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異形人外恋愛系

鷹男と埒外女



 ここは豊かで不気味な深い深い森の中。

 世を捨てた男は一人、その最果てで静かにひっそりと暮らしていた。

 そんな男は今、長年の生活で己の庭と化した森をいつものように見回っているところだった。

 だが、ある地点に差し掛かった時、唐突に木々を突き破って一人の女が落下してくる。

 咄嗟に男は二本の腕を伸ばし、地に叩きつけられそうになっていた女を危なげなく抱き止めた。

 女はそれからすぐに目を開き、男を視界に入れて絶叫した。


「ぎゃああ!人間サイズは食糧扱いと思われる巨大イケメン鷹ぁーッ!」


 男は異形だった。

 首から上はまるきり鷹、それから下はごく普通の人間といった奇妙な姿をしていた。

 女の目線からはその顔のみが見えたため、男を巨大な鷹であると勘違いしたのだ。


「食われる!死ぬーッ!

 ある意味本望っちゃ本望だけど、もう少し長生きしたかったチクショー!

 せめて死ぬ前にその羽毛を堪能しちゃらぁーー!」


 早くも死を覚悟したらしい口汚い女は、何を思ったのか男の顔へ手をのばし、そして激しく撫で回し始めた。

 わさわさわさわさわさわさわさわさ。


「ぅおっほぉー!我が人生に一片の悔い無しぃ!

 さぁ、食わば食えー!」


 などと喚きながらも、撫で回す手は止めない。

 わさわさわさわさわさわさわさわさ。

 わさわさわさわさわさわさわさわさ。

 男は呆気に取られていた。


「………………あ、あれ?

 もしかして、巨大生物にありがちな実は大人しい系?

 それとも今はお腹が減ってない?」


 充分に羽毛を堪能して、ようやく何かがおかしいと気付いた女はそう呟いて首を傾げる。

 その反応で気を取り直した男は、とりあえず今女に最も告げるべきであろう事実を告げた。


「俺は鷹ではない。」

「ぎぃえええ!しゃあべったぁああああ!

 いいいいインコちゃんでもオウムちゃんでもないのにぃぃいいい!

 しかも、ヤバいめっちゃイケボっふぉおおお!!」


 何を言っているのか男には理解できなかったが、とにかく女が混乱状態にあることだけは明白だった。




~~~~~~~~~~




 男が異形であることを知った女は、本人も驚くほどあっさりとその現実を受け止めた。


「はぁ、なるほど。

 世にも珍しい鳥の頭をもって生まれた人間だったとは。失礼した。」

「いや、構わないが……。

 それよりも、お前はこんな森の奥深くで何をしている。

 今は熊も繁殖期に入っていて危険だぞ。」


 男がそう口にすれば、女は困ったように眉尻を下げて頭をかく。


「あー、その。自分の意思で訪れたわけでもなければ、おそらくこれは遭難かと思われる。

 可能であるなら、助けていただけるとありがたい。」


 良く分からない口調の女は、そう言って男の服の袖を掴んだ。

 どこか申し訳なさそうにしながらも、良い返事を聞くまでは逃がさないとでも言い出しそうな強烈な目を向けられていた。


「……俺がか。」

「他に誰もいないと思う今日この頃。」


 言い様からして渋るかと思われた男は、しばらく悩むように目を閉じ黙り込んだ後に、呟くような小さな声で言った。


「では…………交換条件でどうだ。」

「金はない。」


 女は間を置かずキッパリと言い放つ。


「いや、違う。その体で払ってくれるのなら助けてやってもいい。」

「あぁ。確かに分かりやすいし、今の自分で支払可能な物でもあるな。」


 提示した途端に嫌悪や恐怖の眼差しでも寄越されるかと考えていた男は、ふむふむと納得したように頷いている女へ怪訝な視線を向ける。

 今までもそう思ってはいたが、男の中でますますコレが変な女であるという認識が深まった。


「が、結論を出す前に少々質問よろしいか。」

「あぁ。」


 それも当然だろうと男は首を縦に振る。


「まず、誤解のないよう確認しておく。

 求めるものは生殖行為で間違いないか。」

「……あ、あぁ。間違いない。」


 女のあけすけな物言いに、男は少しばかりたじろいだ。

 だが、この程度はジャブにすぎなかったようで、女はさらにそちら方面の話題に不慣れな男にとって聞くも恥ずかしい質問を次々投げかけてくる。


「行為は何度と考えているか。それとも時間制か。」

「い、一度で良い。」

「避妊はありかなしか。」

「あー……悪いが俺は所有していない。」

「ふむ。その場合、もし子を孕んだとして、貴方に責任を負う義務は生じるか。」

「いや。そのような法はない。

 が、そうだな。個人的には、そちらの意向次第で養うこともやぶさかではない。」

「行為に肉体的もしくは精神的に傷を負わせる内容は含まれるか。」

「……どういう意味だ。」

「具体的に言えば、両手をナイフなどの刃物で刺し貫き地面に縫い付けたり、乳を噛み千切ったり、舌を切り落としたり、足を粉々に砕いたり、こうすると良く締まるからと首を絞めながら……。」

「止めろ!そんな恐ろしいことはしない!」

「じゃあ、大勢の人間の前に全裸で転がして自慰を強要したり、性に狂うような薬を使ったり、本物の動物との行為や多人数での行為を強要したり、聞くに耐えない卑猥な言葉を無理矢理に言わせ……。」

「だから、しないと言っている!

 一体、どこからそんなイカレた発想が浮かぶんだ!」

「住んでいた地に溢れかえっていた創作物。」

「読むな、そんなもの!」


 男は呼吸を荒くし涙目で女へと叫ぶ。

 すでに、青くなればいいのか赤くなればいいのかも分からなかった。

 女の話はどうにも狂気的で、男の常識からは逸脱しすぎていた。

 空気を取り込むことに失敗し軽く咳き込む男へと、女は不可解な笑みを浮かべる。


「結論は出た。私はその条件を飲もう。」

「…………っえ。いいのか?」

「無論。

 一連の会話でそちらの人間性も知れた。私に否やは無い。」

「こんな短時間で俺の何が分かると……。」


 男が言い返そうとするが、それを遮って女は全てを見透かすような瞳を向けて次々言葉を垂れ流し始めた。


「異形であるという理由から迫害され、けれど誰を憎むこともできず独り寂しさと共に森の奥深くという人里離れた場所で暮らしてはいるが、一度くらい他人のぬくもりというものを味わってみたく思い己の見た目に怯えぬ私に脅迫にも似た交換条件など出してみたはいいものの、実は心の中では自分のその汚い選択に早くも後悔や嫌悪を抱いており、しかし私が先程あっさりとそれを受け入れたことで同時に期待や喜びを感じずにはいられず、そんな身の内の相反する気持ちに苦しみながらも今……。」

「やっ、止めろぉー!!」

「なんだ、図星か。」

「っな!?当てずっぽうだったのか!?」

「さっき言った。

 私の故郷は創作物で溢れていると。

 ふふ、虚構の世界もなかなかバカにできないだろう?」


 ニヤニヤとした下卑た笑いが女の顔に良く似合っていた。


「あ。ちなみに、そちらさん初めてだよねぇ。

 失敗が不安なら、こちらが上でも構わないけれどどうかな?」


 下劣な問いかけ。

 男は女に出した条件をすでに撤回したくなってきていた。


「さ……さすがに、それは……。」

「ふん。この世の中も男尊女卑か。嘆かわしい。」

「だ、だが、そこまでこちらのことを分かっているのなら……。

 その……もし、一度で済まず執着されてしまったら、などとは考えないのか。」


 肩を竦めて首を横に振る女へ、男は少しばかり牽制の意味を込めて有り得る未来を言語という形に表した。

 怖気づいて断られるなら、それでも良かった。

 けれど、もし全てを理解した上で受け入れることを選択されたら……その時、おそらく男は一生この女に敵わなくなってしまうだろうと考えていた。

 男の気持ちを知ってか知らずか、女はクスクスと楽しそうに笑う。


「おやおや、自分で言ってしまうのかぁ。

 ま。相性次第でもあるが、基本的に問題はないね。

 行く宛の無い自分の立場から考えるに、ここに捕らわれたとして、多くの未来よりは余程マシなものとなるだろうことは自明の理だ。

 醜い人間は多い。それも圧倒的に。

 だから、私にとってこの出会いは幸運の類いに入る。」

「……幸……運。」

「うん。顔も好みであることだし。」

「えっ。」


 予想外の告白に男の羽毛がブワッと膨らんだ。

 仮に人間の頭部がついていれば、間違いなく男の顔は真っ赤に染まっていたことだろう。

 けれど、そんな状態も女の次の声が耳に届くまでだった。


「好きなんだ、動物全般が。」

「えっ?」

「大型犬に肩を喰いちぎられそうになっても、猫に引っ掛かれ傷が化膿し熱を出しても、鳥につつかれ手に穴を開けられても、ポニーに蹴られ骨を折られても愛しいばかりで嫌いになんてなれなかった程度には動物が大好きだ。

 ただ、欲を制御できずについ構いすぎて嫌われてしまうが、それでも好きなものは好きだ。」


 それは今までで一番狂気的なセリフだった。

 熱に浮かされたような瞳を、負の感情以外の込められた視線を怖いと思ったのは、男の人生で初めてのことだった。


「は……あの……。」

「というわけで、キリリとしたその鷹の顔は非常に私の好みだ。」

「……え。」

「おっと、さすがに動物相手に欲情したことはないから、誤解しないで欲しい。

 そんなの虐待にも等しいじゃないか。ねぇ?

 ただ、そちらさんは体が人間で精神も人間であることだし、少なくとも行為に嫌悪は感じない。」

「はぁ……えっと……。」

「というわけで、話が決まったのならこんな場所でウダウダしていてもしょうがない。

 住み処はこっちで良かったかい?」

「あ、はい。」

「うん、じゃあ行こうか。」


 そう言って、女は男の手を取り歩き出した。


「い、いやそのっ、やっぱり俺っ……!」

「はいはい。いいからいいから。」


 小鳥の鳴き声が遠くに響いている。

 立場からいえば逆であるはずなのに、なぜが男の方がドナドナのように連れられて行った。




 そして、その後。

 鷹男と埒外女は一応問題なく十八禁な関係となり……さらに、相性が良かったので二人は夫婦となって、やがて産まれた三人の子どもと末長く幸せに暮らした。ということにさせられた。




 めでたし、めでたし。かどうかは定かではない。



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― 新着の感想 ―
[一言] 今広告で暗殺対象の人外とR18になる漫画が出てるんですけど、もしかしてお好きだったりします?
[一言] 「なんて素敵な○ャパネスク」にどハマりして多感なをとめ(←時代を過ごした私にとって(と〜し〜が〜バ〜レ〜る〜)、「鷹男」はすべからくイケメンと言うべきものでした…。 さや様の書かれるイケメ…
[一言] 童貞の夢が粉々に;;;; 鷹男さんの心中を思うと涙がちょちょ切れますが、終わりよければ全て良しですね☆ 嫁と子供に囲まれて鷹男さん末永くお幸せに!!! しかしこの嫁、一人勝ちであるwww
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