今後の方針
この作品は今より更に未熟な当時の執筆のため、見苦しい箇所や指摘箇所もいくつかあると思いますが、あえてそのまま手を加えずに載せています。ご了承下さい。
白と金に店を任せ、二人は喫茶の裏にある葉月宅へ向かった。
葉月の家はほとんど余計なものが無く―――金の部屋は例外だが―――とても質素で落ち着いていた。中でも葉一の部屋は年頃だというのに雑貨や化粧道具などは一切見当たらなかった。
「葉月さんはお化粧とかしないんですか?」
「ええ、特に必要ないと思って」
「じゃあお手入れとかは」
「特にしてませんよ。入浴剤も特別な洗顔とかも使ってませんし」
「他の一般女性が聞いたら羨ましがるでしょうね」
「そうですか? 私は普通にしているだけなので特に意識したこともないですし、言われたのは早百合ちゃんが初めてです」
葉一は話しながら椅子を用意したり鏡を用意したりと準備をテキパキとこなしていた。
「じゃあ彼氏とかはいないんですか?」
「いませんよ。昔から出会いもないですし、お客さんからはお世辞を何度か言われるぐらいで」
それは多分、お世辞とかじゃないんじゃ・・・。
なんとなく、葉月葉一の人物像が掴めた気がした。仕事はしっかりこなしているし、表も裏も実力はかなりのものなのだろうが、少し・・・いや、かなり恋愛面では鈍い。
多分私と同じなんだ。一見すると普通の女の子でもすごい技術や知識を持っている。けどやっぱり中身は普通の女の子だ。ただ育った環境が特殊だっただけで・・・。
「さて、準備出来ました。そこの椅子に座ってください」
早百合は指示された通りに椅子に座った。
「じゃあ、始めますね。目を閉じて、ゆっくり深呼吸をして、言う通りのことを思い浮かべてください」
葉一の言う通りに深呼吸しながら言われたことを思い浮かべ、徐々に意識が奥底に落ちていった。
「金、三番テーブルにビールを三つ」
「はーい!」
昼過ぎになると、やはり登山者やハイキングに訪れたお客さんで賑わった。そのほとんどが常連で、金や葉一目当てのお客さんも少なくない。
「やあ金ちゃん、久しぶり。今日は葉月ちゃんは居ないのかい?」
「あ、お久しぶりです。マスターなら奥で別の仕事してますよー。残念でしたー」
普段は「さま」を付けているが、喫茶店では葉一をマスターと呼ぶ。さすがに喫茶店内で葉一さまはおかしいのでそうしている。
「なんだ、久しぶりに会いに来たのに残念だな」
ははは、と笑いながらビールを飲む。これで三杯目だ。
「おじさん飲みすぎは良くないですよ」
追加のビールを置いていつものように忠告する。
「なあに、まだまだ序の口だよ!」
「金、五番テーブルに運んでください」
「あ、はーい! じゃあまたね」
「葉月ちゃんによろしく!」
うーん、ちょっと動きづらいなあ。
普段は白と二人なのでなんとか動けたが、さすがにこう忙しいと和服での移動は辛いものがあった。
「金、ちょっと着替えてくるね」
「早目にお願いしますね」
「はーい」
ここ喫茶葉月では、特に制服の使用を義務付けているわけではないので、二人とも普段の格好のまま出るのだが、金の場合は特に和服のため動きづらいということもあり、忙しい場合には特製の軽装を用意してある。
「これでよしっと。お待たせー」
「おお! 久しぶりだね、金ちゃんのその格好!」
葉一のファンがいればもちろん金のファンもいるわけで、そのファンが好きな格好がこの軽装だ。
「えへへー、まだシーズンにはちょっと早いですけど、今日は忙しいので着替えました」
「いつもの和服姿もいいけど、やっぱりこっちだな」
酒が入っていることもあり、上機嫌な客はべた褒めした。
「さて、お仕事再開!」
閉店後、葉月宅の居間で今後について話し合われた。
「金、白、お店のほうはどう?」
「今日は葉一さまの予想通りシーズン並みに混みましたが、なんとか」
「そう。金もお疲れ様」
「あぅ~」
白がいない分、二人分の忙しさで疲れたのだろう。帰ってくるなりソファーに倒れた。
「服着替えたら?」
「お風呂入るまではこの格好にしますー・・・。着物に着替える元気ないです」
「そっか」
金の姿に、葉一は思わず笑みを浮かべた。
「それより葉一さま、早百合ちゃんのほうは」
「うん。今は落ち着いて寝てるよ。複数の暗示や催眠をやるからね、大分負荷がかかったみたい。頭脳は大学教授だって言っても、中身は十一歳の女の子だからね」
「そうですか。封印にはどれほどかかりそうですか?」
「そうだね・・・。これからの経過にもよるけど、多分一ヶ月はかかると思う。少しずつやるしかないからね。知能を小学生レベルにまで戻すのも下手したら一ヶ月かかっちゃうかも」
「それでは少し時間がかかりすぎますね」
「そうなんだよ。それにもう喫茶店のほうもシーズン入りするからね、いつまでもこの状態だと・・・」
金を横目に見ると、起き上がる気配が全くない。
「金が倒れちゃうかも知れないしね」
「頑張りやなのはいいですが、体力が持ちませんからね」
「う~、明日からお休みにしません?」
「そういうわけにはいかないでしょう。最低あと一ヶ月は頑張ってもらいますよ」
「一ヶ月!」
絶望したように叫ぶと、全身の力が抜けたようにソファーに沈んだ。
「参りましたね・・・。適当なアルバイトを入れるわけにもいきませんし」
「役割交換とかは?」
「それですよ!」
それまで死んだようにソファーに沈んでいた金ががばっと起き上がった。
「駄目ですね」
が、一蹴された。
「なーんーでー!?」
「金の料理センスは絶望的ですからね」
「そんなことないもん! ねっ、葉一さま!」
「うーん・・・。ごめん」
「ガーン!」
今度はショックでソファーに沈んだ。
しかし事実ではあった。センスの問題かどうかはいささか疑問ではあるが、なぜかレシピ通り作っても味がおかしくなるので、それを知っている白はなるべく金には調理させないようにしているぐらいだ。
「どうかしましたか?」
「早百合ちゃん?」
目が覚めてしまったのだろうか、いつの間にか廊下に続くドアのところに立っていた。
「起こしちゃった?」
「いいえ、目が覚めてしまって。トイレを借りた後で明かりを見付けたので」
「そう、ホットミルクでも出そうか?」
「大丈夫です。それより皆さん揃って・・・団らんの最中でしたらすみません」
「大丈夫。これからのお店のことをちょっとね」
「お店の?」
一応葉一は早百合に現状を説明した。
「そうだったんですか・・・。私のせいで大変なことになってたんですね・・・」
「早百合ちゃんが気にすることはないよ。これも私たちの仕事なんだし」
「そうですよ。金が一ヶ月頑張れば済む話ですから」
「だから無理ー!」
「あなた一体なんのためにここに居るんですか」
「そんなこと言ったって~!」
「はあ、なら私もお手伝いしましょうか?」
「駄目駄目、そんなことしたら本末転倒だよ」
「そうですね、すみません。私ったら寝ぼけてるのかな」
「早百合ちゃんは自分のことに専念してて大丈夫だよ。今日は慣れないことやったし、ゆっくり体を休めて」
「はい、ありがとうございます」
早百合が戻ると、時間も遅いということで、会議は後日に持ち越されることになった。
ご意見、ご感想などありましたら、よろしくお願いします。