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したきり雀  作者: 音哉
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したきり雀 第12話

 高校二年生の女子生徒が連続殺人を行い、その後不審死。


 このセンセーショナルな猟奇的事件は全く報道される事無く、三連続事故死扱いとなった。それでも珍しく、大きく報道されるのには十分だと言うのに、地方紙の片隅に載せられただけであった。




 

 あの事件から一週間。


 移り気な高校生達からはその話題は殆ど出なくなり、莉緒と華子は質問攻めに合う事も無くなった。


 二人は授業を終え、靴箱で下履きに履き替えている時、今日も物足りなさを感じる。もちろん、そこには体育館へ向かいながら元気に手を振る恵美の姿が無いからであった。


「久しぶりにSeven Daysでも食べて帰る?」


「恵美は……マンゴーシャーベットが大好きでしたね」


「……あいつは肌寒い日でも食べていたからね」


 二人は傘を開き、駅に向かって歩く。そろそろ梅雨の始まりを感じさせるような天気であった。


 横断歩道を渡り、それほど広くない道路を歩く。小さな公園の入り口を二人は通り過ぎた。


「……」


 莉緒は公園の中に視線を送りながら歩いている。それに気が付いた華子もそちらを見る。


「何あの子。この雨の中を傘も差さずに……」


 上下とも黒い服を着た女性のようだった。彼女は長い髪をべっとりと濡らして背中を向けて立っていた。パンツも濡れて太ももに張り付き、その細いシルエットが浮き上がる。」


「あの人……どこかで……見たような……?」


「そう言えば……そうね。でも、あんな長身の子なんて……私以外には恵美しか……」


 そこで二人は息を止めた。顔を見合わせると再び女性に目を向ける。


「まさか……」


 二人は顔をこわばらせて公園に足を踏み入れた。すると、その気配に気が付いたのか、女性は振り返った。


「――――っ!」


「恵美!」


 息を飲む莉緒の横で華子が叫んだ。


 恵美の特徴である大きな目。そして長い黒髪。前髪は目に掛かるくらいで揃えられている。二人は、華子すらもなぜそこに恵美がいるのかと考えもせずに走り出してしまった。


「恵美っ!」


「恵美!」




―ゴリッ―

 

 莉緒の額に冷たく硬いものが押し当てられた。それは目の前に立っている恵美が手に持っている黒い金属の物だった。マネキンのように表情を変えずに莉緒を見ているその目は、灰色のガラス玉のようだった。


「小さいのが莉緒。大きいのが華子ね。どっちが恵美を殺ったの?」


 額に当てられているピストルを見ながら莉緒は唾を飲み込む。横にいる華子は、そのピストルの安全装置がすでに外されているのが見えた。


「恵美を殺したのはどっちなのか言えっつってんのよ」


 その女のピストルを持つ指に力が入る。


「お……お姉さん……だ。恵美……の……」


 華子が震える声で言った。


「違うなんて言わせない。拘置所から出た高遠は死ぬ前に恵美の高校の女子生徒と会っている。そして、恵美は高遠と同じ死に方をした。死ぬ前に会っていたのは……親友の二人。莉緒と華子。つまり、あなた達二人のどちらかが……ヒットマンね」



「私よ。私が殺した」


「えっ……」

 驚いたのは莉緒。華子は一歩前に出ると、ゆっくりと手を伸ばしてピストルの先を掴み、自分の方を向かせてそれを額に押し付ける。


「その高遠も……恵美も殺したのは私。この判断に後悔は無い。恵美は……間違った事をした」


 恵美の姉の灰色の目を、華子は赤く火が灯った目で眺める。 


「悪を……裁いたって言いたい訳ね。でも、私達刑事は捜査に捜査を重ねて犯人を逮捕する。それでも間違いを起こす事がある。華子…さん。あなたの判断は間違いないの?」


「理由は言えない。でも……間違いはありません。じゃなきゃ……親友を殺すはずなんてないわ!」


 恵美の姉が下唇を噛んだ。引き金を引くと思った莉緒は、割って入ろうとしたが、恵美の姉が次に取った行動はピストルを降ろす事だった。


「あの子は私以上に正義感の強い子だった。きっと……私を見ていたから。刑事になった私が理想の正義をふるえてない事を知ったから。この世に手順を踏んでいては正義がバカをみる。人のルールに従っていては悪が栄える……って思ってしまったのね」


 恵美の姉は自分の手のひらにあるピストルを少し眺めると、それを頭の横に持っていく。 そして銃口を右のこめかみに押し付けた。


「恵美を許してあげて。私達は十年前に……両親を殺された。犯人は今でものうのうと生きている。どうしてなの……。薬をやってたから……無罪……。何も悪い事をしていない私達の親は殺され、自分の意思で違法ドラッグを使ったあいつは……なぜまだ生きている? 


神に裁かれるのは……ドラッグの害を知りながらも吸ったあいつでしょ? そんな理不尽な世の中に取り残された姉妹二人。あの子は……、恵美は私よりも真面目だった。だから自分の正義を貫こうとした」


 そして恵美の姉は、曇った空を見上げ、目を細めた。


「妹もいない。私には、もう悪を裁く仕事も無い。あなた達……行って。後ろを振り返らないで……歩いて行きなさい……」


 恵美の姉は一歩、また一歩と後ろに下がり、莉緒達から離れていく。顔をつたわる雫は、雨なのか涙なのか莉緒達には分からなかった。


「待って下さい! お姉さんまでも死ぬ事なんてありません!」


 莉緒は恵美の姉に向かって手を伸ばしてそう言った。


「良いのよ。私は刑事と言う仕事が好きな訳じゃないけど……これしかする気が無いの。悪を裁けないなら生きている意味が無い」


「悪なら裁いたら良いじゃないですか! これからも!」


「……妹があんな事をして……まだいられるような組織じゃないのよ、警察はね。それに、今日は拳銃を無断で持ち出した」


「悪を……裁きたくないのですかっ! これからもっ! 善人が住み易い世界を作り出す気は無いのですか! 恵美を……恵美とお姉さんみたいな……人間が苦しまないような世界を作りたいと思わないのですか!」


「裁けないのよ……。責任能力が無いって判断された人や……証拠がそろわない人達はね……」


「裁けます! けどっ! 手が足りない! お姉さん、手伝ってくれませんか!」


「……誰を? あなたを? ……莉緒さんを?」


「はいっ!」



 強まる雨。公園には傘も差さずに立っている三人がいた。


次回最終話となります。

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