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もう一人の早百合

この作品は今より更に未熟な当時の執筆のため、見苦しい箇所や指摘箇所もいくつかあると思いますが、あえてそのまま手を加えずに載せています。ご了承下さい。

 翌朝、天候は雷雨となった。これではお客さんもまず来ないということで店は開けないことになり、金は休めると大喜びだった。

「天は我に味方せりー!」

「調子に乗っていると、これから先ずっと快晴かも知れませんよ」

「うっ、嫌なこと言わないでよー」

 そのため今日は三人で封印の作業をすることになった。

「早百合ちゃん、今日はちょっと強めにやるから、精神的に辛いかも知れないけどいい?」

「はい」

「白と金もサポートとフォローよろしく」

「了解しました」

「了解です!」

「じゃあ始めるね」

 昨日と同じように、早百合は目を閉じ、深呼吸をして指示されたことを思い浮かべると、徐々に意識を沈めていった。

 暗示や催眠と言っても、始末屋として葉一の行うのは「どんどん忘れていく~」といったものではない。専用のお香を使ったり、催眠で心を開かせたりして耳元で囁きながら、封印したい事柄等を暗示と共に忘却へ導いていく。それを地道に根気良く続けるのだ。

今回は一段と強いお香や催眠を使い、より深い根のような部分を忘却へと導いていく。しかし、これは心の深い部分をえぐるようなもの。相手によっては精神崩壊すら招いてしまう恐れがある。そこで必要なのがサポートとフォロー役の二人、金と白だ。

 二人は精神崩壊しないよう、暗示を中和する役割を担う。この作業においては金は秀でた技術を持っているので特に重要な役と言える。もちろん葉一も白も心得はあるが、葉一がそれをやると抑えようとしていた部分が一気に逆流し、逆に精神を壊してしまう恐れがある。白の場合は万が一に備えての待機だ。中和が間に合わなかったりイレギュラートラブルが起こった時に相手を物理的に押さえ込み抑制する。もしそれが無理な場合は強制的に意識を飛ばす。

 こうして見るとかなり危険であり拷問のような感じだが、この三人の連携が上手くいくとこれ以上ない効果を生む。

早百合が催眠に完全に落ちたのを確かめ、葉一がお香を嗅がせながら耳元で囁き始めた。

 何事もなく順調に進んだが、終わりかけた時急に早百合の体が痙攣した。

「金!」

「分かってる」

 早百合に駆け寄ると、即座に耳元で中和の暗示を囁き始めた。

葉一も徐々に暗示を弱めるが、一分経っても状態が落ち着かない。

どういうこと? 今は金の中和のほうが強いはずなのに・・・。

更に一分が経つが、収まる気配がない。逆流を防ぐためにも二人が暗示を止めるわけにもいかない。それにこの状態がこれ以上続くのも精神的に限界を迎える。

ここまでか・・・。

葉一は白に目配せで指示を出した。

白は頷くと早百合に近寄り、首に的確な手とうを当てた。

それまで強い痙攣をしていた早百合は意識を失い、椅子に力なくもたれた。

「ありがとう白」

「いえ」

「ごめんなさい、葉一さま。あたし・・・」

「謝らなくてもいいよ、落ち込むこともない。金のサポートは完璧だった。ただ・・・」

「何か気になることが?」

「うん。白も気づいていたと思うけど、あの時はもう終わる直前だったの」

「はい。私も金もつい安心してしまいましたが・・・」

「ところが、精神の奥深く、どこかに強い拒絶の領域があったみたい。多分そこに触れたからだよ、強い拒絶反応が起きたのは」

「しかし、本人はそういったことについては一切言ってませんでしたから、無意識に壁を作っているのでしょうか」

「可能性はあるね。それがどんなものにせよ、今は早百合ちゃんの回復が最優先だね」

「一応手加減しておきましたので、目は覚めるはずですが」

「そう、ありがとう」

 生まれながらにして天才的頭脳を持ち、特殊な環境で育った十一歳の少女。心になんらかの壁があるのは当然かも知れない。

三時間ほど経ち、金から目が覚めたと報告があった。

「様子はどう?」

「それが、異常はなさそうですし、自分で起き上がれたんですけど話をしてくれないんです」

「話さない?」

 二階にある早百合の部屋に入ると、確かにベッドに起き上がった早百合が居た。

「早百合ちゃん?」

 葉一が話しかけると、早百合はゆっくりと葉一のほうへ向いた。

「・・・。あなたね、あたしの領域に侵入したのは」

「領域? 早百合ちゃん・・・だよね」

「あたしは吉本桜花。この子の、早百合の姉よ」

「早百合ちゃんの、お姉さん?」

 一同が戸惑っていると、桜花と名乗るその子は説明を付け加えた。

「姉といっても早百合の実の姉じゃないわ。この子は一人っ子。別人格って言ったほうが分かりやすいかしら」

「別人格!?」

「ええ、平たく言えばね。あなたが葉月葉一さん?」

「ええ、そうだけど」

「そっちの金髪美女が確か金さんで、執事みたいなのが白だったかしら」

「そ、そうですけど」

「その通りです。あなたは別人格だと言いましたね」

「だから?」

「では早百合ちゃんは今?」

「中で眠ってるわよ。あなたでしょう、この子を気絶させたのは」

「・・・はい」

「まあ起きないことはないでしょうけど、早百合が目を覚ます前にあなたたちに一言言いたくて出てきたの」

「言いたいこととは」

「これ以上この子とあたしに関わらないで」

「そんな! それじゃ契約違反になっちゃいますよ!」

「違約金とかだったら吉本社長からたっぷり貰えばいいわ」

「早百合ちゃんの意思はどうなるの」

「関係ないわ。この子はあたしが助言すれば納得するはずよ」

「じゃあ一つ聞くけど、ここに来るまでに始末屋のことやそういった悩みについて相談されたことはある?」

「っ!」

 葉一の言葉は一気に核心をついた。様子から見ると、相談されたことはなかったようだ。しかもそのことを気にしていたらしく、一気に不機嫌になった。

「うるさいわね! そんなこと関係ないでしょ!」

「関係あるよ。ねえ、少しお話しない?」

「ほっといてよ!」

 キッと睨みつけてそう言うとベッドに潜り込んだ。

「体調が戻ったら勝手に出て行くから、もう関わらないで」

「葉一さま・・・」

「今はそっとしておくしかないみたいだね。白、お願いね」

「了解しました」


 居間に戻ると、三人は同時にため息をついた。

「別人格かあ、あたし初めて見た」

「私もだよ。でも、これではっきりしたことは、あの時強い拒絶を示したのがあの子、桜花だってことだね」

「しかし疑問があるのですが」

「私たちに打ち明けなかった理由、でしょ」

「はい。桜花の言葉を信じるのならば、相当長い間柄のはず。しかし契約時や封印の時には一切話しませんでした」

「一緒に封印してもらいたかったんじゃないかな?」

「それもありそうだね。じゃなきゃ桜花だけは触れないで残しておいて。とか念を押したはずだし。でも、疑問はもう一つある」

「と言いますと」

「あの子、早百合ちゃんだよ。天才って感じした?」

「そう言われてみれば普通の女の子でしたね」

「そう振る舞っていただけでは?」

「もしかしたら、本当に天才だと言われたのは桜花のほうなんじゃないかな」

「ええ!? じゃあ早百合ちゃんはごく普通の女の子だってことですか?」

「うん。本当は『普通の女の子』を望んでいるのは桜花のほうなんじゃないかな」

「それなのに桜花が消されそうになり、慌てて出てきた。本末転倒になってしまいますからね」

「まあ憶測でしかないけどね。とりあえず今は様子を見るしかない」

「ところで桜花って子はほっておいていいんですか? 勝手に出て行くとか言ってましたよ?」

「それなら心配要らないよ。白に頼んでおいたから」

「え? 何したの?」

「発信機をあの子の靴に仕込んでおいたんですよ」

「すごーい。でもすぐバレちゃうんじゃない?」

「大丈夫ですよ。埋め込んでおきましたから」

「いつの間に・・・」

「とりあえずこれで監視は十分。あの子が全てを話してくれるまで、始末屋としてのお仕事は一時中断ということで」

「じゃあ明日からは喫茶店を通常営業するってことですか?」

「そうだね。明日からは私も出るから、金は安心していいよ」

「やったー!」

「それと、白にちょっとお願いがあるんだけど」

「なんでしょうか」

「あの子の身辺調査とかお願い出来るかな」

「お任せください」

「えっ!? じゃあもしかしてあたし一人?」

「心配ないよ、お客さんの少ない夕方にお願いするから」

「良かったー」

「にゃー」

「あれ?」

 話し声を聞きつけてか、猫がやってきた。

「金、ゲージはどうしたの?」

「あ、あはは」

「閉め忘れたんですね」

「すみません」

 しゅんとしていると、猫が寄ってきた。

「にゃ?」

 金の顔を見ながら足に顔を擦り付けた。

「か、か、かわいい~!」

 抱きしめたい衝動を抑えつつ、頭を撫でてやると、気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らした。

 すっかり猫に心奪われた状態の金は、寝転がりながら猫と戯れた。

「そういえば、猫の名前決めないとね」

「葉一さまにお願いしていいでしょうか」

「私? いいけど」

「私もそうですが、金もネーミングセンスはありませんので」

「あはは、了解」

 予想外の展開ではあったが、ひとまず落ち着いて様子を見ることに決まった。

ご意見、ご感想などありましたら、よろしくお願いします。

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