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したきり雀  作者: 音哉
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したきり雀 第6話


 人の視線の方向を辿り、廊下を左に進む。突き当りまで歩くと、その先の階段から生徒達は一定の距離をとって人垣を作っていた。


 華子と恵美は長身を生かして上から人をかき分け、莉緒は小柄な体を生かして人の間をすり抜けて階段を見る。



一階へ下る階段の踊り場には……倒れた女子学生の体が見えた。



三人は一目見ただけで顔を背ける。その女子の首は……即座に分かるほど異様な方向へ(ねじ)れていたのだ。


「う……誰あれ」


「死んでる……よね?」


「おそらく……」


 三人はすぐに人垣に隠れ、背を向けた。なぜ他の生徒がこれ以上近づかないのか納得できたようだった。




 すぐに先生達が集まって来て、生徒達はそれぞれの教室に戻され、押し込められた。

 華子達のクラスにも担任が現れたが、一時間目は自習だと告げると、ホームルームを行わずに出て行った。静まり返った教室内だったが、救急車の音が聞こえる頃、ざわつき始める。


「何なのよ。この連鎖は? 殺人事件自体にウィルスが関係しているの?」


 華子の言葉を皮切りに、彼女の席に集まっていた三人はまた会議を始めた。


「今度はあんたが落ち着けって華子。あれは事故かもしれないじゃない? 朝の忙しい時間、教室に急いでいて階段を踏み外した……とか?」


「あ……そうか。意外に鋭いわね。恵美のくせに……」


 華子が舌打ちすると、恵美はフフンと鼻を鳴らしてみせる。莉緒も小さく頷いた。


「事故……でしょうね。私達は流れで事件だったと思い勝ちですが……」


 しかし、そこで華子は怪しく目を光らせる。二人がそう考えるだろうと実は彼女は読んでいた。


「でもさ、二人とも。殺人事件も学校の中での事故死もどっちもかなり珍しいはず。これが……連続で起こる可能性って……どれだけ低いのよ?」


「え……」


「確かに……」


「閃いた。こんな確立が低い事が起きる奇跡よりも……。これは誰かの仕業だと考える方がよっぽど論理的。つまり、連続した事故でなく、連続殺人。連続殺人なら、同一犯だけど、瀬田は容疑者から消えた。この学校にあの男は、今は出入りしているはずが無い。目立つしね。もちろん後で聞き込んで裏はとるけど」


「連続殺人……ですか……」


「か…考えすぎじゃない?」


 半ば呆れ返ったと言う様な苦笑いをする恵美に、華子は不思議そうな顔をする。


「どうしたの恵美。あなたの役割は悪を憎む刑事でしょ? 可能性があれば、突っ走りなさいよ」


「私が刑事? なら……華子は?」


「私は悪を憎むと言うか、真実を暴きたい探偵。探求する事に命をかける冒険家でもあるかな」


 それを聞き、楽しげな顔をした恵美は身を乗り出して聞く。


「それじゃあ……莉緒は?」


「そうね……。うーん…………」


 しばしの沈黙。莉緒は少し寂しげだ。


「私は何も無いのですか?」


「じゃ…じゃあ、ワトソン君。ホームズのやることを客観的に見ている人!」


「……地味ですね、私……」


 ため息をついた莉緒に、華子は慌てて言葉を付け足す。


「そっ……それじゃあ、いざと言うときにすごい能力を発揮するの! それでホームズを、私を助ける!」


「そっ……それで! どんな能力を?」


 莉緒の表情がぱぁっと明るくなった。華子の次の言葉を尻尾でも振って待っている状態である。


「えっと……鋭意構想中……です」


 うな垂れた莉緒の前で、両手を合わせて頭を下げる華子だった。




 そして昼休み。三人は階段で亡くなった深田友子の教室で聞き込みを開始した。深田友子という名前は、同学年の生徒と言う事で調べずとも昼休みまでには噂となって伝わって来ていた。


 爆死した幸田由希とは違って、今回は友達にも話を聞くことが出来た。しかし、親友と呼べるような生徒はおらず、深田友子に対して謎めいた印象を持つ子ばかりだった。


 幸田由希と共通点は、どちらもバイトもしていないのにブランド物を持ち、お金には困っている様子が無かった事。


 しかし、それだけだった。


 深田友子は男の噂も影も無く、パソコンばかりしている地味な子だと言う事だ。昼休みや放課後は必ずパソコン教室で過ごす。たまに同級生がネットやパソコンの事を質問すると、事細かに教えてくれ、相当詳しかったのではないかと言われていた。




 放課後、恵美は部活で抜け、華子と莉緒は深田友子が一時期所属していたと言うパソコン部へと二人で出向いていた。


「あふぇりゅえっと?」


「違う。アフィリエイト。自分のブログなどを人気にして、そこからリンクさせた品物を訪問者達に購入させる。広告収入……とはちょっと違うけど、まあ似たような物だと思ったら良いよ」


 短髪で黒縁眼鏡をかけた3年生男子の先輩は、当時深田友子が興味を持って取り組んでいた事について教えてくれた。


「だけど、大した収入にもならなくてね。おまけに自分のサイトに人気を集めようと頑張っているのが高校生だとばれると、結構叩かれたりするんだ。アフィリエイトを辞めると同時に、部活も辞めちゃったよ」


「じゃあ、お金儲けは諦めちゃったんですか……」


「ん? いや……更に熱心になったって聞いたけど……おい川原」


 部屋の隅でノートパソコンを叩いていた髪の長い男は、呼ばれると顔を上げた。


「お前、深田がパソコン教室でなにか怪しい事やってたって言ってなかったか?」


 川原と呼ばれた髪の毛にキューティクルの欠片も持たない男は、こちらも黒縁眼鏡を中指で押し上げながら近づいてくる。スリッパの色からすると、華子達と同じ二年生のようだ。


「していましたよ。チラッとしか覗けなかったですけど……。何かのツールを学校のパソコンで起動させました。家でやらなかったのは、多分学校のパソコンだと足が付き難いからじゃないかと思います。ネットカフェのように、学校には防犯カメラも無いし、身分証などから誰がどのパソコンを使ったのかも分かりにくいですしね……」


「つ…ツール? パソコンウィルスとか……そんなの?」


 勉強の出来る華子だが、そっち関係は一般常識程度の知識しか持ち合わせていないようだった。


「ウィルスじゃお金儲け出来ないよ。まあ、自分で開発した強力なウィルスを相応の組織に持ち込むならともかくだけど……。僕も含めて、それほどのスキルを持っている高校生は日本には殆どいないんじゃないかな。もちろん深田さんも、自分でプログラムを作ったりする事は出来なかったはず。彼女がやっていたのは……使い方によっては非合法になるようなツールを使って……『何か』をしていたと思うんだよね」


「非……合法。法律に背く行為……って事?」


「だろうね、そんな雰囲気だったよ。僕を見かけたらすぐにディスプレイをスクリーンセイバーにしたしね。ワンクリックで画面を変えるソフトを使っている時は、よっぽど人に見られたく無い事をしている時だね。男ならいやらしい動画を見ている時とかだろうけど……。女の彼女なら……、さあ、何をしていたのかな……」


 また眼鏡のブリッジを押し上げる川原。3年生の部長だと思われる男子は用事でもあるのか、川原の肩を一度叩くと教室から出て行った。


「何をしていたのか検討とかつかないわけ?」


「さあ。そこまでは……。一昔前なら18禁サイト運営とかなんだろうけど……。それは今時すぐに辿られて手錠がかかるからね。……彼女の使っていたパソコンを調べれば分かるかもしれない」


「パソコン? 学校のパソコン?」


「ああ。パソコンは情報の宝庫だよ。彼女は毎日パソコン教室の角の席のPCを使っていたはず。主なデータはUSBメモリで持ち歩いているだろうけど、毎日使うパソコンから、毎回完全にデータを消去していたとは思えないね」


「パソコンにデータが残っているかもって事ね!」


「データが残っている……とは言えない。毎日削除はしていただろうからね。でも……デリートしたとは言え、データはハードディスクから消えていないからね」


「えっ? 消したのに……消えてないって言っているの?」


「ああ、パソコンデータは簡単に復元できる。まあ、こんな事偉そうに言うほどでも無いんだけどね。普通の奴は誰でも知っているし」


 知らないって……と華子は心の中で思ったが、話の腰を折ってしまいそうなので言わなかった。




 華子と莉緒は次に深田友子が毎日通っていたと言うパソコン教室に向かった。手には川原と呼ばれていたパソコン部員から借り受けたUSBメモリ。その中にはハードディスクの中身を復元する事ができるソフトが入っている。


 彼が言っていた事をまとめると、深田は毎日パソコンを使っていたが、データを完全消去はしていないはずだと言う事だ。なぜなら、その完全消去と言う作業は、専用ソフトを使ったとしても処理に何時間もかかるからだと言っていた。


 深田がもしパソコンを使って非合法な事を行っていた事が分かれば、少しは真相に近づくことが出来ると華子と莉緒は考えた。



「……で、どこよ。そのパソコン教室は……」


「どこでしょう……。なんせ三年生になってから授業で使う教室ですし」


「今時パソコンなんて珍しく無いから……行こうと思ったことも無いしね」


 どの校舎にあるかは知っていたので、二人はかなり遠回りをしてからその教室に着いた。

 


パソコン教室は常に生徒に開放されている。白い長机の上にデスクトップパソコンが幾つも並ぶ。プリンターやスキャナーも備えており、インターネットをする際には困らない仕様だ。しかしながら、最近は自宅にパソコンがあるのは当たり前、もっと言えば自分専用のパソコンを持っている高校生も少なくない。華子と莉緒がここへ来た時、教室には誰もいなかった。


「隅の席……。あそこかな」


 パソコン教室は普通の教室と違い、長テーブルが使われている。その上にパソコンが、黒板に背を向けるように置かれていた。隅の席と言うのは、おそらく窓際の一番後ろの席だと華子は考えた。一般教室でも席替えのときに一番人気のある席だ。華子がパソコンの前に座り、莉緒は隣の椅子を寄せて座る。


「まずはパソコンを立ち上げて……。ん?」


 華子は何か違和感を持ったようだった。パソコンではないようで、腰を上げ、椅子を撫でるように触っている。


「どうかしました? 華子」


「いや……なにかね……。もしかして……」


 次に華子はパソコン本体とディスプレイの裏を触る。すぐに椅子から立ち上がると、教室を見回した。


「おかしいわよこれ……。まだ……暖かい」


「え……。暖かいって……。もしかして……」


 莉緒がそう言い終わる前に、華子は教室のドアまで走って戻り、勢いよく開けると廊下に出て左右を確認する。


 戻ってきた華子に、莉緒は自分の考えを伝えた。


「誰かが……この席を使ったのでしょうけど……。犯人とは限らないんじゃ無いですか?」


「放課後になってまだ30分経ってないわ。そんなちょっとだけの調べ物で、こんな隅の席に普通座る?」


 相変わらず華子の頭の回転は速い。莉緒はそう言われると、唾をゴクリと飲んだ。


「とにかく、パソコンの中を調べるわよ。ハードディスクの完全消去は時間がかかるらしいから、この30分では消されて無いと思うけど」


 華子はパソコンを起動させ、USBメモリを差し込む。すぐにソフトが表示され、詳しく無い華子でも3回クリックするだけでデータの復元が始まった。


 カリカリとパソコンが音を鳴らす中、二人はじっと液晶ディスプレイを見つめる。


 この教室を訪れる生徒は、インターネットもしくはワープロソフトを使用する場合が多いようで、小さなデータが大半を占め、あっという間に大量の削除ファイルがソフトによって集められてくる。


「莉緒……分かる?」


「全然分かりません……」


 ファイル名はアルファベットの羅列が多く、日本語で名前を付けられた物は少なかった。それどころか、二人には集められてきたデータのアイコンすらも見覚えが無いものばかりだ。


「パソコン部の人に見てもらいましょうか?」


「それしかないわね。今、メモリに全てコピーされてるから、返すついでに見てもらおう」



 その二人の様子を、教室のドアの隙間から見ている目があった。


 華子と莉緒がパソコンの電源を切った時、人影も消えていた。




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