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出会い

 戸谷野麻美はガラス片の片づけを終え、割れたガラス扉の部分に応急処置としてダンボールを貼ると、早々に本来の業務である店番兼修理返しのロボットのメンテナンスに戻った。先ほどの非科学的な、現実とは思えないロボットの襲撃についてずっと考え込んでいたが、全く結論は出ずじまいであった。

(ロボットが自分の意思で修理を依頼するなんて……)


 麻美は元来、ロボットという存在自体にはまるで興味が無い人間だ。県内において進学校で知られる私立南葉高校の理事長の家系に生まれた彼女であるが、理事長の職についている母親の姿……日々教育と家庭、さらには理事長職特有の欲望にまみれたドロドロの権力闘争の類を幼少期より目の当たりにしてきた。結果麻美は将来的に母親のような、ストレス度の強い職に就くつもりなぞ毛頭なく、ゆったりと働ける、環境重視の未来を模索するようになった。

 大学でロボット工学を専攻したのも、ロボット産業は今後、少なくとも麻美の寿命が尽きるであろう時期までは、延々と延び続けてゆく産業であると考えているからである。少なからず安定した職について、平穏にあふれたごく普通の人生を送る。それが麻美の今後の指針であり、ロボットというものはその指針を安定させる要素でしかないのだ。

 そんな、いささかハングリーさに欠ける性格を持った麻美であるが、生来あまり物怖じしないというか、妙にメンタルが強く肝が据わった性質を持っている。その麻美でも、今宵のロボットの襲撃は動揺せざるを得なかった。幽霊を信じない者が、幽霊と疑わざるを得ない物体に遭遇したような、動かぬ決定的証拠を突如として目の前に突き出された感覚であり、どう頭の整理をつけたらよいのか分からない状態なのだ。

 すっかり混乱状態の脳内を休めるため、コーヒーを一杯。充電が完了し、おそらくすでに雫の手によって電源を入れられたであろう、階上にいるケリーに頼もうとしたときだった。不意にインターホンが鳴り響き、先ほどあの異形のロボットがいた店先に、謎の影が今度は三つ、街灯に照らされているのを麻美は見た。

「はい、穂村ロボット修理店です。修理のご用命ですか?」

「ああ。頼む……」

 インターホン越しに響く、ごく普通の女性の声。麻美は安堵し、扉を開けた。

 扉を開けて目に入ったのは二人の少女だった。一人は鮮やかな銀髪を持ち、鋭い眼光を持つインターホンの声の主と思しき若い女。隣には同じくらいの年齢であろう、少々あどけない可愛らしい顔立ちをした少女が立っている。両者とも、手にはそれぞれ、合わせてロボットちょうど一体分のパーツを抱えていた。

 だが、二人の風体は奇妙な要素が多かった。どちらも髪、服が泥のような汚れにまみれており、特に銀髪の女性のほうは、吐瀉物のようなものがその白いシンプルな柄色をしたシャツを派手に汚していた。二人とも非常に憔悴しきった表情をしていて、何かよからぬ出来事に遭遇したのは容易に想像できた。

「ではどうぞこちらへ、足元お気をつけください」

 麻美は夜勤という仕事上、多少アブノーマルな客の対応などはとうに経験済みである。経験則から言って、こうしたワケありそうな客というのは下手に深入りせずに淡々と仕事をすればよいのだ。何も見ない、何事も無かったかのように、修理の手続きをしようと麻美は二人を店内に招き入れようとした。


 だが、その後ろに立っていた女性を見て、麻美は気づいてしまった。なんとも居心地の悪そうな表情。人間ではありえない、紫色の瞳。ウェーブが買った緑色の髪が月光に揺れ輝く。その顔立ち、身体は、先ほどのロボットと同じ。明らかにA-1型のロボット。

「えっ、また」

 思わず口をついた言葉に、銀髪の少女は異常な反応を見せた。

「また、だと。ちょっと待て、どういうことだ」

 目を見開き、ぐっと肩を掴んでくるその少女の剣幕に、麻美は気圧された。何か良くないことを言ってしまっただろうか。近年稀に見る焦りの感情が、麻美の心にじわりと広がる。

「あ、いや……その……」

「あのロボットがここにも来たのか!?」

 口ごもる麻美に苛立っているのか、ついに怒鳴り声を上げはじめたが、そのタイミングで隣にいた少女が「ヴェラさん。落ち着いて」とか細い声で宥めてくれたので、ヴェラと呼ばれたその少女は、我に帰ったかのように麻美を解放するした。

「すまない。つい……」

「いえ、いいんですよ。それより後ろの人は」

 バツが悪そうに頭を掻くヴェラの後ろにいる、ロボットと思しき影。その一瞬、不機嫌そうな表情とともに話しかけるなといわんばかりのおそろしく鋭い眼光を向けられ、麻美は生命の危険さえ感じるその視線を受けて身がすくんだ。

「私は、この人のロボット」

 ぽつりとそう呟くその声は、A-1型の合成音声に間違いなかった。しかし無機質な合成音声と違い、あきらかに気だるそうな感情がこもったその声色に、もはや麻美は一時流行った“感情発火”都市伝説を思い起こす。

「何てこと。信じられない……」

「私も同じ気持ちだよ。突然、こんなことが起きるなんて」

 麻美が驚嘆に近いため息を漏らすと、ヴェラもまた神妙な面持ちでもって答えた。すると先ほど麻美に助け舟を出してくれた少女が、先ほどのか細い声より幾分か張った声でもって、必死に話し始めた。

「あの、このロボットも、ここにいるアイさんと同じなんです。私にとってかけがえの無い、大切な子です。お願い、直してもらえませんか」

 潤んだ瞳で、両手一杯に抱えられた、エナジーオイルにまみれるロボットのパーツを差し出す。その中には目を閉じた、鮮やかな黒く長い髪を持つロボットの頭部も見えた。

「分かりました。まずは中へ……」

 そう言って麻美が中へ招き入れると、受付横の待合用の椅子に座るよう促してから、すぐに階上へ向かう。居間では雫が、日本酒の一升瓶を抱えてグッスリと眠っていた。

「店長! 店長!!」

 思い切り身体を揺さぶると、雫はうん、うんと寝言かどうかも判別できない返事をする。

「起きてください!!」

 耳元で大声を上げると、今度はそれを拒むようにガバっと布団がわりのタオルケットを頭からかぶり、本格的な就寝体制をとろうとした。ここで寝られてしまってはまずい。あのようなパーツが分解されたロボットを再び組み上げるのは、麻美には到底できないことである。どうしても、雫の力が必要なのだ。

「感情があるA-1型のロボット!」

 ぴくりとタオルケットが動いた。

「今、店頭に来てます!!」

 ヌッとタオルケットから、雫が顔を出す。目はパッチリと冴え渡っていた。

「持ち主の方もいて、話が通じるようであります!!!」

「何だとぉーっ!?」

 トドメといわんばかりの麻美の絶叫に応えるように、雫は今までに無いくらいに俊敏な動きで起きあがった。そしてお互いが先を争うかのごとく、階段をドカドカと駆け下りると、今しがたの階上の騒々しいやりとりを聞いていた二人と一台は、待合の椅子に腰掛けた状態できょとんとしていた。

「どうも穂村です。店長です……」

 雫は雑な自己紹介してから彼女たちを見渡すと、そのいかにも寝起きの青色ボッサリショートヘアを掻きつつ、ゾンビの如くふらふらアイの元へ歩み寄る。口から発せられる酒臭さに、隣に座っていたヴェラが思わず顔をしかめ、アイも薄ら笑いを浮かべる雫に対し若干引き気味になっていた。

 手をひざにつき、椅子に座るアイを雫は覗き込むように、ぐっと顔を近づけた。

「な、何」

 アイが呟くと、雫はついにしまりの無い満面の笑みを見せた。

「すごい……現実だったんだ……」

 新しい発明を生んだ科学者のような、興奮と感動を抑えられない様子でそう話す。しかしわずか二秒後、突如として彼女の顔は蒼白になり、うぷ、と一回小さくえずいた。そのえずきに、後ろにいた麻美はすぐに反応すると、レジ横に置かれたゴミ箱をすぐに雫の前へ差し出す。

 その瞬間雫は、ほええええ、とゴミ箱の中に向かって勢いよく吐き始めた。

「飲みすぎましたね……」

 麻美があきれながら、涙を流し盛大に胃の中のものを吐き続ける雫の背中を、優しくさすった。

 ヴェラもまた、目の前の二人を見て呆気に取られていたが、やがて隣の少女、希衣子にバツが悪そうな声色で話す。

「希衣子、すまない。この店で大丈夫だっただろうか」

「だ、大丈夫ですよっ。きっと……」

 希衣子も眼前の店主に一抹の不安を抱えながらも、空元気じみたテンションで答えた。

 ただ、店内にすっぱい臭いが充満する、このなんとも締まらない状況の中でただ一人、アイだけが雫を見やりながら「この人面白い」と言わんばかりの様子で笑いを堪えているのだった。

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