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不完全な決着

 何故ロボットが人間に行動を左右されるのか。そして人間がなぜロボットを守ろうとするのか。クーナにはそれが疑問であった。


 テルーの残骸に覆いかぶさる人間、大島希衣子を見て、クーナは自らの主人で会った守屋猛のことを思い出していた。何かと邪険に、辛辣に、そして乱暴に扱われ続けてきたクーナは、“あの雷”をきっかけに、圧倒的なパワーを持ち、自分で思考し、喜怒哀楽を表現し、思う存分行動することができるようになった。そして、まずはじめに主人である猛の殺害を思いついた。帰宅した猛に対して、まず殴打して意識を失わせ、次にその目をくりぬいてやった。するとこの世のものとは思えない醜い悲鳴を上げ、猛はのたうち回った。あまりにやかましかったので、口に思い切りガラスの灰皿を突っ込むと、歯が折れ砕け、声にならない悲鳴がまたこだました。この悲鳴もまたうるさく、業を煮やしたクーナは台所から包丁を取り出し、首を切断したのだ。ついに静かになった。血だまりができたアパートの一室から、クーナは外に出た。夜の帳が降りた辺りは、雨上がりのひんやりした空気に包まれていて、自由と、心地よさをクーナは全身で感じた。長年の鬱鬱とした呪縛から解き放たれたような、晴れやかな気持ち。そして、同時に彼女の電子頭脳には、これまでの自分に対する非道を働いた猛に対して、もっと言えば、人間という存在に対する憎しみも沸き起こっていた。クーナは人間を何とも思わず、また、自身が生きる為なら人間を敵視する思考が生まれていた。


 そのクーナからしてみれば、テルーの行動も、希衣子の行動も、全く理解が出来ないものであった。人間はロボットを道具として使い、ロボットは感情が無い故不平不満を言わず、奴隷以下の扱いを受けている。それが、クーナが自身の記憶から感じた人間とロボットの主従関係であった。しかし同胞であるはずのテルーは人間を守ろうと戦った。仲間であるはず、味方であるはずと信じていたテルーに対し、クーナは苛立った。そしてテルーを壊すと、今度は希衣子が、自身のロボットの身を案じ、ついにはテルーを守るように、そのロボットの遺骸に縋り付く。クーナは希衣子の髪を掴み、その怯え切った人間の姿を観察した。ロボットが人間を助け、人間がロボットを守る。その訳のわからぬ思考回路を読み解く一端のヒントが、この少女に隠されているのではないか。


 しかしわずかな電波反応がまた電子頭脳内に生まれたこと、アイという同種のロボットが出現したことによって、その考えはあっさりと消え失せた。

(このロボットは、私と同じ考えを持っているのか)

 そうした疑問を持ったクーナは、アイに対して希衣子を殺すよう指示した。アイはそれに同調し、希衣子を絞め殺そうとする。やはり、自分だけが人間を憎んでいるわけではないのだ。安堵し、アイが希衣子を殺すその光景を眺めた。

 だが、唐突に現れた人間、ヴェラの命令に、アイは従った。首を絞める手を離し、希衣子はすんでの所で救われた。クーナは大いに苛立った。何故、ここまで人間の命令をこいつらは素直に聞くのだ。おさまっていた苛立ちの炎が燃え、その矛先は人間に向く。

 まず邪魔な人間を殺してしまおう。そこから、アイと色々話してみようではないか。

 そう考えたのが、間違いだったのか。


 アイは手に持った左足をクーナの目の前に、まるで見せつけるかのように投げつけると。

「次はどこがいい? 頭? 胸?」

 怖いくらい冷静な声で、そう告げた。電子回路がある頭と、動作回路がある胸。どちらも強い一撃を食らえばロボットにとって致命傷である。

「……」

 クーナはアイの問いかけに何も答えず、目の前の左足を握りしめた。そして、憎しみのこもった眼でアイ一睨みし、やがて口を開く。

「お前は……何なんだ」

 質問に答えないクーナに対して苛立っているのか、アイは顔をしかめる。

「何だも何もない。私はアイ。それがどうしたっての? ガラクタ」

 ほとんど喧嘩を売っているような口調に、ヴェラは内心ハラハラしていた。これである種の逆ギレを起こし、アイが襲われてしまったら、どうすればよいのか。先ほどの戦闘で、おおよそ人間では太刀打ちできない圧倒的なパワー、素早さ、判断力をロボットが持っていることは間違いない。自分相手では、あのロボットにかなうはずもないのだ。ここでアイが壊れてしまったら……次は……

 ヴェラが身震いするような最悪のケースを脳内で考えていた時、クーナはがちゃがちゃと引きちぎられた左足を自身の、人間で言う股関節に当たるパーツに押し当て始めた。するとうまい具合にパーツ同士がつながったようで、何かがハマったような鮮やかな金属音が鳴った。そして立ち上がろうとするが、エナジーオイルのほとんどが漏れた影響からか、動作回路が切断されたためか、足を動かすまでには至らないようだ。右足に重心を置き、ほとんど右足一本で、クーナは立ち上がった。

「お前は、よく分からない。なぜ? どうしてこんな事をする」

「質問に答えないともう一回バラす」

 アイは、もはやクーナを壊すことしか頭に無いようだ。怒り故に冷静さを失っている様子のアイに対して、ヴェラは思わず声をかけた。

「アイ、落ち着け」

 主人の声を聞いて、アイは思わずヴェラの方を向いた。すると、その隙を見て、まるで待ってましたと言わんばかりに、クーナが右足一本でタンッと地面を蹴った。そしてアイに、全身全霊を込めた体当たりをぶちかます。ヴェラの言葉に一瞬気を取られていたアイは反応が遅れ、その体当たりをもろに受け、すぐそばの茂みに思い切り突っ込んだ。

 クーナは体当たりしたそのままの勢いで、片足が壊れているとは思えない素早さで空を駆け、公園の石段の頂上の、ひしゃげた時計の上に立つ。クーナはアイ達を一瞥すると、公園の向こう側の闇に消えて行った。

「アイ!」

 ヴェラはすぐにアイの元に駆け寄る。立ち上がった瞬間腹部に痛みを感じ、再び喉元に生温い液体がこみ上げてきたが、そんなものに構ってはいられなかった。

「逃げるのか!」

 アイは茂みから勢いよく立ち上がり、追おうとした。しかし体当たりのショックからか、ボディが思うように動かないようで、その場に倒れこんでしまう。

「やめろ、追うな……!!」

 抱きかかえ、背中を撫でながらヴェラはなだめる。

「でもアイツ、だめ! もう嫌!! バカ!!」

 やはり怒りは相当の様なものなのか、もしくは単に電子頭脳が混乱しているのか。要領を得ない言葉を叫びながら、だだをこねる子供の様にアイは暴れるが、ヴェラが背中を撫ぜながら落ち着くよう促すと、やがてゆっくりとではあるがクールダウンし、その場に座り込んだ。

「クソッ……」

 誰に言うでもなく罵倒を口から漏らすアイであったが、

「……何なんだ! いったいどうなっているんだ!! こんな事が……ロボットが人を攻撃するなんて! こんなのおかしい! 私は夢でも見ているのか、なぁ、おい! アイ!! 何とか言ってくれ!!」

 唐突に横にいたヴェラがアイの肩を掴み、思い切り揺さぶりながら早口でまくし立てる。

 家庭用ロボットが突然自分の意志で動き、喋り、主人である自分を認識して、さらに愛の告白めいたものまで受ける。そんな非現実的な光景の数々を目の当たりにした上で、突然の殺人ロボットの襲撃。しかも長年培った暗殺術などまるで通用しない、荒削りながらパワーで押し切るような攻撃に屈してしまい、殺し屋としてのプライドさえも傷がつく格好になった。諸々の出来事は、これまで冷静沈着に行動することを心がけてきたヴェラの緊張の糸をプッツリと切るのに十分な力を持っていた。

 予想だにしない主人のブチ切れに、アイはしばらくなすがまま唖然としていたが、今までに見たことないヴェラの新しい一面を見れたことに嬉しい気持ちもあり、

「……ヴェラ、まぁ。落ち着いたら?」

 と笑いかけてみる。

「これで落ち着いていられるかって!? 訳が分からないんだよもう!! ああぁー!!」

「うぷっ」

 頭を抱えてしゃがみ込みながら絶叫するヴェラがどうにも可笑しく、アイは思わず吹き出し、やがて狂ったように爆笑し始めた。

「うっふふふ、あははっ、あっははははは!」

「なっ……何が可笑しいんだ」

「だって、だって。ふふっ、あなたのそんな姿初めて見たんだもん。いっつもすましてて元気がないのに、そんなの……えへへっ、はははっ! あははははは!!」

「あのな……」

 まだ目の前のロボットはゲラゲラと一切の遠慮も無く笑い続ける。感情の起伏が激しいというか、単純と呼ぶべきか……呆れ顔を見せるヴェラであったが、この時先ほどアイが襲っていた少女が視界に入った。アイに構わず、ヴェラはそちらの方へ歩みを進める。

 少女はロボットの残骸の前に座り、ただぐったりとうなだれていた。

 声をかけようかかけまいか。少女の様子をうかがうヴェラであったが、唐突にあのバカ笑いが止んだのでふとアイの方を見やると、彼女は何かバツの悪そうな、実に複雑な表情をしていた。イタズラを怒られて、本気で反省するガキ大将の顔色、という表現が適当だろうか。

 ヴェラはアイの元へ戻ると、こっそり耳打ちする。

「一つ聞く……答えられるのなら、答えて」

 もしかしたら、実にデリケートな問題を含んでいるかもしれないので、そのような前置きを挟んだが、アイは何も言わずに神妙な顔で頷いた。

「どうしてさっき、あの子を殺そうとした?」

 ヴェラの言葉から十秒足らずの沈黙が流れた後に、アイは苦い顔をしながら口を開いた。

「……分からない。本当に」

 その顔を見た時、ヴェラは昔、組織にいた時に襲撃された上司のピウロを病室で見た時の事を思い出した。ピウロは組織の重鎮であったが、他の末端組織から動機不明の襲撃を受けたことが一度あり、それが元で記憶を失った。

 自身の記憶を必死にたどろうと病室で苦悶するピウロの姿が、アイとダブって見えてしまう。

「本当に、分からない。どうしてあんなことを……」

 思い悩むアイの姿が痛々しく、ヴェラは肩をぽん、と叩いて

「いや、もういい。無理はしないで」

 そう言い残してから、再び少女の方に向き直る。傍らに立ち、その顔を覗き込んでみると、放心状態という表現がふさわしい、魂が抜けた顔で残骸を見つめていた。

「……大丈夫か?」

 ヴェラはつとめて優しく問いかけると、少女はゆっくりと顔を動かし、ヴェラの方を見る。目尻から頬、顎先にかけて涙が一筋流れる。ちょっと力を入れれば折れてしまいそうな細い首に残る、アイに絞められた手の跡が痛々しい。

「これは、君のロボット?」

「……」

「君のロボットも、人間のように動いたり喋ったりした?」

「……はい」

 まるで生気の感じられない生返事を返す少女であったが、おそらくアイと同類の、俗に言う感情発火を起こしたロボットなのだろう。そしてこのロボットの存在もまた、彼女にとってかけがえのないものにちがいない。果たして修理できるのだろうか。何とかして直せないものか……

 そのときヴェラは唐突に、あることを閃いた。一ヵ月半ほど前にアイが、まったく異なる時間に目覚まし機能を起動させる原因不明のエラーを起こしたことがあった。返事機能をオフにしていようがお構いなし、いつ何時目覚まし音声が鳴るか分からない状況は日常生活にも支障をきたすので、仕方なくヴェラはプロの修理屋に頼むことにしたのだが、折りしもその時は仕事が立て込み、目の回るような忙しさもあったため、なかなか修理に出せずじまいであった。そんな中二十四時間営業、即日修理応相談という、ロボット修理業界としては珍しい営業形態の修理屋が隣町にあることを知り、仕事の合間を縫ってその店へ修理に出したのだった。

 しかし、その店に対する印象はあまりよい物ではなかった。修理自体は大したものではなかったし、即日修理ということで、少し仕事を片付けている間に修理はすませて貰えた。問題は引渡しの際のこと、おそらくヴェラよりいくつか年上と思われる女店員から、アイのメンテナンス状況などを事細かに聞かれた上、修理ついでに別な箇所の不具合を見つけ、見積もり書類を指ではじきながらメンテナンスを怠らないよう気をつけてほしい、ロボットの身になって使ってほしい、などというまるで親が子供に言い聞かせるような、妙に上から目線な態度で接してくるので、「何でアンタにそんなに言われなきゃいけないのか」と感じ、人知れず不快感を覚えたのだった。

 そのとき感じた、店員のロボットに対する半端ではない意気込みとか、暑っ苦しい情熱のようなものがどうにも肌に合わないと感じ、以降一度たりともその修理屋に世話になったことはなかった。

 だが、あの店員ならこのようなスクラップ状態のロボットもうまく直せるのではないか。すでに真夜中ではあるが、二十四時間営業である件の店には関係のないことである。

 ヴェラはしゃがみこみ、少女の顔を覗き込んだ。

「名前は?」

「……大島、希衣子」

「私はヴェラ・キナメリ」

 名乗ってから、ヴェラは希衣子の腕を掴んで、立ち上がるよう促す。

「君のロボットを直せるかもしれない修理屋を知っているんだ」

 希衣子はゆっくりと顔を上げるが、その疲労困憊した表情にはわずかながら希望めいた輝きの色が浮かんでいた。

「本当ですか?」

 消え入りそうではあるが、先ほどよりは生気に満ちた声色でヴェラの体に縋る。

「直るかは分からないが……とにかく行ってみるほかないだろう。それに……」

 そこまで言ってから、ヴェラはアイを一瞥し、そのまるきり困惑しきった、自分のロボットの実に浮かない表情を確認してから、眼前に広がるロボットの無残な残骸を見やった。


「色々、聞いてみたいこともあるんだ。君のロボットに」

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