていたイルンに悪い予感を覚えながら、いつも通り中谷家のガレージに直接赴くと潤がお茶請けと、ほうじ茶をちゃんと用意してくれていた。
結果的にいつも通りの時間だし、ここは不思議はない。
イルンとジンの本体が設置されたガレージは、初めて訪れたときよりは手狭になっているが、こればかりは改築でもしないと改善のしようがないしな。
その上、中谷家の厚意でなんとも古めかしい電器ストーブまでやって来てしまった。
もちろん文句を言うなんて論外だし、無いと非常に困るわけだが、ちょっと危なっかしい。
「いらっしゃい。寒かったですか?」
「そうだな。今日はちょっと冷え込んでるかな」
少しばかり潤の口調も砕けてきたが、あくまでニュアンス的な範囲に留まっている。
潤はいつも通りにオペレーター席――にあたるモニター前――に腰掛けていて、俺はそのすぐ横に広げられたパイプ椅子に腰掛けた。
そして机の上の僅かな隙間に湯呑みをさしだしてくれて、潤も相伴してくれるらしい。
今日のお茶請けは……煎餅だな。
この辺、宇宙人とのハーフ一家のはずなのにあまり文化的違和感がない。
得てして、こういうものなのかも知れないな。
――さて。
今し方、と言っても良い校門での顛末を話さないわけにはいかない。
とにかく潤には肝心な所を伝えておかないと。
とりあえず頭の中でシミュレート。
「何だかややこしいのがやって来ている。
気にしても仕方はないが、一応気にかけてはいて欲しい」
……こんなところだな。
「あ、あの……」
まさに俺が話そうとしたタイミングで、潤から声がかけられた。
「い、イルンから聞きました」
何を?
と、聞き返して墓穴を掘るほど間抜けではないつもりだ。
なにしろ潤の瞳が、これ以上ないほどに潤んでいる。
これは肝心ではないが、恥ずかしい告白部分を中心に報告されたな。
潤はそのまま黙り込んでしまったが、辺り一面に漂うのは間違いようもない……甘い空気。
待て。
待て待て待て。
――いや待て。
ここで俺には待たなければならない理由はあるか?
「その……嬉しかったです。でも、私――そんなことで不安になったりはしませんよ?」
来ました。
ここで上目遣い来ましたよ。
髪までしっとりとしてきていて、潤が異常なほどに色っぽい。
思わず潤の両肩に手が……
「だから待てと言うのに」
ジンの声だ。
「だから何でだよ!?」
続いて龍馬の声。
そうだった。
待たなければならない龍馬は確かにあったんだった。
*
「ジン! なにやってるのよ!!」
「まったくもって、すまん、としか言えん」
潤の手のよる姉妹機のコミバの間に、珍しく力関係が成立していた。
「私はねぇ! おばあちゃんに頼んで、ちゃんと二人きりになれる場所を準備して貰っていたのに」
「あ~、いいぞ。今からでも行ってこいよ。ご休憩って奴だな」
「……初めて聞く単語ね」
「このバカが!!」
またイルンに妙なことを吹き込んだ龍馬に、躊躇うことのない鉄拳制裁。
「おおっと」
龍馬がそれを機敏にかわす。
狭くなったガレージで器用なことだ――などと称賛している場合ではない!
何としても、この龍馬に――
「こ、壊れちゃうから、も、もう良いです」
潤がそれを止めようとするが、ここで龍馬を野放しにして良いわけがない。
「しかしだな」
「イルンには私から言って聞かせますから」
あ、これは開発者の声だ。
イルンとジンが震え上がっている。
「……わかった。龍馬は道場でカタにはめておく」
「やれるものならやってみやがれ」
こいつも最近、戦闘スタイルを変更しつつあるおかげで殴りにくくなってきた。
だから実は狭いところの方が有り難いのだが、確かにここで器材を壊すわけにもいかない。
「……で、そもそもお前らが恥ずかしいことになった原因はなんなんだ?」
これで気を効かせたつもりなのだから龍馬は恐ろしい。
しかし、ここで下手に抵抗しても墓穴を掘るのは目に見えている。
俺とイルンの二人がかりで、校門で繰り広げられたコントについて説明。
「――お前それ、AJRAに連絡は?」
聞き終わってすぐに龍馬が口にしたのはそれだ。
「あ」
と思わず、声が出てしまった。
「何だ、まだなのか? やっぱり色ボケ――」
「今からするから、黙ってろバカ」
「バカはお前だ」
くそ!
この際、龍馬の始末は後回しだ。
とは言っても、AJRAと俺の繋がりなんて瀬草さんしか無いわけだが。
俺は携帯をとりだして瀬草さんをコール。
「……それでイルン、ジーグレトの方というのは間違いないの?」
「うん。間違いないよ。えっと……ちょーのーりょく、使ってたし」
何だその頭の悪い発音は。
無理に日本語に翻訳したかのような、その響き――くそ! 留守録か。
大会が終わった直後、というタイミングだから簡単に捕まらないかもしれない。
「ちょーのー……超能力か」
俺が留守録に用件と判明しつつある明の正体を吹き込んでいる間に、龍馬の変換も終わったらしい。
たぶん“超能力”で良いんだろうな。
何というか手を使わないで、物を動かす系の現象をひとまとめにするなら。
髪とかもそれっぽく、波打っていたし。
……あんなにわかりやすい宇宙人でいいのだろうか?
「ジーグレトの人は、随分前にも地球に来たことがあるらしいです」
潤からフォローのつもりなのか、説明が続けられた。
「随分前?」
「えっと、三千年前ぐらい……です」
それは確かに“随分”前だ。
もしかしたらその時接触した地球人によって“超能力者=ジーグレト人”というイメージがすり込まれたんじゃないだろうか?
「でも、その明ってのがその時からいるわけじゃないんだろ?」
馬鹿な妄想に耽っているウチに、もっと馬鹿なことを言い出した奴が居るぞ。
いや寿命が長いのかも……
「それは無いと思います。いくら何でもそんなに長生きできませんし」
「じゃあ、そいつはどこからやって来たんだ?」
もっともな疑問だ。
それに加えて何だって、あんなスパイみたいなことをしようとしているのか。
留守録に早口で事情を吹き込み終わり、俺も話し合いに参戦――
「それは僕が地球人とのハーフだから!」
――何だか他の明が参戦してきたぞ。
*
声が聞こえた瞬間、俺たちが思わず顔を見合わせたとしても仕方のないところだろう。
とにかくワンクッション欲しかった。
「観念して出てこ~い」
と、向こうは空気も読まずにガレージの扉をノック――というか叩きつけている。
「ど、どうしようか?」
イルンがとにかく対応すべきだという意見を出してくれたのは助かった。
「もうどうしようもネェだろ」
「居留守でも良いと思う」
「叩かれ続けると、近所迷惑……」
うむ。
潤の提案が一番切実だな。
「僕には見えてるんだからね。ロームン! そこにいるんだろ!」
「開けよう」
俺は懇願するように提案した。
「う、うん。それはいいですけど――」
潤は申し訳なさそうに周囲に視線を巡らせた。
……確かに、ここに入れたら一体どういう風に誤魔化せばいいのか。
「大丈夫、大丈夫、何とかなる」
「リョウ、あまりに状況を楽観視しすぎるのは悪い癖だぞ」
「でも、ぜんぜんロボットのこと知らないみたいだったよね」
「早くしろ~! その水槽の中に入っている人型みたいなのに興味が出てきたぞ」
……本気で見えているらしい。
こうなるともう、迷っていても意味がない。
「ところで“ロームン”って何だ?」
くそ、僅かの間にこれだけの爆弾を仕掛け続ける爆弾魔を迎え入れなければならないとは。
俺は扉を開けようと腰を浮かしかけていた潤を制して、扉を開けた。
いらないことを言い出しそうになったら、気合いで黙らせるつもりだ。
ガチャ……
「遅いぞロームン! 何をやってたんだ!」
――気合いも何もあったもんじゃないよこの相手は。
誤解のしようもないほどに、人をはっきりと“ロームン”呼ばわりしやがって。
「ロームン! お前がロームン! ウヒャヒャハヤヒョハヤヤキュヒャヒャッヒュー!!」
くそう。
龍馬め、せめて人類の範疇で笑いやがれ。
やはり何があっても、こいつだけは俺の敵だ。
「と、森川もいるのか」
龍馬を意識からカットしてしまうと視界が広がった。明の後ろで自転車にまたがったままの森川が肩で息をしている。顔色も随分悪い。
「ど、どうしたよ?」
さすがに心配になって声をかけると、
「か、彼女が君の気配を探しながら……でたらめに自転車を動かすから……時々、死ぬんじゃないかと……」
「失礼だなぁ。死んじゃうようなことになる前にちゃんと守るよ」
つまり、死にそうになるところまでは既定路線だったわけか。
「鉄矢さん、とにかく中に入って貰いましょう。狭いですけど……」
「お、おう」
今の潤、何か奥さんっぽくなかった?
ちょっと頬が熱くなってるのが、自覚できるな。
「あ~、この人がロームンの彼女さんだね。確かに可愛い……」
「ど、どうも」
「もしかして、ラグスの人?」
「と、とにかく中に」
なるほど、これを玄関先でやられると色々と恥ずかしい。
「森川も中に入れよ。お茶ぐらいは出せるから」
「正直助かる」
というわけで、狭いガレージに五人が詰め込まれることになった。
*
とりあえず自己紹介をお互いに済ませるところから始める。
二人のコミバについては、正式にやってしまうと話がややこしくなるので情報端末と言うことで、とりあえず押し通した。
「じゃあ、潤もハーフなんだ」
「う、うん」
いきなりの距離の詰め方に、潤も戸惑い気味だ。
「じゃあ“挨拶”――」
その言葉になぜか森川がビクッとなる。
「――あ、ラグスの人相手はダメだよね」
「地球人相手でもダメだと思うけど……」
「そ、そうだったね」
慌てたようにパタパタと手を振る明。
何だ?
「で、よ、鉄がロー何とかって言うのは一体何なんだ?」
自己紹介も一通り終わったところで、いきなり龍馬が切り込んだ。
戦闘スタイルが変わっても、こういう部分はなかなか変化しない。
しかしまぁ、受け取り方によってはこれでロボメイル関連からは話をそらせるな――時間稼ぎにしかならなそうだが。
「えっと、この野田鉄矢はロームンの子孫なんだよ。だからこれは運命なんだ」
明の説明はスタート地点から、ゴール地点まで一期にワープしましたよ。
超能力者だけに会話まで瞬間移動したのか?
「その点は俺から話したい。山野さん――」
「明!」
「――明はまだ地球になれてないからな」
森川から有り難いフォロー。
また明も、地球になれていないというのは自覚しているのだろう。その申し出に素直にうなずいた。
では、と森川が咳払いを一つして説明をはじめる。
「――随分前に、明の先祖が地球に不時着した」
「それが三千年前か」
即座に龍馬が口を挟んだ。
「よく知ってるな」
森川は時に気分を害した様子もなく、むしろ感心したように応じる。
それで大人しくなる龍馬も龍馬だ……なるほどこういう風に扱う――なんて事は出来るわけがないから、実に無駄知識だな。
「その時に、船長は――これが明の先祖らしい――無事に帰ることが出来たらしいんだけど、他のスタッフ三人は地球に残った」
「それがトレシーミ?」
イルンが口を挟む。すると森川はビクッと身体を震わせる。
どうもコミバという存在になれないらしい……無理もないけど。
「そ、そうだよ。よく覚えてるね」
「えへへ~」
「と、とにかく、ブリッジクルーのことをそういう風にまとめて呼んでいたらしい。この辺は地球風にはどういう表現するべきかよくわからなかったんだが、船長の私的な家臣みたいな感じかな。そういう三人を引き連れていることが一定の地位以上にある者は連れていることが当たり前だったようだ」
「なんとなくわかった」
実を言うと半分ぐらいしか理解できなかったが、森川の必死の説明に押されてとりあえずうなずいておく。
全然わからないわけでもないしな。
「で、その三人の名前が……」
「ロプロン、ポイトン、ロームンだね」
意気揚々と明からのフォロー。
だが、さすがにそれにはつきあえない。
「でもよ、そこから三千年なんだろ? 子孫とかそんなわかりやすいことになってるか?」
そこだよな。
龍馬でもわかる、この理屈。
「俺の身体に流れる“ロプロン”の血の濃度――としておく――は0.03%だそうだ」
龍馬の疑問に答えるように、森川――ロプロンから驚きの宣告。
「は? 0.03?」
思わず尋ね返してしまう。
「難波もそれぐらい。野田は0.01%ぐらいだそうだ」
「な~~~んだ!」
そこまで聞いたイルンが突然、声を上げた。
「そんなの全然、運命でも何でも無いじゃない。地球人なら誰だって……」
「そんなことないよ!」
そこか! というイルンのボケ突っ込みに敢然と立ち向かったのは明だった。
「おばあちゃんの家のこんな近くに、僕が助けを欲しい時に、存在がちゃんとわかる子孫が三人揃ってるんだよ! これは絶対に運命!!」
「う、う~ん……パパの他にはわからないってこと?」
「そうだよ。僕がわかるのはこのロプロンと、あのポイトンと、それからこのロームンだけだ」
そこから始まる、イルンと明による運命の定義づけ。
字面だけなら、何かやたらと壮大だな。
とりあえず、そこは好きにさせるとして確認しておきたいことがある。
まずは、その導入だな。
「森川、難波はどうしたんだ?」
「野球部の練習に行った」
「……じゃあ、アイツが付き合ったのは校門までか」
どういうつもりなのか、とは思うがある一点では納得できる。
「神谷さん、難波さんって……」
「ああ、やたらにゴツイ男だ。道場に来たことある」
「そっか……男の人……」
怖い!
何か怖いよ俺の彼女!
でも可愛い。(ノーガード)
「それで森川は何で付き合ってるんだ?」
「こ、困ってる宇宙人に親切にするのは当たり前のことだろ?」
そんな力強く主張されても、顔が赤くなってる段階で理由は明白だ。
ロリなのかショタなのかは難しいところだが恋愛は自由だろう。
さて、これで大体の整理は付いたな。当人は相変わらずイルンと舌戦を繰り広げている。ジンは何か審判役を押し付けられているな。
「……森川。それで困っていることの内容は詳しく知ってるか?」
意を決して尋ねてみる。
「それが……これも都合のいい話だと思うのだが、この付近にロボメイルの……運転手? 選手? そういうのがいるらしいんだ」
俺か龍馬だな。和光ジム所属の選手かも知れないが、あっちは公になってるし。
「で、その内の一人が常識外れな性能のロボットを持っているらしい。なぜそんなに強いのかを調べなくちゃならない……と」
やっぱり俺か……和光ジムでのことがあるから調査候補としては当然上がってくるだろう。
しかし、その“なぜ強い”のかは俺たちもわかっていないという。
「それで……俺はもっと都合の良い展開を考えているんだが――」
「ああ、この二体がロボメイルに使われるロボットだ」
龍馬があっさりとばらす。
おい! と突っ込みたくなったが、実際こうなってしまっては誤魔化しようがない。
「やっぱりか。野田、君はロボメイルの関係者なんだな?」
「……そうだ」
「それで、問題の……」
「操縦者って言うんだよ」
龍馬がやたらに親切だ。
どういうつもりなのか――いつも通り俺を罠にはめたい、というのが一番わかりやすいが、事はロボメイル絡みだ。
それにどうも瀬草さんの狂信に同調している風でもあるし……
「俺はそこの“ジン”っていう機体の操縦者だ」
「もう一つは?」
と、当然のように目を向ける森川。
そこにはオーバーコートで偽装されたイルンの本体。
偽装はされているが、女性形は女性形なんだよなぁ。
しかし龍馬は構わずに説明を続ける。
「“イルン”だよ。最初に中谷――鉄の女な――が趣味で作ってたんだよ。鉄用に作ってたけど、鉄はロボメイルに適合が無くて合身できない」
「“適合”? “合身”? そういうものがあるのか」
森川はどこまでも基礎知識が足りないらしい。
「まぁ、合身できないとわかっているから中谷も趣味に走ったんだけどな」
「なるほど……」
あ、こいつ今、わかったふりをしたな。
それはともかく龍馬には隠そうという意図はあるらしい。
「ロプロン、僕には大体の事情がわかったよ」
いきなり明が割り込んできた。
「ロームンは、もともとロボメイルの関係者だったんだ。だから仲間を裏切りそうになる手伝いは出来なかった。もちろん彼女も裏切れない。だからあの場で断ったんだよ」
……概ね事情は説明できているような気がするな。
「でも、問題のロボットは女性形だと聞いたが」
森川がちらりとイルンの本体を見ながら確認する。
「でも、ここには動かす人いないでしょ?」
「彼女は……」
森川は潤を見る。森川がしつこいと言うよりも、これは当然の疑問だな。
「潤? そうなの?」
「いえ、私は……それを動かしたりしないです。その……作ったりはするけど」
「そうなんだ! ねぇ、すっごく強くする方法ってわかる?」
何という無邪気な質問。
それは目下、俺と潤とイルンとで調査中だからな。
「その……わからないです」
潤としてもこう答えるしかないだろう。
どうもさっきから微妙にすれているような。こちらの隠したい方向に上手い具合に向こうがはまっていってくれている気がする。
「そう簡単には行かないか……」
きっと現実に対するこの森川の捉え方が原因だろうなぁ。
実際には、もの凄く都合の良い展開なんだけど――向こうにとって。
そして、探し求めている情報は、その持ち主がよくわかっていないという変則的な事態。
瀬草さんの妄想が実現した形だな。
「ちょ、ちょっといいかな?」
その時、潤が右手を挙げながら明に話しかけた。
「うん? 何?」
「さっき“おばあちゃんの家”って言ってたけど……明さんは……」
「明!」
「……明は、普段地球にいるんじゃないんだね?」
「う……」
潤の珍しい断定口調。
俺は今の今までその発想はなかったけど、確かに異星とのハーフは必ず地球に住まなければならない、なんていう決まりはない。
そして明が言葉に詰まったところをみると、潤の指摘は図星だったようだ。
「地球に来たのはどうして? おばあさまはこのこと知ってるの? 明はどうしてこんなことしてるの?」
そのまま潤が一気呵成に責め立てる。
「そ、そんなこと潤に関係ないだろ!」
「か、関係はないかも知れないけど……心配なの――その、私もハーフだし、ラグスにいるおじいちゃんとおばあちゃん心配だもの。だから心配もかけたくないし……」
そうか。
遠いとは言っても、地球、それも日本にいる俺の爺ちゃん婆ちゃんとは違って異星とのハーフだと、当然そういうことになるよな。
身内であればこそ、光年単位のこの距離は不安材料にしかならないよな。
潤にしか気づけなかったであろう、この厳然とした事実を前に、地球人である俺たちは黙り込むしかない。
当事者である明は、下を向いて唇を噛んでいる。
「明――今やってることは本当にしないとダメなこと?」
こうなった潤は強い。
地球人が――つまり男連中がほとんど――固唾を呑んで二人のやりとりを見守ることしかできない。
「うるさいなぁ! そんなに言うならどうしたらロボット強くなるのか教えてよ!」
「それは……」
「もういいよ。ロプロン、行くよ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
そのまま止める暇もなく、明たちはガレージを出て行ってしまった。
追いかける理由もないので、俺たちはそこに残るしかない。
……いや、本当にそうか?
――潤の悲しそうな顔が俺の心の中に疑問を投げかけ続ける。
*
迫る龍馬の拳。
しっかり握り込んだ拳ではなく、言うなれば曖昧な拳だ。
ここから払いにも掴みにも転じることが出来るだろう。
俺はこの拳に対してカウンターを――
――しまった!
龍馬の拳だけではなく、その身体ごとがカウンターを放つべきポイントから消え失せてしまった。
アイツが最近身につけ始めた、己の反応速度を利しての戦闘スタイルだ。
相手の読みを速度でねじ伏せる、幻惑の戦闘スタイル。
一方で俺はプランを覆されたことと、自分の一手前の失敗の後悔で硬直してしまっていた。
ドンッ!!
背中から容赦のない一撃。
「グホッ!」
久しぶりに気持ちいいのを貰ってしまった。
これは……
「それまで!」
俺が負けを覚悟したところで、功児さんから制止の声。
このまま行けば龍馬に一方的にボコられるだけだったからな。
当然の判断だろう。
俺は潔く、居住まいを正すと龍馬に一礼。
「ケッ!」
龍馬から、忌々しげな声が聞こえたが今は受け入れるしかない。
*
今日の遅番稽古には東さんも高橋さんも顔を見せていた。
その前で醜態を晒したわけで、恥ずかしさもひとしおであるが――とにかくこれは俺が悪いな。
むしろ恥ずかしさを胸に刻んで、二度とこういう事をしないようにしよう。
一通り稽古も終わり、あとはそれぞれ帰宅するだけ、という段階になって俺と龍馬は功児さんに引き留められた。
今日のことだな、とは思うが龍馬まで引き止まられたのは何でだろう?
「さて、まず龍馬君」
二人で腰を下ろすと、正座のままのピンと背筋を伸ばした功児さんはまず龍馬に話しかけた。
「苦労していたようだが、随分と様になってきた。攻めッ気を抑えてあそこであえて背後に回り込む柔軟さは、確かに君の持ち味を生かすスタイルだ」
「お、おう」
褒められるとは思っていなかったのか、戸惑いながらも龍馬はまんざらでもない様子だ。
「これで相手の死角を付くときに背後以外の選択肢を見出せるようになれば……」
「好き放題に攻められるってわけだ」
うむ。
やはり龍馬はどこまでも龍馬だった。
「――そして鉄矢君。何が悪いのかわかっていたようだが説明できるかな?」
「はい」
俺は返事をして、頭の中で自分の失敗を整理する。
「……龍馬に後ろを取られるきっかけとなった攻撃の時に、俺は迎撃を考えましたが、あのタイミングではむしろ龍馬に攻撃して龍馬の選択肢を削るべきでした」
功児さんは、正解だ、というようにうなずいた。
「そうだね。龍馬君の“柔”の選択肢を、鉄矢君の“剛”で断つべき局面だ――反省できているということは、また袋小路に迷い込みそうになっているわけでは無さそうだが――今日は一体どうしたんだ?」
「それは……」
一瞬、潤の顔が脳裏に浮かぶがそれをグッと胸の奥にしまい込む。
「いえ。言い訳は何もないです。今日は俺の油断でした」「女だよ」
俺が説明している最中に龍馬が重ねてくる。
龍馬を睨み付けようとしたが、
「人のせいにしなかったところは褒めてやるが、お前が今ひとつなのは明らかにあれが原因じゃねえか。素直に吐きやがれ」
「…………」
とっさに反論できない。
「それでは龍馬君。何があったか説明してくれ」
「俺が?」
「君の思考の柔軟さを試したい、という理由もある。これも鍛錬だと思って、僕に伝えてご覧」
上手い。
そういう風に話を持って行かれたら、龍馬が反抗するはずがない。
案の定、龍馬はつかえながらも午後に中谷家のガレージで起きた一騒動を思ったよりも細かく話し始めた。
大体において対岸の火事だったのが幸いしたのか、功児さんが要所要所で俺に目配せしてしてきたが特に修正も捕捉も必要なく、龍馬の説明は続く。
「……で、連中が出ていって終わりだ」
恐らくは十分もかかっていないのだろう。
龍馬の説明は思ったよりも早く終わった。
功児さんはうなずきながらも、
「ありがとう。何が起こったかはよくわかった。しかし鉄矢君がいまいちな理由はよくわからないな」
「それは……要するに中谷が随分とその明ってのに入れ上げてたみたいでな――おい、鉄」
と、振られたら確かにここから先は俺が説明するしかないか。
一つ溜息をつくと、俺は何とか言葉を組み立てていく。
「つまり……潤は、明には親切にしてやりたい。だけどそもそも嘘をつかなくちゃいけない状況だし、思い切って本当のことを言うにしても、その“本当のこと”がわかってない――から、何かもどかしい……感じなんじゃないかと」
上手く説明できたとは思えないが、潤がこの辺りで明に引け目を感じているのは間違いないと思う。
功児さんは眼鏡をクイッと上げながら、
「聞く限りにおいては、積極的に嘘を言ったわけではなかったし、鉄矢君とイルンのパワーについては本当に知らないのだから、中谷さんとしてはどうしようもなかったと思うけどね」
「でも……」
「そうだね。それで割り切れるというものでもないだろう」
功児さんは一つうなずいて、
「鉄矢君、それに龍馬君も」
と、おもむろに切り出した。
「はい?」「なんだ?」と俺たちも改まった雰囲気に素直に応じる。
「あの“パワー”については僕も考えるところがあってね、ちょっと推測していたことがあるんだ」
「功児さんが?」
功児さんは、この道場の師範代ではあるけれどロボメイルに関しては素人といっても良い。
もちろん現状では俺と龍馬だって大差はないかも知れないが、それにしたって功児さんがロボメイルに関して、推測が出来るような素地があるとも……
「多分、君たちはシステム面を調べることで答えに辿り着こうとしているのだろうと思うが――」
「他にあるか?」
「他の方法がないと決めつけるのも、また危険だ」
なるほど。
思考の柔軟性を求められるのは何も戦いばかりではないということか。
「しかし、僕が素人なのは間違いないからね。推測のための判断がそもそも間違っているかも知れない。そこを君たちにフォローして貰いたい――そうして」
「そうして?」
「ある程度正体を突き止めておけば、中谷さんも柔軟に対応できるだろう。秘密を話す話さないはまた別の問題としてね」
その提案に、俺は少し考えてみる。
今のままでは明を止めるにしても、その取引すら出来ないような状態だ。
少なくとも交渉材料をちらつかせる事が出来るぐらいにまで理解が進めば、別な道も拓けるかも知れない。
それなら最初から全くのでたらめをちらつかせても良いわけなのだが――潤にはどう考えても無理だ。罪悪感で死んでしまう。
それならば真実に近付いていた方が良い。
「功児さん……助かります」
「いや、これは僕の好奇心の比率の方が高いから気にしなくて良いよ。それに僕の推測が当たっている保証もないんだしね」
それでも功児さんはニッコリと微笑んで見せた。
「しかし、これが助けになるなら一石二鳥の良い機会だ――さて」
功児さんは居住まいを正す。
「まず確認しておきたいんだが“例の”中谷さんのおじさんはあのパワーのことは知ってるんだよね」
「それは――」
改めて確認したわけではないが、恐らく知っている。
あれから新しい部品が届いたという話も聞いているし、なによりつい最近も流通経路の隠蔽について連絡して貰ったところだ。
それをしなければならない理由は当然説明するだろうし――
「――知っていると思います」
「じゃあ、おじさんはなぜそれを詳しく解明しようとしないんだろう?」
「どういうことだ?」
龍馬が食いついてきた。
「未だに新部品の開発が行われているわけだから、そもそもの使われ方はまだしていると考えても良いのだろう」
「そもそもの使われ方――兵器か」
そうだった。
地球は“平和ボケ”あるいは“中二病”扱いされて、他の星からは生温い感じの視線で見られているが、宇宙全体が平和というわけではない――らしい。
「うん。だとすると開発者があのパワーを放っておくとは思えないんだよね」
「でも、地球以外では平均的にあのパワーが出るのかも知れませんよね」
「それは僕も考えたけど、重要なことは他の機体にはあのパワーが出ていない。全くのイレギュラーが常時稼働しているということだと思う」
「そのイレギュラーを他の場所でも使えるように考えるのが普通だと?」
「そう思わないかい?」
逆に尋ね返された。
そう言われると……
「で、それが普通だとして、今はそれをしてないってわけだろ。その理由は?」
龍馬が切り込んだ。
「そうだね。僕はその理由は“パワーが地球でしか発生しない”とおじさんが知っているからじゃないかと推測したんだ」
「“パワーが地球でしか発生しない”?」
そのまま繰り返してしまった。
功児さんはそれに対して当然だ、言わんばかりにうなずくと、
「うん。どうもそれが一番僕の中でしっくり来る仮説だ――どういう事かというと、これも兵器……」
ドンドンドン!!
功児さんの推測が佳境に入りかけたところで、道場の扉が乱暴に叩かれた。
「んだぁ!?」
いち早く龍馬が扉へと向かう。
功児さんの話に半分ぐらい飽きかかっていたな。
「お前ら……」
そして扉を開けた龍馬から、何か戸惑ったような声。
そう。
扉の向こうには明がいた。
ちなみにロプロンとポイトンも一緒だ。
――どうやら、まだまだ面倒事は終わりそうにない。
プロット決まってると書きやすいなぁ、ということですね。
最初に書いたのは、まったくプロット決めないまま書いてました。
さほど複雑な話でもないと、油断してました。
でいつもの如く、サブタイトルが一番厄介。
では~