したきり雀 第7話
華子と莉緒はすぐにUSBメモリを持ってパソコン部へ戻った。
先ほどの部長はまだ戻っていなかったが、髪の長い川原と言う男は残っていた。彼は華子達からメモリを受け取ると、アニメキャラクターが散りばめられたようなホームページを閉じ、USB端子にメモリを突っ込む。
少しめんどくさそうな様子でマウスを手にしながら画面を眺めていた川原だったが、突然画面を食い入るように見ると、すぐにブラウザーソフトを再起動させ、インターネットで検索を始めた。
「ど……どうしたの?」
「これは……どこかで見たことがあるんだ……。ちょっと待って」
川原は100程に上ったファイルの中ほどにあった、短いファイルの名前を検索にかけている。
二人は川原の後ろから画面を見ても、何を検索してそれについて何が書かれているのかさっぱり分からない。
「これが深田さんの使っていたパソコンから? 彼女が使っていたツールとは限らないけど……。お金儲けか……。こんな事をしている高校生がいるなんて……」
川原はブラウザーを閉じると、USBメモリの中身を表示する画面も閉じた。そしてパソコンのドライブにCDのようなディスクを入れる。
「一応中身はDVD‐Rにコピーしておいてあげるけど……。この件ではあまり係わり合いになりたくないな」
川原は髪をかき上げると耳にかけて、眼鏡を中指で押し上げる。
「何が入ってたのよ?」
「犯罪……とまでは行かないけど……。かなりギリギリだね。これはメールアドレスを見つけ出すソフトだ」
「アドレス?」
「携帯電話とかのアドレスがあるだろ? これを見つけ出すソフト。@(アットマーク)の前は普通自分で選ぶよな。例えば僕はkawahara@にしたとする。すると、このソフトはアルファベットや数字をaから順に当てはめ、メールを送りつけるんだ。それこそ無限に近い文字の羅列を作り出し、メールを送信する。
殆どは存在しないアドレスに送信して無駄に終わる訳だけど、いつか僕のkawahara@に送信する。すると、それは本当に存在するメールアドレスだとツールが気づき、出力する。その様な方法で実在するメールアドレスを収集する……、いや、集めまくるソフトなんだよ」
「集めてどうするの?」
「メル友?」
川原は、莉緒の言った言葉に頬をひく付かせて苦笑いをした。
「いや、単純に業者に売るのだと思う。君達の携帯にも来た事無いかな? 出会い系のメールや、それっぽいサイトに誘導するようなメールが」
「あ……あります!」
「すごいしつこいやつよね?」
「そう。そう言った個人情報を売買する闇の取引があってね。業者がツールを使ってアドレスを調べ、サイトに誘導するってのは色々問題があるらしく……つまり、摘発される可能性が高まるらしく、リスクを分割しているって聞いた。それで、アドレスを収集してリストを作る業者と、それを内緒で買って、自称優良サイトに誘導する業者。と、分かれる訳。深田君は……、いや、パソコン教室でこのツールを使っていた奴は、高校生ながら、アドレスを収集して業者に売っていた……のかもしれない」
二人はとりあえず、個人情報を売り買いするのに深田さんが関わっていた事は分かった。
「買い取っていた業者分かる?」
華子の言葉に川原は渋い顔をする。
「ネットの履歴見れば……多少は分かるかもしれないけど、膨大な量があるし、それにどこのサイトで相手を見つけていたのかが分かったとしても、フリーメールで取引はしているだろうし……まあ、無理だね」
「そ……そうかぁ……」
川原はそこでパソコンから吐き出されたディスクを手に取り、ケースに入れると華子に渡す。
「悪いけど……僕はこれでもまっとうな高校生活を送り、大学に進学したいんだ。犯罪とか、それに近いような事は勘弁してくれ。お金は……確かに欲しいけどね。コミケとかで欲しいものはあるけども」
「分かった。ところで、確かに迷惑メールは鬱陶しいけど……、深田さんのやっていた事はそんなに悪い事なの?」
「悪いね。迷惑メールって何のために送られてくるか知ってる? 宣伝なんかじゃないよ。サイトに誘導し、ミスクリックした人達から強引に入会金や違約金を集めるんだ。はっきり言って脅迫、恐喝、詐欺だね。僕から言わせれば、それが分かっているのにアドレスを業者に売りつけるなんて……悪の片棒を担いでいるのと全く同じだと思うよ。共犯だ」
「なるほど……。誘導された先のサイトはそんなとこなんだ……」
華子が「最悪ね」と言うと、莉緒は頬を膨らまして憤っているようだ。
「あれ? これは……」
川原はディスクにコピーした内容をパソコンから消去しようとしたところ、手を止めた。
「このソフトは……? 日付は今日……」
そして腕時計で時間を確かめ、華子に言う。
「君達の前にハードディスクを復元した者がいるかもしれない。放課後入ってすぐの時間に別のハードディスクサルベージソフトがパソコンに入れられ、そして削除された跡があるね」
「あの時やっぱり私達の前に誰かが……。その人は何を調べたの?」
薄々分かっていただけに、華子は慌てた様子で画面を覗き込んだ。
「そこまでは分からない。だけど、君達が調べている事と同じ事を考えていたなら、無駄足に終わっているだろうね。アドレスを収集していた何者かは、多分持参したUSBメモリにデータを直接読み書きしている。パソコンにはツールを置いていただけだ。重要な部分のデータは残していない。慣れている奴だ」
その後、DVR―Rディスクに入れたサルベージデータに付いての説明を少し受け、パソコン部を出て行こうとする華子と莉緒。その背中に川原は声をかける。
「まあ、深田さんって決まった訳じゃないんだけどね。僕は決め付けた訳じゃないよ!」
ドアを閉めた華子は、莉緒の顔を見ながらポツリと言う。
「でも……、うちの生徒がやっていたってのは……多分間違いないよね」
莉緒は寂しそうな顔で頷いた。
華子が今手にしているディスクには意味のある情報は無いと言う。全く手がかりが無くなってしまった二人は示し合わさずとも靴箱に向かう。靴を履き替えて学校を後にした。
「深田さんの自宅を調べる事が出来たら何かわかるかも知れないですね」
「友達だったって嘘言ったとしても……ちょっと厳しいわね」
「警察に……ここまでの事を言ってみます? あちらで調べてくれるかもです」
「無駄ね。アドレス収集は厳密には犯罪じゃない。警察も家宅捜査の礼状取れないわよ」
「打つ手無し……ですね」
「打つ手無し……なのよ」
二人は駅に着くと、別方向の電車に乗るために別れた。
帰りの電車の中で、華子は何とか打開策を考えていた。喉から手が出るほど深田友子の自宅パソコンが欲しいと願った。それがあれば……取引相手が分かるかもしれないのに……と。
華子は家に帰るとパソコンの電源を入れ、藁をも掴む思いでディスクを挿入する。そして、生徒達が使った膨大な量のインターネット履歴を眺めた。
オークション、ブログ、ソーシャルネットワーキングサービス。片っ端からアドレス先を開いてみたが、やはり手がかりになるような物は無さそうだった。まだ三分の一も見ていないと言うのに、時間は深夜二時を過ぎていた。
華子は椅子の上で伸びをしながら体を反らせる。そして、大きなあくびを一つすると、パソコンはそのままにベッドに寝転んだ。
「私がこれだけ調べて何も見つからないんだから……、私達の前にパソコンを探っていた奴も……今頃何も見つかってないでしょうね……。ん?」
華子は眠そうであった目を大きく開き、体を起こした。
「そいつをXとする。Xは……誰? 一体何のために……パソコンを調べていた? 深田さんのパソコンには……アドレスを売り渡していた業者の名前があるかもしれない。しかし、業者イコールXなのだろうか……。仕事上のトラブルがあったとしても、やっとブランド品を買えるような報酬で揉めた程度で……人を殺すかな?
確かテレビでは個人情報の価格は一件一円程度って言ってし。Xが業者なら、揉めたとしても深田さんの学校を知っているXの方がずっと有利。学校にばらすぞって言って、ただ働きをさせても不思議はないくらい……」
華子は立ち上がると、顎に手を置いたまま照明の下をぐるぐると回りながら考えをめぐらせる。
「深田さんを殺したのは業者ではない。なら……深田さんのやっていた事で恨みを持った人……なんていない。だって、恨みを買うのは迷惑メールを送りつけた業者の方。深田さんの存在は知れない。しかし、もし……深田さんのやっていることを知っている人がいたなら……。それを知りえる事が出来、かつ、パソコン教室に出入り出来る人は……」
華子は部屋のパソコン前まで歩いて行くと、電源ボタンを押し、その状態のまま切った。
「Xは学校関係者ね。まずそいつを明らかにする」
ベッドに再び寝転ぶと、華子は携帯でメールを打ち出した。送信ボタンを押して携帯を置くと、代わりにリモコンを持って部屋の明かりを消した。
「私は……連続殺人だと仮定したけど……。それなら、二つの事件のどこに共通点が? 一人は教師を脅し、一人は個人情報を不正に入手していた。……脅迫、煙草、換気扇、酸素ボンベ、化学準備室。……パソコン、メルアド、迷惑メール、パソコン教室、業者。……まったく繋がらない。ただ、二人とも……悪い事……を…していたとしか…………」
華子はいつの間にか寝息を立てていた。