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したきり雀  作者: 音哉
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したきり雀 第8話



 翌朝、華子と同じく学校内ではモデルのようと言われる恵美が、目を半開きにしながら食卓に座る姿があった。それを呆れた顔で見る姉。姉はフライパンで焼いた目玉焼きを皿に移すと恵美の前に置いた。


姉と妹の二人暮らし。朝食は姉、夕食は妹が作ると決まっていた。


「そんな事だと、いつになったら彼氏が出来るんでしょうねぇ」


「……私は部活で疲れているの。それに、彼氏ならお姉ちゃんもいないでしょ」


「わっ……私は仕事で忙しいの。部活なんかと一緒にしないでよ」


「一緒ですぅー」


 いつもの調子で食べ始める。


両親を失い、祖母に育てられた二人。姉が働き出してからは二人で暮らし、もう5年程この狭いアパートに住んでいる。



他愛も無い会話をしていた二人だったが、恵美は思い出したかのように姉に尋ねる。


「お姉ちゃん、私の学校で死んだ深田って子の捜査はどうなってるの?」


「はぁ? だから捜査状況は家族にも教えられないっていつも言っているでしょ?」


「……梅酒飲む?」


「何で朝からお酒飲むのよ! ……もしかして、あなた私が酔った時に……何か聞き出してない?」


「まっさかぁ。……でも、また事故なんでしょ? ならいいじゃない?」


「……まあ、事故なんだけどね。目撃者はいなかったけど、不自然な所は殆ど無かったし。落ちた拍子に運悪く……首の骨折っちゃったみたいね。首の折れ方が少し異常だったらしいけど……、誤差の範囲ね。高校二年生か……、可哀想に。これからなのにね」


 姉は腕時計を確認すると、慌ててハムを口に詰め込み、食器を流しに持っていった。


「……可哀想かなぁ」


 恵美は携帯電話のメールを返信しながらそう呟いた。





 駅から学校までの道、危うく電柱にぶつかり掛けた女子高生がいた。小柄で眼鏡と地味な特徴を持ちながら、栗色の髪の毛を揺らす女の子。彼女もまた、朝が苦手だった。


家を出たのは1時間目の授業に間に合う時間どころか、0時間目の授業と言うものがあっても遅刻しないであろう時刻であったと言うのに、正門をくぐったのは8時を過ぎていた。


「おっはよー! 莉緒!」


 その背中を叩くハイテンションな声。こちらはもうすっかり目を覚ました恵美だ。


「メール見た? 華子が大発見したって?」


「…………あ。おはよう」


 ワンテンポずれているのには恵美は慣れている。


 二人は靴箱で仲良く並んで靴を履き替えた。その時になってようやく莉緒は答える。


「さすがは華子ですね。何も見つからないだろうって言われていたデータから手がかりを見つけるなんて……。すごいです」


「昨日の放課後にパソコン教室で手に入れたデータを、華子はあの時間まで調べてたんでしょ? 執念よね!」


 恵美は自分の携帯を操作すると、昨日華子から送られてきたメールを確認する。受信時間は夜中の2時半となっていた。


「見て、2時34分よ!」


「え……そんなに遅い時間まで?」


「なんだ、莉緒ってメールの受信時間見て無かったの? すっごい遅くに来たみたいよ」


「ええ、朝気がついたのですけど……見ていませんでした」


 莉緒は自分の携帯を取り出して確認する。すると、眼鏡が曇っていたのか、ハンカチを取り出してレンズを拭き始めた。


「あれ……。莉緒の眼鏡取った所……初めて見た。……可愛くない? コンタクトにしたら?」


「えっ……。そっ……そんな事ないですよっ!」


 莉緒は顔を赤くしながら、もう片方のレンズも拭く。その顔を恵美は覗きこんで笑った。


「まあ、ところで華子はその執念で犯人の男を追い詰めるかなぁ? どう思う?」


「えっ? 恵美は犯人が男と思うのですか?」


 莉緒は顔を上げて恵美の目を見た。


「ん? ……そう言うのって、大抵男じゃない? 絶対犯人は男よ! 私には分かる! 間違い無いって!」


 莉緒の前でガッツポーズをして見せながらそう言った恵美だったが、突然口を押さえて背を丸めた。


「ゴホッ……ゴホッ……ゴッ……ゴホゴホゴホッ」


「恵美……大丈夫っ!」


 暫く咳き込んでいた恵美だったが、治まると目にうっすら涙を溜めながら照れた顔をした。


「興奮しすぎて……むせちゃった!」


「…………ウフフ」


 莉緒は眼鏡をかけると、手にあったハンカチを口元に当ててクスクスと笑った。





 華子は罠を仕掛けた。Xをあぶりだすための仕掛け。それは、


『深田友子のパソコンに、犯人を示唆する情報があった。彼女は、自分を監視する目に気がついていた。しかし、その様子を書き留めたファイルが見つからない。もしかしてデータが壊れてしまっているのかもしれないが、これからはファイルの修復と彼女の周囲の調査を平行して進める』


 と、言う噂を流す事だ。もちろんこれは完全な嘘である。



 これをメールにし、恵美と莉緒にはすでに送信している。二人から噂が広まるのはもちろんだが、自分からも積極的にこの話を広げる。



 Xはサルベージしたデータを持ち帰ったかもしれない。しかし、そこからは華子の言う情報は見つからないだろう。当然だ。


 すると、Xは必ず、もう一度、パソコン教室に現れ、ハードディスクのサルベージを行うだろう。


……それを待つ。




「私は真相を知りたい」


 華子は恵美と莉緒が登校して来た時、すでにパソコン教室の入り口が覗ける場所に立っていた。中庭を挟んだ隣の校舎。その三階から二階にあるパソコン教室を眺める。


 今の所華子が流した噂は、メールを送られた恵美と莉緒しか知らないはずだが、念には念を入れていた。もちろん、二人にもそれが嘘だとはまだ教えない。敵を騙すにはまず味方から。未来永劫使える格言だと華子はこの件を境に心に刻んだ。


 パソコン教室は朝の八時に開放される。そして昼休み、放課後とずっと出入りは自由。授業中は、サボりの生徒が遊びに来るのを防ぐためにパスワードロックがかけられて使えない。パソコン教室に鍵が掛けられる終了時間は、クラブ等含めて全ての生徒が帰される午後八時。この間、華子はずっと見張るつもりだ。


 真相を知る。その想いは、退屈な日々を送っていながらも、華子の中でくすぶり続けた炭が、強烈な光を放ってプラズマ化したようなエネルギーを発していた。



 その日の昼休み。華子は暫く学食だと二人に告げ、すぐに指定の場所へ向かう。早朝にコンビニにて買っておいたパンとカフェオレを食しながら猛禽類のような目でパソコン教室を見張る。決して一点に焦点を合わすことなく、視界に入る全てのモノに注意を払う。それは360度におよび、自分の後ろの物音にも気を配っていた。


 

 罠を仕掛けた初日。何事も無く放課後になった。


 華子の流した噂がXに伝わっていないのか。それとも嘘だと見破っているのか。はたまた、用心深い奴で様子を探っているのか。


 まだ一日目。可能性が高いのはXに噂がまだ伝わっていない事だ。


華子達の高校は一学年が四クラス。三つの学年で十二クラスとなる。おそらく二年生、特に女子にはほぼ完全に噂は流れているだろう。三年生にもパソコン部の先輩から多少噂は流れたはず。


しかし、一年生はどうだ? おそらく今日の部活でそれとなく先輩から聞くだろう。ただでさえ同じ学校の生徒が死んだのだ。しかも、今回は二人目。好奇心の塊のような高校生達ならば水を打った波紋のようにあっという間に隅々にまで伝わる。



 勝負は明日。


 放課後見張りながら、華子はそう考えていた。


……しかし。


事実は小説よりも……奇、

 


 華子の目に焦点が宿る。表情の無かった顔がこわばる。引き締まっていた唇が震える。


 華子は立ち上がった。横に置いていたペットボトルが倒れ、その口からミネラルウォーターが流れ出た。


「どうして……どうして……」


 あなたが……そこに入るのか。



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