攻撃
「……アイ?」
なぜ命令していないのにロボットが勝手に動いているのか。ヴェラは少しだけ困惑し、思わず名前を呼んだ。その声に応えるように、アイが一瞬、ニヤリと笑う。表情を変える機能はヴェラの型式には搭載されていないはずだ。目の前の存在はアイの姿をした、刺客だろうか。狙われる覚えはいくらでもある。一気にヴェラは緊張し、すぐ近くの本棚の工具箱に手を伸ばすと、スパナを取り出した。銃器の類は、今は手の届くところにないのだ。
その動きを合図にするかのように、アイは恐ろしい速さで、ヴェラの背後に回る。目で追うのも精一杯だったが、ヴェラはすぐにしゃがみ、コタツに潜りこむとテーブルを盾にするように、アイに投げつけた。テーブルに気を取られた瞬間を狙って、一撃で脳を仕留めるつもりであった。この作戦は功を奏した。アイに扮した刺客と思しき者は、意外な攻撃に一瞬動揺した様子を見せた。その隙、まさに針の穴に糸を通すかのように、右手に握ったスパナを脳天に振り下ろそうとした。
しかしヴェラは、一瞬その手を止めてしまった。アイの顔を見た時、無意識的に攻撃をすることを躊躇ったのだ。すると今度はアイが、ヴェラの右手を掴んで自分の元へ思い切り引き寄せると、自らの右腕をヴェラの首にかけ、思い切り絞め上げた。その時、武器であるスパナをうっかり右手から離してしまっていた。
どうにか振りほどこうとするが、その力は異常なほど強い。意識が遠のき、力尽きかけたその時、不意に腕が解かれた。せき込み、呼吸を整えながら床に落ちたスパナを拾い上げ、壁を背後に体制を整える。だが、次の攻撃は来なかった。外は雨がやみ、いつの間にか夜空が見えていたようで、月光がカーテンの隙間からのぞいていた。その月光に照らされたアイは、ウエーブがかった緑色の髪を揺らしながらまたゆるりと笑った。そして、口を開く。
「あなたとこうして話せるなんて、夢にも思ってなかったわ」
「っ……!?」
その声は、いつものアイの声と違いない、ロボットの合成音声であった。
「いったい何者だ。何が目的だ!」
「私はあなた……ヴェラ・キナメリのロボット。アイ」
「何を言って……」
昔流行った、例の都市伝説のまんまの展開ではないかと、ヴェラはこの時気づいた。そういったものに懐疑的である彼女は、目の前の現実が信じられなかった。
少なからず同様の色を見せるヴェラに対し、アイはその赤色の瞳を輝かせながら、ゆっくりと話しはじめた。
「嘘だと思うなら……そう。あなたは今日の早朝に家に戻って来た。朝食は一分と二秒で食べ終えた」
「っ!?」
「それから、『私も衰えたかしら』なんて言って。その後眠って、起きたのは午後四時五十一分二十七秒」
「バカな。何てことだ……」
「これで分かったかしら?」
ヴェラは脳をフル回転させて考えた。まさか留守中に、アイか、もしくは部屋のどこかに盗聴器やカメラの類を取り付けられたのか。一殺し屋でもある彼女の動向を快く思わないライバルがいることは、アリサからも聞かされていた。だが今朝家に戻った時、特に部屋にも、アイにも、異常な様子は見られなかったはずだ。
「信じられないな、とても。アイに扮した刺客か何かだろう」
そう言ってヴェラは、疑り深い目でアイを見た。赤色に染まったロボットの瞳には、すこし悲しげな光が宿ったように思えた。しかし、薄気味悪い笑顔を崩さないまま、アイはコタツの天板をいとも簡単に、ひょいと持ち上げて見せる。その行動に、また攻撃を仕掛けてくるのではないかと考えたヴェラは、咄嗟に身構えた。天板を持ち上げたまま、アイはまだ背筋が凍り付きそうなつめたいほほえみを浮かべる。そして、持ち上げた天板を勢いよく自分に向けて振り下ろした。ちょうど天板の角の部分で、動作回路が内蔵されている胸部めがけて。打撃を受けた動作回路は機能停止し、身体はそのまま床に倒れこんだ。
「なっ……だ、大丈夫か!?」
思わぬアイの行動に、ヴェラはあっけにとられた。動作回路はロボットの動きの一つ一つが精密にプログラミングされており、また非常にデリケートな部分で知られている。強い衝撃を与えれば、特に初期型のロボットとあれば何らかのエラーが起きることは避けられないのだ。先ほどの胸部への衝撃で、ヴェラは必然的に行動を起こすことができない、腕も足も動くことができない状態になっていた。すぐにヴェラは、アイをゆっくりとうつぶせに寝かせると、背中に浮き上がったエラー表示を見た。背中には、まるでブルーライトを当てているかのように青色の文字でエラー表示が光っている。
「E-3……すこし安静にしていろ」
エラー表示自体は大したものではなかった。ここで、アイがもし壊れてしまったら。想像し、ぴき、と心臓が止まりそうな焦りさえ覚えていたヴェラは、ほっと安堵の表情を浮かべた。そのアイはというと、妙に得意気な表情を見せ、こう呟く。
「私があなたを狙う人間なら、こんなことしない」
まさにしてやったり。そんな態度を取る自分のロボットに対し、ヴェラは参ったとでも言うように座り込んだ。
冷静になればなるほどパニックを起こしそうだった。突如として喋り、動き、笑い、自分を攻撃してきた家庭用ロボット。何かしらの敵ではないかと応戦してみたら、今度は意味不明な自傷行為をしている。
暗殺術における、ターゲットとの対決に持ち込まれた際の基本として、相手に油断やスキを与えるために、死んだふり、やられたふりなどをすることがある。この考えに沿えば、アイの突飛な自殺行為は”相手をわずかに混乱させ、その隙に一撃食らわせる〝ための行動だったと読み取れる。
しかし問題は、ヴェラに対して攻撃が行われなかったことだ。先ほどまで自分を殺そうとしていたロボットの突飛な行動に、思わずアイの身を案じ、そばまで駆け寄ってしまったヴェラの行動は、前述の暗殺術の基本から考えればまさに渡りに船、攻撃を加える絶好のチャンスだったはずである。その攻撃を行わないとは。
ヴェラは不自然な行動に出たアイの行動を怪しみもせず、不用心に近づいたことを恥じながらも、まったく意図の読めないアイの行動を見て、もはや目の前のロボットは、刺客の類でもない、まぎれもなく自分が所有する家庭用ロボットなのではないかという気持ちが湧きあがってきた。
試しに古典的ではあるが頬をつねってみても、痛いだけ。夢でも幻覚でもないだろう。この一連の出来事は、ヴェラにとって受け入れられないことではあるが、疑いようのない現実なのだ。
「いったいどういう事だ……喋ったり、まして攻撃をするなんて、ロボットにはできないはずだ」
「雷」
先ほどとは打って変わって、随分神妙な面持ちでヴェラを見上げながら、アイは答えた。
「雷?」
「すごいのが一発、来て。あれから……こうして動いたり、自分の思うまま、行動できるようになったの」
「……」
ふとヴェラは窓の外を見上げる。先ほどの天気が嘘のような、満天の星空が街をあたたかく包み込んでいる。確かに、例の雷が鳴るまで、アイには特に異常は見られなかった。思わず眠りから飛び起きてしまうような轟音を響かせたあの雷が、ロボットの異常行動を誘発したのだろうか?
「それより……」
考え込む主人に対し、かまってほしいと言わんばかりの、合成音声にしては感情豊かな、艶っぽい声を出す。
「……なんだ」
「さっき私が襲ったとき、どうして攻撃しなかったのかしら?」
気付くとヴェラは、アイに背後から抱き寄せられていた。エラーから復帰したばかりなのだろうが、何の音もなく背後に回られて、一瞬動揺の色を見せてしまう。思わず背筋がゾクリとしたが、妙な事に、嫌な気持ちは起きなかった。
「っ……」
「答えが聞きたい」
「そんなの……別に。ただ、お前が壊れてしまったら……」
ここでヴェラ自身、自分のアイに対する気持ちというのを初めて、真剣に考えた。そして、いつも自分の代わりに炊事、洗濯、掃除をしてくれる家庭用ロボットが自分にとってかけがえのない存在であることを、改めて認識した。
しかし、もう一つの感情が生まれつつあった。コガイに来てから全てにおいて孤独であったヴェラにとって、唯一の同居人であり、そのすべてを見続けてきた"アイ″の存在は、もはや単なる家庭用ロボットの枠にはおさまらないものになりつつあった。先ほどの夢を述懐しながら。そして自身の胸に湧き上がる春の陽気のようなときめきを感じながら。自分の家庭用ロボットに思いを伝えた。
「壊れたら……寂しい。そう思っただけだ」
何か、とても恥ずかしいことを言っているのではないかと気づき、ヴェラは顔を赤らめる。こんな感覚は人生において初めてであった。
一方のアイはというと。
「嬉しい。私は……」
そこまで言って、自身の手をヴェラの胸部。ちょうど心臓のあたりまで持って行く。自らの手で、脈打つ主人の鼓動を感じながら、黒い感情を吐き出すような重苦しい声色でこう告げた。
「私はあなたが憎い」
「……なぜ?」
「あなたはいつも殺そうとした。私は、今思い出すと、自分がいつ壊れるのか分からなくて、怖かった」
その言葉を聞いて、ヴェラはああ、そうかと合点がいった。暗殺の練習台として使っていたことが、当の本人にとって耐えがたい恐怖であったのだろう。ふたりは、ほんの少しの間沈黙した。
やがてアイは、ヴェラの胸部に当てていた手を顎先へ移すと、人差し指と中指を彼女の口の中へ入れた。
「う……」
今から何をする気なのだろう。アイに押さえられた身体をよじり、後ろを向く。アイの瞳は、鮮やかなピンク色に変わっていた。同時に口に入れた指を抜き、自身の唇に、指に着いたヴェラの唾液を塗った。その、ロボットとは思えない悩ましげな行為を見て、まだうぶな十七歳の少女は、より一層顔を赤く染めた。
「だけど。それ以上に、大好き」
「好き……?」
「うん」
「私の事が?」
「うん」
「は……?」
「……」
先ほどまでの赤く染まった瞳とぞっとするような笑顔が消え失せ、情愛にあふれた温かいまなざしを向ける。ヴェラにとって、人から好意を持たれるなど、十七年生きて来て初めてかもしれない。おもわずきょと、としばらく沈黙してしまった。
「さっきは、私を憎いって……」
「憎いし、殺したいとさえ思っている。でも、壊れてもあなたは私を治してくれる。私を大切にしてくれている。だから大好き」
もしや、先ほどの自分に対する襲撃は、そうした憎悪の気持ちから、ああいった行動を起こしたのだろうか。そして、先ほどの自傷行為は、すでに敵意が無いことを示すための行動だったのか。アイはどういう理由かは分からないが、感情発火を起こし、人間のように思考し、行動するようになった。そして、暗殺の練習台として理由のない暴行を受け続けていたこと、暴行を受けながら壊れた部分は治してくれたことから、自分に対して歪な愛情と憎悪を抱いているのだろう。一連の現象は刺客の襲撃でもなんでもなく、アイという、一台の家庭用ロボットが起こした、ちょっとした反抗のようなものだったのだ。
脳内でヴェラはこう分析し、ふうと息を吐いた。こんな、昔流行った都市伝説が実際に起こり得るものなのか。だが、ここまでくると、もはや思考する事にも疲れて来ていたというのと、なによりアイの事を信じたいという気持ちが強くなってきていた。
「外、綺麗」
唐突にアイはヴェラを解放し、窓を開けて外を見た。そして、満天の星空に負けない輝きを放つ、緑色の瞳をヴェラに向けた。
「外行きたいっ、行って見たいの」
先ほどの艶やかさ、危険な香りなどどこ吹く風。無邪気な子供のようなスマイルを見て、思わずヴェラもつられて笑いそうになった。これが、先ほどまで自分に襲い掛かっていたロボットの姿か。ちょっと不安定な面があるのだろうが、それでも、アイである事に変わりはない。今のところ敵意も無さそうだ。ヴェラは、もうずいぶん走っていない、自分用のエアバイクに久しぶりに乗ってみようかという気持ちになった。ズボンのポケットに、本棚に置かれていた手帳とバイクのキーを入れる。
「よく分からないが……後ろから私をブスリ、なんて無いだろうな?」
「今は大丈夫」
「今はって……」
「やっぱりあなたは優しいのね」
「優しい?」
「さっき自分を殺そうとしたロボットと、一緒に外に行ってくれるんでしょ?」
背後から肩をつかみ、顔を覗き込むように見つめてくる。からかうようなその言葉に、ヴェラはため息をついた。しかしここで、ある思考が頭をよぎった。ここで、ちょっとふざけたような反応をしたら、どのような答えが返ってくるだろう。また、殺しに来るだろうか。はたまた、別な反応をしてくれるか。好奇心と、ちょっぴりの恐怖心を感じながら、ヴェラはアイの方を振り向いた。
「そうだな。怖いから、やめておこう。電源も消すぞ」
そう言って、アイの後頭部のスイッチを消そうと手を伸ばす。
「えっ……」
ここでヴェラがスイッチを消そうとした事に、アイは少しだけ、傷ついたような表情を見せた。現時点で、まったく見せたことのない、新しい表情。瞳の色もいつの間にか紫色に変化している。まるで楽しみにしていた遠足が中止になって、泣くのを必死に耐える子供のようだ。もう一言二言きついことを言えば、泣き出しそうな雰囲気さえある。意外な反応に、ヴェラはちょっとした罪悪感の様なものさえ覚えた。
「なんてな。嘘」
そう言って後頭部に回した手で、そのままアイの髪を撫でた。アイはむっとした表情を見せたが、瞳の色はまたピンク色に変わった。
「ふん。いいから連れてってよ」
拗ねたように唇を突き出して、拗ねたような口調でそう言ってから、ヴェラを玄関の方に振り向かせる。
ヴェラは、自分でも気づかないうちに笑っていた。自然に笑顔になったことも、今までになかったかもしれない。まるで恋人のような、この一連のやり取りこそ、自分が思い描いていた“普通”ではないだろうか。何か心に充実したものを感じながら、ヴェラはアイを連れて外へ出た。
二人きりで夜の空へ、ちょっとしたドライブ。それはヴェラにとっても、もちろんアイにとっても新鮮なものであった。国道エアーライン八号線から見る街は月明かりに照らされ、あらゆるものが楽しげに映った。特にアイは外の世界というものに興味津々で、事あるごとに、あの建物は何かとか、そういった質問を繰り返しヴェラに聞き続ける。ヴェラはその質問に答えつつ、エアーラインの中でも最も高い道の脇にバイクを停め、眼下の街灯りを眺めながらタブレットを開いた。
「どこに行きたい?」
「どこでも!」
アイのイキイキとした返事に、思わず少しはにかみながら、ヴェラはタブレットを操作する。森林公園が郊外にあった事を思い出し、そこを目的地に再びバイクを走らせた。
だが、森林公園の頭上に差し掛かった時である。
「降りたい」
本当に唐突に、アイはそうヴェラに話した。ヴェラが振り返ると、アイの瞳は先ほどのピンク色から一転、青色になっていた。その瞳の色の変化が表すように、アイの雰囲気もまた、先ほどの無邪気な姿から一変、どこかシリアス気味の空気に包まれていた。
「どうした?」
駐車スペースにバイクを停めてから、ヴェラは語りかける。
「ちょっと変」
そう言ってアイは自らの手で頭を撫でた。ロボットが感情を持って動き回る、感情発火現象に何らかの新展開が訪れているということなのか。近くにあったベンチに並んで座ると、アイはクビになったお先真っ暗のサラリーマンの様に頭を抱えた。
「具合は?」
「頭がびりびりする」
「ビリビリ? 痛い?」
「分からない。びりびりして、くらくらする」
「……?」
びりびり、という表現から、電磁波の類が影響しているのかと思ったが、近くには電灯と時計以外に目立った電気機器は無い。
「いつからそうなんだ?」
「……ここに来てから」
そこまで言ってから、アイは不自然に押し黙った。何の前触れもなく、唐突にすべての動きを停止させ、フリーズしたのだ。この時ヴェラは、周りの雰囲気が変わったことを本能的に察知した。何か、おぞましい存在が近くにいる。
今すぐ、逃げ出さなければならない。一刻も早くここから離れるべき。脳内が危険信号を知らせている。
「何だ……」
無意識に身構えた。その時、アイがさきほどヴェラを襲った時のような雰囲気を纏いながら、静かに呟いた。
「いる」
次の瞬間、アイは凄まじい勢いで、近くにある時計の方へ駆けた。地に足がついていないのではないか、ほとんど飛んでいるのではないか。そう錯覚するほど、その動作は俊敏であった。あまりに唐突なアイの行動は、曲がりなりにも常人より身体能力は優れているヴェラでも、目で追うのがやっとであった。そのまま、アイは時計の向こうへ走り去っていく。
慌ててヴェラは後を追うが、その時、ある違和感を覚えた。たった今、アイが消えて行った先に立っている時計だ。ごく普通の、そこらの公園にあるものと何ら変わりない。二メートル強ほどの大きさの時計が、とてつもないパワーで蹴り上げられたかのようにひしゃげているのだ。
時計を通り過ぎると、緩やかな石段がつづいていた。石段の先は道が続いており、住宅街に繋がっていた。
その石段をすべて駆け下り、道に出た時。ヴェラは目を疑った。
はじめに目に入ったのは、二台のロボットと、ひとりの人間だ。一台はその四肢を引き裂かれたまま転がり、エナジーオイルを流しながらぴくりとも動いていない。そのロボットが転がる先に、一人の少女と、そしてもう一台のロボットがいた。もう一台のロボットの姿も、異様であった。ボディの至る部分の回路がむき出しになり、赤黒いエナジーオイルにまみれている。一方の少女は、涙を流し、怯え切った表情を見せながら、四肢が無いボディのみ転がっているロボットの残骸を守るように覆いかぶさっている。異形のロボットはオイルまみれの手で、その少女のやけにぼさっとしたボブヘアーをわしづかみにして無理矢理立ち上がらせ、顎をしゃくった。まるで何か品定めをするように、赤色の瞳がじろじろと少女をなめ回すように見つめる。その不安感さえ覚える動作と、攻撃的な視線を受け恐怖に震える少女は、何もできずほとんどされるがままの状態だ。やせっぽちながら、整った顔立ちをした彼女の泣き顔は、痛々しいことこの上なかった。
ヴェラはこの、見るからに何か良くないことが起こっているであろう状況を察して、すぐに石段の脇にある木々に身を隠した。あのロボットは、アイと同じ状態なのだろうか。目の前の少女の無事を祈りながら、ひとまず様子を伺う。
しかし、突然異形のロボットは、少女を解放した。そして、当たりをきょろきょろと見まわす。やがて歪な合成音声が辺りに響いた。
「どこだ。また、先ほどから受信している」
その言葉が何を意味するのかは、ヴェラには分からない。だが、ヴェラ、そして二台と一人から少し離れた近くの草むらより様子をうかがっていたアイには、理解が出来た。アイの電子頭脳には激しいびりびりした電波反応が続いていたが、それはあの異形のロボットに近づくほど強くなっていったのだ。
アイがゆっくりと草むらから出、その姿を街灯の光の下に晒した。異形のロボットは、アイの存在に気付くと、突然笑った。
その笑顔を見たヴェラは、全身に鳥肌が立つのを覚えた。殺し屋として数々の人間を殺し、修羅場を歩んできた彼女であったが、あのロボットのような邪悪で、澱み切った笑顔は見たことが無い。無意識に呼吸が乱れ、汗が出てくる。こんな経験は、いままで無かった。
そしてアイは、あのロボットにゆっくりと歩みを進める。何をするつもりなのだろうか。最悪、自身も戦わなければならないかもしれない。
ヴェラはポケットを探った。そして、今持っている唯一の武器を確認する。しかし、先ほどのアイの襲撃の光景がフラッシュバックし、言いように無い不安が胸に渦巻いた。
果たして今の自分に、あのロボットと戦う力があるのだろうか。