したきり雀 第3話
結局その日は、「事故があった」と担任に言われただけで皆は返された。クラブ活動の方は問題なく今日も行われ、恵美はバスケットボール部の部活に出るため放課後体育館に向かった。華子と莉緒は一年生の時から『帰宅部』の活動に熱心なため、今日も暗くなる前に駅に向かう。
「毎日毎日プロを目指している訳でもないのに、無駄な時間よね。より多くの酸素を吸って体は酸化して行き、心臓の打つ回数も決まっていると言うのに、その回転数を上げる。早死にしたいのかしら、あの子」
「でも、恵美は一年生の頃からレギュラーを狙えるくらい上手いってバスケ部の子が言っていましたよね」
「私と莉緒が同じクラスの一年生の時に噂を聞いたわね。性格に難があるため先輩に嫌われているけど、バスケ部に上手な長身の美人がいるってやつね」
「性格が悪いって言われてましたけど、そんな風には感じませんよね?」
「あーゆーのが嫌いって人もいるのよ。妬みみたいな物よ。明るくて美人への」
「それは……体験談ですか?」
「ふっ……。莉緒は大人しそうな見た目と違って、言うときは言うよね」
「そうですか? 気をつけますね。……大人しそうに見える方を」
二人は途中の商店街に寄り、女子高生に大人気のアイスクリームショップ『SEVEN DAYS』で一つずつアイスを買った。二人は一心不乱な様子でアイスを食べるが、器用に会話もこなす。
「大人しそうに見えるって言えば、その眼鏡だけどさ。それって……あまり度が入って無いわね?」
「えっ! ……初めて言われました。分かりますか?」
「とっくの昔に気が付いてたわよ。斜め横とかを向いた時、そのレンズの向こうの莉緒の顔がほとんど湾曲してないもの」
「そっ……そうですか。以後気をつけます」
「ぷっ! どう気をつけるのよっ! でも、誰にでも謎はあるし、私は気にしないけどね」
「それじゃ私も一つ。華子はアルバイトもしていないのに、どうしてお金に余裕があるのですか? お母様からお小遣いを多めに頂いているとかですか?」
華子は目の前のアイスクリームを少し眺めて、「美味しいよね。これはやめられないわ」と言うと、大きく口を開けて噛み付く。
「母さんからお金なんて貰えないよ。ただでさえ、母子家庭で生活が厳しいのに。これはね……、あまりキャラが違うから人に言わないで欲しいんだけど、小さな子供を預かっているのよ。私のアパートがある地域は母子家庭の人が結構多いのに気がついてね。それで、保育園とかが休みの土日とかひょっとしたら需要があるんじゃないかって思って、周りのお母さんに声をかけてみたの。そしたら結構喜ばれて……多い月は2万くらいかな」
「なるほど。相変わらず華子は有能ですね。眼鏡の事もそうですけど、注意力や観察力が優れていると言う事ですね」
「探偵にでもなるかなぁって感じよ。それじゃ、私も莉緒に質問。私も一年の時から不思議だったんだけど、莉緒こそどうしてバイトもしていないのにお金があるの? やっぱ、良いとこのお嬢様だから? 結構長い事友達なのに、家に呼んでくれないわよね? まあ私も狭い家だから一度も呼んだ事無いけど」
「いえ……。私はお金持ちでも何でもありませんけど……。家の手伝いをしてお小遣いを貰っていますので……。それでなんとか……」
「ふーん……。まっ、色々あるわよね。訳あり同士の私達だから仲良くやって行けている。それに……恵美もきっと何かあるのよね。私はそれを感じる」
「確か両親は事故で無くなって……今は歳の離れたお姉様と一緒に住んでいる……とか、それですか?」
「ううん。それ以外に……きっと何かある。それに、あの子は明るい顔の下に……ギラギラとした物を持っている。私達三人の中じゃ、一番野心があるタイプね。出世するわよ!」
「私は華子も出世しそうに見えますけど?」
「私は駄目よ。人の上に立つなんてありえない。私は冒険家。一人で何かを探し求めるの。この……嗅覚でね!」
華子は自分の鼻を指差して軽い笑顔でそう言ったかと思うと、とたんに表情を変え、莉緒に鋭い視線を向ける。
「私は退屈なのよ。もう……死にそう。この世に生まれた限りは、働き蜂や働き蟻になって土に埋もれるのは嫌。偉くなりたい訳じゃない。何か……人が出来ない事を成し遂げたい。もしくは、人が見ることが出来ない物を見てみたい。そのためなら……命すら投げ出せるわ」
「神様は疲れますよ。普通の人間が一番です」
莉緒は華子の目を真っ直ぐに見てそう言った。
「ふふっ……。何『深い』事言ってんのよっ! 神様になんてなりたくないし、私になれる物ですかって!」
華子はいつもの大人っぽい涼しい顔に戻ると、莉緒の額を指で軽く弾いた。
「でもさ、莉緒。何かこれから起きそうな気がしない?」
「何か、ですか?」
「そう、何か。今日の事件……。これをきっかけに、この学校……、ううん、私…達の周りですごい事が起こりそうな気配がするんだよねっ!」
「刺激的な高校生活……ですか? 昼間言っていた」
「起こるよきっと。この私の命をチップにして……退屈な高校生活から抜け出せるような……出来事が……ねっ!」
華子は、溶けたアイスクリームがコーンを伝って手を濡らしているのにも気が付かず、前を見ながら自信を持って言っていた。
翌日、ホームルーム前に担任の先生から、昨日の事故の概要について説明があった。
場所はもちろん化学準備室。犠牲者は三年生の幸田由希と言う女生徒。原因は、準備室に置いてあった酸素ボンベから酸素がもれ、それが何かの火に引火しての爆発と言う事だった。
爆発と言いながらもドラマなどのそれとは違って爆発音が小さかったのは、火薬やガソリンの爆発ではなく、準備室に充満した酸素が一気に燃え上がると言う化学反応だったからと言う事だ。
ビーカーにためた酸素の中に、火をつけたマグネシウムを入れる実験が生徒の頭に浮かぶ。それと全く同じように短い時間ではあるが、強烈な燃焼が狭い化学準備室の中で起こった。それを指し示す証拠として、カーテンは焼けていたが、教室の壁等には大した痕跡は残っていなかった。
しかし、一瞬で全身を焼けどした幸田由希という生徒は、火傷の範囲が広範囲だったため、熱傷性ショックで亡くなったと伝えられた。
さすがの高校生達も、同じ学校の生徒が身近な場所で命を落とした事で、皆一様にその日は静まっていた。
昼休み、いつもより静かな教室で、今日も恵美、華子、莉緒の三人はお弁当を囲む。
「あんな説明で納得出来るかってのよ」
「はぁ? どうして?」
「なぜです?」
机をドンと叩いた華子の顔を二人は眺める。
「おかしいじゃない。実験室にどうして幸田由希さんしかいなかったのよ? 授業中だったんでしょ?」
「それはぁ……。なんでだろ?」
恵美は莉緒の顔を見るが、莉緒は首を傾げて見せた。
「話は簡単。裏は取ってないけど、きっとあの時間、あの教室で授業は無かったのよ。じゃ、なぜ実験の行われていない教室に火の気があったか。それは……幸田由希って人が大の実験好きで一人でアルコールランプを付けて何かをしようとした……、なんて訳は無いよ! 恵美!」
ビシッっと華子に顔を指差された恵美は、体を仰け反らせた。
「イケイケ先輩だから……想像だけど、タバコを吸っていたに違いない。まっ、爆発した訳だから吸えなかったんだろうけど……。吸おうとライターを付けたところで部屋が吹っ飛んだ。こう言う事ね」
「へ……へぇ……」
恵美は、華子の人差し指で額をぐりぐりとされているが、推理に聞き入って抵抗をしない。
「先生がこれを隠しているのは、生徒がタバコを吸っていたってのが聞こえ良く無いからよね。この名門進学校である大谷高校としてはさ。まあ、それは大人の世界の話しだから好きにすればいい。つつく気も無い。それより、これは事故か……それとも、殺人かって事に私は興味がある。先生達は警察からそれを聞いて、知っているのに隠しているのか。ここを是非知りたいわ」
「さ……殺人?」
「まさか……」
恵美と莉緒は二人で顔を見合わせた後、それは無いんじゃないかと呆れたように小さく笑った。それに対して華子は、机に肘を付いて顔の前で指を組んで話をする。
「いい? 化学室の準備室でタバコを吸っていたとしたら、これは初犯? 違う。絶対に常習犯。準備室ってのは大抵鍵がかかっているはずだけど……どうしてか、化学室はその管理が甘かったって事だと思う。そして、彼女がそこで毎日のようにタバコを吸っていた事を知っている人間が……酸素ボンベの栓を緩めておいた。気が付かずライターに火を付けた瞬間、ズドンッ!」
華子は組んでいた指を広げると、目を光らす。
「な……なるほど。もしそうなら……直接手を下さなくて済むから、アリバイも作れるね。もし殺し損ねたとしても……誰がやったか分からないし……」
恵美は、華子の話に自分なりの考え得るメリットを付け足す。しかし、莉緒はまだ納得する様子を見せていなかった。
「それでは……自殺って事もありえるんじゃないですか?」
「何を言っているの莉緒。手首をカッターで切ったり、屋上から飛び降りたりする女子高生は多いけど、そんな凄惨な方法で自殺をした子のニュースや話を聞いた事ある? 焼身自殺や爆死なんて……大人でも中々選ばない死に方よ」
「……それもそうですね。大人でも、女性では焼身自殺なんてあまり聞かないですもんね」
「女性特有の美意識とかが関係するのかもしれないわね。自殺の線は考えにくい。事故かも知れないけど、十分殺人の可能性もある。警察はどちらって考えているしらね。……知ってる? 恵美」
「え……。お姉ちゃんから何も聞いていないから……事故かな?」
名前を呼ばれた恵美は、昨日の晩、自宅での事を思い出しながらのように答える。恵美の姉は警視庁捜査一課、つまり殺人課。それ以外の事件には関わらない。
「実は学校の様子から分かる。殺人事件として扱っているなら、もっと学校の周りを警察がうろうろしているはずだわ。他にも生徒に対して聞き込みとかも。でも、それが無い事からして、事故として処理した。警察も無能じゃない。例えば火の気、例えば酸素ボンベから酸素が漏れ出した原因、それも含めて判断したはず。
でも、私から言えば、そんな事より殺される要因が無かったかを知るのが先だと思う。学校関係者から恨みを買っていたなら、殺される動機もあるしアリバイ作りも簡単。さらに、生活のくせを知る範囲にいるとしたら、罠を仕掛ける事も容易。どう?」
「え……どうって言われましても……」
肩に手を置かれた莉緒は首を傾げる。
「一緒に調べない? それで、犯人を挙げてやるのよ。……もし、本当に事故や自殺だったとしても……別に良いじゃない。私達は暇なんだから」
「私は嫌。部活もあるし……、いっ……いたたたたた! 痛いっ! やるっ! やります!」
華子に耳を引っ張られた恵美は、椅子からずり落ちそうになりながら手を上げて返事を返した。
「莉緒もやるよね? あなたは、心の奥に凍ったままの炎を持っている気がする。私と同じ冒険家の血がきっと流れている」
耳をさすっている恵美の横で、立ち上がった華子は莉緒に顔を寄せてそう言った。
「では……私も協力します。華子は……一人だと無茶してしまいそうな気がしますし……。ただ、家の用事が無い日にお願いしま…」
「よし決まりっ! 真相を解き明かすわよ!」
莉緒が言い終わる前に、華子は二人の前で腕を突き上げた。
「まったく……。探偵気取りね。それよりも美味しいケーキ屋さんを探すほうが女子高生として有意義なのに……」
肩をすくめる恵美を全く無視して、華子は『女子高生探偵団』につける名前をあれこれと提案し始めた。