終章「俺のロボットが思春期で大変です」
――あれから再び一週間ほど経過した。
なぜか中谷家のガレージに瀬草さんがいる。
前のように呼び出すのではなく、瀬草さんが訪れてきたのは、
「今度は立場が違う」
とのこと。
とは言っても、こちらはこちらで中谷家に集められているわけだから、お互いの手間はイーブンと言うことにしておこう。
こっちの面子は、俺、潤、イルン。それと龍馬にジンだ。
功児さんは向こうが嫌がった。
さもありなん。
「……思っていた以上に、貧……いや小規模なラボだな」
通された直後の瀬草さんの言葉がこれだ。
剣筋と同じで遠慮を知らない人だな。
しかしスーツ姿はガレージにはまったく合わない。だが競技者ではなく己の立場を示すという意図があるのだろう。野暮は言うまい。
もっとも俺と龍馬は学生服で、潤は例の地味な格好だ。これも体質対策であるらしい。
イルンは俺と潤の間ぐらいでプカプカ浮かんでいる。
そもそも瀬草さんにさほどの関心はないらしい。この好き嫌いがはっきりしているところも、年頃の娘っぽくはあるな。
龍馬は、俺と瀬草さんの試合の後、一応道場に顔を見せるようになった。
俺と瀬草さんの試合に多少でも感じるところがあったのか、戦い方が少し変化したようでもある。
つまり、まるっきり俺と同じということだ。
――あんまり認めたくはないが。
ジンは、そんなパートナーの変化をどう感じているのか、相変わらず質実剛健というような姿勢で前と変わらずに接している。
イルンの話では何か自らの改造プランがあるようだが、それも龍馬がきっちりと立ち直ってからの話になるだろうな。
潤も装甲板の交換だけで、それ以上には手を加えていないらしい。
そんな俺たちに、瀬草さんは律儀に名刺を差し出してきた。
返す名刺も持っていないのだけれど。
「改めて自己紹介させてもらおう。瀬草圭介だ。ロボメイルの選手としての方が知名度は高いだろうが、今日はAJRAの理事としてここを訪れている」
なるほどやはりそういう立場も持っていたのか。
「それで、和光プロのライセンスは?」
「それはここからの展開次第」
まだ、悪い大人の手段が必要なのか……
さすがにげんなりした表情を浮かべると、
「まず、大げさな話からしよう。今の日本の立場についてだ」
瀬草さんがいきなり大風呂敷を広げてきた。
とりあえず俺の興味を惹こうという作戦なのか。
自分で大げさとか言ってしまっていることだし、あまり期待しないでおこう。
「――今の日本は三日月機関をかなり優先的に回してもらっている。他の国に輸出できるほどだ」
「はぁ」
らしいことは、授業で聞いた覚えもあるが正直他人事である。
「宇宙人がそこまで日本によくしてくれる理由。それは“ロボメイル競技”があるからだ」
いささか潤を気にしながらも瀬草さんは断言する。
いや、それ言い切ってしまっても良いのだろうか?
確かに宇宙人観光として中々の人気らしいというのも聞いた覚えがあるな。
「今のところ日本で行われている競技が最高峰で、世界は日本のレベルに追いついていない。日本は何だ……そういう素地が豊富だったからな」
「そのあたりの事情は知っています」
聞きっぱなしもどうかと思うので、一応合いの手を入れてみる。
何しろ潤は話さないし、龍馬は不機嫌に押し黙ったままだ……無理もないけど。
「でも、世界選手権だって行われてるじゃないですが。そのうち国際的な競技に、というのが自然な流れでじゃないんですか?」
「それではダメなんだ」
さほど大きな声だったわけではない。
だが、そこに込められた感情が俺たちを圧倒した。
俺も潤も、そして龍馬でさえ思わず背筋を伸ばして瀬草さんを見つめる。
そんな中、瀬草さんの演説は続いた。
「いいか? 日本発祥の競技でも世界に進出してみろ。向こうの連中が勝手に理事を選出して、勝手にルールを変えて、結果として向こうの人間が有利な様に改造されてしまう。それでは宇宙人に対する観光地としてのアドバンテージを日本は失ってしまうことになる」
「は、はぁ」
「実感がないのは仕方がない。興味があったら少し調べてみることだ。ロボメイルに限らず日本人が競技のトップになると欧米人は確実にルールを改正してくる」
「そうなんですか?」
あまりに胡散臭いので思わず尋ね返してしまったが、瀬草さんは言葉を重ねることなく、力強くうなずくばかりだ。
だから、一応本当だと言うことにしておく。
「そこで、君とイルンの出番というわけだ」
「は?」
「私?」
俺とイルンの声が揃った。
「他国からは、世界戦を定期的に開くようにという要望がかなり来ている。ここには三日月機関を巡る政府間の駆け引きも絡んでいるだろう。だがAJRAは――そして日本政府はそれを良しとしたくない」
「……したくない」
何だか子供の我が儘のようだ。
「そこでその要望を突きつけてきた連中に、こう言うわけだ。それをやって欲しかったらお前達のレベルが日本のレベルに到達しているのか証明してみろ、と」
イヤな予感がしてきたぞ。
「今までは、それを俺がやってきてたんだ。だけどここに来て少々限界を感じ始めていてな」
「いや……でもそれ俺たちがやったらズルじゃないですか?」
「なぜだ? 君も日本人、エンジニアの中谷さんも日本人。作った場所も日本。なにかズルイ部分があるか?」
それは確かにそうだけども。
他の部分で大いに問題があるだろう。
「だって、何でああいうパワーが出るのか、全然わかってないんですよ? 潤の話だとブラックボックスの働きを解明しないと……」
実際、この前の試合でさらに謎が増えてしまった。
潤はそれに対してひたすら唸り続けている毎日だ。
ちょっと気の毒に思えるほどである。娘の方は至って脳天気なのだが。
そういう事態に対して瀬草さんは果たしてどういう心づもりでいるのか。
「そんなこと言わないとわからないだろ?」
そもそもが汚い大人なんじゃないか、この人は。
で、さっきの話を思い出してみる。
……そういうことか。
「……断ると、和光プロが大変なんですね?」
「断らないと色々特典がある事は保証しよう。どのみち、その姿で人前で戦う意志はないんだろう? それならばそちらにとっても悪い話ではないと思うが」
こういう利益をちらつかせる所も含めて、総括的に大人なんだろうな、この人は。
確かに一度は夢破れたロボメイル戦に挑めると言うことならば、俺にとっては悪い話ではない……ような気がする。
特典というのは正直、どうでもいいな。
いや、ここで具体的に金の話とかしないところも……さすが大人だ。
今の情報だけなら純粋に、
「ロボメイルが好きだ!」
という想いだけで協力することが出来る。
だが、これは俺一人で決めていい話ではない。
俺は浮かんでいたイルンにまず声をかけた。
「イルン?」
「もっちろん、まかせてよ! パパがやる気なら娘の私が協力しなくちゃね」
なぜ俺が受けようと思っているという前提で答えるのか。
いや質問内容を聞く前から的確な答えが返ってきたんだ。
言わずもがなのことだろう。
そして、もちろんもう一人、意志を確かめなければならない相手がいる。
「潤……いいか?」
「うん……随分大変だろうけど“大変”は望むところだからね」
潤もか。
……まぁ、当たりなわけだが。
何でこの二人はこんなにもやる気――いやいや。
もう、そんなことは分かり切っている。
俺自身が、何よりもやる気になっているのだ。二人はそれを察してくれているだけだ。
感謝こそすれ、訝しく思う必要はない。
だが一応、期待されている内容を具体的に確認してみるか。
勘違いしていたでは、済まない話でもあるしな。
「――つまり世界から挑戦者が現れたときに、俺たちが戦えばいいわけですね」
「そうだ。よし話は決まったな」
この人もか。
……そんなにやりたそうにしているかな、俺?
「細かな書類は後から届けさせる。内容の検分はそちらの師範代にでも確認してもらうんだな。そうだ、本来は俺から謝るのが筋なんだが、そちらの流派を疑うような発言をしたことを詫びておいてくれ」
……本当に何をしたんだあの人は。
瀬草さんがガチビビリじゃないか。
その瀬草さんが、やおら視線を龍馬へと向けた。
「それで君だ、神谷君」
「…………」
そうだった。
龍馬も確かにここに呼び出されている。
それも瀬草さんの要望でだ。
俺たちへの用件はわかったが、一体龍馬には何を……?
「ここで正式にどうこう言えることではないのだが、俺は君に期待している」
「……はぁ?」
龍馬の眉が顰められた。
何とも漠然とした物言いだからこれは仕方がないだろう。
「瀬草殿。もう少し具体的に言って貰えないか? それでは私のパートナーが困惑するばかりだ」
すかさずジンのフォローが飛んだ。
本当に、いいコミバだよジンは。
元より、コミバとの付き合いも長いであろう瀬草さんが、そんなジンの申し出を無下にするはずもない。
咳払いを一つ挟むと、滔々と説明を始めた。
「――正直言えば、今の時点で君がロボメイル戦に挑もうというのは無謀が過ぎるというものだ。だが今の参加選手にはそういう、無茶な連中が少なくなってしまっていてな。レベルは高いのかも知れないが“戦い”という意味では、いまいち盛り上がらない状況が続いているんだ」
言われてみれば、今のロボメイル戦は試合前に選択される戦術の優位性がうんたらかんたら、とか解説が言っていた記憶があるな。
それも戦いではあるのだろうが、そちらの方面に偏りすぎていると言うことか。
確かに最近、あまり派手さはなくなってきているような気もする。
「そこで君だ。俺は何よりも君の気質……というか性格に期待している」
「…………」
龍馬からの返事はない。
いや返事のしようがないのかも知れない。
幸いにして瀬草さんの話はそこで終わらなかった。
「幸い君には良い師匠も付いているし、すでにコミバと良き関係を築けるほどの素質も持っている。はっきり言ってしまえば、これで俺に再戦しないなどという選択肢はあり得ないだろう――君がよほどの“ふぬけ”でない限りは」
「てめぇ……」
やっと龍馬が言葉を発した。
獣のような声であったが、それでこそ龍馬だとも言える。
「もちろん、次も特例を認めるつもりはない。戦いたいなら俺の所まで這い上がってくることだ」
「……るせぇ! 次は必ず倒すからな!」
お、復活したか。
安易な挑発に乗ってしまった結果とは言え、龍馬も言ってしまった以上、やるべきことはやるだろう。
「では、その“次”を楽しみにしておこう」
それはとりもなおさず、龍馬がロボメイル戦に参加すると言うことだ。
俺とは違って、表の舞台で。
そこにうらやましさを感じないと言えば嘘になるが、とにかく立ち直ってくれたのは有り難い。
とにかく、今は道場でも鬱陶しいからな。
安易に“楽”を求めるのはもう辞めるつもりだが、いらぬ“苦”を背負うつもりもない。
これで、本当にいつも通りの日々が帰ってくる。
内心で、ホッと胸をなで下ろしていると、こちらに向けて瀬草さんがニッと笑った。
かつての俺のヒーローの姿が、そこにダブって見える。
――我ながら何とも現金なことだ。
*
……というわけで、イルンが道場に来てからの騒動もようやく一段落した。
世界の挑戦者を相手に戦うと言っても、ホイホイと現れるものではない。
龍馬も復讐戦もすぐに叶うというわけではない。
大きく変わったことといえば……
「よう、野田。ここのところ機嫌が良さそうだな」
校門を潜ったところで朝練終わりの難波にまた声をかけられた。
かけられた言葉の内容が、正反対ではあったが。
「ああ、いいぞ!」
そして俺が答える内容も正反対と言っても良いだろう。
何しろ機嫌が良い自覚もあるし、その理由も思い当たる。
「――彼女が出来たんだよ」
堂々と宣言してやった。
そう。
なによりも潤という、彼女が出来たことが大きな変化だろう。
「何!? お前それは、前に言っていた相手か?」
わざわざ足を止めてまで確認してくる。
素直に祝福の言葉が出てこないものかね。
「そうだよ」
「そうか……お前の妄想ではなかったのだな」
殴っても良いよな?
うん、殴ろう。
そう決意を固めた俺の耳に聞き馴染んだ声が飛び込んできた。
「パパ~~」
そうだった。
彼女どころか“娘”も出来たんだった。
それを言ってやったら、とりあえず難波への復讐が成功しそうだが……
「ママが酷いの! パパは私の味方だよね!!」
空から円を描くように降りてくるイルンの姿。
それを見て目を丸くする難波。
もちろん、他の連中もしっかりとイルンを目撃してしまっている。
――まったく俺のロボットは思春期で大変だ。
ほんの思いつきで書き始めたら、やけに時間がかかりました。
やはり計画ちゃんと立ててからの方が良いのかな?
ちなみに、続きを書くとしたらエスパーの宇宙人(多分女の子)がやってきて、学校の会長と、難波と、鉄矢を僕にしようとする、と言うような導入だけは考えてます。
まぁ、次は随分前から計画していた方をちゃんと書きたい。もう書き始めている、というものがあるのでそちらになると思いますが。
ネタ的にはネットゲーム絡みかな? またか、という感じですが、ネタ的に美味しいのかも。
それではまた~