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序章「俺の人生計画が大変です。」及び第一章「俺の男としての尊厳が大変です。」

序章 俺の人生計画が大変です。


 それは忘れもしない俺が小学校二年生の夏休みの時だった。

 今ではのほほんとしている両親が、この年はちょっと追い込まれ気味で、俺はやっぱり子供だったのでそういった両親の変化には気付かず、どこにも連れて行って貰えない夏休みにブーブー不満ばかりを並べていた。

 そんな俺をなだめるためか、両親はごく常識的な対応をした。

 叔父――親父の年の離れた弟にあたる――に、俺の子守を依頼したのだ。

 簡単に言うと、俺を遊びに連れて行け、ということである。

 両親から幾ばくかの資金を受け取った叔父は自らの欲望に忠実だった。そして叔父にとっては幸いなことに、その欲望は俺にとっても大歓迎となった――結果的には。

 叔父に連れて行かれたのは日本武道館。

 そこで行われていたのは、

『ロボメイル世界選手権』

 だった。

 俺もテレビ中継は何度も観ていたことがあったが生で見るのは初めてで、しかもこの年の決勝戦のカードは、後々まで語り草となる、日本代表・瀬草圭介vsフランス代表・ミッシェル・ホーガンという好カードだった。

「見てみろよ鉄矢。この目でリアル板野サーカスが見られるなんてなぁ」

 叔父も趣味とダメさ加減が、この台詞に集約されていると後から気付いた。

 この時、ホーガンは両肩のミサイルキャノピーから、雨あられと瀬草にむけて一斉射撃を敢行していたのである。

 それは見事な納豆ミサイル振りで、瀬草は絶体絶命かと思われた。

 しかし、瀬草は両腕からビームブレードを伸ばすと殺到するミサイルをことごとく切り払ってしまった。

 機体の性能で戦うホーガン。あるいはそれは、ホーガンのロボットを組み上げたチーム全体の戦略と言うべきかも知れない。

 一方で瀬草は、一点集中型に開発されたロボットと合身しているらしくセコンドにいる技術スタッフも二人だけという少数部隊だ。

 もっとも当時小学生だった俺がこんな事を理解しているわけではなく、横にいた叔父からの解説と、その後の専門家の解説を合わせるとそんな状況なおだと、後からの理解であるということは一応断っておく。

 しかも叔父の解説というのも、単純に興奮状態の独り言だ。

「ホーガンのキャパはますます向上しているようだな。さっきのミサイルポッドで通常のプレイヤーなら打ち止めだぞ。やはり操縦者フレームとして求められるべきは容量? そもそもあの堅牢な装甲はアイネス社の最新モデル? そうなるとジェネレーターも最新モデルの輸入品――これは一からのハンドメイド……いやいや何言ってるだ。当たり前じゃないか。これは世界大会決勝だぞ。うぉ! あんな所に連装砲が。良くもあそこまでの小型化を、いやいや、やはりそれを装備できるホーガンのキャパが……」

 という具合。一方で瀬草の解説はというと……

「こちらはわかりやすいな。イワサキの装甲だな。二年前は軽量化と防御力のバランスの取れた良い装甲板だったが……だが今のホーガンの武装を前にしては紙同然。ほとんどロボメイルの体裁を整えているだけ。もしかしたら中古品か。しかしそれにしてはビームブレードの発光が尋常じゃない。ジェネレーターはもしかするとホーガンよりも高性能? いや……もしかして自作か? 元を輸入してチューンしてるの可能性もある。それに何より、あのビームブレードは――」

 一応記憶の限りを整理してみたが、この呟きが混在しているのが叔父の現実だった。

 そして試合は瀬草が勝利を収めた。

 紙装甲との叔父の解説通り直撃を受ければ、即座にゲームオーバーという状況で瀬草はまったく動揺することなく、ホーガンが尋常ではないキャパで次から次へと繰り出す攻撃をビームブレードで事ごとくを切り伏せてしまった。

 剣を利用しての徹底的な防御戦術。

 それ自体が斬新であったが、それよりも着目すべきは操縦者フレームの力量だ。

 ロボメイルで通常見られるような動きではなく、明らかに何らかの武道の達人。

 両の剣はむしろ鋭角的な軌跡を描いているのだが、瀬草の動きは非情に滑らかで単純に何かしらの剣術を持ち込んだだけではなく、このロボメイル用に洗練されたものなのだろう。

 後の解説によると、刃筋を通す必要がないビームブレードの扱いをある程度犠牲にして、常に有利な状況を作り出すための体裁きを優先させた動きであるらしい。

 当時の俺にそのようなことがわかるはずもなく、荒々しいビームブレードの動き。それと対照的な流れるような瀬草の動きにただただ魅入られていた。

 ホーガンの戦い方はそれはそれで並大抵のことではないのだろうが単純に、

「武器が強い」

 という印象で、当人の凄さがいまいちわかりづらい。

 その点、瀬草は紙装甲が幸いして、立ち姿や冷静さを失わないヒーローめいた面差しまでよく見ることが出来た。

 それはそのまま「当人の強さ」に転化されてしまった。

「これはロボメイル戦の転換点になるかも知れない……」

 そんな叔父の呟きは今でも耳に残っている。

 今まで操縦者フレームに要求されていたのは豊富な武装と合身できるキャパだった。

 むしろそれだけが要求される資質だったといっても良い。

 しかしこの戦いで――瀬草の登場でロボメイル戦の様相は一変した、というのが後の世の位置づけとなった。

 キャパに加えて操縦者フレーム自身にも戦闘能力が要求される。

 その歴史的な転換点となった戦闘は、ついに決着の時を迎えようとしていた。

 瀬草の振るうビームブレードがホーガンの繰り出すありとあらゆる攻撃を守りきった――いや守り“勝った”のだ。

 攻撃手段を無くしたホーガンに瀬草はツカツカと歩み寄り、その喉元にビームブレードを突きつけた。

『サ、サレンダー……』

 通常は聞こえるはずのないホーガンの――操縦者フレームの声が武道館に響いた。

 あまりの展開に観客のすべてが固唾を呑んでいたからだ。

 そして、そのホーガンの声を合図に、一斉に歓声が爆発した。

 それは時代の証言者になった事に対する歓喜の叫びでもあった。

 実際、叔父は俺の横でガン泣きしていた――今思い返すと引くばかりだが。


 ――さて。


 多感な時期にこんな経験をしてしまった“男の子”がたどる道筋など決まり切っている。

 瀬草に憧れた俺は、よく調べもせずに近所の道場に通うと言い始めた。

 俺が家の外で時間を使ってくれるなら、それはそれで有り難いと考えた当時の両親は、それを一も二もなく快諾――言っておくけど、ちゃんと親子仲は良好だからな。

 それから十年。

 相変わらず道場に通ってはいるが、俺はそのあたりで当たり前の経験を味わうこととなった。

 そう。

 挫折したのだ。

 俺にはロボメイル戦に出場できるほどのキャパの元々の持ち合わせがなかった。

 素質がないという奴だ。あるいは才能の限界。

 やがて、そんな苦い経験も懐かしい思い出へと……変わる前。

 つまりは十七才のこの日に、俺の真っ当な青春街道を遮るものが現れた。

 そいつは世にも珍しい、女性型のコミバだった。女性型というよりは少女型、と言った方が適切かも知れない。ふわふわと半透明のビジョンが浮かんでいる様は、少女型のフォルムも手伝ってよく言えば妖精のようにも見える。

 スタンダードな無骨な兵器のような外見ではなく、装甲板は曲線で滑らかなボディラインを描いており、言ってしまえばなかなかセクシーだ。

 何でも出来る二つの胸のふくらみもはっきりと見て取れる。

 いや元がロボットなのだから、装甲板をはぎ取ってもそこにあるのはただの機械であることは間違いない――いやそもそもコミバには実体がなかった。

 こんな風に俺が混乱しているのは、なにもこのコミバがなかなか可愛いらしかったからだけではない。

 そのコミバ――イルンと名乗るわけだが――は、目の前に現れると同時に俺に向かってこう言ったのだ。

「パパ! ママがわからず屋なので、家出してきたよ!」

 と。

 

 ――俺は何時の間にロボットと良い関係になったのだろうか?


第一章 俺の男としての尊厳が大変です。


 ルインとの出会いは、通っている道場でのことだった。

 確率的に考えれば、これは当たり前の話だ。

 俺の日頃の生活パターンと言えば、学校行く、帰る、道場行く、夕飯を食べに家に帰る、道場に行く、帰って寝る。日曜などの休日はほとんど道場に入り浸りだ。

 大体こんなもので、学校にいる時間と道場にいる時間が大体同じぐらい。

 そこに宿題とかの時間が差し込まれる場合も運が良ければある。

 ……考えてみると、イルンが学校に現れなくて本当に良かった。これを幸運と思わなければいけない状況というものは、それだけですでに刑事事件の匂いがするな。

 イルンが現れたのは夏の終わり、秋の始まり、つまりは十月上旬あたり。それも日曜の朝のことだった。

 冷房機器などあるはずもない道場がようやく過ごしやすくなってきた頃。もっともほとんど森の中にあると言っても良い道場は、夏でもそれほど暑くはならない。

 実際、俺がほとんど道場に入り浸りなのは過ごしやすいからという、身も蓋もない理由は結構な割合を占める。

 アパートの俺の部屋は西日が最悪です。

 その点、道場はすぐ側を天井川が流れていて、さらにすぐ側には神社まであると言うことで開発の手も伸びてこない、好立地でもある。

 そして師匠はそこの神社の関係者らしい。

 あまり詳しくは聞いていないが、道場が潰れもせずに今でも続いているのはそういった関係もあるとすれば色々と納得がいく。

「まったく、ママは頭が固いんだから!」

 そんな道場に突然飛び込んできたイルンの二言目が、これである。

 俺がとっさに反応できなくても、誰が責められよう。

「お、お前……」

 この時、道場には後輩だが同い年の龍馬と先輩で師範代の功児さんが居た。

 この道場では袴姿が稽古着でもあるので二人とも、そして俺も揃いの格好だ。そして功児さんは眼鏡で龍馬はバカだ。性格も大体そんなものだと思ってくれて間違いはない。

 そしてバカは言葉のボキャブラリーが少ないだけに瞬発力があった。

 その瞬発力で一番に俺に敵意を向けてくるところも、龍馬がバカである理由の一つだ。

「ロボットとヤったのか?」

 誠に遺憾ながら、イルンの発言で俺とこいつは同じ発想を持ってしまったらしい。

 これは婚姻届を持ち歩いている(記入済み)を師匠に責任をなすりつけてしまおう。

「うん! 私はパパとママの娘だよ!」

 俺が状況の把握と龍馬の顎をどう撃ち抜くかの判断に迷っている内にイルンが言葉を重ねてきた。

 しかも受け答えがずれていないか? ……いやずれてるな。

 それにしてもママ……やはりロボットなのだろうか。

 改めてイルンの姿を確認してみると、見事なまでに女性のようなフォルムだった。

 身体の曲線ラインは言うまでもなく、そのカラーリングも実に桃々しい。まさに女子のみに許されるカラーリング

 しかも髪に見えるようなものまである。実際は銀色の細いコードらしいがパッと見は銀髪にしか見えない。。

 そんな銀髪が彩る頭部は、やたらに感情表現豊かなフェイスパーツが取り付けられていた。

 目の部分はライトグリーンのバイザーで覆われていたが、とにかく表情が良く動くので、そんなことはいささかも問題にならない。他のコミバのいわゆる立方体を組み合わせたような、そんな無骨すぎるフォルムに比べたら雲泥の差だ。

「私はママのたっぷりのパパへの愛を受けて育てられたんだよ!」

 その豊かな感情表現で……うん? 何かおかしくないか?

「――イルンと言ったね」

 ここでようやく功児さんが参戦してくれた。性格が眼鏡の功児さんが状況を整理してくれるなら有り難い。何しろ俺は、この時ずっと絶賛混乱中で、まごまごしていただけだったからだ。

「まず確認したいのだが、君はコミバ――いわゆるコミュニケーション・バディと呼ばれる存在で間違いないのかな?」

 その功児さんの言葉に、思わず俺は「おお」と感嘆の声あげていた。

 確かに、このあまりにも異常なコミバは、コミバではないと疑った方が色々と話が早い。

 イルンも功児さんの落ち着いた雰囲気に感じるところがあったのか、顔を功児さんへと向けた。

 だが質問には答えずに、逆に質問を返す。

「えっと、あなたはこの道場の師範代の石丸功児さんだよね? 初めましてイルンだよ」

「僕のことを知ってるのか?」

 功児さんが眼鏡をクイッ、と持ち上げながらイルンを睨め付ける。

 しかしイルンは一向に構うことなく、自慢げに後を続けた。

「うん! だってママはパパのことならなんでも知ってるもの。パパの周りの人達のことももちろん知ってるよ」

「ちょ、ちょ、ちょっと待て!」

 個人情報の漏洩という具体的な危機を前にして、俺の中の生存本能が呼び覚まされたらしい。

 実際、傍観している場合ではない。

「なんですかパパ? 突然、そんな大声を上げるなんて。私のパパなんだからもっと大人の男性であることを期待します――ちょっと子供っぽいパパも素敵だけど」

 なんだその、ちょっとおすまし口調は。

 いやそれよりもまず確かめねばならないことがある。

「じゃあ、あいつも知ってるのか?」

 俺はイルンが功児さんの名を告げた当たりから道場の隅へと逃げ出した龍馬を指さした。

 バカだけに、生存本能には忠実らしい。

「はい。神谷龍馬さん」

 すらすらと答えやがる。だが、まだまだ諦めない。

「特徴は?」

「頭が悪い」

 情報まで正確だと……?

 自称知っているだけ、ではなく、信頼性のある情報まで握られている。道場の隅で龍馬がギャーギャーと喚いているが、それがイルンの言葉を証明する行為だと何故気付かん。

 だからお前はバカなのだ。

「――で、話を戻すが君はコミバ……」

「そうだよ。イルンはママがパパへの愛を込めて作ったロボットのコミバ」

 功児さんの再度の問いかけで、情報がいきなり溢れてきた。

 だがとにかく、イルンがコミバであることはこれでほぼ確定だろう。

 コミュニケーション・バディ。

 操縦者フレームはロボットと合身して戦うことになるわけだが、合身には操縦者フレームとロボットの相性が重要だ。その相性を高めるために、ロボットと常に相棒バディを組んでいるかのようにコミュニケーションできるシステム。

 そんな目的で生み出され、ど真ん中ストレートで名付けられた存在がコミバだ。

 要するにどこかに、このイルンと同じ姿のロボットがいるわけで、それを作ったのが謎の存在“ママ”であるらしい。

 どうやら俺は知らないうちに脅威の異種族交流を果たしていたわけではなく、なんだかストーカーの被害者未満という状態に陥っていたらしい。

 一体どっちがマシなんだ?

 それに、こんな戦闘に不向きにだとしか思えないロボットを作ってるところも実に怪しい。

 ロボットを人形だと勘違いしてるんじゃないか?

 ……はて?

 ロボットというのは個人で造れるようなものだっただろうか?

 何だかますます謎めいてきた。

「それで、君がここに来た目的は? 何かママが酷いと言っていたが、そもそもママの名前は」

 さすがは功児さん。

 そんな怖いところに直接踏み込みますか。

 何とも頼りになる……あれ? 何か笑ってませんか? もしかして他人事だと思って楽しもうとしてませんか?

「ママの名前は、野田潤だよ」

「ほう。鉄矢君と同姓か」

 確かに俺の名前は野田鉄矢という。そこまで珍しい苗字じゃないから同姓の人間と会った経験はある。それが偶々――

「結婚すると、同姓になるんでしょ」


 ガツン。


 あ、俺の膝か。

 膝から崩れ落ちる事って、本当にあるんだ。

 え? え? 一体何? 俺の周りで何が起こってるの?

「お前、結婚してたのかよ! なんだよ、それなら不思議なことは何もないじゃないか」

 くそう。

 俺はバカになりたい。

 思わず俺は顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。

「バカもほどほどにしないか龍馬君」

 そこに功児さんが救いの手をさしのべてくれた。

 俺は顔を上げる。

「もっとも不思議はないという点については同意するが」

 そしてすぐに裏切られた。この道場に味方は居ない。

「功児さん!? いやいや、不思議なことばかりじゃないですか。俺結婚したりはしてないですよ。戸籍は綺麗なまんまで、そもそも俺、十七ですよ」

「君も落ち着き給え。確かに当事者の君からしてみれば不安で仕方がないのかも知れないが、端から面白……俯瞰してみると説明できることばかりだ」

 もはや性格眼鏡の人には期待しまい。

「時期はわからないが、その潤さんという人が鉄矢君に一目惚れをする。これは確率的にゼロとは言えない」

 酷い言い種だが、

「俺はもてる」

 と胸を張って言えないこともまた事実。

 格好のバロメーターとなるあの日のチョコレート獲得数は毎年二個から三個と言ったところだ。(ただしチョコレートに貴賤は無いものとする)

「そんな潤さんは恋心をこじらせる。しかし奥ゆかしい彼女は鉄矢君に告白は出来ない。その代償行為としてロボットを作る」

 途端に怪しくなったが、事実としてコミバであるイルンがいるわけだから、いくら展開に無茶があったとしても、この場合に限っては推測としては大きく外れていないだろう。

 しかしである。

「代償行為でロボットを作るとしても、そんな簡単に手を出せるものじゃないでしょ?」

「そこのところは、十分な情報が出ていないんだろう」

 そこで俺はすっかり油断して、周囲を漂っていたイルンに思わず尋ねてしまった。

「イルン、ママとやらはどうやってロボットを作ったんだ?」

「パパはママと結婚してないの?」

 答えは返ってこず、小首をかしげたルインから難問が突きつけられた。

 どう言うのが正解なんだ?

 いや、そもそもロボットをどうやって作ったのか、という情報は今どうしても必要な情報というわけではない。

 つまり――

「イルン、ええと君はまだ子供だ」

「そうだよ。私はパパとママの子供」

 段々反応が予想出来るようになってきた。しかし俺はめげない。

 今優先すべきは、イルンを追い払う――いや、結婚についての正しい知識をちゃんと教えることだ。

「子供は知らないことがたくさんあるものなんだ。だから結婚について――龍馬に教えてもらえ」

「龍馬さんに?」

「あいつは、そういう分野は得意なんだ」

 凄く大雑把にカテゴリ分けをすれば。

「龍馬。イルンに結婚について、ちゃんと教えてやってくれ」

「え? ああ? あん?」

「イルン、俺は功児さんと大事な話があるから、少し龍馬と話してろ」

「もう!」

 イルンは腰に手を当てて、俺を睨み付けてきた。

「パパはいつだって、そうやって私を子供扱いするんだから!」

 ……突っ込むな。

 突っ込むなよ俺。

 必死で沈黙を守り続けた結果、ルインはスーッと龍馬へと近付いていった。

 実体のないルインに近付かれて、龍馬はオバケでも見るように段々に後ずさっていく。

 これで時間は稼げるだろう。

「それで功児さん。推測の続きは?」

 功児さんは眼鏡を光らせて、

「続きも何も、そこからは君だって想像できてるんだろ? 恋愛の結果、一つのゴールとしての形、結婚までを想像したら、それを具体的にする一番手っ取り早い方法は……相手の姓と自分の名前を繋げてみる。あり得る話だとは思わないか?」

「なんてことだ……」

 俺はどんな女に絡まれてるんだ?

「落ち着き給え。一つ一つの事象を取り出してみれば、微笑ましい、と言っても良いものまであるだろう。それに潤さんという女性は、君にそれを押し付けてきたわけではない。今回は偶々、そういった妄想が漏れ出した――いわば不幸な事故だ」

「確かに――そんな見方もあるかも知れませんが」

 功児さんは他人事だからそんなことを言っていられるのだ。

 功児さんの説によれば“事故”そのものが具現化したイルンは龍馬に結婚とは何かという、哲学的なレクチャーを受けている真っ最中だった。

 ……漏れ聞こえてくる単語は、どうも性教育も施されているような気がするが気にしない。

 何しろ、イルンの本体はロボットなのだから、その方向には必ず限界がある。

「それで、だ」

 よそ見をしていた俺に、功児さんの声が重々しく響く。

「今対処すべき最大の問題は、未だ脅威が形を成していないストーカー疑惑よりも、彼女が何故ここに来たのか? という疑問だろう」

「それは……」

「危機から目を反らすのは、我々の流派の為すべき所ではない。――鉄矢君」

 功児さんの眼鏡越しの瞳が真っ直ぐに僕を見据える。

「はい」

「まず事態の急所を見極め給え。そしてそれは君の役目だ。護身を人任せにしていては、それはすでに護身に非ずだ」

 功児さん――ではなく、師範代からのお言葉だ。

 やはり、聞くしかないのか。

「イルン」

 好奇心で龍馬を追い詰めていたイルンに、覚悟を決めて声をかける。

「なぁに、パパ~?」

 あっさりと龍馬から興味を無くして、イルンがこちらに近寄ってきた。

 う。

 少し可愛いような気がしてきたが、ここは正気を失うべき所ではない。

 そこで俺は一端間を開けて、言うべき事、問うべき事を慎重に組み立てた。

「……イルンが今日ここに――俺に会いに来たのはなんでだ?」

「そうそう。ママとそれで喧嘩になったの」

 会話が成立しているような、成立していないような。

 本当に子供と話している気分だ。

「喧嘩したから、俺に会いに来た、という事じゃないのか? 例えば俺に……その潤さんの怒りをなだめて欲しい、とか」

 一度は口にするのを躊躇った――事態を具体的に描写するという――手法をここで追加してみる。

 すると、イルンは「う~ん」と悩みように少し上を見上げて、

「あのね。ママはあんまり怒ってなかったよ。どっちかっていうとイルンが凄く怒って、それでもママはイルンがやりたいことをやらせてくれなくて……」

「やりたいこと?」

 そこが急所なのだろう。

 日頃の鍛錬の成果か、俺はすかさずそこに探りを入れてみた。

「そう。あのね、イルンはパパと……」

 そこでなぜかイルンはちらりと龍馬の方を観た。

「――そうだ。イルンはパパとS○Xしたいの」

 俺は血の気が引く音を、鼓膜の裏で聞いた。


                       *  


 ロボメイルによる試合は操縦者フレームとロボットの合身状態で行われる。

 見た目だけは、人間がロボットの装甲を纏ったように見えるので、

「ロボットの甲冑メイル

 という実に安易なネーミングがまかり通っているこの競技。

 合身は実際には甲冑を纏うというような外側だけの変化に留まらずロボットの機能を、ほとんどそのまま人の姿のまま使えるようにしてしまう。

 具体的に言うと、ロボットに可視光線以外を探知できる機能を持たせれば人の身のままでそれが可能になる。

 もっと言えばロボットの腕にレーザー砲を内蔵すれば、本当に内蔵される。

 蛇腹間接か何かで腕が伸びるようなギミックを盛り込めば、本当に腕が伸びる。

 つまり簡易的な改造人間サイボーグみたいな状態になる――という説明で普通の人が理解してくれるのかは疑問が残るが、日本の地球人はこの辺の間口が広いと言われているからきっと大丈夫だろう。

 このロボットの機能を操縦者フレームが如何に取り込めるか?

 というのが最初の差となって現れる。つまりはキャパの大きさと言うことだ。

 俺の資質が全然足りない部分がここだ。

 これは先にも説明したとおり、コミバとの関係を良好に保つことで向上させることも可能なのだが、俺の場合その伸び代もない、ということになる。

 このキャパを如何に有効に活用するか、という部分はまさに「ロボメイル」戦のもう一つの戦場であるわけだが、最低でも“合身できる”というキャパは必要なのだ。

 瀬草が「キャパの大きさ=強さ」という構図に一石を投じ、新たな流れを生じさせたわけではあるが、この根幹部分は変化しない。


 さて――


 以上がザッとではあるが、この事態に対する必要知識と言ったところだと思う。

 それを踏まえて今の事態を考える。

 ……あと、龍馬のバカ要素もプラスしないと。

 程なく、俺は一つの回答に辿り着いた。

「イルン、もしかして俺と合身しにきた……というようなことじゃないよな?」

 自分自身でも、その回答に確信は持てなかったが、イルンがコミバであるという事実。

 そして、龍馬が伝えたらしいピンポイントの性知識。

 そうとなれば“合身”こそがイルンの目的だったとすると、大体上手く当てはまる。

 しかし潤さんは、あまり考えたくないが俺の情報にはもちろん詳しいのだろう。ということは間違いなく、俺のキャパ不足のことも知っている――はずである。 

 いや、それはそれでイルンに俺との合体は不可能だと主張する理由にはなるな。

「試せばいいだろ」

 悩む俺に、種族的特性として悩むことがない龍馬が声をかけてきた。

「イルンは鉄と合身したくて来たわけだ。で、ママはそれは無理だと言ってるわけだろ。白黒はっきりさせるにはそれが一番手っ取り早い」

 確かにな。

 バカでもたどり着ける解決方法だ。

 実際、功児さんも名案だとばかりに深くうなずいた。

「うむ。僕はその合身というシステムはよくわからないが、それが出来るなら問題解決の入り口にはなるだろう。どうだろう? 鉄矢君、イルン君」

「私は、元々その為に来たんだよ」

「まぁ……それでイルンが落ち着いてくれるなら」

 俺が一番に目指さなければいけないことは、恐らくそれだろう。

 子供に言うことをきかすには、とりあえず実地でやってみるのが一番だ。

「さて。僕はロボメイルのことはよく知らないのだが、近くにロボット本体が無くても良いのかな?」

 確かに選手権であれば、近くにロボット本体がホルマリン漬けのようにガラス注の中に入っている光景がお馴染みだ。

「功児さん、アレはショービジネスを追求した結果ですわ。元は戦争で使っていたものだから地球にロボットがあるなら全然問題ないッス」

 龍馬はロボメイルオタクである。

 従って、忌々しいことにこの答えに付け足す事はない。

 ……ショービジネスなんて言葉を、本当に理解しているのかテストしたいところだが、我ながらあまりにも脱線が過ぎると自覚できたので止めておく。

 そんな俺の隙を突くように、龍馬がニヤニヤと笑みを浮かべて追い討ちを仕掛けてきた。

「さぁ、やれよ鉄」

 ……くそ。

 先輩が首をかしげているが、これは“素人”はあんまり知らないところなんだよなぁ。

「あ~、イルン。君は合身の手続きを知ってるのか?」

「もちろんだよ」

 知っているらしい。

 しかも、ちゃんとこちらに左手の掌を向けている。

 こうなると俺も覚悟を決めるしかない。

 実際には触れる事が出来ないルインの掌に合わせるように、右の掌を合わせる。

『我は力を欲する』

 ちなみに俺の台詞。

『我は力を与える』

 こっちはルイン。

 このように掛け合いで合身の手続きは進んでいくわけだが、何故かロボメイルの競技会においては省略されていることが多い。

 ――いや“何故か”ってことはないか。

 きっと、功児さんも奇異な眼差しを向けているのだろう。

 ……怖くて確認できないが。

『我は心を求める』

『我は心を与える』

 今度は逆のやりとり。そしてここから声を揃える。

『我は愛機にして、我自身。合わせたその時、無敵の力が顕現する――合身!』


 ――ぶっちゃけると、ここまでは誰にも出来る。


 コミバと――いや例えコミバが居なくても、この呪文を一人で唱えることは可能だからだ。

 しかし呪文が本当に効力を発揮できるまで条件を整えるには様々なハードルがある。

 何度も言っているとおり、俺のキャパ不足。

 それにロボット自体に無理な設計が行われていたり、操縦者フレームのキャパと合わなかったり、相性が悪かったり――とにかく色々だ。

 例えば俺のキャパが合身できるほどキャパがあったとしても、素人が作ったロボットがいきなり俺と合身できるかというと……かなり無茶な話だ。

 ……潤さんは素人なんだよな?

 それでも合身の初期プロセスは起動したようで、俺の四肢が発光するフレームに覆われていく。

 そろそろセーフティが働いて、キャンセル……キャンセル――されないぞ?

 四肢はすでに、イルンで見慣れてしまった実に女性らしいカラーリングの装甲に覆われてしまっていた。

 ちょっと待て! 

 絶対無理だと思ってたから深く考えなかったけど、成功したら俺はイルンみたいな格好になるのか?

「そんな馬鹿な!」

 思わず叫んでしまっていたが何故か合身プロセスは順調に進んでおり、すでに俺の身体は細腰体型の桃々しいカラーリングに変化しつつあった。

「マジで待て!!」

 しかしいくら叫んでも、プロセスが止まることはない。

 発光するフレームはついに俺の頭部を覆い始めた。

 くっそ! 龍馬の奴が笑い転げてやがる!

 なんでイルンとは合身できるんだよ!

 プロセスは最終局面に達した。元の俺にはないパーツ、即ちイルンの銀髪が頭部パーツから光と共に伸びていく。

 いつ終わるんだこれ。

 と、経験に無い状態に突入した現状は、すでに不安しかない。

「合身したよ~」

 と、頭部装甲の中でイルンの声が響く。

 ええっと……そうそう。合身状態だとコミバの声は操縦者フレームのみに聞こえるようになるんだっけか。

 となると、今の声を聞いたのは俺だけか。

「……お、終わったらしいです」

 報告が必要だろうかと思って恐る恐る告げてみる。

 腹筋を引きつらせて痙攣を起こしている龍馬はともかく、功児さんにはわかりづらいだろう。

「鉄矢君」

 功児さんは眼鏡を押し上げながら、厳かに告げた。

「すまないが声を出さないでくれないか。嘔吐感が半端ではない」

「え……?」

 改めて確認したくはないが、相当エグいらしい。

「君は元々、女顔だから外見はそれほどの違和感はない」

 確かにそういわれることは多いが、功児さんだけには女顔だと言われたくない。見た目は俺よりももっと優男風だ。ちなみに龍馬は男らしくはあるけど、まつげだけがやたらに長い。

「それだけに、いつも通りの声で話されると非常な違和感を感じざるを得ない。目の部分がバイザーで隠れている分――今の君のフォルムは非常に女性らしい……というか色気がある」

 だんだん、自分自身がおぞましくなってきた。

 ふと龍馬はどうなってるんだと意識を向けてみると、視界の隅に別ウィンドウが開いて龍馬の姿が映し出された。なるほどイルンの能力の一端、というよりもロボットと合身すればこんな機能が使えるようになるわけか。

 そしてウィンドウの中の龍馬は痙攣を止めて、うつぶせになって口元を右手で覆っている。

 ……そうかそうか、そんなに気持ちが悪いか。

 龍馬にダメージを与えられるならこの格好にも意義がある――くそ、笑いたければ笑えよ。

「パパ。龍馬さんはどうしたのかな?」

「アレが感情に支配された愚か者の末路だよ」

 イルンの素朴な疑問に答えると、目の前では功児さんが眼鏡を抑えていやいやと首を振っている。

 なんだろう。

 俺が傷つく謂われはないはずなのに、何故こんな気分になるのか。

 しかし、兎にも角にもイルンの望みは達成されたはずだ。

 早くに合身状態を解いてしまいたい。

「イルン。理由はよくわからないがとにかく合身できたんだ。これでママの所に戻れるだろ? 合身を止めよう」

 色々と、追求したい部分はあるが一番に為すべき点はまさにこれだろう。

 周囲への影響から鑑みても。

「うん、あとはこれでパパが強いっていうのを証明できたらね」

「――何?」

 一体どんな親子喧嘩の果てにイルンは俺の所にやってきたのか。

 いや、そもそもイルンの性格からして筋道立った喧嘩ではない可能性もある。

「鉄矢君。何か問題ごとか? あとはそれを脱げば済む話じゃないのかい?」

「それがですね……」

 早速に功児さんが俺の異変を感じ取ってくれたらしい。

 俺は説明しようとしたが、それを眼鏡越しの視線で制せられた。

 それから功児さんはわざわざ立ち上がると、奥の間に引っ込んでメモ帳とボールペンを持ってきた。

 その意図がわからないはずもない。

 ここで変に抵抗するのも、俺がこの格好に拘泥しているようで仕方なく俺は“筆談”の提案を受け入れた。

 

 ――イルンが言うには、合身状態で強いと言うことを証明したいと。


「証明? どうやって?」

 癪に障るがコミュニケイトはスムーズだ。


 ――さあ……ここで龍馬をボコボコにするとか?


 ロボメイルの競技会は競技会といいながらも実質、戦闘でしかない。

 強さを証明するとなると、選択肢は自動的に限られてくる。

「お前バカだなあ」

 出たよ。

 龍馬が言ってはいけない言葉シリーズ。

「ロボメイルの強さを証明するとなったら、ロボメイルと闘うしかないだろ」

 ……何でこいつは、

「何故そうなるのか?」

 とか、

「どうしてそれしなければならないのか」

 という大事なところを全部すっ飛ばして結論に飛びつくことが出来るのか――バカだからだな。

「しかし龍馬君。簡単にロボメイルと戦うと言っても、そう容易くできるものでもないだろう」

「楚良にロボメイルのジムがあるんですよ。俺、そこの会長と知り合い」

 楚良というのは、この道場から電車で一駅という、ごくごく近所の地名だ。

 元々が俺と同じで、

「ロボメイル戦に転用するために、武術を習い始めた」

 という経歴を持っている龍馬だ。

 しかも俺と違って、キャパは人並みにあるわけだから確かにそういったジムとの繋がりはあってもおかしくはない。

 というか、むしろそっちのジムに移籍するべきじゃないのかそれは。

 自由に話せる身であれば、百も二百も文句を言いたいところではあるが、筆談の身の上ではそれも難しい。

「では、そちら会長に便宜を図って貰えると思って良いのかな?」

「その点は大丈夫でしょう。何しろ女性形のロボメイルなんて珍しすぎる。絶対にやりたがる」

「なぜ?」

「だって、中身女だと思うでしょ?」

 ……その会長、というかジムの株がどんどん下がっていく。

「では、龍馬君に手配を任せるとしようか」

 え?

 なんかトントン拍子に話が決まっていく。


 ――この展開、どこかで止まるべきじゃないですか?


 なんとか筆談でねじ込んでみる。

「だが、第一目的としては鉄矢君はその状態を何とかしたいんだろ?」

 うなずくしかない。

「僕はロボメイルのシステムをよくわかってないのだが、その場合、イルン君の望みを叶えるのが一番近道じゃないのかな? イルン君もこの展開に文句はないのだろう?」

「早く、戦おうよ~」

 文句どころか推奨してますが。


 ――イルンに文句はないようです。


 一応、その意志を伝えておく。

「おい。何だかすぐ来いって話だから、さっそく行こう」

 携帯を片手に持った龍馬がのりのりだ。

 おかしい。

 こいつが俺のために、こんなに積極的に行動するなんて。

 単純にロボメイルおたくとしての、血が騒いでいるだけだろうか?


                   *


 さて、もう一度伝えるが楚良というのは道場から電車で一駅の地名である。

 この道場は基本貧乏であるから車なんか無い。大学生である功児さんも車を所有しているわけではない。そうなると移動手段は徒歩か電車。

 ここまでは良い。

 どちらにしても、あまり負担は少ない――通常の状態であるなら。

 そして、俺は通常の状態ではなかったのは言うまでもない。

 何しろ、外見上は女性型ロボットである。いや、常識的に考えるとロボメイルがどうこう以前に、

「困ったコスプレイヤー」

 でしかない。

 じゃあ合身を解けばいい――合身を解くために楚良に向かうのである。

 状況が完全に詰んでいる。

 主に俺の社会生命という意味で。 

 それでも出来るだけ人目に付かない可能性を考えた結果、脇道をうろうろと歩いて時間をかけるよりもスパッと電車に乗ってしまった方が良いだろうということとなった。

 目的地のジムは駅前にある――それだけは龍馬にでたらめを言わせなかったので確実だ――らしいということも、この判断の助けとなった。

 のべ人数的には、この判断が間違っていたとは思えない。

 駅前は確かに人が多かったが、遠回りしていれば段階的にこれぐらいの被害は受けていただろう。

 問題だったのは電車が密室移動であるということだ。

 どれほど奇異な目に晒されても、逃げることが出来ない。イルンはどこに光学センサーがあるのかわからないが、電車に乗る事も初めてだったらしく頭部装甲の中で歓声が響きっぱなし。

 功児さんと龍馬は俺の両脇に平気な顔をして座っていて逃亡もままならない。

 この絵面は一体、客観的に見て一体どういう風に解釈されるのか。

 功児さんも龍馬も袴姿で、その真ん中に明らかに仁義を踏み外したコスプレイヤー(しかも女装)。

 ……自分に置き換えて考えてみると控え目に考えても、絶対に関わりたくないな。

 そして、そんな状態のままで俺たちは楚良駅を出て、本当に歩いて五分。

 我々が出発した福部駅周辺は、細々した商店が肩を寄せ合っていてその周りは畑、というローカル臭漂う環境なのであるが、楚良駅は目の前に大型デパートがありなかなかに開けている。

 なんと市民会館まで近場にあるという豪華さだ。

 そんなわけで、市の文化的中心地――のせいなのかどうかわからないが、他にもスポーツジムが幾つか入居している雑居ビルに、目的の「和光ジム」はあった。

 一階であったのが幸いなのか、通りすがりの人から相変わらず視線を注がれることになるので災いと言うべきか。

 端から見ると、

「関わるな危険」

 という状態の俺たちがジムに着いたのは恐らくは午前十一時ぐらいだったと思う。

 ロボメイルのジム、というものが上手く想像できなかったが第一印象としてはボクシングジムという印象しか抱けなかった。

 何しろ、ジムの中央にリングがある。パンチングマシーンとサンドバックもある。

 匂いは……正直、他のボクシングジムはよくわからないので、独特な匂いだと聞いたことはあったので恐らくはこれがそうなのだろう。

 さてジムの中にいたのは、三人。

 午前中からそうそう人のいるはずもなく、むしろ三人もいるのだからそこそこに流行っているジムなのかも知れない。

 トレーナーとおぼしき、ポロシャツを着た初老の男性と、ジャージ姿の二十歳前後であろう男性が二人だ。

 初老の男性が龍馬の知り合いの会長なのだと思う。

 そして三人が三人とも、絶句、状態だった。

 考えたくはないが、間違いなく合身状態の俺が原因だろう。

 恐らく、もっと色物的な合身状態を想像していたはずだ。ムキムキマッチョの女装姿とか、巨乳(実はデブ)とか。

 だがそこは合身の不思議。

 女性型のロボメイルに合体してしまえば、概ね女性になってしまうものである。

 ……合身してから気付いたが、つくづく初手を誤った。

 その場の問題から逃れるために、一番安易な手段に身を委ねてしまった。

「よぉ! 会長。連れてきたぞ」

「お、おう。神谷か。え、ええと、そちらが問題の彼? 彼女?」

「つきましては」

 そこで功児さんがずずいっと前に出る。

「実は実験的に合身した後遺症か“彼女”は声を出せなくなっておりまして。本人は『この度はご迷惑をおかけしますが、なにとぞスパーリングの手配をよろしくお願いします』と、このとおり」

 ここで打ち合わせ通り、俺は、


「よろしくお願いしま~す」


 と、あざとさ全開で記されたノートを俺は広げてみせる。

 もはや俺の男としての尊厳は詰んでいるのだ。

 見たければ見ればいい。

 笑いたければ笑え。

 守るべきものなど、ここに来るまでの過程ですべて捨て去ってしまった男の姿を!

 なんなら小首でもかしげてやろうか!?

 ……ちなみに色々ややこしくなるので、女性が合身しているという態になっている。

「う、うん。色々な意味で想像以上だったが、おい茂木」

「本当にやるんスか会長? そりゃ、思ったよりはまともッスけど」

 ジャージ姿の片方がその声に応じる。

「いいから相手してやんな。……ほら神谷もいるんだし」

「――わかりましたよ」

 なんだ?

 なんか妙な確執を感じるな。

「おい鉄」

 龍馬がいきなり俺の肩に手を置いた。

「見たら大体わかるだろ。遠慮はいらねぇぞ」

 ははぁ。

 何だかこっちにあまり悪意が向かないな、と思っていたら、どうやら俺以上に、このジムが気にくわないらしい。

 好奇心で練習に参加したら、しつこく勧誘されて辟易している。

 だがその勧誘を断るきっかけがない。

 そこで色物と化した俺が、このジムの面子を潰してしまえば、それを口実に出来る。

 恐らくはそんなところだろう。

 ……バカのくせに、良くそこまで知恵が回ったものだ。

「パパ」

 イルンの声が聞こえてくる。

「あの方々はあまり強くないのですか?」

 確かに、俺と龍馬の会話を素直に受け取るとそういう推測に辿り着くだろう。

 だが俺は、そんなイルンの問いに静かに首を振った。

「いや」

 小声で呟く。

「俺は見ただけで強いか弱いか何てわからない」

「でも……」

「――しかし、我が流派の前に敵はない」


                    *    


 当たり前の話だが、この程度の広さのジムでロボメイル戦を全力で行うわけにはいかない。

「火器の使用は無しで。格闘戦の武器だけのスパーリング。ウチは基本的にボクシングを基礎としてロボメイル戦に必要な格闘技術を習得するというスタンスだ」

「OKです。龍馬君から伺っております」

 会長――恐らくは和光さんというのだろう――のレギュレーション確認に、功児さんが異様なほど腰を低くして応じる。

 真剣に俺の身を案じている、ということではなくて、単純に俺の女装姿をこれ以上見たくはないのだろうな。 

 俺のスパーリングパートナーは、すでに合身を済ませてリングインしている。

 あの装甲板は――

「三世代前ぐらいの練習機だな。火器なんか元々オプションでないと付けられねぇ奴だ」

「この狭さでやるんだ当たり前だろ」

 龍馬バカに解説されるまでもない。

 相手の機体は「フォッシュ」。

 合身に必要なキャパを最低限に絞られた、操縦者フレームの試金石代わりにも使用される機体だ。

 コミバも人格があるのか無いようなわからないような事務的な役人みたいなモデルだったはず。

 しかし設計思想は優秀で今でも後継機「フォッシュⅣ」はロボメイル戦の一線で活躍中である。

 決して侮ってはいけない機体だ。

 一方で、こちらの機体。

 合身は確かに出来た。だが、もしかすると「フォッシュ」よりも要求されるキャパが少ないだけで、このまま戦闘機動を行えば――セーフティが働いて俺は女装がばれる?

 ……絶望の底だと思っていたのに、まだ穴が開いているとは。

 人はどこまでも落ちていける可能性があるのだ――こんな事で悟りたくはなかったが。

 だが、まだ俺が実質女装していると周知されているわけではない。

 ここでイルンを納得させて人目のないところで合身を解けば――俺の社会的生命はまだ生存と死亡の間でたゆたっているのだ。

「パパ! わくわくしてきました!」

 そんな中、イルンは無邪気に戦闘民族みたいなことを言い出した。

 いや、元はロボットのコミバなんだから戦闘民族であることは間違いはないのか。

 とにかく、勝てばいい。

 俺は広げられたロープの間をくぐり抜けて、リングイン。

「女だてらに、ロボメイル戦に憧れて、そこまでやったのはやったのは凄いと思うけどさ」

 対戦相手の……確か茂木さんが話しかけてきた。

 いや、実は男なんですけどね。

 いたたまれない気分で一杯です。

「実際にはそうそう上手く行かないよ。まぁ、これをきっかけに諦めるんだな」

 何だか格好を付けているけど、本当に申し訳ない。

 しかしこのままでは何かと不便だな……

 俺は茂木さんに断って、功児さんと龍馬がいる赤コーナーへとしゃがみ込んだ。

「なんだ? やっぱり止めとくって言うなら、俺は構わないぜ」

 そんな俺の背中に茂木さんが優しい言葉をかけてくれるが、それはスルーして二人を呼び寄せて、さも話をしているように見せかける。

「どうした? 鉄矢君」

「いえ。実は話したいのはイルンでして。おいイルン。俺の声が漏れないように出来ないか? 何しろこっちは手探り状態なんだ。せめてお前と話せるようにしておかないと戦う以前の問題だと、今気づいた」

 何とも泥縄な話だが、仕方がない。

 事情を察した功児さんも深くうなずいているから、状況は察してくれたようだ。

「じゃあ、宇宙活動用のフィルターを出す? ――ガス対策でもあるけど」

「とりあえずやってみてくれ」

「はいは~い」

 シャコン!

 イルンの返事と共に、頭部装甲に変化が訪れたようだ。

「ほう。口元が隠れるのだな。いや頭部が密閉された感じか?」

 なるほど、そういう変化か。

 ここはお約束をしてみるべきだろう。

「や~い、龍馬の成績優秀」

「なんだてめぇ! バカとはなんだバカとは」

 確かに声は聞こえづらくなっているようだ。

 龍馬は何があっても、自分の褒め言葉を聞き逃すような人間ではないからな。

 俺は振り返りながらすっくと立ち上がった。

「ほう。やっぱり女の子だな。顔に傷が付くのはやっぱりイヤか? なんなら顔面は無しでも良いんだぜ?」

 ……本当に申し訳なく思っている。

 俺は手を振って、その申し出を断った。

 妙な動きをされると、戦いにくい。

「そうかい? まぁ、せっかく増加装甲を付けたんだ。試したくもあるだろうしな」

 いたたまれなくなった俺は、コクコクと何度もうなずいてその勘違いを後押ししておいた。

「じゃあ、始めて良いか? とりあえずゴングな」

 空気を読んで会長が声をかけてくれた。

 茂木さんはファイティングポーズを取り、俺は右足を引いて半身になる。


 カーン!


 ゴングの音が響く。

「パパ! 私は何をしたらいいですか?」

 なるほど。

 イルンはロボメイル戦の基本的な戦術OSぐらいはインストールされているらしい。

 俺もロボメイル戦の観戦は続けているので、こういう時にどういう段取りを踏むのかはわかっているつもりだ。

 まず公開されている近似のロボットのカタログスペックにアクセス。

 それから、実地のデータとの重ね合わせ検証し実際のスペックを推し量る。

 そこから速攻に持ち込むのか、弱点を突くのか、最初はじっと防御するのか。

 そういう判断を操縦者フレームが行っていくのがセオリーだろう。

 茂木さんも、恐らくはそういう作業を行っているはずだ――イルンのカタログが公開されているのかはよくわからないが。

 一方で、こちらは相手の機体が「フォッシュ」だとわかってはいる。

 それに恐らくは無改造だろう。

 そうとなれば、大体の弱点――全体的に能力不足――なのはわかるだが、いかんせんイルン自体の能力がよくわからない。

 で、あるならばいつもの流儀――もし、自分が操縦者フレームになれたなら――というシミュレーションに従うのが上策だろう。

 ……あの虚しい想像の日々が、もしかしたら報われるのかも知れない。

 心臓が大きく一つ脈打った。

「パパ……」

 当然の事ながらイルンもそれに気付いたようだ。

 俺のヘルスのモニタリングぐらいは当然しているのだろう。

「この胸の熱さ――パパも思春期なんだね!?」

「ちょっと待て」

 なんだろう、ここまでの意思疎通の困難さは。

「違う! 俺はこれからの戦いの予感に熱くなってるんだよ! アドレナリンが噴出してるんだよ!」

「つまり……思春期だよね」

 教育!

 こいつの教育どうなってんだ!?

 しかし、今はそれを追求している暇はない。

 多くの総合格闘技の選手が何だかんだでボクシングの技術を習得しようとする理由。

 それは最速の攻撃手段“ジャブ”があるからだ。

 そして、その最速の牙が今にも俺に向かって放たれようとしている。

「イルン。ジャブの起動をトレースしてくれ」

「りょうか~い」

 ここは素直に応じるのか。

 やはり基本はインストールされているらしい。

 

 ジャッ!


 真っ直ぐに突き出された拳のスピードで、空気の密度が上がる。

 いわゆる“起こり”は無かった。

 しかも肩口から真っ直ぐに突っ込んでくる、理想的なジャブだ。

 茂木さんの日頃の鍛錬が伺える。本来なら食らうのを覚悟して、そこからの対処を覚悟するべき攻撃だが――我が流派の“視力”は対処法を教えてくれる。

 俺はジャブの起動を見切るのではなく――そもそも放たれたジャブの起動を見切るのは無理だ――茂木さんの身体に起こった力の流れの変化を見て、適当に身体を捻って対処する。

 最速の攻撃は俺の頭があった位置を通り抜けた。

 もちろん、それで収まる攻撃ではない。茂木さんは二度三度とジャブを繰り出すが、俺は出来るだけ大きく動かないようにして、そのジャブから逃げ続けた。

 そう。かわしたのではなく、ジャブが来ない場所に逃げただけだ。

 だが、茂木さんからはそうは見えないだろう。 

「パパ、私はまだサポートしてないよ? どうしてかわせるの?」

 さすがにウチの流派のことまではインストールされてないようだ。

「力の方向だ」

「方向?」

 この辺は、上手く説明できない。

 元が口伝ではないからだ。

 一つ言えることは、武術なりスポーツなりで身体の使い方を練習していない人間は、ただ立っているだけでも力の方向がてんでバラバラだという事だ。

 茂木さんも構えているときは、この力の流れがキチンと整理されていた。

 しかしジャブを放とうとするときに、僅かに足下の力の方向がおかしな方を向く。

 それを察知することが出来れば、逃げることは出来る。

「私にはトレースできません……」

「出来てたまるか。ジャブの起動はトレースできたか?」

「それは……はい」

「じゃあ、茂木さんが攻撃してきた瞬間にその起動をバイザーに映して重ね合わせることは?」

「うん!」

 イルンの声が響く。

「だけど、パパはジャブはかわせるよね? なんで?」

「ジャブの“次”を見るためだ」

 そろそろ茂木さんの表情から余裕が消えている。

 そうなると次の攻撃手段、ワン・ツーに代表されるコンビネーションブローが次の選択になるはずだ。

 そして、それを画策したときに――初手のジャブに意図を隠せるほどの技量は茂木さんにはない。

 コンビネーションを考えてしまったとき――それはジャブの起動の変化として現れる。

 バイザーに映る、今までのジャブの起動。

 そして茂木さんが今から放つジャブの起動。

 ズレがある。

 そのジャブからはいつも通り逃げる――いや、いつも通りではいけない。

 力の流れ。

 それを見るんだ。

 左のジャブ。そして右のかち上げ気味のフック。

 フックを俺に当てるためには、当然踏み込まなければならない。

 それに対応するは歩法・舞雪。

 ジャブから逃げ、フックをかわす。

 そのフックは決して大振りではなかったが、この一瞬の歩法で俺の視界には無防備な茂木さんの背中が晒されることとなった。

 ここで行うべきは、肝臓への掌底なのであるが言うまでもなくロボメイル戦ではそこにも装甲板がある。

 ならばさらに体勢を崩すために――

 俺は茂木さんの右腕の上腕部をなぞるようにして、元々あった力の流れをオーバーロードさせる。

「くぉ!」

 茂木さんは足をもつれさせながら、反対側のリングロープにまでよろめいていった。

 絶好の好機――なのではあるが。

「イルン」

「なになに!?」

 どこか興奮気味のイルンからうわずった声が返ってくる。

「今から攻撃を行ったとして、こちらの攻撃は相手の装甲板を突破できるほどの威力は出せそうか?」

 そこが問題だ。

 急所は間違いなく装甲板で守られている。

 「フォッシュ」という機体は基本的な機体でもあるので、そういう部分で奇をてらった作りにはなっていない。

 いや、そもそも通常のロボメイル戦であれば急所などお構いなしに装甲板の上から殴りつけるのが一般的だ。

 しかし、本来なら合身できるはずがないほどにキャパが少ない俺は、ロボットの本来持っているパワーを引き出せるかどうか、そこさえも怪しい。

 イルンが「無理っぽい」と返事をしてくれれば、とにかく転がし続ける戦術を選択する。

「パパ! それが凄いんです!」

「は?」

「こうやって、パパとS○Xすることができて……」

「合身! 良い子だから合身と言うんだ。そこは大事にしておこう。俺と龍馬の言葉とどっちを選ぶ」

「でも、私の中にパパが入ってるわけだから、これはどう考えてもS○X……」

「わかった! それで何が凄いって?」

「今までに無いぱわーが発生してます!!」

 うわぁ、何だか頭の悪い発音で、頭の悪いことを言われたぞ。

 もちろん、これだけガチャガチャやっているわけだから、茂木さんが起きないはずがない。

 先ほどよりも思い詰めた表情で、今度は両の拳のナックルにエネルギーシールドを発生させていた。

 シールドという名称だが、もちろん殴るための武装だ。

 実際に殴られたら死ぬほど痛いに違いない――まぁ、当たることはないと思うけど。

 茂木さんが、シュッシュとジグザグに動きながら素早い動きでステップイン。

 今度はジャブでの牽制を止めて、いきなり体重の乗った右ストレートか。

 俺に振り回されて、頭に血が昇った――だけのことではないな。

 初めてのロボメイル戦。そして、本気になって起動させた武装。これに対して初見で平静な精神状態で居ることは難しいと踏んだ上で、そこにいかにもな大砲を使用しての攻撃。

 当たれば幸い。

 外れても威嚇として十分。

 そこから再びコンビネーションブローで細かくヒットさせても良い。

 十分に戦略性が伺える、この攻撃。

 だがしかし――ジャブほどには洗練されていない。

 力の流れが、何ともいじりやすい。

 こちらに踏み込んでくる膝の力の流れを、足払いで少しだけ左側――茂木さんの身体の内側にそらす。それだけで右ストレートの力の流れが行き場を狭くして窮屈な動きになる。

 その右拳の戸惑いを利用して身をかわすと同時に右手首に触れ、今度は力の向きを下向きに変えてやる。

 そうすると先に加えていた力の向きと、この下向きが合わさって茂木さんの身体に“斜め下”に向かう力の向きが発生。

 あとはそれに沿わせるようにして、左手で身体を払ってやれば――


 クルン!


 という擬音が見えそうなほどの勢いで茂木さんの身体が斜めに回転した。

 そこにタイミング良く、イルンからの報告が来る。

「パパ、大丈夫です! 装甲板の上からでもドーンとやっちゃいましょう」

 なるほど、ぱわーが発生しているんだったな。

 では、ドーンっと。

 運足・波濤。

 摺り足、継ぎ足を駆使して姿勢を崩さぬまま転がったままの茂木さんの所に近付いてゆく。もちろんその時に生じたエネルギーを不法投棄する流派や武術はない。

 ロボメイル戦であることを考えて派手な震脚はいらないだろう。

 力の向きを変えるきっかけとして、右脚を踏み込むと腰だめの姿勢から双掌を――

「あ、でもこのぱわーだと思いっきりやると……」

「何?」

 もう、力の向きは止められるものではない。

 それにここで力の向きを撓めてしまったら――こっちの装甲がもげる。

 即ち、俺の社会的生命の抹殺。

 到底看過できるものではない!


 ゴンッ!


 特に急所を狙ったわけではない。

 双掌を繰り出したのは、うずくまる茂木さんの肩口あたり。むしろ装甲が充実している辺りだろう。

 だがその結果、目の前で「フォッシュ」の装甲板が歪む。

 ギチギチと音を立て――次の瞬間には茂木さんの姿が消え失せた。

 リングロープを引きちぎり、ジムの壁を貫通して、その隣のビルの壁を――なんとか貫通しなかったようだ。

 ただ壁に叩きつけられた茂木さん身体を中心にして隣のビルの壁には細かいひび割れが入っている。

 手抜き工事ではなかったようで何よりだ。

 ……いや、問題はそんな事じゃない!

「なんじゃ……こりゃああああああ!!」

 俺は思わず絶叫していた。

 頭部装甲の中で、俺の声が幾重にも反響した。

 いくら合身状態が身体強化の力をもたらすとはいえ、こんな馬鹿げた力はあり得ない。

 その証拠にジムの二人、それに、ロボメイルオタクの龍馬までもが大きく目を見開いている。

 事情がよくわかっていないだろう、功児さんもこの現象には驚きを隠せない様子だ。

「私も驚いた! これが思春期の力なんだね! 胸の奥に熱いものがこみ上げてきて、どんどんぱわーが湧いてくるよ!!」

 そして、合身中のイルン(ロボット)にとっても不測の事態であったらしい。

 ならばこいつに理由を尋ねても無理だろう。

 望みがあるとすると、このロボットの制作者。

 そして俺には、この不可解なパワーよりも、先に聞いておきたいことがあった。

 試しに聞いてみるとしよう。

 俺はリングを降りると、ジムの片隅に置いたあったあざとい文言が書かれたノートをめくる。

 そして、ジムのボールペンを借りて大きく一つの単語を書き付けた。

「イルン、これを他の読み方で読んでみてくれ」

 ノートにはもちろん、


 “思春期”


 と書かれてある。

「“ししゅんき”じゃなくて?」

「そう。お前の思うイメージで、他の言葉に置き換えてくれ」

「ああ、うん。ママが他の読み方をしてるね」

 いらないところで当たりを引いてしまったようだ。

 俺は勇気を持って、その先を促すことにした。

「……なんて?」

「えっと――“さかりどき”だったかな」


 ……結局の所。

 この事態の一番の問題点は最初から何ら変化しては居ないのだ。

 つまり――


 ――ママ、潤という女である。


書こうと思っていたものとは、別の話を書いてしまいました。

先にアイデアがあったところに某アニメに登場したタイトルに完全に便乗した結果、こっちの方が先に形になりました。

この話では、基本的な設定はまったく説明しないまま突き進んでますので、おや、と思ってもとりあえずスルーしてください。

もっとも、説明するかどうかわかりませんが。

お楽しみいただければ幸いです。

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