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したきり雀  作者: 音哉
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したきり雀 第4話



「って訳。華子には困ったよ」


「ふーん。その事故の事は聞いているけど……。殺人……か……」


 恵美は自宅に帰った後、夕食の途中に姉に今日あった出来事を話していた。姉の所属する警視庁捜査一課、殺人担当部署はただ今暇らしく、定時に帰って来ていた。


「詳しくは聞いていないけど……特に怪しいものは無かったらしいけどね。死体にも薬物反応とか、部屋にも工作跡が無かったから私の方へ事件が挙がって来ないんだと思う。まあ、捜査資料は当然アンタにも見せられないけど、別に調べる分には構わないんじゃない? 社会勉強みたいな物ね。何も見つからないだろうけど」


「お姉ちゃんは勝手な事言うけど、付き合わされるのは私なんだよぉ」


「恵美の友達でしょ、仕方ないじゃない」


「うーん……。まあそうなんだけど……。運が悪かったと諦めるかぁ……」


「それより、最近バスケット部では上手くやってるの?」


「先輩と反りが合わなくてね。理不尽な事言われるし……」


「それが社会ってもんよ。でも、もう少しで3年生は部活を引退でしょ?」


「それが……同級生ともイマイチでさ……」


「あんたは自分の規律を重んじすぎるのよ。もうちょっと柔軟にしないと、いつまでもはみ出したままよ」


「仕方ないよ……。子供の頃あんな事があったんだから……。お姉ちゃんも、だから刑事になったんでしょ? 悪が嫌いで」


「……まあ、お父さん達があんな死に方したら……ね。だからこそ、一つも逃さず悪い奴を拾って隔離しようと思っているんだけど……。もっと偉くならなければ駄目ね。トップの奴らは本当に悪を根絶させようと考えているのかな? どうせ自分の保身ばっかり……」 


 恵美の姉はグラスに注がれている梅酒を一気に喉に流し込んだ。


「悪を憎むなら、丁度良い機会でしょ? 華子ちゃんに協力して、犯人を捜しなさい」


「そりゃそうなんだけど……。どうせ……事故でしょ? お姉ちゃん達が動いていないんだから……」


「分からないわよ。警察も容疑者を間違える事があるんだから。調べてみれば……違う事が分かるかもね」


「悪を裁く神様が少なすぎるんだよ。もっといっぱいいれば……この世に悪人はいなくなるのにね」


「そうね。警察が裁けないような……私達の親を殺したような奴らも……神様が裁いてくれれば良いのにね……。でも、神様は現状の仕事で手が一杯。だからこそ、私達刑事がその代わりを務めるのよ。まあ、現実は……そういかないんだけど……」


「警察は駄目。……もっと、神様を増やさないとね……」


 恵美は姉の横で今日も梅ジュースを口に流し込んだ。





 翌日から早速、探偵団?としての活動が始まる事になった。


目を輝かせる華子。かったるそうにあくびをする恵美。眼鏡の奥で目をつぶったままの莉緒。


時間は朝の8時。かなり早めに集合した三人は学校での聞き込みを開始した。


「ふあぁぁ…あ。中学校のクラブの朝練を思い出すよ……。せっかく高校のクラブはそんなの無いってのに……」


「まずは死んだ三年の幸田って先輩のクラスへ行くわよ! 聞いてる? 莉緒」


「……なんとなく。どことなく。……zzz」


 莉緒は意味不明な返事を返しながら、上半身を右に左に揺らしている。


「レッツゴー!」


 足音高く歩き出す華子。すぐに戻ってくると、壁にもたれたまま眠っていた二人の耳を両手で掴み、三年のフロアに向かった。




「痛ったぁ……」


「耳が伸びてしまいました……」


 目に涙を浮かべている二人の前で、華子は三年生の教室を覗く。ここは化学準備室の爆発で亡くなった幸田由希のクラスだ。


「ヤンキー仲間みたいなのは……いないわね」


「そんなのがこんな早い時間に来るわけ無いって……」


 恵美にそう言われ、それもそうだと思った華子は適当に次に教室に入ろうとした先輩を捕まえた。


「なんだい? ……二年生? 何か用か?」


 髪の毛を真ん中で分け眼鏡をかけた三年生の男子は、華子達のスリッパの色を確認すると、怪訝な顔で言う。


「あの……幸田由希さんの事を聞きたいんですけど」


「はぁ? 何で?」


 より不快感を露わにした男子は、眉間にしわを寄せながら華子に返す。


「えっと、結構お世話になったので……」


「……お世話? 友達?」


 男子は横を向くと小さくため息を付いた。そしてうつむくと、自分の眉間を右手で一度摘み、揉み解すと顔を上げた。どうも関わるのが嫌なようだ。


「何を聞きたいの?」


 手早く終わらせたいらしく、彼の口調は早口になった。


「やんちゃな先輩だったと思うんですけど……評判はどうでした?」


「やんちゃって分かってるんなら、それが答えだよ。ヤンキーだよ、ヤンキー。良い言い方すると、ギャル。どっちにしても、この真面目な進学校の大谷高校での落ちこぼれ」


 口を閉じたままのため息の後、男子は眼鏡を中指で押し上げた。


「具体的に……どんなギャルでした? 何か特別な悪さとかしていました?」


「どんなギャルって……。君たち友達なんだろ? 僕より詳しいんじゃないの? ……まあ、万引きとか警察関係は聞いた事無かったけど、男関係が派手だって噂はあったかな。女友達はほとんどいなかったしね。まあ、当たり前か。ヤンキー自体が学校に数えるほどだしね。もういいかい? 予習をしたいんだ。……亡くなった人の事はこれ以上悪く言いたくないが、君達も来年は受験生なんだ、友達は選びなよ」


 三年生の男子は答えを待たずに教室へ入って行ってしまった。


「なんか、見た目通り、噂通りの……先輩だったみたいよね?」


 華子がそう言うと、恵美は「アウトローね」と、肩をすくめた。


「あまり良い印象を持たれていなかった先輩みたいですけど、その男関係を当たってみる必要がありそうですね。恨みを買われているならその線かも……と」


「だね」


 莉緒の言葉に相槌を打つと、華子は次に明るそうな女の先輩を捕まえた。



「ああ、男関係はもう最悪よあの子。私の友達の彼氏も誘惑されて、結局二人は別れちゃったんだから。最悪のつまみ食い女よ。……まあ、死んじゃったのはちょっと可哀想だったけど……」


 外見通りよく喋り、人の噂にも通じてそうな女生徒だった。


「その別れたカップルの彼女には恨まれていた……とかですか?」


「そりゃ恨まれただろうけど、実際は惑わされた彼氏の方を怒ってたみたいよ。それよりも……由希には彼氏がいたみたいだから、そっちの男がどう思ってたかって感じかなぁ」


「彼氏? 由希先輩にはボーイフレンドがいたんですか?」


「まあ実際に見た子はいなかったんだけど、よく「今日は彼氏と会う」とか言ってる事があった……んだって。直接私が聞いた訳じゃないけどね。まあ羽振りも良かったし、本当にいたんじゃないかな? ブランド物も沢山持ってたしね、あの子は」


「彼氏は誰だか分かります? 検討が付くとか、絞り込めるとか……」


「いやぁ、分かんないかな。私も一度友達に聞いたんだけど、あの子絶対言わないんだってさ。違う学校の子なのかもね」


 華子はそれからも、その女生徒に色々と質問をした。話好きの先輩は、幸田由希が授業をよくサボっていただの、よくタバコの匂いをさせていただの華子に話してくれた。




 昼休み、三人はいつものように集まってお弁当を食べていた。放課後は恵美が抜けるため、本日仕入れた情報を整理する重要な会議を兼ねての昼食と言う事だ。もちろん華子曰くだが。


「まあ彼氏を突き止めるのが一番近道なんじゃないかな?」


 恵美は言った後、卵焼きを口に入れた。


「そうよね。でもあの後何人かに聞いたけど、誰も知らなかった。同じクラスの子達が知らないのだから、他のクラスの人に聞いても無駄よね。おまけに特に親しい友達もいなかったみたいだし……。学校の外にはいたのかもしれないけど……。探すのは厳しいわね」


「無理よ無理。もう無理だって。諦めましょ」


 目をつぶって首を振りながら言った恵美の前で、華子はハンバーグを口に放り込んだ。


「………ああっ! 華子! 何私のハンバーグを取ってんのよっ! 最後に食べようと思ってたのにっ!」


「先に卵焼きを取ったの、恵美でしょ」


「レベルが違うじゃないっ!」


 立ち上がって両のこぶしを上下させて起こる恵美と、涼しい顔をしている華子の前で、莉緒が独り言のようにつぶやいた。


「彼氏……の名前を言わなかったのは、この学校にいたからじゃないでしょうか」


「……ん?」


 恵美と華子が静まって莉緒の顔を見ると、莉緒も二人の顔を見ながら続ける。


「違う学校の人なら皆知らないから言いやすいかと。言えないのは皆知っている人だから……?」


「ちょっと待って!」


 華子は莉緒を制した後、両手の指を組んでそれを額に当てると何やら考え込み始めた。

「どうしたのですか?」


「またろくでも無い事言い出すんじゃない?」


 莉緒と恵美は黙り込んでいる華子をしばらくの間眺めていた。


「閃いた」


 華子が口を横に広げて笑うと、その目も輝く。


「由希先輩は化学準備室でタバコを吸っていた。普通鍵がかかっているはずのね」


「昨日言ってたよね。その鍵の事は」


 恵美の横で莉緒も頷く。


「分からない? 学校にいる彼氏。彼氏の名前は言えない。自由に出入り出来る準備室。……つまり?」


「つまり?」


 華子が顔を寄せて来ると、恵美も寄せ返す。莉緒も良く分かっていない表情ながら、とりあえず二人に顔を寄せる。


「彼氏は……化学の……瀬田」


「う…うっそぉ!」


「っ! ……先生と……生徒ですか?」


 恵美と莉緒は体をのけぞらす。恵美にいたっては椅子から転げ落ちそうになっていた。


「化学の瀬田なら酸素ボンベの工作も可能よ。むしろ、殺すために酸素ボンベを準備室に置いた……とかもね」


 恵美は机の上に置いてあった携帯電話を手に取ると、慌てた様子で操作を始めた。


「何しているの?」


「お姉ちゃんに知らせなきゃっ!」


「ちょっと待ってよ。まだ私の妄想話よ。間違っているかも知れないでしょ。裏取らなきゃ」


「それはお姉ちゃん達警察に任せたらいいよ!」


「推理が外れて恥をかくのは私なのよ。お弁当も食べ終わった事だし、瀬田に会いに行って見ましょうよ」


「殺人犯に会いに行くのですか……?」


 少し震えた様子を見せる莉緒に、華子は胸を張って言う。


「あんな小太り男なんて、罠を仕掛ける前に攻めたら余裕よ。身長も私や恵美よりも低いしね」


「……まあ、あいつには負ける気しないか。あんなオタク男。でも、ギャルの由希先輩と全然合わない気がするけど」


 恵美は宙を見ながら、携帯電話をパタンと閉じる。


「彼氏って言っても、色々いるからね。ほら、昔、アッシー君とかメッシー君とか言われた、本命じゃないボーイフレンドみたいなのとかよ」


 華子達が生まれる少し前。女性は車を出してくれる彼氏、ご飯を奢ってくれる彼氏等、何人も男を使い分けるのをステータスとされた時代があった。華子達も古いドラマやバラエティ番組等からその事は聞き及んでいる。


「じゃああいつの役割はなんだろ」


「オッター君?」


 莉緒がそう言うと、華子も恵美も笑い出す。


「オッター君って、オタクそのまんまじゃないっ!」


「逆に捻ってるよねっ!」


 笑いながらも弁当を仕舞い、三人は職員室へ向かった。




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