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したきり雀  作者: 音哉
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したきり雀 第10話



 窮屈な姿勢を不快に思った華子は目を覚ました。手が動かない事に気がつき、首を動かして周りを見ようとしたが、首には何やら違和感が残っており、自由に動かなかった。体を揺すってみるとすぐに分かった。腕が後ろで縛られているのだ。


 頭が動かせず、床を見つめる華子だったが、物音だけは聞こえた。目の端には誰かの足が見える。薄暗い室内で椅子に乗って何かの作業をしているようだ。


「なんだ。もう起きたの? 意外に効かないなぁ。それとも、華子がタフだからかな?」


 声だけでもちろん分かった。毎日のように聞いていた声。恵美の声だった。


「な……何をする気?」


 華子が言うと、足音が段々と近づいて来た。目の端に上履きが大きく映る。すると、髪に強い痛みが走り、無理やりと体を起こされた。


「人と話をする時は、相手の目を見なさい。習わなかったの?」


 恵美は顔を寄せて、華子の目を見ながらそう言うと、華子を投げ捨てるように髪の毛を掴んだ手を放した。


 仰向けになった華子は、教室の天井から釣り下がるロープを見つけた。


「まさか……」


「その、まさか」


 途端に華子の首にロープが掛かった。恵美がそれを引くと、ロープが華子の首を締め付けた。


「……ん……んんっ」


 何とか首を動かし、少しでも体を揺すって、華子は逃れようとするのだが、手が使えない華子にはどうする事も出来なかった。


「ここは北校舎三階。もちろん知ってるよね。過疎った生徒数によって空いた北校舎。その二階まではいろんな部活の部室として埋まっているけど……。三階は何も無い。鬼ごっこでもしている男子くらいしか来ないフロアだけど……今の時間そんな奴らはいない」


 華子はようやく硬直が少し解けてきた首を動かし、首とロープの間に僅かな隙間を作った。


「私を……、私も殺すの? なぜ? あんなに悪い事をする人を憎んでいた恵美が……どうして?」


「意味が分からないよ。私は今でも悪い事をする人間を許さないんだけど?」


「これは悪い事じゃないの? 私を……人を殺す事は?」


「死刑を与える人。絞首台のレバーを下げる人は悪い人なの? 電気椅子のスイッチを入れる人は悪い人なの? ……ううん。違う。それは正義の味方。神の名の元、正義は私にある」


「そっ……それで……幸田由希先輩や、深田友子さんを殺したって訳?」


「そうだよ。幸田由希は先生を揺すっていた(あく)だった。深田友子は個人情報を売り渡す(あく)だった。問題あるの?」


「そ……れが……あなたの……正義なの? どうして……。恵美のお姉さんは刑事でしょ? なぜ……そんな考え方を……。裁くのは警察に…」


「お姉ちゃんはいつも言ってた。思い通りに悪を裁けないって。法が彼らを守るって。知ってる? 分かってる? 間違いなく悪い事をしているのに、証拠が無いだけで捕まらない奴らの数を。証拠が無い? そりゃそうじゃん! 証拠を集めるのは無能な人間なんだからっ! 奴らには犯罪者なんて裁く能力は元々無いの!」


「じゃ…あ、誰にあるの? 恵美にあるとでも言うの?」


「そう、私にはある。幸田が先生をゆする現場を私が見ただけで十分。黒に決まっているでしょ? それを警察が処理すると、私の言う事は証言の一つとしただけで、ろくに取り上げてもくれないよ。幸田がゆすっていた化学の瀬田が「ゆすられてない」と、世間体を気にして言おう物なら判決は無罪。


これを、こんな裁判を無能と言わずになんて言うの? なら、私が直接裁けば良いって話。毎日化学準備室に煙草を吸いに来る幸田へは……酸素ボンベの栓を緩めておくだけで十分。私がやった証拠も何も無く……ボンッ」


 恵美は両手を天井に向かって勢い良く開き、笑った。


「もしかして……それで……、幸田さんの事件の時は死んだのを確認するためにすぐに化学準備室に走ったのね? おかしいと思ったわ」


「そうよ。……えっ? おかしい? 何が?」


「廊下から中庭を見た恵美は、すぐに爆発場所を見つけた様子で走って行った。私と莉緒が同じようにした時、一階のかなり左にあった化学準備室のガラスが割れているのには中々気がつかなかったもの」


「あー。なるほどね。やっぱり華子をここで殺しておくのは必須ね。いちいち神の御業を暴こうと人間のくせに奔走する」


「神? 恵美……あなた……」


 華子は眉尻を下げ、恵美を哀れんだ顔で見た。


「神の御業は人間には見つける事は出来ない。でも、ちょろちょろちょろちょろ……ウザいのよ、華子はっ!」


 恵美は華子の首から伸びるロープを勢い良く引っ張る。首を絞められた華子は唇を噛み、目を苦しそうに閉じて瞼を震わせている。


「華子とは気は合ったけど、何か気に入らなかった。スタイルも髪型も似通っていて同種だと感じる男子生徒は多かったみたいだけど、実際は違う。何か違う。どこか違和感があった。そのイライラが積もっては吹き飛ばし、積もっては吹き飛ばしをしていた私の毎日。


でも、今回の事でよぉーく分かった。……私と華子はやっぱり違うのよ。同じ種類なのは間違いない。犯人を追う側。だけど、私は警察、華子は探偵。同じ側にいながら、相容れぬ存在だったの。結局、華子のやることは素人レベル。中途半端。興味本位で警察の仕事を……邪魔するんじゃないっ!」


 恵美はロープを引き、言う事を聞かない犬を扱うかのように華子を引きずり回す。


「悪を裁くのは警察の私に任せておけば良い。それを邪魔するのなら、あなたも……悪よ。ならば遠慮は要らない。善人は無罪。悪人には……死刑!」


 そう言うと、恵美は華子を後ろに引き倒した。後頭部を床に打ちつけた華子は顔をしかめるが、手で押さえる事は叶わない。


「深田のように階段から突き落とした挙句、うめき声を上げている背中に膝を押し付け、首を後ろにねじ折るってのも考えたけど、同じ死に方が続くのもね……。バリエーションを付けなければ、無能な警察もどき共が纏わり付いて来るから」


 恵美は華子に、指である場所を指し示す。それは教卓であった。


「あ、寝転んだままじゃ見えないか。あそこに置いてあるのは華子の遺書。疲れたとか適当な事を書いて作っておいた。華子が寝ている間に、遺書にもパソコン教室のパソコンにも、プリンターにもちゃんと華子の指紋を付けて置いた。後は……死ぬだけにしている。親切でしょ? だって、友達だもんっ!」


 笑う恵美の前で、華子は顔を充血させ口を大きく開けて呼吸をしようとしていた。しかし、強く締まったロープのために意識を失わないのがやっとの程度しか空気は入ってこない。


「さあ……冒険家さん、物語を終えましょうか? 真相を知り終えたから満足でしょ? 確か、真相を知るためなら……命を投げ出すんじゃなかったっけ?」


 恵美は再びロープを手に取ると、その逆側の端を投げて天井から釣り下がる照明に引っ掛けた。


「首吊り死体は……凄い事になるんだってね? 明日の朝、華子のその姿を見た生徒達の反応を……楽しみにしてるから」


 輪の根元を持ちながら、華子の顔を自分の目の前に寄せて言った恵美は、取り憑かれたような目をしていた。



[コトッ]


 小さな音だった。しかし、その音は、恵美と華子以外には誰もいないフロア中全てに響いたかのような気がした。


「だっ……誰っ!」


 うろたえて首をしきりに動かす恵美の横で、華子はうっすらと目を開く。廊下の窓の向こうに誰かがいるような人影が見えた。




……舌きり雀はちんとんしゃん。嘘つき悪い子はちんとんしゃん。舌を引き抜き黙らせろ……




 華子の耳にもはっきり届いた。子守唄のような音色に乗せて誰かが小さな声で歌っている。


「私の邪魔をしたら……どうなるか……」


 恵美はロープを放し、そばの机の上に置いてあったスタンガンを手に取った。


 倒れた華子の目に、教室のドアがすっと横に開くのが見える。



「――――っ! り………………莉緒」


 スタンガンを持つ恵美の手が下がる。


 ドアを開けて姿を現したのは、肩までの栗色の髪の毛に小柄な体、細い縁の眼鏡をかけた下森莉緒だった。


華子には、薄暗い教室の中で、莉緒の体が青白く輝いているように見えた。


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