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したきり雀  作者: 音哉
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したきり雀 第11話


「ど……どうして……ここに……」


 恵美は半歩後ろに後ずさった。彼女の殺しのリストには、莉緒の『り』の字も入っていなかったようだ。


「恵美こそ……バスケットボール部の人に聞いたら、今日は部活を休んでいると聞きました。そして最近、休み勝ちである事も。ところで、そのスタンガン、ロープ……。何にお使いになるつもりなのですか?」


「こっ……これは……」


 恵美は唾を一度飲み込むと、横目で倒れている華子を見た。


「……私は言いました。神様は……疲れると。そのような重み……人に耐えられる物ではありません」


 その言葉を聞くと、恵美は歯を食いしばって莉緒を睨みつけた。


「私なら出来る! 眉一つ動かさずに人を殺せる! 裁ける! このロープだって、近いうちに華子を殺すことになると思ってこの空き教室に用意していた物! このスタンガンだって、昨日華子からメールをもらい、今朝実行を予感して持ってきていた物!」


 恵美は目の前でスタンガンのスイッチを入れ、青い火花を見つめて笑いながら言う。


「私こそっ! 神になれるっ!」


「…………」


 莉緒の目から一滴の涙が流れた。


「人の痛みを知らない者に、どうして神になる事ができましょうか」


「うっ……。違う! 違う! 私は人のためにやっている!」


「人のため……。なら、誰があなたに感謝をするのですか? 瀬田先生? 迷惑メールで被害を受けた人達? その人達は、人殺しが行われたのを知り、本当に、恵美に感謝をするのですか?」


「ぐ……う……くく……」


 恵美が莉緒を見る目はますます鋭くなり、憎悪の炎が迸る。


「それに、瀬田先生。恵美はあの方に幸田さんを殺した罪をなすり付けようとしましたよね? それは誰のためだったのですか?」


「無能な警察を遠ざけるために、無能な人間が捕まれば良い。どうせ……奴も、淫行をしたイカレ教師だ……。罰を受けるに値する……」


「今度のそれは誰のため? 死んだ幸田さんのためですか? 瀬田先生と幸田さんは、お互いが死んでしまえばと考えていたのですか? その裁きは警察に、人間に委ねる物です」 


「だから言っているでしょっ! 無能な人間なんかに任しておけない! 私こそが正義! 私こそが神! 私に従えば良いのよ……。邪魔する者も悪。全て死ねば良い」


 そこで恵美は大きくため息を付いた。落ち着いていつもの恵美に戻った……のは一瞬だけで、先ほどよりも更に顔を歪ませて莉緒を睨む。その目はもう人間の物ではなかった。


「私も殺すのですか? 捕まりますよ? どう言い逃れをするのですか?」


「……華子を殺した後、良心の呵責によって莉緒も首を吊る。まだパソコン教室は空いているし、遺書を作るには十分。明日、親友の私が「二人は喧嘩をし、悩んでいた」とでも言えば問題ないでしょ……。未成年へのチェックは甘いし」


「スタンガンの傷跡、手首を縛った痕。警察の捜査はそれほど甘い物では無いと思いますよ。私は……良くそれを知っています。残念ながら、時間の経過や目撃者の有無によって……証拠が集まらない時には……私が呼ばれる事になるのですが……」


「はぁ? 何を言ってるの? ……それに、幸田の事件、深田の事件。これについては十分な証拠は絶対上がらない! なら、華子や莉緒を殺した私の動機も分からない! 絶対に……捕まらない」


 恵美はじりじりと移動をしていた。莉緒は気づいているのか、いないのか。その姿を目で追うだけだった。スタンガンを持った恵美は、莉緒と入り口の間に立ち、逃げ道を完全に塞いだ。


「警察の追及は甘くないと思いますよ」


「証拠が無いんだよ! やってない、知らないって言えばそれで終わり! 警察も証拠が無いのに未青年をいつまでも追っていたら、マスコミにきっと叩かれちゃうよ! あはは!」


「でも……やりましたよね? 恵美は……幸田由希さんを殺し、深田友子さんを殺した」


「……なに? ICレコーダーでも持っているの?」


恵美は莉緒の手元を注意深く見る。ポケットに手を突っ込んでいた莉緒だったが、そこから出したのはハンカチだった。眼鏡をはずし、それでレンズを拭き始める。


「……ふふっ。私はやってない! 誰も殺していない! そんな事……知らないよっ!」


 言い終わった後、恵美は大きな口を開けて笑った。


「舌切り雀の話。恵美の発表はいい線行っていました。そう、おじいさんが拾って育てたのは……生まれつき茶色の髪を持った女の子でした。名前を『(すず)』と付け可愛がったそうです」


「ははは……はぁ?」


 いつかの国語の授業、そこで恵美は自分が『舌切り雀』の話に自分の解釈を付け加えて、実際にあった話では無いかと言う発表をした事を思い出す。


「その鈴は……私の遠いご先祖様です。彼女には特異な力があった。それは……舌を切り取る能力。その力は茶色の髪色と共に代々娘にのみ受け継がれる」


「な……に……を? 何の……話……」


「その栗色の姿から……『鈴』は『雀』と呼ばれるようになる。私は十七代目雀。私の前で……嘘は付けない」


 呆然と言った顔をしていた恵美だが、小さく笑うと、莉緒に向かって言う。


「天然系少女だからってあまり意味の分からない冗談は…………」


 しかし、突然その目は見開き、首を押さえると同時に天井を見上げた。


「くっ……かっ……はっ……。なっ……にっ……こ……れ」


 あっという間に恵美の目は真っ赤に充血し、舌が口から突き出る。その様子を、莉緒は涙を流しながら見ていた。


「まっ……さっ……かっ……。わっ……たっ……し…か……あこ……かれ…て…たの…はっ……」


 恵美は膝を付き、前のめりに倒れる。それでも右手を莉緒の方へと伸ばして顔を上げた。


「あ…こ…がっ……れ……てた…のは……り…お……だっ……た…」


 小さな音と共に恵美の手は落ちた。頬をべったりと床に付けながら、目を開けたままで息絶えていた。


「……っ。ごめんなさい……。ごめんなさい……。ごめんなさい……」


 莉緒は恵美を抱き起こし、その顔に頭を寄せながら泣いた。



 華子も二人の様子を見ながら涙を流していた。


自分のした事は良かったのだろうか? 余計な事をして、友達同士で結果、殺しあうことになってしまったんじゃないだろうか? そう考えると涙が止まらなかった。


莉緒は恵美を仰向けで横たえ、手で瞼を閉じさせると、華子の所へ慌てて走り寄って来た。すぐに首に巻きついたロープをはずし、華子の手を結んでいたタオルを解いた。


「莉緒……あなたが……犯罪者に(ばち)を与えていた……人だったの? ウィルスでも……神様でも無かった……」


 華子は体を起こし、床に腰を下ろしたまま、壁にもたれかかった姿勢で莉緒に言う。


「……うん。殆どは十六代目雀のお母さんだけど……、この前の公園でしたのは私」


「恵美が言っていた……、犯罪者が死ぬ前に私達の学校の制服を着た子と会っていたってやつね。あの話の時、私はおかしいと思ったのよ。刑事の妹である恵美から出るならともかく、莉緒から『拘置所』って普通の高校生が使わない言葉が出るんだから……」


「そ……そう…ですか?」


「そうよ。普通の高校生は全部『刑務所』って一緒くたよ」


 華子は表情を緩めるが、莉緒は悲しそうな顔で華子を見つめている。


 華子は、目を閉じて動かなくなった恵美に視線を向けた。


「恵美は……憧れたんだね。法律をかいくぐる犯罪者を裁く高校生に。莉緒に。そして……自分も悪を裁きたくなった。裁けると……思った。正義感が人一倍強い子だったから……」


「ごめんなさい……」


「莉緒が謝る事じゃないわよ」


「違うの……、違うんです……」


 莉緒は華子の胸に顔を押し付け、まだ泣いている。


「違う?」


「雀の……呪いは……華子にもかかったのです……」


「………………えっ? 私……死ぬの?」


 莉緒は顔を上げると、泣き顔で頷く。


 華子の口から舌が出る。しかし、華子は苦しそうな様子では無かった。


「……なんとも無いわよ。それに、私……嘘付いて無いけど?」


 そう言った後、華子は何かに気が付いた顔をする。


「あっ……地理の青柳に呼び出されてたってやつ? あれは……確かに嘘だったんだけど……」


「ううん。その程度では舌が痙攣する程度。嘘の程度によって呪いの重さは違うのです」


「……じゃあ、あの時咳き込んだのは……雀の呪いのせいだったのか……。呪いの重さが違うって、人を殺したのに殺して無いって嘘を付けば死ぬって事よね? でも、私は人を殺してなんか無いよ! 嘘じゃない!」


 華子は莉緒の目を真っ直ぐに見て言った。


「ごめんなさい。それとは別に……私の……雀の秘密を知った人には呪いがかかるの。もし……この事を……誰かに伝えれば……死ぬ。喋らなくても、手紙に書いても同じ。メールはまだ試した人はいないけど……多分同じだと思う」


「……なら、人に言わなければ……大丈夫って事?」


 頷く莉緒を見て、華子は口に手を当てて小さく笑う。


「言う訳無いでしょ! そんな事すれば、莉緒やその家族がかなり危ない目に合う事なんて想像できるわ! 友達がそんな事になるのが分かっているのに……人に言うはずがないっ!」


 言った後、華子は莉緒の眼鏡を両手ではずして目を見ながら言う。


「人に言う訳が無い。これは絶対!」


 莉緒に見つめられた華子は口を開けて舌を出し、上下左右に動かして見せる。


「どっ……どうして分かったのですかっ! 私の呪いは眼鏡越しだと働かない。直接目を見ることが条件だって……」


「分かるわよ。第一に莉緒は目が悪くないのに眼鏡をかけている。そして、第二に、……私は莉緒に小さな嘘を付いたことは幾つもある。その時は何も異常が無かった。あったのは、今日、莉緒に下から見上げられていた時だけ。あの時は眼鏡の上から莉緒の目が直接見えてたからね」


「そ……う……でしたか。さすが……華子ですね……」


 華子は、莉緒の頭のごしに壁に掛かっている時計を見た。時刻はもう少しで学校が閉められる二十時になろうとしていた。


「あ……。もうすぐ警備員が校舎の見回りに来るわよ。えっと……この事態……どうする?」


「正直に、見たまま、あった事を話すと良いです。後は、なるようになります」


「莉緒の能力は隠したままでよね? 恵美は突然苦しんで死んだ……って。でも……それで大丈夫なの……?」


「私が関わった事件は、公に報道や捜査はされません」


「え……、もしかして、国がバックについている……の?」


「私の一族のこの力は……嘘を見抜く力はとても貴重らしいのです」


「そりゃ……そうよ。だって裁判とかなんて、莉緒の前ではおままごとなんだから……」


 数分後、見回りにやってきた警備員は、暗くなった教室で3人の女子学生を発見した。




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