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港町アイリント

「はあ……はあ……、新記録達成……」


 グラファイトはギルドを出立してから約二日で、港町であるアイリントに来ていた。徒歩であれば丸々三日かかるところを、グラファイトは僅か二日で移動したのだ。何故そんな事をしたのかというと、この町が他の大陸との外交において要衝である事が関係している。


 東西南北の海を隔てて四つの大陸に囲まれ、そのことから中央大陸と呼ばれているファシナシオ大陸は、広大な領土や代々の王の意向もあり、他の国との外交は極力避けてきた。


 しかしそれを良く思わない国が居た。南と北の二国である。この二国は辺境にあたるために他の大陸との積極的な外交を試みているのだが、ファシナシオ大陸だけは両国の申し出を蹴ったのだ。この二国が交流する為には広いファシナシオ大陸を大きく迂回せねばならず、どうしてもファシナシオ大陸との協定が欲しかった。


 そこで破格の条件を持ち出したにも関わらずファシナシオ大陸は蹴ったので、交渉の余地無しと見た両国は、商人の国と呼ばれる西の大陸に親書を送り、見事協定を取り付けた。


 その話を聞きつけた東の大陸も西の大陸と協定を結び、流石のファシナシオ大陸も非常時の事を考え、西の大陸と協定を結んだ。こうして西の大陸はこの世の物が全て集まる場所と言われ、全ての人と物の中継地点となったのだ。


 そして港町アイリントは、唯一西の大陸に行く為の船が出る要衝となっており、外交に影響を及ぼしかねないものは片っ端から排除されたのだ。もちろん他の場所から一瞬で来れる転送陣などもってのほかだ。


(まずは、西大陸への船の予約をして、宿を取る必要があるな……)


 公園のベンチで息を整えながら、グラファイトは今後の予定を立てる。目的地である遺跡は西大陸にあり、その為には船の確保が必要である。西大陸に行く客船は二日に一回の定期便しかなく、予定より一日早く着いた為、一日分の暇が出来てしまったのだ。


(まあ、宿で寝れば寝不足の分も含めて余裕で潰せるだろう)


 かなりの無茶をしてきたせいか、グラファイトの疲労と眠気は大分溜まっていた。気を抜けばこのまま倒れて寝ることも可能なほどに。せめて船の予約ぐらいはしてこようとベンチから立ち上がり、港の方へと歩を進める。その際に一人だけ人の流れに逆らって走り去っていく少年のような後姿を見て、妙な不安に襲われる。


(何故だ? 妙な胸騒ぎがする……) とりあえず「アイツ」に会わないようにしていれば大丈夫だろう、と考えたグラファイトは足早に港へと向かい、定期便の券を手に入れた。帰りの道すがら、宿を探しながら歩いていたグラファイトの背後に、ぬっと巨大な影が覆いかぶさる。


(……出たな! 筋肉ダルマ!)


 グラファイトは振り返りざまに斜め上空へと右拳を放つ。グラファイトの身長であれば、滅多な事がない限り人に当たらない角度である。しかし空を切る筈の拳は、途中で何者かに受け止められる。


「――ふむ、相変わらずのキレだな。やはりワシのライバルはこうでなければな!」


 そう言って豪快に笑うのは、優に二メートルは超えるであろう長身を持ち、服の上からでも分かる程の筋肉をその身に蓄えた筋肉ダルマ――もといギルド『パンタグリュエル』のリーダー、ゼットである。


 このギルドは港町に拠点を構え、主に国外から持ち込まれる依頼を一手に引き受けている。


「どうして俺がここにいると分かった?」


 行き先は誰にも告げていない。なので情報は漏れようもないし、そもそも漏らす情報が無い。だというのに何故こうも簡単に居場所がばれるのか。


「町をパトロール中のイダテンから報告が入ったから来てみたのだ。まさか本当に貴様だとは思わなかったがな!」


 言われてみてみると、ゼットの影に溶け込むように一人の少年が居た。そしてグラファイトは少年を見て、すぐに公園近くで後姿を見たあの少年だと気づく。服の色や髪型が同じである事からほぼ間違いは無いだろう。そしてグラファイトは、ある一点に目が行く。それは少年の足元、先ほどは人ごみにまぎれていたせいで見えなかったが、近くで見れば特殊な形状をしたそれには嫌でも目が行ってしまう。


「お前が今履いている木製のサンダルみたいなものは何だ?」


「何だグラファイト、貴様は下駄も知らんのか?」


 グラファイトの問いかけに、ゼットが黒々とした顎髭の生えた顔を歪めて挑発するように答えるが、グラファイトは気にした様子も無く考える。


(下駄……確か、東の大陸で一般的に普及している履物だったな。今思い出した。……決め付けるのは早計かもしれないが、この少年は東大陸出身の可能性があるな) 東の大陸は独自の文化体型を持つ地であり、世界中の何処を探しても原型となりうる文化のルーツが見つからないことで有名だ。一説には古代の機械文明との関わりがあるのではないかと言われている。


「ときにグラファイト、貴様はこの町に何をしに来たのだ? 依頼を回して欲しいのか?」


 依頼が自分達の手に負えなかったときや、適任が居なかった時など、友好的なギルド間であれば依頼を回す事もある。そのためにある程度成長したギルドは、他のギルドと友好関係を築く為に動き出す事もままあるという。


「まだ友好関係は結ばねえよ。こちとら少数精鋭でやっていくつもりなんでな、今受注している量で手一杯だ」


 もともとグラファイトには不思議なほど名声欲というものが無く、ギルドのランクが高いのも元からの強さに加え、ただひたすらに依頼をこなしていた結果である。


「ふぅむ、しかし貴様随分と足元が覚束ないな。酒でも呑んだか?」


 最早立っているのもやっとらしく、千鳥足に見えなくも無い動きを見せるグラファイト。しかしもう付き合う気力が無いのか、目を閉じてゼットの方に倒れる。ゼットが受け止めたときにはもう寝息を立てており、困り果てたゼットは側にいるイダテンにどうするか尋ねた。


 そして二、三言ほど言葉を交わすと、ゼットは公園でくつろいでいる人たちの好奇に満ちた目を気にする事も無く、グラファイトをいとも容易く肩に担ぎ、重さなど少しも感じていないような素振りで歩き出す。


「本当にしょうがないやつだ、あまりにもしょうがないから、ワシの目に届く範囲内においておかねばな」


 ゼットとイダテンと呼ばれた少年は、他のギルドのリーダーというとんでもない荷物を担いで、自分達のギルド『パンタグリュエル』へと帰っていく。



 町の入り口から港へと一直線に抜ける大通りを横切り、ゼット達は港から程近い場所に立っているギルド『パンタグリュエル』に足を踏み入れる。


 見た目からして判ることだが、この白亜の建物はゼットの普通の人より頭一つ分以上抜けている身長を考慮して、扉から天井に至るまでの全てが通常より高く作られている。 その高い天井の廊下を、相変わらずグラファイトを肩に担いだまま移動するゼット。すれ違うほぼ全員の視線がゼットが担いだグラファイトの容赦なく突き刺さっているのだが、当の本人は泥のように眠っているので、その事実に気づく事は無いだろう。


「空き部屋は……どの辺りだったかな?」


「ここはグレーゾーンですから、この廊下の突き当たりの一室が空いています」


 度忘れしたリーダーに代わって、口数の少ないイダテンが答える。ちなみにイダテンは口数こそ少ない物の、声量はそれなりにある。というより、声量が足りないと二人の身長差ゆえに、ゼットが何を言ったのかを聞き取れないのだ。


 そしてイダテンがグレーゾーンと言った通り、二人が歩いている場所は壁から何から全てが灰色に統一されている。そして延々と続くかと思われた廊下にも、突き当たりと部屋のドアが見えてくる。


 ドアを開けて部屋の中を確認する。白を基調としているものの、全体的に落ち着いた色使いであり、目に優しい普通の部屋だ。


 当然の事ながら先客は居ない。ゼットはグラファイトをベッドに寝かせると、グラファイトが目覚めたら状況を説明する為に持続型の音声伝達魔法を仕込み、静かに部屋から立ち去った。



 その頃『ヘカトンケイル』では、なんとも言えない空気が漂っていた。一言で表すなら『停滞』。本当は動きたいのだが、下手に動くといざという時に動けない。そしていざという時はいつ訪れるか分からないのだ。


(そろそろ体を動かさないと、腕が鈍ってしまいそうですね……)


 一人廊下を歩きながら、木倉はそんな事を思う。グラファイトが基地を発ってから二日が立つが、未だに音沙汰がない。


 このファシナシオ大陸には手付かずの遺跡が数多く眠っており、暇があれば行きたいと思っているのだが、今は基地を空けることが出来ない用事がある。


 グラファイトが捨てた(と本人は言い張っている)二つ名を使って出した王への手紙、それの返信を待たねばならない。場合によっては、大方の事情を知っている自分が出る必要がある。


 遺跡の最下層に異能の力を持つ人間――にわかには信じがたい事だが、王に手紙まで出した以上、ただの嘘とは思えない。グラファイトほどの使い手ですら攻略できなかった事を考えると、件の遺跡の難易度は跳ね上がるだろう。 そしてなにより、二城が帰ってきていない。グラファイトとフラーレンが一緒だったにもかかわらず、『結成当時』のメンバーを見捨てるなど、よほどの事があったと思われる。


 しかしグラファイトもフラーレンも決して死んだとも生きているとも言わない。そこから考えられる事は――。


「きゃっ!」


 考え事をしていたせいか、曲がり角で少女とぶつかってしまう。しかし木倉のほうにダメージは無く、かわりに少女の方が尻餅をつき、床にしたたかに打ちつけたせいで痛む尻を押さえていた。


「大丈夫ですか?」


 よほど痛かったのか若干涙目になっている少女に罪悪感を感じ、手を差し伸べる木倉。茶髪のショートカットに、水色のフード付パーカーに青のホットパンツというボーイッシュな出で立ちの少女は、一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、意味を理解したのか木倉の手をとる。


「あ、ありがとうございます」


「いえ、気にしなくて良いんですよ。リーシャ」


 それまでペコペコと平謝りしていた少女だが、リーシャと呼ばれた途端驚きの表情を浮かべる。


「ど、どうして私の名前を知っているんですか?」


「……ちょっと、私の娘と似ているんです。だから、名前も良く覚えていたんですよ」


 ほんの一瞬、陰のある表情を見せた木倉だが、リーシャは気付かずに続ける。


「へえ、今はその娘さんは何処にいるんですか?」


「今は……天国ではないでしょうか」


 一瞬何の事だか分からないといった様子で首を傾げていたが、すぐに意味を理解すると先ほどのように頭を何度も下げながら謝り始めた。


「あっ、えっと……済みません! 失礼な事を聞いてしまって!」


「構いませんよ、その事についてはもう気にしてませんから。――それより、他に用事があったのではありませんか? 随分と急いでいたようですが」


 木倉に言われて思い出したのか、リーシャは慌てた様子で理由を語りだした。


「大事ですよ! 何故か知らないけど、入り口のところにいきなり王都の兵隊さんが来て、木倉さんを呼び出してくれって――」


 リーシャの報告を最後まで聞く前に、木倉はリーシャがやってきた方、つまりギルド入り口の方へと急ぎ足で歩を進める。そして角を曲がる前に一度止まり、思い出したようにリーシャに聞いた。


「報告感謝します。何か欲しい物はありますか?」 あまりにも早口だったのでリーシャは前半部を上手く聞き取れず、単純に欲しい物を言った。


「え? じゃあ――ぬいぐるみ、かな?」


「ぬいぐるみ、ですね。承知しました」


 そう言うと、足早に曲がり角の先に消えていった。入り口のほうへと向かったのだろう。


(誕生日プレゼントは嬉しいけど、おかしいな……? 私の十七歳の誕生日は三ヶ月くらい先のはずなのに……)


リーシャが派手に勘違いをしているのとほぼ同時刻、廊下を競歩のような速度で進みながら、木倉はある事を考えていた。


(娘が生きていれば、丁度リーシャくらいの年齢……。いや、もうじき私の手で妻と娘、二人とも生き返らせるので、考えるだけ無駄ですね)


 木倉の顔には、一瞬だけ暗く怪しい笑みが浮かんだが、すぐに別の表情へと切り替わった。



 時を同じくしてフラーレンは、ずっと部屋に篭って読書をしているだけではまずいと思い、気分転換も兼ねてギルド内をあてもなくふらついていた。


(何だか慌しいわね。……中庭に行って、薬草でも採ってこようかな)


 いつもより往来が盛んな廊下をものともせず、人ごみの間をすいすいと縫うように移動していると、お互いに見知った顔に出会った。


「あれ、リーシャちゃんじゃない」


「フラーレンさん!」


「うーん、その呼び方もっとどうにかならない? 何かこそばゆいよ」


「そんな! 大先輩に当たる方をぞんざいに呼び捨てなんて出来ませんよ!」


「いや、呼び捨てにしろとは言ってないから」


 フラーレンは即座に訂正を入れる。どうもこのリーシャという少女と話していると、フラーレンは不思議な気分になる。いつの間にか話題が飛躍と言うか、『会話が飛んでいる』ような気がするのだ。勿論気のせいといえばそれまでなのだが、実のところ呼び捨てにしてはどうかと提案するつもりでいた。しかし先に言われてしまい、つい否定してしまったのだ。


「何にせよ、天下の往来で話し込んでたら通行人の邪魔だから、ちょっと場所を移しましょうか。――時間は空いてるよね?」


「もちろんです、早く中庭に行きましょう」


 フラーレンは場を仕切りなおすように言い、リーシャもそれに同意する。


(何で中庭に行くって分かったんだろう……? 読心術でも使えるのかな?) 不審に思いながらも、壁のレンガに偽装してある仕掛けを動かすと、壁に切れ目が入りその部分が下に沈む事で、しばらく使っていなかった中庭への隠し通路を開く。


 隠し通路と言っても既に殆どのギルドメンバーは位置を把握しており、隠し通路とは名ばかりの便利な近道として使われているのが現状である。その証拠に、本来真っ暗であった隠し通路内には、いつの間にか明かりがついていた。


「これは……マナを使った照明ね(と言うことは、マナライトかしら。最早隠し通路じゃないわね。便利で良いけど)」


 フラーレンの言うマナとは、不可視の状態で空気中に存在する魔力の元である。大気中ではマナという形で存在し、生物の体内に取り込まれると魔力に変わるのである。


 そしてマナには面白い特徴がある。マナが空間内に一定量を超えて存在する時、余剰分のマナは自然発光するのだ。しかも熱が発生しないので、この自然現象を利用した人工照明は、主に火を使えなかったり、自然光が届かなかったりする場所――例を挙げるなら、図書館から炭鉱までと非常に幅広く使われている。


「はい、到着」


 直線距離にして数メートルの通路を抜け、中庭へと出る。二人はなるべく自生している植物を踏まないように気をつけながら石畳で舗装された広場の中央へと移動し、いくつか設置されている木製ベンチの一つに二人並んで腰掛ける。


「さっきの話の続きなんだけど、敬語と呼び捨ての中間を取って、フランちゃんって言うのはどうかな?」


 ジェミニとの会話でそう呼ばれることには慣れていたので、リーシャに対して譲歩しているように見せつつ、自分が許容できるギリギリのラインを提示する。


「フランちゃんですか……、何か子供の頃に戻ったみたいですね。まぁ、子供の頃の記憶が無いんであてずっぽうですけど」


(記憶喪失……。あの時は知らなかったとはいえ、孤児院であんな事をしなければ良かったのかも知れない……)


 それを聞いたフラーレンの表情は少し申し訳なさそうなものになる。何故なら、リーシャがこうしてギルドに身を置くようになった原因を作ったのは、紛れも無くフラーレン本人だからである。 二人が出会ったのは約三年前、ギルドが出来てまだ間もない頃で、丁度ジェミニの話し相手を引き受けてから一週間もしないうちの出来事である。フラーレンは散歩と王都の構造を知る為に、毎日王都を歩いていた。うっかり街中で出会わないためにジェミニの散歩範囲は予め両親から聞いており、その範囲の外を毎日歩いていた。そしてある日、孤児院を見つけた。


 外からみてもあまり立派な造りでは無かったが、その分掃除が隅々まで行き届いており、真っ白な建物を門前で見ていると、突如として誰かにぶつかられ、尻餅をついてしまう。


 こんな道幅の広い通りでぶつかるなんて、どんな歩き方をしたらそうなるのだろうか。腹が立ったフラーレンは文句の一つでも言ってやろうと思い、痛む尻をさすりながらもぶつかってきた相手を見るために顔を上げると、フラーレンとさして背丈の変わらない少女が、フラーレンと同じような仕草をとっていた。そして同じ仕草をとっているという事は、目線もばっちり合っている。


「っと、ごめんね。怪我は無い?」


 恐らく自分より年下だろうと見積もったフラーレンは、急いで少女より早く立ち上がり手を差し伸べる。フラーレンなりの大人の対応である。


「ありがとう。……いきなりで悪いんだけど、あなたってもしかして冒険者?」


 少女はフラーレンを数秒間観察するとその手をとって立ち上り短い謝礼を述べると、ぶつかった事に対する謝罪や文句よりも先に、フラーレンが冒険者かどうかを尋ねてくる。特に嘘をつく理由も無かったので正直に答えると、少女はその澄んだ瞳を輝かせた。


「やっぱり! ――そうと分かれば話が早いわ、何も聞かずに私を冒険に連れてって!」


「えぇ!?」


 あまりにも急な話の展開についていけず、目を白黒させるフラーレン。無理もないだろう、あらゆる段階を飛ばして唐突に言われたら誰だって混乱する。しかし少女はフラーレンの反応を見て「あと一押しでいける」と勘違いしたようで、自らの境遇を語り始める。


「私はリーシャ、後数ヶ月で十四歳。今お世話になってる孤児院が経営難でお金が必要らしくて……、とにかく冒険者になりたいの!」 お金欲しさに冒険者。フラーレンはこう言った者達には、面と向かって冒険者はお勧めしないと言ってきた。確かに割りは良いが、遺跡探索や各種依頼は多人数で受けることを前提とした報酬設定であり、よほどの実力者でもなければ一人で成功する事などまずありえないのだ。


 ――そう言い続けてきたが、お金目当ての者は大抵諦めが悪い。頭ごなしに否定すると、逆にオイシイ仕事だから新規を拒んでいると相手に取られてしまう。


 しかし見たところこのリーシャという少女の場合、純粋な利益より好奇心が勝っていると思われる。このタイプは時間を置いてやれば周囲の意見で考えを改める事が多いので、フラーレンは肩に掛けていた鞄から筆記用具(紙、ペン、インク)を取り出すと、一枚のメモ書きを書いて少女に渡し、適当な約束をつけて立ち去る。


「これ、アタシが所属しているギルドの場所。ここまで来れたらギルドに入れてあげる。じゃあね」


「――ここに辿り着くだけで良いの? やったぁ!」


 一応ギルドの位置は正確に書いたが、齢十四の少女がそう簡単に行ける場所では無いので、孤児院の者に止められて終わりだろう。予想以上に上手くいったことに満足しながら、フラーレンは日が落ちるまで王都を歩き、ギルドへと帰還した。



「――ランちゃん? フランちゃん!?」


 フラーレンは突然の揺さぶられるような感覚に驚き横を向くと、頬を膨らませるという分かりやすい怒りの表現法を取っているリーシャと目が合う。その表情を見た途端、自分が今まで昔の事を思い出していた事に気付かされた。


 子供の成長は本当に早い。フラーレンと合った時は孤児院が貧しかったせいもあってか、身長などはフラーレンと対して変わらない程度だったが、冒険者として慣れてきた頃に今までの遅れを取り返すかのような成長を遂げ、フラーレンより頭二つ分ほど高い身長を手に入れた。


「――あ、ゴメンね」


「もう、自分から敬語は禁止とか言っといて、いざ他の呼び名になったら無視とか酷いじゃないですか!」


 そう、リーシャから見ればフラーレンの行動はそういう風に映るのだ。思っていたよりもリーシャが怒っていたので、フラーレンは言い訳も兼ねてさっきまで考えていた事を話す。


「ちょっと、ね。リーシャと始めて会ったときの事を思い出していたの」「あぁ、あの時ですね。今思い返してもあれは人生の転機だったと思います」


 結果から言うと、リーシャは冒険者になった。どうにかして説得したのか、はたまた本当に経営難だったのか、リーシャはその身一つで孤児院を飛び出し、ギルド『ヘカトンケイル』まで単身でやって来た。


 本来なら厳正な審査を行うのだが、フラーレンの紹介で来た事、王都からギルドまで、モンスターが出現する街道を徒歩で横断した事等の要素を考慮し、簡単な面接のみで済み、晴れてリーシャは冒険者となったのだ。


「でも酷いですよね。死ぬ気で――というか実際何度か死に掛けながらも頑張って辿り着いたというのに、私を見た第一声が『何で居るの!?』だなんて」


「諦めたと思ってたのよ。『普通は』モンスターが出る街道を突っ切って、ギルドに一般人が来るなんて考えられる?」


 多少の罪悪感を感じつつも、リーシャの取った行動は通常ではありえないものである。それを強調する為に、フラーレンは『普通は』という部分にわざと力を込めて反論する。


「そうですけど……もう良いです。それより、ちょっと調べて欲しい事があるんですが、良いでしょうか?」


「何? 突然改まっちゃって……。別に構わないけど」


 フラーレンがそう言ったのを確認すると、リーシャはフラーレンに背を向け、後ろ手で左右の肩甲骨の辺りを指し示す。


「気の所為なら良いんですけど、最近この辺りに違和感があるんですよ。意識しないと気にならない程度のものなんですが、心当たりが何も無いんですよね……」


 フラーレンはリーシャが指し示した辺りを服の上から触って確かめるが、特におかしいと感じる部分は無い。


「……おかしな点は特に無いわね。鏡とかで、直接肌の上から見たことはある?」


「あ、それはまだです。何しろ気付いたのが最近なんで」


「こっちでも調べておくけど、機会があれば見ておいて。もしかしたら、何か恐ろしい病気の前触れかも――?」


 まるで怪談の締めくくりのような、含みを持った言い方でフラーレンは言う。当然リーシャも冗談だと分かっているので、笑顔のまま返す。


「流石にそれは無いよ。それに私、何でか知らないけど人より体が頑丈に出来てるみたいなんだよね。病気にも殆ど罹らなかったし」


「そう? でも、無茶だけはしないでよ?」 必要ないかと思ったが、フラーレンは一応釘を刺し、次の話題を頭の中で模索していると、中庭に通じる木製のドアのうちの一つが、大きな音と共に勢いよく開かれた。


「フラーレン、こんなところに居ましたか。……探しましたよ」


 扉を開いたのは、兵士の呼び出しに応じて行った木倉であった。その事にまずリーシャが尋ねる。


「あれ? もう用事は終わったんですか?」


「いいえ、寧ろ用事が増えました。フラーレン、一緒に王城に出向きましょう」


 話の飛躍についていけず、フラーレンは思わず聞き返す。


「え? 何で?」


「兵士が王からの伝令を持ってきたんですよ。どうもグラファイトが手紙で指名していた私とフラーレンを、王城に招くみたいですね」


 王城。城下町から少し離れた小高い丘の上に建っている、青と白のカラーリングが印象的な西洋風の城だ。普通であれば一般市民はおろか、町長ですら滅多な事では呼ばれない。


 そんな王城に一介の冒険者が呼ばれる。前代未聞の出来事だが、裏を返せばそれだけの事態であるという事の決定的な証拠となる。


「ちょっと待ってよ! まだ準備も何も――!」


「いいえ待てません。気持ちは判りますが、事態は一刻を争うのですから」


 木倉は身だしなみを整える為に自室に戻ろうとするフラーレンの進路上に回り込んで押し止め、そのままフラーレンの服の襟を掴んでホールド。諦めたのか大人しくなった事を確認すると解放する。


「はぁ……リーシャ、アタシちょっと出かけてくるね」


「リーシャ、良い子にしているのですよ」


 木倉とフラーレンは口々にそう言うと、連れ立って木倉が開けた扉の中に消えていった。


「あらら、本当に行っちゃったよ(……良い子に、か。悪いけどそれは無理な相談ね。前々から東大陸に行こうと思っていたのよ)」


 リーシャは誰も居ない中庭で一人ほくそ笑むと、冒険の準備をしに自室へと戻った。



「……で? どこに向かってるの?」


「テレポートルームです。幸い少人数で来ていたので、移動時間短縮も兼ねて王都まで飛びます」


 木倉がテレポートルームの扉を開けると、深い青色の全身鎧と騎士兜に身を包んだ完全防備の兵士が五人、既に魔法陣の中で待機していた。 木倉が扉を開けた音に反応したのか、五つの騎士兜の前面が一斉にこちらを向く。頭全体を包み込む装備の為、表情が全く見えない。そのある種異様な光景にフラーレンは思わず一歩後ずさる。


 しかし木倉は一切動じる事無く兵士達に近付いて行き、リーダー格と思しき一人に話しかける。話しかけられた方は騎士兜のまま対応しているが、残りの兵士は心なしかこちらを見ているのではないかとフラーレンは感じた。気のせいといわれればそれまでだが、どうも訝られているような気分になる。


 こういった視線等には慣れているが、全くダメージが無いというわけではない。気にしていないと効いていないは決してイコールではないのだ。


 無意識の内にふくれっ面になっているフラーレンの元に、話を終えたらしい木倉がやってきた。


「フラーレン、テレポートの準備は既に整っているようです。何か忘れ物はありますか?」


 木倉にそう言われ、真っ先に浮かんだのはグローブだが、城に行って帰ってくるだけであれほどの重装備はいらないだろうと結論付け、木倉に返す。


「いいえ、特に無いわ」


 木倉は一度頷き、二人は魔法陣の中に入る。木倉が手でOKサインを出すと、兵士は頷き、呪文の詠唱に入る。数秒後、魔法陣は緑色の一際強い光を放ち、フラーレン達は一瞬の浮遊感を覚えた後、見覚えのある転送広場へと着いた。

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