ウルフ
この作品は今より更に未熟な当時の執筆のため、見苦しい箇所や指摘箇所もいくつかあると思いますが、あえてそのまま手を加えずに載せています。ご了承下さい。
翌日、受信機を見るまでもなく、靴はまだ玄関に置かれていた。
「金、様子はどうだった?」
「朝食を運んでいったんですが、要らないの一点張りで・・・」
目玉焼きと焼き魚を乗せた皿を下げて金が下に戻ってきた。
「そう・・・。話してくれない以前に食事はちゃんととらないと体に悪いんだけどなあ」
「何か食べたいものはある? って聞いてもほっといてって言うだけですし」
「本当に関わりたくないようですね」
「とりあえずお店は開けないとね。金、白、準備するよ」
「はーい」
「了解しました」
昨日とは打って変わって今日はとても良い天気だった。登山者やハイキングに訪れる人、常連の人、いつもながら様々な人が来店してくれた。
「白、ビールを三番にお願い。金はホットドッグを五番に」
「今行きまーす」
「マスター、六番テーブルからです」
「ありがとう。あ、パンが切れてきたからちょっと補充してくるね」
「分かりました。しばらくカウンターに入ります」
「お願い」
葉一はカウンターから出ると材料を置いてある小さな倉庫へ向かった。
「えーと、パンは確かこの辺りに・・・あった」
パンを取り、倉庫から出ると足音が聞こえた。
誰だろう・・・白かな。
そっと音の方向を見ると、早百合が出て行くところだった。
早百合ちゃん? それとも桜花?
どちらにしろ、向こうが動いてくれたのは都合が良い。発信機が仕込んである靴も履いていた。
店に戻ると、カウンターを預かってくれていた白に伝えた。
「ありがとう。白、蛇が動いたから様子見てくれない?」
「了解しました」
蛇とは、始末屋で使っている用語の一つで、始末対象のことを示す。
カウンターから出ると、すれ違いに金にも伝える。
「蛇が動きました。様子を見てきます」
「分かった」
少数人数だからこその簡潔な連携、始末屋葉月の自慢でもあった。
「金ちゃん!」
「はーい!」
お客に呼ばれ、金は笑顔で答えるとそのままテーブルへ向かった。
受信機を見ると、どうやら山を下っているらしい。
昨日からあまり精神的に回復していないはず。その上食事もとっていない。あまり遠くへ行けないはずですが。
予想通り、受信機の光点は下山手前で止まった。
近くへ行くと早百合の姿が見える。
話し声?
誰かと話しているようだったので近くの木に隠れる。
「そう、でもちゃんと話せば分かってくれるんじゃないかな」
携帯電話は使っていない。ということは桜花という人格と話しているのだろうか。
「桜花にとって、これは唯一の希望でしょ?」
都合よく桜花の声が聞こえないので推測しながら聞き取るしかない。
「もう桜花は一人じゃない。葉月さんたちがいるじゃない。・・・もし何かあったら葉月さんたちがきっと守ってくれるよ。・・・ううん、私も桜花の味方だよ。・・・だから戻ろう? ・・・携帯電話? 何かあったら葉月さんに連絡しようと思って。・・・え!? 発信機!?」
早百合の様子を見るのに気を取られていた白は、その言葉で周りの気配に気付いた。
! 気配を殺している・・・。訓練されてますね。相手は三人。仕方ありませんね。
「で、でも、誰もいない・・・よ?」
(ウルフを忘れたの!? あいつらは影よ! いつどこから来るか分からない!)
「どうすれば―――」
「動かないでください」
「ひっ!」
いつの間にか後ろに立っていた黒スーツの男が威圧した。
どこに隠れていたのか、同じ格好の男が二人目の前に現れた。
「さあ、戻りましょう」
(早百合! あたしに代わって!)
「いや!」
(早百合!?)
「社長が心配なされていますよ、桜花様」
「やはりそうでしたか」
「誰だ!?」
慌てて桜花を囲もうとするが、そこに桜花の姿は無かった。
「桜花様!?」
「こっちですよ」
「ぬぅ!」
声の方向を見ると、そこには白が立っていた。
「誰だ貴様! 桜花様をどこへ連れて行った!」
「この程度の動きが見えないとは、大したことありませんね」
「なんだと!?」
「大丈夫でしたか? 早百合・・・じゃなかった、桜花ちゃん」
「金さん!? なんでここに!?」
「あたしと白はお互いの場所が分かるんです」
「葉月さんは?」
「まだお店にいますよ」
「早く逃げないと!」
「どうしてです?」
(まどろっこしいわ! 代わって!)
「あ、うん。桜花に代わります」
「えっ?」
早百合が目を閉じてゆっくり開くと、明らかに雰囲気が変わった。
「さっきはごめんなさい。桜花です」
「あれ!? 人格が変わった??」
「説明している暇はありません! 早く逃げないと!」
「逃げないと、どうなるんです?」
慌てて説明しようとしているところに、何事も無かったかのように白がやってきた。
「えっ? う、ウルフは?」
「あれはウルフと言うのですか、少し眠ってもらいました。金、家まで運びますよ」
「はーい。歩ける?」
「は、はい・・・」
事態が掴めないまま、桜花は二人と一緒に葉月宅へと戻った。
玄関まで来ると、黒スーツの屈強そうな男三人を白が手早く縛った。
「これでよし。桜花さんは閉店までの間、喫茶店のカウンターでお茶でも飲んでいてください」
「じゃああたしは先に行ってるねー」
「お願いします」
「えと、あの・・・」
「積もる話は夜、あの男たちと一緒に伺います。今は喫茶店でお客様と楽しくお茶をしてください。今回はサービスしますので代金は結構です」
「分かりました・・・」
よほど想定外のことだらけだったのだろう、半ば放心状態になりながらも喫茶店へ入った。
「白と早百合ちゃん、おかえり」
「ただいま戻りました。桜花さんこちらに」
桜花を招き、椅子を引いてあげた。
「ありがとう・・・」
「なんだ葉一ちゃん、隠し子か!?」
「そんなわけないでしょう、迷子ですって」
「迷子? お父さんかお母さんとはぐれちまったのか」
「とりあえず今日はうちで保護して、明日親御さんのところへ送ります」
「そうかい、お嬢ちゃん、名前は?」
「えと、おう・・・早百合です」
「早百合ちゃんか、良い名前だねえ。山は初めてか」
「はい」
適当に合わせて答えるが、桜花にとってはとても新鮮だった。政治家でも研究者でもない一般の気の良いおじさんと他愛も無い話をするのがこんなに楽しいなんて初めてだったからだ。さっきまできょとんとしていたが、すぐに笑顔になった。
「でな、おじさんはこの山で熊に襲われちまったわけだ。その時に死んだ振りをしたら勘違いした仲間が殺されたと思っておじさんを置いて逃げちまってよ!」
「あはは! 駄目じゃないですか、熊は死んだ振りしても意味無いんですよ」
「おお、よく知ってるな! おじさんもその後管理人の森重っておじさんに怒られちまってよ。死にたいのか! ってな!」
なんだかんだで楽しい時というのは早く過ぎ去ってしまうもので、気が付けば夕方になり、閉店になっていた。
「それじゃあな、またここ来たら話そうぜ」
「はい、お気を付けて」
最後の客が帰ると、表の札をCLOSEにして片付けを済ませた。
「どうだった、早百合ちゃん」
「あ、遅れてごめんなさい。あたし桜花です」
「あ、桜花ちゃんか。ごめんね」
「いえ、とても楽しかったです。家ではこんなことなかったので、新鮮でした。いつも化学式やらアルゴリズムについて考えてるだけなので・・・」
「どんなリズムですか?」
片付けながら金が不思議に聞いた。
「あはは、音楽じゃないですよ。間単に言えば仕事の手順みたいなものです」
「へえ! なんかかっこいい」
「さて、片付けも済んだことだし、向こうでお話聞かせてもらってもいいかな?」
「はい。全てお話します」
喫茶店での新鮮な体験に刺激されたのか、今までにない素直な瞳だった。
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