したきり雀 第2話
昔々、ある所におじいさんとおばあさんがいました。二人には子供がいなかったものですから、おじいさんは雀を一羽大事に飼っておりました。
ある日、雀がおばあさんの糊を舐めてしまった事から、おばあさんは雀の舌を切り取って外に放してしまいました。
それを聞いたおじいさんは雀を探しに行き、見つけた雀のお宿でもてなしを受けました。雀の元気な姿に安心したおじいさんは、小さなつづらをお土産にもらって帰って来ました。
そのつづらの中には小判がぎっしり。欲の皮が突っ張ったおばあさんは次の日、一人で宿があると聞いた場所に向かいました。
雀への挨拶もそこそこにつづらをよこせと催促するおばあさん。呆れている雀から大きなつづらを奪うように持ち去ったおばあさんは、帰り道の途中でつづらを開けてみました。
すると、中から毒蛇やムカデ、蜂が山ほど出て来るではありませんか。おばあさんは慌てて助けを呼ぼうとしましたが、声がでません。舌を切り取った罰でしょうか、悪い事をしたおばあさんは助けも呼べずに毒が回って死んでしまいましたとさ。
「当然このような話が現実に起こったはずはありません。しかし、きっかけとなるような話があったのでは無いかと思います。それを脚色、つまり膨らませて作り上げられたのが、この『舌切り雀』です。
物語の核となるのは、お爺さんが飼っていた雀。しかし、普通の雀かと思いきや、雀のお宿に住んでいてもてなしが出来るなんて完全に作り話。でも、この雀を女の子と置き換えたらどうでしょうか?
お爺さんは女の子を拾って育てていた。何か失敗をしたためお婆さんに追い出される。でも、少女はまた養ってくれる家かそれとも、働き口を見つけてそこに住み込んでいた。……と、昔育ててくれたお爺さんにつづらをお土産にくれた所まで違和感無く繋がります」
そこで言葉を区切った女子生徒は一呼吸置き、教室のクラスメートを見ながら怪しく笑みを浮かべて言う。
「私が目をつけたのはタイトル。これは変じゃないですか? 舌を切られたのは雀のはずなのに、なぜか『舌切り雀』。このタイトルだと、雀の方が舌を切った事になる。
私はこう考えました。昔お婆さんに苛められた女の子は、大人になって復讐をしたのではないか……と。つづらに毒を仕込んだとか、単純に刃物で襲い掛かったとか。そのどちらもかもしれません。
ゆえに、この話はマイルドな表現に変えられていますが、話の名前は『舌切り雀』のままなのです。…………おわりっ!」
話し終わった女子生徒が着席すると、周りの生徒達が唸り声を漏らした。黒板の前にいる教師も、何度か頷きながらノートに評価を書き込んでいる。先生が顔を上げると、次の生徒が立ち上がり、自分が調べてきた民話に自分の解釈を付けて話し始めた。
「良かったんじゃない? 恵美のはさ。まさか雀が出てきた可愛い話にそんな事実があるなんて……」
「でも、私が子供の頃聞いた話は……お婆さんのつづらからお化けが出てきて逃げ帰ったって話しだったと思うんですけど……」
国語の授業も終わり、恵美、華子、莉緒の三人は集まってお弁当を囲んでいた。
今回の授業は、童話や逸話など昔から伝承されている物語についての成り立ちを自分なりに調べて解釈を付けると言う授業であった。先生は例えとして『桃太郎』を挙げ、鬼は漂流してきた外国人船員達だったのではないかと言うような話を生徒に聞かせた。
それに対して、優秀な大谷高校の生徒達は自分の用意した物語を細かく調べあげ、ユニークな解釈を交えて先生を驚かせた。
「莉緒の聞いた話はさ、私が授業中に言った、『マイルド』な表現にされている子供向けの話ね。いろんなパターンがあるけど、殆どはお婆さんが死ぬの。丁度、この前の授業で華子がした『白雪姫』と同じ感じかな。あれは最後に王妃を白雪姫が処刑してしまう訳だけど、事故死やそれ自体を入れないマイルド版も多数存在するでしょ?」
「本当は怖いグリム童話……。それは外国だけじゃないって事ね」
頷きながら華子は言葉を返す。すると、恵美はその華子の顔を大当たりとばかりに指差してから言う。
「悪い奴には罰を与えろ。日本でも外国でも同じって事よね。基本……死刑!」
恵美は親指を立て、右手をピストルのようにすると「バーン」と言ってニヤリと笑う。
「でも……死刑ってやりすぎじゃないですか? 白雪姫を殺そうとした殺人未遂はともかく……、舌切り雀のお婆さんはただの傷害罪だと思うんですけど……」
「甘いわねー莉緒は。偶然怪我させてしまったとかじゃなくてさ、お婆さんはその性格の悪さから雀の舌を切り取った訳でしょ? 雀が女の子だったとしたら、多分……指とか切り取ったんだと思うよ。いや……もしかして……本当に舌を……? ともかく、こう言う奴は更正させる余地が無いよ、きっとね」
「でも……とりあえず訳をっ! 殺しちゃいけないですっ!」
莉緒は口を真一文字にしながら立ち上がった。急に立ち上がったのを見て、近くの席でお弁当を食べていた生徒達が何事かと目を向けて来る。
「どうどう……。座りなさい莉緒。相変わらず意外に熱血漢なんだから……」
華子が制服の袖を引っ張ると、莉緒は顔を赤くして着席した。
「んで何なのよ。恵美は警察官にでもなりたい訳なの? 恵美のお姉さんみたいにさ」
卵焼きを口に放り込みながら、華子は恵美に聞く。
「駄目よ駄目。普通に警察官になったら巡査から。お姉ちゃんみたいに優秀なら警部補からなんだけどね、それでも全く思い通りの捜査をさせてもらえないんだってさ。日々、圧力が圧力が……ってこぼしてるよ」
「ふーん。やっぱそんなものなのね。踊る京王線だっけ? 似たような刑事ドラマあったね」
莉緒の顔を見ながらそう言った華子は、「ちょっと名前違うよ」と言われ、「そうだっけ?」と返している。
恵美は椅子に浅く腰掛け、背もたれに体重をかけながら自分の両手を見ながら言う。
「あー私に力があったらなぁ。念じるだけで犯罪者を罰せられるような神の力があれば良いのに……」
「高校生が裁くの? 無理無理むり。デスノートじゃあるまいし」
「高校生?」
華子の言葉に、恵美は何やら思い出したように声を上げると、周りを伺いながら少しだけ声のトーンを落として話し始めた。
「知ってる? この間の美人OL殺人事件の元容疑者が不審死したって事件あったでしょ? あれをやったのは、この大谷高校の生徒じゃないかって説があるの」
「……はぁ? 外傷が全く無く、薬物も使われた形跡が無いって事件を、どうやって高校生がやるのよ?」
何を言い出すかと思えば……、そう華子は言いたげだった。
「んー……。まあ、その説ってのは私が作ったんだけどねっ! でも、死んだ人がその直前にこの学校の生徒……それも女子! に、会って話をしていたのは間違いないみたいよ。お姉ちゃんから聞いたんだから」
「拘置所は学校からそれほど遠くない場所に在りますから、不思議では無いんじゃないですか? 例えば……道を聞いていただけとか?」
「拘置所?」
なぜか華子は、莉緒の言葉に反応した。
「華子、どうかした? それでね、私も莉緒と同じく最初は道を聞いただけだと思ったんだよ。でも、その拘置所から出てきたばかりの元容疑者は、女子高生と話をしてすぐに死んじゃうんだ。他の人とは誰とも接触していないんだってよ。怪しいよね。それで私が考えたのが、その女子高生がヒットマンって話っ!」
「その子は何かしたの? 例えば……注射器を使ったとか?」
華子の言葉に、恵美は表情も体もピタリと止めた。
「それが……触れてもいないらしい……」
「なーんだ」
「なーんだ」
華子と莉緒は顔を見合わせ、全く同じ言葉を言ったかと思うと、残っているご飯を口に運んだ。その様子を見て恵美は頬を膨らませる。
「ちょっと! 同じ女子高生が悪を裁いているのよっ! OL殺しの事件だけじゃなく、他にもある怪しいのに無罪になった奴らをさ! かっこ良いと思わないっ?」
同意を求めるようにそう言ったが、二人の反応は薄かった。
「触りもせずにどうやって屋外で殺すのよ。それに、高校生が一人で頑張っても、すぐに警察に目を付けられるわよ。例え超能力を持っていたとしてもね」
「非現実的な妄想話は好きじゃないです。前に華子が言っていたウィルス説の方が面白いです」
お弁当を口に運び続ける華子と莉緒の前で恵美はうな垂れ、ボソッと独り言のように言った。
「実はその超能力を持った女子高生は私でしたー。って、そんな話なら良かったのになぁ。今に見ておれ二人とも……」
もくもくと自分もお弁当を食べ始めた恵美だったが、その2分後にはジャニーズの話で一人テンションを上げまくっていた。
お昼休みをギリギリまで使った恵美のジャニーズ独演会が終わってすぐ、数学の教師の前で生徒達が礼をした時だった。
学校のどこかで、ガラスが複数枚同時に割れる音がした。ざわつく教室内。
恵美は教室のドアを開けて廊下に出ると、中庭を見た。
「わっ! 爆発っ? 化学室みたい!」
すぐさま駆け出して行った恵美に教師は呆れた顔をする。生徒達も口々に「やじ馬丸出し」と言った笑い声を上げた。
華子も教室を出て廊下の窓から顔を出すと、確かに向かいの校舎一階、ある教室の窓が何枚か割れ、そこから灰色の煙が出ていた。
「爆発? って何ですか?」
後ろから莉緒が声をかけてきた。華子は三階の窓から腕を出し、下に見える化学室と思われる場所を指差す。
「あそこ。違う違う。もうちょっと左。あの……教室かな?」
「……あ、なるほど。確かに窓ガラスが飛び散ったように割れてますね。……私達も見に行きます?」
莉緒がそんなセリフを言い出すと思っていなかった華子は、口をぽっかり開けて驚いた。そして、ニヤリと笑うと、教室に生徒達を戻している教師が自分達に背を向けていることを良い事に、莉緒の手を引いて猛ダッシュした。
「私は待っていたのよ! こんな刺激的な高校生活をねっ!」
「まっ……待ってくださいっ! わわっ!」
莉緒は片手で眼鏡を押さえながら、何度かバランスを崩していたものの、無事化学室の前まで引きずって連れて来られた。
華子と莉緒が着いた時、恵美は鼻を押さえながら廊下に立っていた。すぐに二人に気が付くと、曇った顔でそばに来る。途端に二人にも髪の毛が焼けたような匂いが鼻を刺し、同じように鼻と口を手で覆った。
「私が一番乗りだったんだけどさ。中で……人がさぁ……」
恵美は眉間にしわを寄せて、一度言葉を切る。
「人?」
「女の子が……倒れてた。服と肌が焼けてて……誰かは分かんなかったけど……」
恵美はもう一度割れた窓ガラス越しに教室内に目を向ける。
化学室の中は殆どいつもと変わりが無かった。しかし、化学室と化学準備室とを隔てる扉のガラスが割れている。
開け放たれたその扉は先生達が慌しく出入りをしており、時折見える準備室の中にはピクリとも動かない女生徒の下半身が見えた。恵美が言うとおり、化学繊維で出来た制服のスカートは溶けるように焼け焦げている。
「どう言う事? 準備室で……爆発のような物があったって事?」
「わかんないけど……」
ジャリって音が聞こえると、恵美は下を見る。準備室の廊下側に面した窓が割れた時のガラス片が飛び散っており、それが上履きの下で音を鳴らしていた。
三人が履いている上履きは、柔らかいゴム製のスリッパ。用心の為に少し離れた所に移動する。もちろん、恵美のすぐ後に来たのだろう先生達から距離を取りたかったのもあった。目に付くところにいればきつい注意を受けて教室に戻されるだろう。
「でも、三年の人よね。今チラッと見えたけど」
華子の言葉に二人は「え?」っと、声を上げる。
「スリッパの色が青色だったわ。誰かはもちろん分からないけど。でも……短いスカートを身につけてたっぽいから、真面目なうちの学校では限られてくるわね」
「華子は良く見ていますね……。あんな怖い現場なのに……」
莉緒はプルプルと震えているが、華子は「そもそも莉緒が行くって言ったくせに」と言いたげな表情だ。
「三年のイケイケ先輩の数は……数えるほどだよね。10人も楽勝でいないくらい」
恵美が言うと、華子と二人で頷き合う。そんな恵美と華子の隙間から、怖いもの見たさなのか莉緒はまたそーっと実験室の中を覗いている。
「こらっ! お前達っ! 何をしている! 教室へ帰れ!」
ようやく先生の一人に気が付かれた三人は、一目散に自分達の教室へ走って行く。戻った教室では、更に数学の教師からも怒られるのだった。
3人が苦笑いを浮かべつつ着席した時、学校へと入ってくる救急車のサイレンの音が聞こえてきた。