第四章「俺の立ち位置が定まらなくて大変です」
……俺、無職です。
いきなりお袋に手紙を書きたくなるほど追い詰められてはいないけど、手持ち無沙汰。
一番堪えるのは定冠詞を付けて「THE暇」なことだろうな。
「暇だねぇ、パパ」
と、俺の心の内を読んだように呟くのは傍らに浮かぶイルン。
フェイス部分にはゴーグル――というかサングラスだなこりゃ。
イルンの要望に応えて潤が本体に装備したものだ。
潤は何だかんだで、イルンに甘い。
あの騒動からおよそ一月。ほとぼりは冷めているかもしれないが、だからといってこのサングラスはない。そもそもイルンの姿が知れ渡っているわけではないから、変装の意味は最初から無いのだ。
そんなわけでサングラスの存在は悪目立ちする分、なお悪いわけだが、今更それをどうこうしようという気力もない。
強いて言えば、今の俺の役職はイルンの子守のような気もするが、別に買ってでたわけでもなく、命名されたわけでもない。
だからといって潤のロボメイル作りにあたって、俺に出来ることは――あまりない。
基本的に龍馬と俺は、キャラが被りすぎている。
制作にあたって俺が協力できるそうなことは龍馬にも出来るのだ。で、今作っているのは龍馬用のロボメイルとなると、龍馬の意見を取り入れていくのが合理的な判断だろう。
そんなわけで勢い込んで乗り出したロボメイル制作だが、俺と完成品のイルンは収まるべき場所がない――中谷家のガレージも広いわけではないし、何かいつも隅っこにいるなぁ。
そんなわけで、今もコンビニにドリンクの買い出しである。
イルンを残しておくと非常にうるさいので、一緒に連れだしたガレージの外。そして空には鱗雲。
随分と秋らしくなった。
「だいたい、ママが何にもさせてくれないのが悪いのよ」
……人が長閑さを無理にでも堪能しようとしているのに、イルンの愚痴はまだ続いていた。
「何もって……例えば何がしたいんだよ」
「ママを守るのよ……今の状況って、ほら!」
「ほらって、何が?」
「私達親子の間に、神谷さんという邪魔者が入り込もうとしている――これは不倫の予感」
「何でだよ」
突っ込む場所が多すぎて、もはや威力弱めの範囲攻撃でないと対応しきれない。
なんだって、こいつのAIの中はこんなに春めいているのか。
さすが、思春期に「さかりどき」とルビを振るAI。
「パパも、もう少し危機感を持ってよ! ここのところ会話が少ないんじゃない? これは家庭崩壊の危機よ」
そもそも家庭が出来上がっていない、というような当然の突っ込みのブームはすでに過ぎ去ってしまった。
ただまぁ、潤とあまり会話できていないのは事実だ。
何しろ俺は、未だに目の前の問題を先送りし続けている。
潤の好意にどう応じるべきか。
それを真剣に考えるとなると、そもそも出会いの時に何があったのか。
この辺りを追求しなければならないのだが、未だに思い出せないし、聞き出せないでいる。
そういう引け目を感じてなのか、ちょっと潤に対して腰が引けてるんだよなぁ。
実際、ロボメイル制作に積極的に関われない遠因も恐らくはここにある。
「ここは、私も連れてママとお出かけでもするべきよ!」
イルンは相変わらず欲望垂れ流しで囀っている。
まぁ、期限のあるものでも無し煮詰まったら、気分転換にそれも良いかもしれない。
――いや、すでに煮詰まりつつあるのだが。
*
ロボメイルに使用されるロボットは、ガラス柱の外に出したからと言って動き出したりはしない。
動力がないのではない。
間接がないのだ――クラゲ的な意味ではなく。
もちろん各パーツが繋がっていないわけではなく、キチンと繋がってはいる。
実際に見たことはないけれど、ガラス柱から取り出せばちょうど糸の切れた操り人形のような状態に
なるんじゃないかな。
だがこれによって機械が避けることが出来ない可動部分の摩擦熱の処理から解放されることになる。
まぁ、間接をあえて備えているロボットもあるにはあるのだが、横流し品で構成されている龍馬用のロボットには、もちろんそういった稀少パーツはない。
そういった点を踏まえて、制作過程を単純に説明するなら、まずジェネレーターを決める。
ここが一番キャパを食うわけだが、ここで手を抜くとそもそもロボットはその性能を発揮できない。もっとも腕部や脚部に独立した武装を施してキャパの割り振りのために、ジェネレーターの性能を抑えめにする選択もある。
だが、その加減を間違えるとパワーアシスト機能が働かなくなって武装それ自体が機能しない、もしくは使いこなせないという事態になる。
結論としては当たり前に「バランスが大事」と言うことになる。
それに作ろうとしているロボットのビジョンが見えていれば、それほど難しい選択ではない。
俺たちの場合、そもそも取り付けるような武装はない――この辺は、さすがに横流しはされてこなかったらしい。さらに元々がイルンの発揮したパワーの再現を目指していて、そのイルンには武装もついていない。
そうとなるとこの選択では迷うべき所がなかった。
胸部パーツにイルンと同じジェネレーターを組み込む。
潤の説明では型落ち品らしいが、龍馬が言うには地球にやってくるパーツとしてはスペック的には高水準らしい。
この辺りに細かいところは龍馬の方が上手だ。
ジェネレーターを腹部に積み込むパターンもあるが、あまり採用されない。
やはり体の取り回しがきつくなるからだろう。
自らの身体を要塞のようにして、大口径砲や誘導兵器で戦う場合は腹部に組み込む――何だかんだ言って、大きさ=パワーの図式は宇宙でも変わらない――パターンもありだが、もちろん俺たちはそれを採用しない。
次に必要なのがセンサー等が集約されたパーツ。
要するに頭部。これも理屈で言えばどこに付けても良いのだけれど、人間と合身するわけだからやはり頭部に付けるべきだろう。おかしなことをしても慣れぬばかりで苦労が増えるだけだ。
これで胸部と頭部が固定された。
そうそう、電子頭脳は頭部じゃなくてバックパックに背負うことになる。
さすがに脳には手を出しにくいと言うことなのだろうか?
バックパックは胸部パーツの背面になるな。これも固定済み、と。
あとは四肢にパワーアシスト機能が組み込まれたパーツを接続。本来ならそれぞれに取り付けられ
武装に合わせて、色々と取捨選択したり調整が必要になる。
もちろんここにも選択肢がほぼない。
龍馬の体格に合わせるのはパーツではなくて装甲板だし。
さて。
これで、おわかりいただけだろうか。
俺たちが作るべきロボットに自由な未来などありはしないことを。
結局最初の宣言通り、イルンと同スペックのロボットを作るしかない。
いや、これで何もかも上手くいったのなら何の問題もなかったのだが――
――そうは問屋が卸さなかったのである。
*
幹線道路沿いのコンビニから、住宅街の中谷家へ。
もはや通い慣れた道と言っても良いだろう。
初めて中谷家を訪れてから、それなりの日数が経過しているから当たり前と言えば当たり前だ。
最近では放課後になると道場ではなく中谷家のガレージに向かい、あれやこれやとした後に、やっぱり道場に向かう生活。
もちろん、バスで往復していては金がいくらあっても足りないので自転車で通っている。
実はバスで通うよりも時間も短縮できるという、驚きの事実。
……考えてみればコンビニにも乗ってきた自転車行けば良かった。
気候の穏やかさに、心が緩みきっている――だけではなく、進まぬ作業で心が痺れているな。
「お~い、戻ったぞ」
と、それを振り払うようにガレージ脇の扉を開きながら声を掛ける。
それでこちらを向くのは潤だけだ。龍馬は難しい顔で端末に向かったまま。
薄暗い中なので、妙な迫力があるがシャッターを開けっぱなしにして作業するわけにもいかない。
ご近所の目もあるし、なにより龍馬が未だに秘密にすることに拘っている。
それだけにガレージの中の空気はいつもピリピリしており、ねぎらう潤の声も随分と小さかった。
「あ、あの、すいません。こんなお使い……」
「いいんだ。俺が言い出したことだしな。ほれ、いつもの」
と、スコールを差しだした。潤はこれしか飲まない。龍馬にはこれまたいつものコーラ。俺は紅茶。そうやって手元から買い出し品が無くなると、俺は再び無職になる。
龍馬の様子を見れば、作業が一ミリたたりとも前進してないのは明らかだし。
「……どうしたものかなぁ」
「私も……ずっと調整してるんですけど」
「おい、ずっとってちゃんと課題はやってるのか?」
と、俺が偉そうなことを言えた義理ではないが、潤の場合少々事情が異なる。
俺の質問に目を反らす潤を見て一つ溜息。
潤もまた高校生ではあるのだが、いわゆる通学はしていない。通信制で授業を受けているらしい。
それというのも異星人とのダブルと生まれがもたらした体質のせいで、人が多いところでは問題があるらしい。
どういう問題が発生するのかは説明してくれなかったが、いつぞやの地味に過ぎる格好とか、帰ってきてからのアクセサリー過多な出で立ちも体質に関係しているらしい。
今日もカチューシャ、ペンダント、指輪にブレスレットと見る限りフル装備だ。
特殊効果が付与された様々なアイテムを身につけて、すぐにも冒険に旅立てそうなほどである。
ただしワンピースはあの時限りで、最近はどちらかというとコンビニに迎えに来てくれた格好に近い。ただ灰色ではなくパステルカラーが基準で、スカート姿なのが変化といえば変化だろうか。
そして、組み立て以降変化しないもの。
それは龍馬用のロボット。
イルンの本体の横に新たに設置されたガラス柱。
中身のパーツはほとんどイルンと同じだが、装甲板のおかげで見かけは随分と別物だ。
機体カラーは上半身がほとんど赤。下半身がブルーグレーといったところだろうか。
頭部には丸でネコ耳のような突起。車検があったら通らないこと請け合い。
胸部のふくらみはなく、要するに一般的なロボット同じように男性的なフォルムだ。
……背後のマントのように見える装甲板については、色々と諦めた。
背後のバックパックを守るためだと考えても良い。
後は龍馬のサイズに合わせた、腕部脚部の装甲板。
完璧だ。
見かけ上は完璧だ。
もちろん、合身も出来る。
だが……
「リョウ、その部分に問題点は見付からない」
と、渋い声で呟くのはリョウのロボットのコミバだ。
まるごとリョウの趣味で作られていて、フォルムはもちろんガラス柱の中のロボットのミニサイズ。
名前はジンと龍馬が名付けた。
今も、龍馬の周りをイルン同様にふわふわと漂っている。
「各パーツは正常に接続されているし、ジェネレーターからのエネルギー伝達のロスも計算範囲内だ。何度も自己診断したが、もう一度言ってやる。俺の性能は現状で十分に発揮できている、と」
随分とフランクな言葉遣いをするコミバだが、俺は他にイルンしかしらないしな。
イルンの兄弟機と言うことならば、むしろ納得だし、何よりこれも龍馬の趣味であるのだ。
そんな風に、龍馬はロボット作りに意欲的だった。
ここのところは間違いないのだが、愛されて出来上がったはずのジンは――イルンのあのバカみたいなパワーを発揮できなかった。
何もかもカタログスペック通り。
いや、むしろスペック以上と言ってもいいだろう。
一緒に作業してみてわかったが、潤のロボット制作、あるいは調整者としての腕は間違いなく一流だ。
オジサンが夢中になるわけだ、という具合である。
もしかしたら、横流しではなくて潤の手法をどこかにフィードバックしてるんじゃないだろうか。
龍馬も、潤の力量については理解できているのだろう。
考え無し&空気を読まないことで有名な龍馬が、潤を責めることだけはしなかった。
……もっとも責めていたら、ただでは済まさなかったが。
「……鉄、戻ったか」
コミバに諭されてようやく俺の帰還に気付いたらしい。
……実に煮詰まってるなぁ。
「ほいよ、コーラ」
俺は遠慮無しにペットボトルを龍馬に向けて放り投げると、龍馬も平然とそれを受け取って躊躇いなくキャップを捻る。
そして炭酸が暴れ出す前に、強引に喉の奥に流し込むいつもの飲み方。
これは死ぬな。若くして死ぬな。
そしておもむろに俺に向き直ると龍馬はこう告げた。
「鉄、ちょっと付き合え」
わ~い、仕事が出来た。
などと浮かれるわけにもいかない。
「またやるのか? どのみち、ここじゃまともに試合なんか……」
お互いに合身した状態での力比べ。
だがガレージは広くないので、やれることと言ったら腕相撲ぐらいなものだ。
で、戦績は言うまでもなく、俺とイルン組みが全勝である。
――いったい、この差はどこから……
「そうじゃない。ちょっと俺とやり合え。中身が問題なのかも知れない」
だが、龍馬の申し出は俺の予想を裏切るものだった。あるいは上回るものだったと言っても良いかもしてない。
確かにロボットの性能がスペック上に極端な差がないとするならば、次に気に掛けるべきは操縦者だろう。
だが、俺と龍馬の腕はほぼ互角と言っても良い。
俺に出来ることは龍馬にも出来る。
それが大前提であるのに、龍馬はそこを疑わねばならないところまで追い詰められているのか――自分のプライドを犠牲にしてまで。
「ちょっと落ち着け龍馬。相手するのに文句はないが、まずここは狭い、そして他人様の家だ」
龍馬の覚悟に気付いてしまった以上、いつものような適当なあしらいをするわけにもいかない。
俺は幾分か声が柔らかくなるように意識して語りかける。
「しかしな」
もちろん、これで龍馬が納得するとは思っていない。
俺は二の矢を放つ。
「それにだ。やり合うのは夜になって道場でも出来ることだ。だけどロボットの調整は、ここでしかできないんだぞ。今、何をすべきか考えろ」
「……だけど、もう見直すところがない」
それもそうだろうが。
「イルンの頭部に装備されている、そのパーツは?」
ジンがそこで口を挟む――というか、これは提案だな。
ただその可能性はすでに検討されている。
「そうか。ジンは最初の頃いなかったもんな」
ジンが生まれたのはジンの体が出来上がってからだ。
つまり、ごくごく初期のパーツ洗い出しの時にはいなかったことになる。
潤が諭すような口調でこう告げた。
「ジン、あのパーツには機体性能には関与してないの」
「関与していない? 不要なパーツということか?」
当然と言えば当然の疑問をジンが口にする。
そして、その瞬間俺たち三人は――龍馬でさえも――ジンから視線をそらした。
「何てこと言うのよ!」
瞬間、脳天に高音が突き刺さる。
一種の音響兵器だな、こりゃ。
「女の子の髪を“不要”ですって?」
言うまでもなくイルンがキレていた。
「この長い白銀の髪をこんなに間近で見てるのに、どうしてそんなセンスのないことを口に出来るの? 回路が自分の尻尾を追いかけ回してるんじゃない?」
「……現状では、装飾的な意味合い以外、そのパーツの意図は不明だ。そして我々の存在理由として装飾目的はあくまで副次的な意味しか持たない」
ジンの低い声がいっそう低くなる。
「女の子にオシャレするなっていうの?」
「我々は兵器だ」
「あなたはそうかもしれないけど、私はパパとママの娘よ!」
なんという強固な自我。
イルンが叛乱を起こしたら、搦め手は無理だな。
そもそも反抗期と思春期は同時期だったような。
「あ、あ、あ、あのねジン」
さすがに見かねた潤がそこに割り込んだ。
……というか、確実にこれ潤の羞恥プレイでしかないしな。
「イルンの髪は、単に私のこだわりで機能的には意味がないの。それは神谷さんも確認済み……ですよね?」
語尾が消え入りそうになってるが、合ってるからな?
龍馬も難しい顔をでうなずきながら、
「ジン、その通りなんだ。あれはただの紐だ。放熱の役割も果たさない」
「紐じゃない! 髪! 綺麗な銀髪!!」
即座にイルンが訂正を要求するが、龍馬はすかさず指を耳に突っ込んで防御の構えだ。
「じゃあ、元々は我々の規格に合わせたパーツではないのか?」
「それは……」
「実はジンにそのパーツを使えない理由はちゃんとあるんだ」
ここは無職故の利点、第三者的な視点を活用するべきだろう。
「それは?」
「物自体がないらしい。イルンの外見に拘って潤がここだけは無理を言って調達したらしいから、同じ物をまた用意するのは不可能なんだ」
と、人伝の話を断言してしまったが、ここで曖昧な表現は事をややこしくするばかりだ。
「あのパワーを生み出す機能があるのなら、俺も無理を言いたいところだけどな。どっちかというと、あれは放出系の装置だ。ジェネレーターの代わりにはなんねぇ」
珍しく龍馬が俺をフォローする。
「まったく乙女の髪をなんだと思ってるのかしら。みんなで寄って集って」
イルンの主張するところの“髪”を抜き取って調査したことを、今でも根に持っているらしい。
腕を組み、ふんぞり返って、全身で“遺憾の意”を表明してるな。
「――というわけで、パワーが出ない原因をいよいよ俺自身に求めるしかなくなってるのが現状だ」
「了解した。相棒としてリョウのそういった姿勢は好ましく思う」
何だか話がまとまってしまった。
ここで話を先に進めるためには、少しでも建築的な提案を積み重ねるべきだろう。
「そうなると、問題点は……力の向きにOSが対応できてない?」
龍馬とやり合う前に目処だけは付けておきたい。だが、
「それは聞き捨てならんぞ」
と、ジンが当たり前にそれに反論してくる。
「ジン、それなんだけど……」
潤が参加してきた。
「私達はOSの統括としてコミバがいると考えていたし、実際それがロボメイルでは常識なんだけど、コミバの役割はやっぱり操縦者との相性向上が一番なの。だから操縦者に負担を掛けないようにエネルギーの流れを監視することは出来るけど、積極的に関与できるほどには……」
「むう」
と、ジンはそこで黙り込んでしまう。そこにイルンが口を挟んできた。
「言われてみれば、私もパパと合身しているときに、そんなことを意識したことないわね」
「じゃあ、パワーが出ている時はどんななんだよ?」
すかさず龍馬が尋ねる。
「どんなもなにも、合身して気付くこのパワーって感じ? 特に意識しなくてもあのパワーは最初からあったとしか説明できないわ」
「つまり合身した後、即座にパワーはあった?」
龍馬の再度の確認にイルンは一拍間をおいて、
「……それが一番近いかも」
「そうなると問題はやっぱり操縦者か」
現状の結論としては、やはりそうなるな。
エンジニアとして潤も――
「どうした?」
潤がなんだか難しい顔をしている。
「その……さっきも言いましたけど私もちゃんと調べるまではコミバがOSの管理、というか、OSの一部門としてコミバがあると思ってたんです。でも解析してみると――」
解析できる段階で、冗談ではない、というレベルのエンジニアだと思うのだが、それは置く。
俺は先を促すことにした。
「――してみると?」
「OSというか、その上位権限――私達が無条件で受け入れなければならない合身などを管理している部分ですね、ここがどうもブラックボックス化されているみたいで、実質的には何をやっているのかわからない……」
「そりゃ、いいことじゃねぇか!」
突然に龍馬が快哉をあげた。
「全部調べてお手上げっているならともかく、わかんねぇ部分があるなら、まだまだ可能性があるって事だ」
龍馬が自己啓発セミナーみたいなこと言い出したが、正しくもあるな。
とにかく気持ちが前を向いてくれたならなによりだ。後ろ向きなバカほど環境に悪いものはない。
「そ、それで……」
「ん? OS関係でまだ何かあるのか?」
潤の話が終わってなかったのかと、顔を向けてみると潤はどういうわけか身を縮こまらせてしまった。
「そ、そうじゃなくて……今晩、その……道場で……やるんですよね?」
何を?
と、尋ね返しそうになったが、要するに俺と龍馬の……何だ?
「ああ。俺と鉄はヤり合う予定だな」
きっと、龍馬はいつも通り殺すつもりだろうな。
しかし“やる”と言う動詞のなんという便利なことか。
具体的な内容なんかさっぱりわからないだろうに潤は納得したようにうなずいた。
「それを私に見学させてくれませんか? 実際の動きを見ないと調整も何もないので」
確かにそれは道理だ。
だが……
「初見で調整が出来るほどウチの流派は甘くないぞ」
龍馬が、相変わらずの直接的過ぎる物言いで突っ込んだ。
誰のために潤が手間をかけようとしているのか、まったくわかってないな。
「あ、でも、私また行ってみたい。石丸さんにも会わなきゃいけないような気がするし……」
イルンが潤の応援に回った。それに気をよくしたのかさらに潤が言葉を添える。
「そ、それは私も。一度はちゃんと謝りに行かないといけないと思ってたし」
その言葉に、俺は思わず龍馬とアイコンタクト。
功児さんは問題ないが……
だが龍馬がこちらに視線を向けたのは心配を共有するためではなかった。
龍馬は思い切りよく悪人の笑みを浮かべると、
「よし! そういうことなら仕方ねぇ! 来るといいさ!」
「は、はい!」
「やったー! おでかけー!」
無邪気に喜ぶ母娘二人。
この俺との温度差の原因は明らかだ。
――師匠!
*
目の前にいるのは袴姿の神谷龍馬。
背丈は俺と同じぐらい。そして俺よりは刈り込まれた短髪と精悍さを映し出したような太い眉。
その尖った顎からは、ポタリと汗が滴る。
こうやって対峙してみると、龍馬の力の向きは相変わらず独特だ。
俺は“起こり”を見逃さないように、静かに自分の力の流れを整えることに専念した。
――狙うべきは“後の先”
一方で龍馬は静止しているように見えて、力の向きは安定していない。
かといってバラバラなのではない。
体の中心を貫く力の向きが、円を描くようにゆらゆらと揺れている。
全くの素人状態からウチに通い始めたのなら、こういう事にはならない。
龍馬がウチの道場に来たときには、空手を始め色々な格闘技を囓っていた。
それでも、通常であればウチの流派に入門した段階で矯正されるのが本当だと思う――が、師匠はそれが龍馬のあり方だと認め、それを直そうとはしなかった。
それが龍馬には心地よかったのか、ウチの道場に腰を下ろすことになる――最終的な目的がロボメイル戦であるだけに、和光ジムのような所に顔を出しているのは仕方ないが。
俺には龍馬のような動きは出来ない。
戦う獣としての、龍馬の本能だ。
そして獣を迎え撃つのは、何時だって人の知恵である。この道場で教えを受けた者として、一歩も引くわけにはいかない。
龍馬のその手が、俺の喉笛を――
――切り裂こうとしても!
陽炎のような動きから、一転、最短距離を突き進む直線的な動きで龍馬の右手が伸びてくる。
猫の手のように浅く握り込まれたその形は打撃と、それを阻止されてからの掴み技にも移行できる形だ。
この辺は、ウチに来てから覚えた戦術選択だな。
普通に拳を握るよりも僅かながらリーチも伸びるし、かわされた後に拳を横に薙ぐ場合でも選択肢は増える。
では、その選択肢を削るとしよう。
注文通りに俺は体を開いて龍馬の拳をかわす、だけではない。
回避した顎先で龍馬の拳の力の流れを加速させる。そのまま龍馬の腕を担げれば問題ないのだが――
龍馬の拳が俺の想定以上に加速している。
自分で加速したか。
体の軸を意識しながらこちらも回転を加速。
左手の裏拳で龍馬の横っ面を殴れれば御の字だが――げ!
龍馬がトンボを切りながらこちらの拳を掴んできた。このまま回転されると手首を挫かれる。
つまらん色気を――ええい、反省は後だ!
回転した勢いを殺さないようにして、龍馬と同じ方向に回転。
龍馬の方は直線運動から強引に回転運動に持っていったので……ええい、ごちゃごちゃ考えるのはやめだ!
どのみち、ここから先はまともな体勢を維持できない。
結果、着地しようとしていた龍馬を巻き込むようにして俺たちは二人倒れ込むこととなる。
総合格闘技であれば、ここからは寝技の応酬、という流れになる。柔道ならば押さえ込みだろう。押さえ込みはそれだけの時間があれば、
「敵の首を取れる」
という理屈があるらしいが、ウチの流派は寝技での攻防を良しとしない。
倒れたら素早く立ち上がる。
もつれたら速やかに間を取る。
その技能こそが磨かれるべきであり、倒れたままの技術はあくまで非常用。
俺は元より、そういう風に教わってきているし、龍馬も寝技には興味がない。
ロボメイル戦に今のところ寝技はないからな。
それになにより、俺たちは寝技を習っていない。
そんなわけで、もつれ合って倒れた俺たちは示し合わせたようにお互いの体を蹴って、床の上を滑るように離れると、その勢いでもって起き上がりこぼしのように立ち上がった。
くそ、あの野郎、遠慮も無しに胸骨狙いやがって。なんとか腕でガードできたが。
もっともこっちは鳩尾蹴ってやったからお互いさまだ。
いや龍馬が呼吸に変調を来している分、俺の方が若干有利か。
しかしここで慌てて襲いかかるのはマズイ。龍馬の反射神経は修練よりも天性において俺を勝っている。求められるのは詰め将棋のような隙のない攻撃。
だからこそ体の軸を保ったままで間を詰める、運足・波濤を選択。
だがやはり鳩尾を蹴った効果は確かにあった。
龍馬は対応しようにも、足が回復し切れていない。
奴はここで迎撃するしかない――そう判断した俺は、左手で斜め下から突き上げるような掌打。
これは龍馬の反射神経を当て込んでの囮だ。
不十分な状態のままでは術理よりも反射に頼った、その場しのぎの行動になりがちだ。
囮の攻撃に対応しようと力の向きを変えたところで――それを利用して制する。
こちらの左手を止めに来たら、その向きに合わせて右上方からの力の流れに添うようにしてそのまま押しつぶす。
かわすようならさらに踏み込んで、そのまま押しきってしまう。
そんなざっくりとした未来を思い描いていた俺の意識は――力の向きは、ある意味でここで一つの指向性を持ってしまった。
しかも、さらに悪いことに龍馬の反応は俺の予想を裏切った。
(攻撃してきた……!)
左からの攻撃。つまりは俺の左側に隙が出来たということだ。
龍馬の異常なほどの攻撃性が、その隙に対して反射的に選び取った対応はその隙目掛けての攻撃。
俺の掌打とすれ違うように繰り出された拳の形は、ネコの拳。
こうなれば俺も今更左を引っ込めることが出来ない。どっちが先に当たるかの勝負だが、俺は元々囮として繰り出している。
それに対して最初から殴る気満々の龍馬。
先に手を出したのは俺だけど、これは恐らく――
俺の掌打が龍馬の肋骨の一番下を抉るようにヒットする。
それと同時に龍馬の拳が、俺の顎を捉える。
両者が両者ともカウンター。いっそこのまま弾け飛びたいところだが、安易にそれを選択すると龍馬の追撃を食らう恐れがある。
俺は懸命にその場に踏みとどまると、ずっと仕事をしていなかった右手で龍馬の襟を掴み、そのまま引き寄せた。
そのまま頭突き。そして背負い投げ――とほとんど本能のままに行動したのが悪かった。
背中を向けた瞬間に後ろから龍馬に抱きつかれ……俺たちは再びもつれ合って倒れることとなった。
しかし、先ほどと違い俺たちは頭に血が昇っている。
とても冷静に対処出来るものではない。
それどころか、その時俺の頭の中では、
――泥仕合上等!
と、龍馬を殺すことを最優先にする力の流れが出来上がっていた。
こうなったら身に染みついた修練を信じて、殺意に身を任せるしかない。
*
俺が恐れ龍馬がほくそ笑んだ、師匠と潤との邂逅。
未だ当人達がはっきりさせていないのだが、俺と潤は付き合っている――ということになっている。
はい。
俺が悪いです。
いや、全然手を出してはいないですよ。そもそも手を出す方法とかわかんないし。
それはともかく。
師匠の価値観からすると、俺と付き合ってる段階で潤を“敵”と認識するはずだ。
希望があるとすれば、同性に対するそういう反応を見たことがない、ということだが世の常識として、
「女性は同性に厳しい」
という言葉も聞いたことがある。
そんなわけで、菓子折を持って道場を訪れた潤の身も危ぶまれたが、実際の対面は穏やかなものだった。
俺が思うに、潤の出で立ちが良い方向に働いたのだとおもう。
潤の格好は、以前コンビニで見たあの地味すぎる格好だ。
例の体質的な問題があって、家から遠く離れるときはこの格好でなければダメらしい。
さすがにこの潤を見ては師匠も、
「ケッ! 彼氏持ちの女はチャラチャラして気に食わねぇ」(妄想の半分は優しさで出来ています)
……とは思えなかったらしい。
キチンと正座して、土下座するかのように菓子折を差し出す姿を前にしては無理はない。
「この人がパパのお師匠様? 凄い美人だね!」
という、イルンの意図しない援護射撃が功を奏したことも大きいだろう。
実際、師匠は美人なんだがなぁ……でも、今の状況だからこそ逆に業が深いとも言うべきか。
ちなみに師匠はパステルカラーではあるものの色気のないトレーナーにジーンズ姿。
平常運転である。
続けてその横に座る功児さんに深々と頭を下げて、イルンの起こした騒動と、その後の的確な対処に感謝の意を示す潤。
「いや、気にしないでくれて良い。道場には実質的な被害はなかったわけだし」
こちらは稽古着である袴姿の功児さんは笑顔でそれを受け止める。
「だ、だけど、こちらにもなんというか色々な人達が……」
「ああ、あれは楽しかったね」
功児さんがそれにも笑顔で応じる。
聞いた話では、片端から道場に勧誘していたらしい。もちろん入門費は先払いの方向で。
幾人かが引っかかったとすれば、金銭的には楽しさを感じるもするだろうな。
もちろん潤の罪悪感を和らげるため、という心づもりもあるのだろうが、まるっきりの嘘をつく人ではない。
「そういうわけだから、必要以上に畏まる必要はないよ。むしろこれ以上、卑屈な態度を取るようなら僕にも考えがある」
眼鏡をクイッとあげながら、今度は脅しだ。
これには母娘共々、ビッっと背筋を伸ばして功児さんと正面から対峙せざるを得ない。
「それで、手合わせを見たいという話だったな」
腹そこに突き刺さるような深い声で師匠が改めて潤に問いただす。
一瞬、痺れたように体を震わせる潤だったが沈黙が一番マズイというのは本能で察したのだろう。
「あ、あ、あのですね、今、ロボットを作ってまして。神谷さん用の」
つかえながらもなんとか言葉を紡ぎ出す潤。
がんばれ。とにかく、がんばれ。
ここで俺が助け船を出すと、師匠相手だともっとややこしくなる。
その点、龍馬が助けてやればいいと思うのだが、こいつはこいつで「今は潤の戦場」とか思っている可能性があるな。
まったく、フェミニストの極北である。
「聞いている」
そんな俺の心配をよそに、師匠は落ち着いた声音で潤の言葉に相槌を打った。
「そ、それが、上手く行かなくてですね。神谷さんとのマッチング調整のためにも、動きをこの目で見たいと……」
あるいは、この瞬間が謝罪の瞬間よりも緊張するべき一瞬だったかも知れない。
何しろ見るだけで、その動きを解析しようというのだから。
流派が舐められていると、受け取られても仕方がない。
「見学した結果を、どのように使っても、それは私の知ったことではない」
だが師匠は素っ気なくそれを許可した。
まぁ、ウチの流派は一回見ただけでわかるほど単純ではないしな。
「そ、それでは、よ、よろしくお願いします」
「感謝する」
と、そこに言葉を添えたのはジンだ。
こいつは随分前から龍馬の側に浮かんでいたわけだから――コミバがいまいち力の制御に役だって無いことが逆説的に証明……いや。
そもそも、このアプローチが正解かどうかはわからないんだった。
そういう俺は稽古着に着替えて、龍馬との立ち会いの準備を継続中だ。
今回はお互いに殺気は控え目……のはず。目的は相手を倒すことではない。
――倒すことではないんだ。
そうやって俺が葛藤している内に潤も師匠と功児さんが座る側に場所を移して、道場の中央に正対する形となる。
「じゃあ、始めちゃって」
相変わらずの気が抜けるような功児さんの開始の合図で、俺は意識を龍馬に集中させた。
――でまぁ、なるよね。
――始まりがどんなでも、俺と龍馬なら殺し合いに。
*
気付いたときには見慣れた景色。
つまり道場の梁と天井だ。
「どうして君たちは、毎度毎度、感情の向きを上手く操れないのかな」
そして見下ろす功児さんの顔と――心配そうにこちらを見下ろしてくる潤とイルンが新鮮と言えば新鮮か。
師匠は……いつものごとく、すでに引っ込んだ後のようだ。
この有様では次の指導は何時のことになることやら。
「パパ、大丈夫なの?」
「イルンか……大丈夫に決まっている。龍馬を心配してやってくれ」
「リョウなら大丈夫に決まっている。すぐに立てる」
どこから聞こえてくるジンの言葉に、横から身じろぎする気配。
バカが……見栄を張って先に起き上がるつもりだろうが、そうはさせない。
先に立ち上がるのは俺だ!
「ちょ……鉄矢さん」
潤が――うん?
「あ……野田さん……」
いや、どっちでも良い。
今まさに、倒れ込もうとしている俺にとっては。
慌てて潤が支えてくれようとするが、諸共に倒れるぞ。
イルン、お前は役に立たないからな。
「ワハ……ワハハハハハ……」
その時、聞こえてきたのは龍馬の馬鹿笑い。
こなくそ!
俺は痛む体に鞭打って、なんとかバランスを取る。
ここで倒れたら、龍馬に勝ちを認めさせることになる。
なんとか思い出した力の向きを意識して、それでも大きく足を広げ俺はなんとか倒れることを防いだ。そして龍馬の方を睨み付けると、向こうも立ち上がってこちらを睨み付けていた。
「……ワハハハハハ」
「……アハハハハハ」
二人揃って笑い合う。
くそ、今回の勝負も引き分けか。
「こらこら。今日の手合わせは、君たちが主役じゃないだろ」
それで思い出した。
「そうだ、潤。何か役に立ちそうか?」
手持ち無沙汰な様子で俺の横に立っている潤に目を向けた。
「う、うん……えっと……」
その表情ですべてを察した。
潤に見せようと少しでも意識していたのは――龍馬を担ごうとした辺りまでだな。
「どうだったよ!?」
しかし龍馬は相変わらず空気を読まない。
「え、え~と、一回じゃ無理……というか……」
「じゃあ功児さん! 俺と鉄に差はありますか?」
そうか。
そういえば操縦者としての力量の違いを確かめる意図もあったっけ。
「そうだね」
功児さんは腕を組んで小首をかしげる。
「誤差があるが同じぐらい、と言えれば良かったんだけど……」
まさか、何か重大な差があるのか?
「まったくないね。もちろん性質は違うけど、その分化が出来ていない。そこから先は君たちの性質の合わせて自分なりの型を見出すべき時期なんだが、同じところで留まっている」
あ、あれ?
「要するに二人とも伸び悩んでいる。そのまま伸びないかも知れないな」
それ最後通牒って言いませんか?
思わぬタイミングで、心重くなる話を聞いたな。
……いや、今一番に考えるべきは龍馬の――
その時、俺の袂がちょんと引かれる感触が来た。
そちらに目を向けると、潤がやたらに売るんだ瞳でこちらを見上げていた。
「……大丈夫ですか?」
「ん? ああ、龍馬には気の毒なことになったけど、それだけに潤の負担が大きくなるから……頑張るのは、むしろそっちじゃないか?」
「あ、そうだね。パパと神谷さんに差がないのならロボットの性能、と言うことになるんだから」
「聞き捨てならないが、現実を受け止めることが大事だな」
コミバ二人でコンセンサスが取れたようだ。
さすがに龍馬も功児さんの結論に異論を差し挟むつもりはないようで、憮然として黙り込んでいる。
「……いえ、そういうこと……では……」
「?」
違うのか?
俺が首をかしげたその時、道場の隅から携帯の着信音が響く。
この音は龍馬だな。
いささか、いたたまれない想いを抱えていたのか、龍馬は飛びつくように携帯を取り出した。
そのままの流れで、すぐ出るかと思いきや発信先を確認したタイミングで眉をひそめる。
が、結局の所そのまま携帯を耳元へ。
端から見ていても、明らかに気のなさそうな龍馬の態度。親か、面倒事を持ち込む悪友か。
どのみち今日の手合わせはお開きだな、と俺が勝手にこの後のスケジュールを思い描いていると、
「何ぃ!?」
突然に荒げられる、龍馬の声。
そして、またも事態は俺たちの与り知らぬところで動いていたことを知らされる。
――ロボット作りにはたっぷりとした時間がある?
そうも行かなくなった。
――だからゆっくりと詰めていけばいい?
そんな〆切りのないモラトリアムな時間は終わった。
俺たちは大急ぎで、ロボットを仕上げなければならなくなったのだ。
他のことに構っている余裕はない。
――いや。
俺は――俺だけは気をつけるべきだった。
先送りにし続けている、潤との関係。
そして、あの時に何を潤に話したのか。
この日に確かにきっかけはあったのに――俺はそれに気付くことが出来なかったのだ。
*
龍馬に連絡してきたのは和光ジムの会長からだった。
その内容はAJRAから送られてきた伝言をそのまま伝えた、と言っても良い。
そして龍馬を驚かせた内容というのは――
――件のロボメイルを即座に出頭させること。それまでは和光ジム、および茂木選手のライセンス停止。
あまりにも正々堂々とした“オトナ”のやり口。
「これは泳がされたな」
とは、龍馬の怒りを受け流しながら事情を聞き出した功児さんのコメント。
確かに、出頭させるアテがないとこうも強攻策にはでないだろう。
和光ジムの会長がどこまで事情を知っているのかはわからないが、俺たちに見捨てる選択肢はなかった。
ただでさえ迷惑をかけているのだ。
その上、AJRAに睨まれるような不利益を受けさせるわけにはいかない。
身勝手なことを言えば、それで俺たちがジムや茂木さんに感じている負い目のようなもを晴らせるという、そんな感情もあった。
だが承諾するにしても、唯々諾々と出頭するのは違うだろうと主張する者が二人。
一人はもちろん功児さん。
「これほどのやり口で引きずり出そうとしたからには、姿を現すという条件を揺るがさない限り、向こうから引き出せるものはまだあるな」
さすが性格眼鏡である。
「選手があってこその、AJRAだろうが! 上から物言いやがって!!」
と、それなりに和光ジムに恩義を感じているらしい龍馬も怒りを露わにしていた。
とりあえず功児さんの提案で出頭させて後、何をさせるつもりなのかを確認。
意外と言うべきか、当たり前と言うべきかその答えは「試合」である。
イルンの実力をその目で確かめたい――いや、そもそもそれならば破壊されたビルの壁面を見ればわかることだ。
もちろんパワーがあるからと言って、そのまま強さに直結するわけではないだろうが、やらかした本人の感触から言わせてもらえば、あのパワーはすべてを圧するだけの規模だった。
そして相手の目的がわかったところで、今度は龍馬が割り込んだ。
「問題のロボットを開発したエンジニアの最新モデルを装着しているのは俺だ。俺に戦わせろ」
と。
確かに龍馬は嘘をついていない。
そして、開発状況までは察知していなかったのか、AJRAもそれを了承。
つまりは純粋に強さを欲していて、イルンの見かけには興味がないこともこれで察することが出来たが――問題はジンの性能である。
まったく進展のないままに約束である、一週間後までの時間を費やし――
――今、俺たちの目の前には瀬草圭介が合身姿で立っている。
日本ロボメイル競技の第一人者、すなわち“世界の頂点”だ。
ちょっと、切り方がわからないなぁ、というのと、相変わらずサブタイに悩んでいます。
規則性を無視したい。