表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
したきり雀  作者: 音哉
2/14

したきり雀 第1話



「おはよー! 何してるのアンタ!」


「あふっ」


 小柄で髪の毛が栗色の少女は、背中に強烈な張り手をくらって呼吸困難に陥った。


「何してるって……ゴホッ……、歩いているんですけど…」


「そんな亀のように進んでいるのを歩いているなんて言わないよっ! 学校まで何時間かける気っ?」


「だから早めに家を出て…」


「時間は有限なんだからさっ! さっさと教室行って、イケメンの話でもしようよ!」


 それが有意義な過ごし方なのか疑問だが、長身で黒髪の女の子は小柄な子の手を引っ張って急がした。


「もう……早いですよぉ」


 小柄な子は、空いている方の手でずりおちそうになったメガネを抑えながら走る。すると、長身の女の子は綺麗な黒髪を揺らして、それを可笑しそうに眺めて先を進む。その様子に周りの生徒は笑った。


それもそのはず、長身の女の子は身長168センチ。小柄な女の子はと言うと153センチでしかも少しサバをよんでいる。まるで少し歳の離れた姉妹のようだった。しかも、長身の子が1歩踏み出せば、小柄な子は足を二度回転させる。長身の少女はより大人っぽく見え、小柄な少女はより幼く見えた。




 教室に着くと、ワイワイと騒ぐクラスメート達の中、異質な空気を放っている女子がいた。二人は一直線にその子の席へと向かう。


「まぁーた新聞読んでんの? 韓流スター? そんなもんより、現実味のある学年で一番かっこいい人選抜会議の続きでもしようよ」


「ふん。形のいい石ころを探したってしょせん石。手に入らないかもしれないけど、宝石のほうが良いわよ」


 机に座り、長い足を組んでスポーツ新聞を読んでいた女の子が立ち上がる。身長は

先ほどの長身の少女とほぼ同じくらいだった。自己申告169センチ。でも男子に言わすと、確実に170センチ以上あるらしい。


「ちょっと芸能欄を見せてよ」


「こら! まだ私はスポーツのとこ見てないんだからっ! やめなさいっ!」


 この新聞を取り合い、高校生らしからぬ主婦のようなセリフを言っているのが学年を代表する有名な美人達と言うから周りは困惑だ。共に身長が高く、細い事から、二人で歩いているとモデルのように見えると同級生は言う。


二人をうっとりと眺める男子達は、いつもその間に小柄な子が挟まっているのに気が付くのが遅れ、瞬間移動でもして来たのかと驚いた顔をする。




 今、新聞を一部奪った少女が川岸(かわぎし)恵美(えみ)。髪は真っ黒のロング。眉にかかるくらいで綺麗に揃えられた前髪。そして、その下にある大きな目が印象的で非常に可愛い。その容姿に偽り無く、いつも明るくて元気である。三人のムードメーカー的役割に収まっている。


 そして、芸能記事が載っているページを奪って読む恵美の頭を、丸めた新聞でぽかぽかと叩いているのが東堂(とうどう)華子(かこ)。ちなみに、下の名前の読み方は『カコ』であり、もし『ハナコ』と呼ぼうものなら激怒する。


切れ長の目をした鼻の高い美人であり、こちらもさらさらの黒髪で、恵美と同じように腰まであるかと思うような長さだ。しかし、恵美と後姿はそっくりだけれど、華子の方は前髪を作らず後ろに流しているので、前から見ると髪型の印象は全然違ったりする。


三人の中ではリーダー的役割の華子は、朝から教室でスポーツ新聞を読んでいるようなおやじっぽい所があるが、勉強もスポーツも得意で、それが影響しているかどうか分からないが恵美よりも男子に人気があるという噂だ。


 二人の間に挟まって手足をじたばたと動かしているのが、マスコット的役割の下森(したもり)()()。三人の中では、どうしたんだ?と、言うような程小さい体だが、一般的にはそこまでは小柄と言う程では無い……と、本人は信じている。


髪の毛の長さはセミロングとありきたりだが、その色は茶で、一応の存在感を放つ。目鼻立ちもそつなく出来ており、目もくりくりして可愛いらしい。メガネを外せば人気が出るかもしれないが、その両脇に立っている二人のモデルと戦うにはなかなか分が悪いかもしれない。




「ま…まあまあ、その辺にしましょう……」


 莉緒が制服と制服の間でくぐもった声を上げると、二人は挟まっていた莉緒の存在に気が付いた。全力で戦っているこの巨人を止める腕力体格は莉緒には備わっていないが、今回も本気ではないので華子は不満げな顔ながら手を止めた。


「まったく。恵美のせいで新聞がボロボロになったわよ」


「私のせいじゃないでしょ! それにどうせ一日で捨てる物だからいいじゃないっ!」


「まあそうだけど。じゃあ莉緒にも分けてあげるわ」


「えっ……。私テレビ欄と四コマしか読まないんですけど…」


 華子は莉緒に新聞を分けて渡そうとした所、そこに書かれてあった記事を見て手を止めた。


「また……死んだんだ。よくあるよね。伝染する病気だったら怖いわね」


「なにがぁ? あ、昨日の事件ね。朝ニュースで見たよ。また(ばち)でも当たったのかな?」


 恵美も自分の持っている芸能記事から目を逸らし、華子が持っているページを見て言った。


 そこには昨日起こった事件、裁判で無罪となった男性が、拘置所から出てすぐに死んだ事について書かれてある。


(ばち)とかそんな迷信な訳ないでしょ。原因があるに決まってるわよ」


「でもお医者さんが調べても分からないんだよ? じゃあ事故?」


「なんらかの事件にかかわった人だけを襲う、同じ症状の変死なんて偶然が重なりすぎているわよ。莉緒はどう思う?」


「分かりません。でも……とりあえず悪い人しかそうならないんだったら……ちょっと安心ですかね……」


「そうとは限らないわよ。いつか私達にも襲って来るかもしれないし…」


「こわぁーい。私の喉に舌が詰まった時は背中叩いてよねっ! こんな風にっ!」


 恵美はそう言うと、躊躇なく華子の背中を強く叩いた。


「ごほっ! や……やったわね! じゃあ私も遠慮なく…」


 華子が手を上げると、すぐさま恵美は逃げ出した。


「待ちなさいっ! あなたのためを思って渾身の力で叩いてあげるから!」


「やっぱり私は悪い事しない良い子だから大丈夫っ!」


 舌を出して教室を出て行く恵美を、華子は肉食獣のように走って追って行った。その様子を、莉緒は口に手を当てながら小さく笑っていた。





 その夜、三人が通う私立大谷高校から電車で三駅離れたマンションの一室。疲れた顔で帰って来た女性を迎える恵美の姿があった。


「お帰り。遅かったね」


「定時で帰れない公務員って何なのかしらね……」


「刑事だもん、仕方ないよ」


 恵美は玄関で荷物を持ってあげる。


「アンタはこの職業止めときなさいよ」


「私はお姉ちゃんほど頭が良くないから無理だって!」


 姉はフラフラとスーツ姿でテーブル前の椅子に腰掛けると、恵美の作ったクリームシチューを食べ始めた。食べている最中、うつろな目をしている姉は時折ため息を付いている。


「どうかした? 風邪でも引いた? 毎日無理しすぎだって…」


「違うのよ……。アンタも美人OL殺人事件の元容疑者が死んだニュース知っているよね? あの事件がさ…」


「どこが美人なんだろうねっ? お姉ちゃんの方がよっぽど綺麗なのにっ! ……って話?」


 恵美がふざけた調子で言うと、疲れきっていた姉の顔が少しほころんだ。


「あの事件の捜査をしていたんだけど……。いつもの如く打ち切り。また私の手を離れて行っちゃった……」


「また上からの圧力?」


「もうどこから圧力がかかっているのか分からないくらい上からの力よ。捜査一課なんて名前だけね。捜査十課で良いんじゃない? 権限なんてまるで無し」


 姉は食べる手を休め、背もたれに体を預けて大きく伸びをした。恵美はそんな姉の向かいの椅子に座る。


「でも、どうせ手がかりはまったく掴めなかったんでしょ?」


「それがねっ! 捜査が終わった事件だから言うけど!」


 突然姉は目を輝かし、テーブルに肘を付くと、恵美を人差し指で差す。


「死因に付いては当然まるで駄目。でも今回は、死ぬ少し前に被害者に話しかけていた少女を見たと言った人がいるのよ。公園でね!」


「公園で?」


「被害者は拘置所を出た後、公園でタバコを一服したのよ。これは吸殻も残っていた。ベンチに座りながらタバコを吸っていた被害者。そこで、制服を着た少女と何やら話をしていたらしいのよ。それが……」


 姉は恵美の顔に向けていた指を、室内へと動かす。その指先は、壁にハンガーで吊り下げられている恵美の高校の制服を今度は指した。


「何? 高校生?」


「それだけじゃない。あれよ。あの制服。アンタの学校の制服だったんだってさ」


「大谷高校の子が殺したって事?」


「……殺人だって断定出来た訳じゃない。手口がまるで分からない。それにその子は……、そうね、道を聞いていただけかもしれない。でもっ! 今までの同様の事件は、目撃者も証拠も無かったんだから、ちょっとした進展よっ!」


「ふーん……。で、その子はどんな子だったの?」


「それがね……。目撃者は、自分の母校の制服だったから覚えていただけで……、顔はもちろん髪型も覚えて無かったのよ……」


「そっか。それじゃ……本当に道を聞いていただけとか……。時間を聞いていただけかもしれないね。あっ、携帯持ってない訳無いから、時間って線は無いか。あるいは……」


「でも……もう良いのよ。どうせ……私みたいな下っ端には関係ない事件だからっ!」


 姉はシチューを平らげると、その器をドンと恵美の前に置いた。


「酒持って来いっ! 今日は飲むぞっ!」


「はいはい……」


 恵美は立ち上がって器を流しに置くと、冷蔵庫から梅酒を取り出す。


「私も飲んで良い?」


「馬鹿な事を言うんじゃないっ! 未成年はアルコール厳禁! 私は身内にも容赦しないよっ! いつものを飲みなさいっ! そして私に付き合いなさいっ!」


 恵美は肩をすくめると、冷蔵庫から自分用の梅ジュースを取り出した。



     ※     ※    ※



 恵美、華子、莉緒の三人が通っている大谷高校。その南館。そこは専門教室が多くを占める。その校舎の一階に、化学室と呼ばれる授業で使われる実験室がある。


 廊下に足音が響き、一人の女子生徒が化学室の前に歩いて来た。放課後でなくとも人の出入りが少ないこの校舎、他に話し声どころか人の姿も無い。


 髪は茶色で毛先に緩いパーマをかけた女子生徒は、ゆっくりと扉を開く。


「………」


 中で静かに座っていた男は、ため息をつきながら顔を上げてその女の子を見た。


「どうしたの、先生。嫌そうな顔をして。私の事が嫌い?」


 女子生徒は白い歯を見せながら男の前に立った。


「………」


 先生と呼ばれた男は無言のままだった。女の子の目を一度見たが、すぐに伏せ、顔を横に逸らす。


「愛し合った中なのに……」


 女の子がそう言うと、男はごくりと唾を飲み顔を強張らせた。


「お小遣い頂戴。三枚。今日は知り合いのお店に行くの」

「……もう勘弁してくれ」


 ようやく言葉を発した男だったが、教師が生徒に言ったとは思えない程の弱弱しい声だった。


「彼氏なんだから当たり前でしょ? くれないの?」


 女の子は少しむっとした表情をした。


「教諭の給料が……いくらか…知っているのか? 家賃に食費……。少しは……俺の事も考えてくれ……」


 おどおどと様子を伺いながら話す先生に対して、腕組みをした女の子は表情だけなら先生より大人っぽく見えた。


「先生の事を考えているからこそ、無理やり私を襲ったのを学校や教育委員会に言わないんじゃない」


「あれは君から誘って来たんだろ!」


「ううん。先生が襲ってきた。私を無理やり押し倒した! ……そう言えば、どうなるかな?」


 笑い、上目遣いで舌を見せる女の子は、右の手の平を教師に差し出した。


「じゃ、二枚に負けてあげるっ!」


 教師は目の光を消すと、後ろポケットに入っていた財布から二枚の紙幣を取り出した。


「ありがとう! 先生大好きっ!」


 ひったくる様に取った女の子は、お札を握り締めた手で教師に抱きつく。それを教師が慌てて引き剥がそうとしているのを、女の子はからかうような目で下から覗き見ていた。


 ようやく体を離した教師は、眉間にしわを寄せながら教室を出る。廊下をキョロキョロト急いで見回したかと思うと、足早に駆けて行った。



 ドアが閉められ、一人になった女子生徒はポケットからタバコを取り出した。


「もう一人くらいカモ作らなきゃ駄目ね。体育の三好、あいつにするかな……」


 少し周りに視線を送り、化学室の中にある扉を開けて準備室に入った女の子は、ブラインドの前にある実験用具が詰められている低い棚に腰をかける。そしてタバコに火を付け、換気扇のスイッチを入れた。


「バイトとか売りしてる奴らってバカじゃないの? 一回寝るだけで、いくらでもお金が入ってくる方法があるのに。……私って、あったま良いっ!」


 女の子は足を交互に動かしながら、ケタケタと笑っていた。





 その様子を見ていた影があった。僅かに開けた教室の後ろのドア。その隙間から目が覗く。


「You are sentenced to death.(死刑)」


「……ん?」


 人の気配を感じて女の子はタバコを体の陰に隠すと、準備室の扉にはめられているガラス越しに教室の中を見た。そこには誰の姿も見えない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ