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いざ、出陣!

「――やっちまったよ畜生! 寝過ごした!」


 自らに悪態をつきながら自室の扉からこけつまろびつ出て来たのは、冒険する際の装備に身を包んだ二城であった。


 装備といっても、関節や胸部等の数ヶ所を革製の防具で覆うという質素なものであったが、二城は回避に重きを置いた装備だと言い張っている。


 そして当の二城は、現在背に負ったザックや、様々なツールが入ったウエストポーチを揺らしながら集合場所へと走っている。


「――遅い!」


 集合場所であるテレポートルームへ着くと、開口一番でグラファイトに一喝を貰う二城。これでも一生懸命走ってきたのだが、それは口に出さない。疲れて息が切れていることもあるが、今更何を言っても遅刻した事実は変わらないからだ。故に言い訳をするよりは、何か別の事をした方が時間を有意義に使える。


 ちなみに今回の集合場所であるテレポートルームだが、この部屋にはギルド員が普段から良く行く場所への大規模な移動用魔法陣が多数描かれている。その中でも良く使用されるのは、王都と国際テレポートセンターである。


 魔法が発達した現在、人の移動はほぼ全て移動用魔法にシフトし、乗り物と言えば、貴族階級の道楽用の牛車や、魔法で運べない荷物搬送用の馬車・船の事を指す言葉になった。


「ちゃんと準備はしてきたか?」


 グラファイトが二城に念を押すように聞いてくる。二城はザックの上からある物の感触を確かめると、力強く頷いた。


「はい、バッチリです」


「よし。じゃあ今から、ソタン砦へテレポートする。念のためだ、お前らもっと近くに寄れ」


 グラファイトが手招きしたので、二城とダイアとフラーレンは頷いて近くに寄る。下手に距離を取って、万が一にも魔法陣から出てしまうと、陣の内と外が泣き別れてしまうのだ。


 グラファイト程の力量があれば身を寄せ合うまでも無いのだが、魔法陣を小さくすればするほど魔力消費が少ないので、ただ大きければ良いという単純な話ではない。


 グラファイトが、小声で歌うように魔法陣を起動させるための呪文を唱える。すると足元に描かれた魔法陣の上をなぞるように緑色の光が走る。やがて呪文が終わり、黒かった魔法陣が完全な緑一色になった瞬間、溢れんばかりの緑色の光が、二城達の視界を焼いた。


「……着いたみたいだな」 全身の皮膚がひきつるような感覚の後、時間にして数秒ほどが経過し、漸く聞こえたグラファイトの言葉に、ほぼ反射的に目を閉じていた二城が安堵する。そして恐る恐る薄目を開けて周囲の状況を観察する。ついさっきまで居たテレポートルームよりも二周り程小さい部屋であった。後は、二城達の前に立って敬礼している鉄製の装備一式に身を包んだ兵士らしき人物だが……。


「出迎えは要らんと伝えておいたはずなんだが……まあ良い。指揮官のカーボンはどこに居る?」


 グラファイトが未だに敬礼の姿勢をとっている兵士に問いかける。兵士は緊張しているのか鯱張りながらも答えた。


「はっ! カーボン指揮官は現在、司令部にて迎撃方法を思案中であります!」


 緊張している身体を懸命に動かし、敬礼からピシッとした直立不動の姿勢になって声を張る兵士。あまりの緊張ぶりに、二城はこの兵士は新人だろうか? と要らぬ心配をする。


「司令部か。すぐそちらに向かおう。後バッキー、そんな調子だと何時まで経っても前線に出して貰えんぞ?」


 どうやら兵士の名はバッキーと言うらしい。バッキーは図星だったのか、顔を真っ赤にしながらも最敬礼をすると、脇に移動して道を開けてくれた。


 二城はすれ違い様にバッキーの顔色を窺ったが、熟したトマトのように真っ赤であった。


 その後、グラファイト達は行き慣れた道を歩き、司令部に着いた。重厚感のある扉を押し開け、室内へと足を踏み入れる。


 部屋の中には、机の上に置かれた地図とにらめっこをしている男が二人居た。グラファイト達にはまだ気付いていないようだ。


「よう、相変わらず忙しそうだな、カーボン」


 グラファイトが片手をあげて挨拶すると、地図とにらめっこをしていた二人の男の内の一人が、ばつの悪そうな顔をすると、もう一人の男とグラファイトにそれぞれ一礼して部屋から出て行く。


「ありゃ、追い出すつもりはなかったんだがな……」


 申し訳なさそうな顔で言うグラファイトに、室内に残った男……カーボンが声を掛ける。


「いえ、兵士長との打ち合わせは大体終わっていたんですよ。さっきしていた話はただの雑談です」


「そうか、なら問題ないな。――で、早速本題なんだが、今の戦況を教えてくれ」


 表情を引き締めたグラファイトがカーボンに問う。カーボンは苦い顔をしながらも、さっきまで穴が開くほど見ていた地図を差し出す。 地図には青く塗られた凸記号と、それを囲むように配置された赤い凸記号が描かれていた。


「おいおい、囲まれてるのかよ」


「何せ周囲が森なので、地の利ではあちらに分があります。こちらも対策として木々を伐採することで、視界と建築資材を確保しているのですが……」


 それでも苦しい。その場に居た者達には、カーボンが何を言わんとしているのか、大体の見当がついていた。


「そうか……遺跡への道はどうなってる?」


 グラファイトの口から飛び出した質問に、カーボンは面食らったような表情をする。


「まさか、行く気ですか? ……差し出がましいかもしれませんが、今は行くべきではありません。森を切り開いた道は作っていますが、そんなところを通ろうとしたら、モンスター共が道の両側から挟み撃ちを仕掛けてきますよ?」


 グラファイトは渋い顔をするが、無理もないだろう。大量のモンスターが徘徊する森の中を切り開いた一本道だ、もし通り抜けようものなら、腹を空かせたモンスターが一斉に飛び掛ってくるだろう。


「じゃあ何か? ここでチマチマやってくるモンスターを狩れって言いたいのか?」


 明らかにイラついているグラファイト。これではダイアがリーダーと間違われるのも頷ける。しかしカーボンは動じない。グラファイトの威圧に気圧されるようでは、とうてい重要な場所の指揮官など任せてもらえないだろう。


「それが得策といえるでしょう。後、遺跡に挑むのでしたら、もっと人員が必要です。四人で挑もうなんて――」


「待て、カーボン。お前は何か重大な勘違いをしている」


 カーボンの力説を遮るように開いた右手を突き出すグラファイト。その顔が真剣だったため、思わずカーボンも話すことを止める。もしかしたら考えを改めてくれたのかもしれない――そんな期待のこもった眼差しをグラファイトに向けている。まあその期待はこれから粉微塵に粉砕されるわけだが。


「挑む人数は四人じゃない、三人だ」


 時間が止まった、そう錯覚するほどの静寂が部屋に訪れる。カーボンは目と口をこれでもかと言うほどに開き、驚きを顔全体で表している。普通の人間なら冗談として笑い飛ばせるのだろうが、一方は本気で、もう一方は生真面目であるが故に冗談に対する耐性が無い。その結果がこの静寂である。


「流石に嘘……ですよね?」 カーボンがまるで助けを求めるかのようにグラファイトの後ろに居る三人に視線を送るが、三人は目を閉じて静かに首を横に振るだけであった。つまり、グラファイトの発言は真実。


「そんな馬鹿な……」


 フラフラと数歩後ろによろめき、最初からそこにあったかのような、絶妙な位置に置いてある椅子にぴったりと収まる。


「指揮官、大変です! モンスター共が攻めてきました!」


 鼓膜に響くほどの大音量でドアを開け、息せき切って駆け込んできたのは、先ほど出て行った男――兵士長であった。


「――何だと! 戦闘可能な者は今すぐ迎撃に回せ! 作業中の奴らも合図を使って呼び戻せ、挟撃を仕掛ける!」


 その報告を聞いた途端、信じられないといった表情をしていたカーボンの顔に見る見るうちに生気が漲り、立ち上がって指示を飛ばし始めた。


「了解しました!」


 ビシッと敬礼を決めると、兵士長は走っていった。今受けた指示を基地内に回すのだろう。


「私も出ないといけないな。――あなた達はどうされますか?」


 引き締まった表情でグラファイト達に聞いてくるカーボン。恐らくは加勢して欲しいのだろうが、ダイア以外には目的がある。


「ダイアは貸してやる。だがそれだけだ。他の奴らは俺と一緒に遺跡に乗り込む予定だからな」


 突き放すように言うグラファイト。その目には心配などの感情は見られない。ダイアを貸すからには必ず大丈夫だという信頼の現れである。


「……分かりました。ではこれをどうぞ」


 カーボンがグラファイトに何かを投げてよこす。右手でキャッチしたグラファイトが手を開くと、そこには黄色の懐中時計のようなものがあった。ようなものといったのは、針は付いているが、肝心の文字盤が付いていない為である。


「これは?」


 懐中時計のような物の蓋を開けたり、室内の明りにかざしたりしているグラファイトが尋ねる。この道具の使い方を図りかねているようだ。


「遺跡探索用の時計です。あの遺跡はこちらの時間にして十分毎に遺跡全体の構造が変わります。分かりやすくいうと通路や部屋の位置が十分毎に変わるのです。あなたに渡したその時計は、十分で一周するように作られた特別製です。上手く活用して下さい!」


 そう言うとカーボンは部屋から飛び出して行った。この基地の二階には戦場をぐるりと見渡せる場所があり、そこから拡声魔法を使って全体の指揮を執るのだ。 相手が人語を理解できないモンスターである場合にこの戦法はとられる。逆に人語を解するモンスターであった場合、幾つかに部隊を分け、それぞれの部隊長に通信用の道具を持たせる手はずになっている。


「そういうことなら、有効活用させてもらおうか」


 言いながら羽織っている真紅のロングコートのポケットに懐中時計を滑り込ませるグラファイト。いくら魔法防御を施しているとはいえ、そのセンスはどうなのか。まあ格好だけに気を配っている冒険者の実力などたかが知れているのだが。


「さて、肝心の作戦だが、変更無しで行く。三人で正面突破だ」


 力強く宣言するグラファイト。これは自信の現れであり、決して細かい作戦を立てるのが面倒くさかった訳ではない。


「やれやれ、うちのリーダーはいつも強引なんだから」


 呆れたように言うフラーレンだが、その左腕にはゴツゴツとした黒光りする金属製の手甲がつけられており、戦闘の意志が見て取れる。


「よっしゃあ! 精一杯頑張るぜ!」


 腰に下げた剣の柄に手をかけ、意気込む二城。流石に屋内で抜刀するような事はしない。しかし二城は今回、遺跡に入るまで何もしなくて良い……いや、何かしてはいけないのだ。それがグラファイトの指示であり命令でもあるからだ。


 ……念のためにショットガンも一応持ってきているが、屋外でなければ跳弾が恐ろしくて使えた物ではない。今回はザックの重りとして役目を果たすことになりそうだ。


 全員が張り詰めたままの空気の中移動し、一つの門の前に立つ。


「良いか? ここを一歩出ればそこは戦場だ。遺跡まで一直線に走れ、俺達は一つのシステムとして動くが、もしこの中の誰かが遅れても気にするな」


 厳かに告げるグラファイト。ただでさえ張り詰めている糸が、触れれば切れそうな程に細く引き伸ばされる。


「あ、ちょっとだけ時間使って良い?」


 フラーレンはそう言うと、グラファイトの承認を待たずに行動を起こす。ウエストポーチから素早く札を取り出すと、それを門から少し離れた場所に投げつける。札は地面にピッタリと張り付くと、緑色の小さな魔法陣へと変じた。


「帰還用の魔法陣、一度きりの使い捨てタイプだけど」 遺跡の構造が変わると言うことは、常に危険と隣り合わせであり、最悪の場合退路を断たれる。世間一般にベテランと呼ばれる冒険者達は、こういった類のものを数種類持ち合わせている。一つが駄目になっても、別のもので帰還するのだ。


「用意周到なのは構わんが、その大きさだと一人しか帰れんぞ?」


 グラファイトが小さな魔法陣を指差して言う。確かに大きさは成人男性がやっと入れる位の大きさで、とても三人一緒に帰れるようなものには見えない。


「だって一人用だもの。もし自分達の分が要るなら……これを使って、自力で作って」


 フラーレンが二人に渡したものは、先程魔法陣を作った札と同等の札。受け取った二人は、フラーレンの真似をして札を地面に投げつける。札は地面に張り付き、緑色の魔法陣を新たに二つ作った。


「使い方は『ここに帰りたい』と強く願えば、後は勝手に運んでくれるから」


 準備は整った。後は駆け抜けるのみ。グラファイトの手が、ゆっくりと扉の取っ手を掴む。


「――行くぞ!」


 扉が勢いよく開かれ、外へと飛び出す。周りでは既に乱戦状態になっており、味方の兵士達は誰もこっちを振り向かない。恐らく自分の身を守る事で精一杯なのだろう。何せ兵士一人に対し、敵――狼のようなモンスターは三匹位で押し掛けているため、防戦一方になっている。


 しかしそんなことは気にもとめず、戦場となっている正門前広場をさっさと抜け、遺跡へと続く小道に向かって三人は走る。


 前方へと続く一直線の道の奥に遺跡が見えた。黒い小山のようなそれは、心なしか蠢いているように見えた。変形の最中なのだろうか。


 このまま何の妨害も無く行けるかと二城だけが思っていた矢先、両脇の茂みが激しく揺れ、次いで広場に大量発生していた狼のようなモンスターが十匹、牙を剥いて飛びかかってきた。


「うわっ!」


 慌てて剣を抜こうとした二城だが、半分まで抜いた時、既に狼は視界から消えていた。


「止まるな、走れ!」


 グラファイトの叱責とも激励ともとれる声に背中を押され、二城は走ることだけに意識を集中させた。


 先程飛びかかってきたモンスター達は、全てグラファイトの宝具『メタモルフォシル』が生み出した無数の刃(薄い円盤の外周がノコギリ状になっている物)に切り刻まれたのだ。


 モンスターを倒したかどうかすら確認しようとせず、グラファイト達はひたすらに遺跡を目指す。 何故そうするのかというと、ここはモンスターの巣窟で、どこからモンスターが飛び出してきてもおかしくは無い。さらに前後に伸びる道以外は森と茂みに囲まれているため、視界が悪い。こんな場所で足を止めようものなら、いくら熟練の冒険者でも切り抜ける事は不可能だ。


 最後尾を他の二人から離れないように必死で付いていく二城だが、その耳が微かな物音を捉えた。振り向く余裕など無いのだが、得体の知れない恐怖に支配された二城は、思わず後ろを向いてしまい――すぐに前を見て走り出す。その顔は複雑で、何か見てはいけないものを見たかのような……なんとも表現し難い微妙な表情だった。


 二城が見たものは、刃によって肉塊にされた同族の屍を踏み越え、なおも向かってくるモンスターの姿だった。力の差が歴然であるにも関わらず、死もいとわず向かってくる様は異様である。何故なら野生の動物は、よほどの事が無い限り自分達より強い相手に手は出さないからだ。……この先にある遺跡には、それだけの何かがある。先ほどの光景を見た二城は、その考えに半ば確信を持っていた。


 その後も定期的に襲撃を受けたが、その度にグラファイトが展開した刃で殆どのモンスターを切り払い、残った僅かなモンスターにはフラーレンが札を射出することで対応した。射出された札はモンスターに張り付き、激しく燃え上がったのだ。後には断末魔と少量の灰のみが残った。


 更に襲撃が激しくなり、何もするなと言われていた二城でさえも剣を抜いて応戦する事でやっと持ちこたえられていた時、ふと視界が一気に開けた。とうとう小道を抜け、遺跡の前に到着したのである。そして二城はあることに気付く。


「攻撃……してこないな……」


 さっきまで猛攻を仕掛けてきていたオオカミ型のモンスターは、まるでそこに見えない線でも引いてあるかのように、ある場所の手前で止まっていた。三人に対して姿勢を低くして唸ることで威嚇しているが、飛び掛ってくる素振りは無い。


「この辺り一帯、結界が張ってある……」


 その場に立って目を閉じ、集中していたフラーレンが、何かに気付いたように言う。


「結界? 何で今まで気付かなかったんだ?」 グラファイトが首をかしげながらフラーレンに問いかける。今三人が立っている場所は遺跡の入り口から少し離れており、地面は芝生のようになっている。更に数メートル先には数こそ減ったものの、未だに威嚇を続けているオオカミ型モンスターが見える。


 そしてグラファイトとフラーレンの二人は気付いていた。芝生と森の境界線は、遺跡を中心点として円を描いており、結界も同じ規模で張られていることに。


「これほどの規模で、更に侵入できるか否かの条件まで設定できる結界なんて、普通ならギルドと王都位の距離が離れてても分かるはずだろう?」


 さも当然のように張られている結界だが、世間一般から見れば魔法使いが十人単位で取り掛からないと発動すら危うい程の大魔法に分類される。


 そしてそれほどの大魔法が指先が触れるほどに近付かないと察知できないようになっている。これは異常な事であり、普通なら馬を全力で走らせても三日かかると言われているギルドと王都程の距離が離れていても、フラーレンほどの実力者なら簡単に察知できる。それが大魔法……のはずだった。


「分からない……けど、これを張った魔法使い達は相当な実力者だよ」


 人の性格等は十人十色と言われているが、これは魔法を使う為の魔力にも当てはまる。大魔法は複数人で発動する事を前提に作られているので、どうしても違う質の魔力が混ざり、結果として察知されてしまう。しかしそれでは意味が無いので、二つの方法が編み出された。一人で発動する方法と、魔力を均質化させる方法である。


 一つめは論外である為、主に二つめの方法がとられる。手順は至極簡単で、一人が他の者から魔力を受け取り、数回に分けて同じ質の魔力を流し込んで発動させる。一つめと余り変わらないように思えるが、時間こそかかるものの、人的被害は無い。一つめの方法は無理にやろうとすれば発狂するか死ぬかのどちらかである。


「まあ、攻撃してこないに越した事はないな。それより、今はこっちの攻略を考える方が良さそうだ」


 グラファイトはコートのポケットから懐中時計を取り出しながら言う。開いてみて分かったことだが、時計は既に起動していたらしく、正午に相当する位置まであと少しの所まで針は進んでいた。


「だ、団長! あれ見てください!」 二城が遺跡のほうを指差しながら焦ったように言うので、グラファイトは釣られて見てしまう。するとどうだろう、黒くて四角い箱が無造作に積み重ねられたような遺跡は、重い音を立てながらその全貌を歪なものに変えていく。出っ張っていた部分が沈んだかと思えば、凹んでいた部分がせり上がってきたり、果ては何の支えも無しに空中に浮いている部分まであった。


「魔法建築の類だろうが……何でもありだな」


 頬を掻きながら困ったような顔で呟くグラファイト。どうコメントしたら良いか分からないのであろう。


「そんなことより、今の変形で入り口が……」


 二城が言ったとおり、さっきまで入り口があった部分は一気に上へとせり上がり、十メートルほど上がったところで止まってしまった。これでは空を飛ばない限り遺跡に入れない。


「……いいえ、まだ諦めちゃダメよ。救済措置が施してあるわ」


 そう言ってフラーレンが力強く指を差す。その先を見ると、なんと壁の一部が真ん中から割れ、人が二人並んで通れるほどの幅まで開くと、そこで動きは止まった。どうやら新しい入り口のようだ。ちなみに前の入り口は既に閉じてしまっていた。入り口だけは同じ場所に再生成されるようだ。


「フラーレンの言うとおりだ。現にこうして道は開かれた。これほどの結界が張られている遺跡、眠っているものには期待できそうだな!」


 グラファイトは大股でずんずんと遺跡の入り口に進んでいく。その表情からは罠があるかも、などと言う思考は一切感じられない。いきなり歩き始めたグラファイトを慌てて追いかける二城とフラーレン、そして三人は遺跡の中へ――。




 一方その頃、ソタン砦では――。



「何だ……奴らがいっせいに引いていく……?」


 カーボンはいつもと違う状況に戸惑っていた。いつもなら形勢が不利になると一匹ずつ慎重に撤退していくのだが、今回はまるで波が引くように一斉に撤退を始めた。見たところ罠では無さそうだし、この状況で尾行させれば簡単に敵の本拠地も判明するだろう。だが……カーボンはそれをしない。


「……この状況であれば、追撃や尾行が容易であると思いますが、何故しないのですか?」


 カーボンの死角から、そう声が上がった。カーボンは誰であるか分かりきっている為、その方向を見ずに答える。


「よく言うじゃないですか、深追いは良くないって」 今回の行動は異常ではあるが、敵の作戦かも知れないのだ。それに指揮官と言う立場に居ると忘れそうになるが、兵士達は人間であって駒ではない。疲労はたまるし、補充だってすぐには利かない。それにここ最近は襲撃が激しかった為、兵士達も疲れている。下手に深追いさせれば犠牲者が出るかもしれない。それだけはなんとしても避けたい事だった。


「皆、ご苦労だった。連日の襲撃で疲れが溜まって居るだろう。今日はもう休んで良いぞ」


 その一言が引き金となったのか、兵士達の顔がいっせいに明るくなる。だが、それでもまだ暗い顔の者が居る。喜ぶほどの気力も残ってないのか、それとも仲間が亡くなったのか……。今回の犠牲者は何人だろうか。今日はいつにも増して攻撃が激しかったから、犠牲者の数も跳ね上がっているかもしれない。


「既に決まった事に口を出すつもりは無いのですが、その……大丈夫なんですか?」


 嫌な事を考え、暗鬱な気持ちになっているところへ、ダイアの質問が飛んでくる。何に対して大丈夫なのかをダイアは口に出していないが、十中八九兵士達を休ませた事に対する問いだろう。そう考えたカーボンは口を開く。


「警備は悪いが夜勤組みに変わってもらう。……実を言うと攻めてくるモンスターは昼行性でな、夜勤組みの奴らは暇なんだそうだ。それに比べて今の兵士達は疲れきっている、たまには交代しても良いだろう?」


 カーボンの言葉にダイアは一応理解を示した、納得はしていないようだが。カーボンはふと先ほどまで戦場であった広場を見下ろした。そこにはモンスターと兵士の屍が散乱している。そしてそれらを黙々と処理する二人の門番、この砦で精神的に一番きついのは彼らかもしれない。交代があるとはいえ、数時間経ちっぱなしは当たり前、来るかどうかも怪しい来客の対応を頭に叩き込み、モンスターが来ても逃げる事は許されない。更に二人セットの為、うかつにサボることも出来ない。改めて考えると過酷な労働環境である、たまには彼らを労ってやろう。そうカーボンは心の中で思うと、ダイアのほうを向いた。


「ところで、今回の戦闘は勉強になりましたか?」


「ええ、指揮の基本でしたら何となく。後は、自分なりにアレンジしていきますわ」 ダイアの返答に、カーボンは内心で舌を巻いていた。指揮する際に、ダイアが何をすれば良いかと聞いてきた時、カーボンはただ「見ていて下さい」とだけ言った。それ以外の事は何も言わなかったのに、ダイアはカーボンの指揮から基本を覚え、そして何かを得た。とてつもない進歩である。


 あまりの成長ぶりに、脳内でのプランが音を立てて崩壊していく様を描きながら、何とか立て直しを図ろうと必死に頭をひねるカーボン。そんな彼に対し、ダイアはこういうのだった。


「よろしければ、過去の戦績を聞きたいのですが、良いでしょうか?」


 恐るべき向学心と学習力、ダイアの有り余るポテンシャルにカーボンの興味は恐怖を上回った。自分の全てを教え、彼女の行く先を見てみたい。そんな欲望に駆られたのだ。カーボンは知らず知らずのうちにオーケーサインを出していた。


「良いですよ。私の全てをお話しましょう」


 ダイアを連れて下の階に降り、例の作戦会議室に入ると、ダイアを座らせ、カーボン自身も対面の席に着いた。そして、自分の決して多いとは言えない戦績を、ぽつぽつと語り始めた――。

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