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雑貨屋『八百万の手』

 二城が息を切らしながらギルドの基地内にある雑貨屋『八百万の手』に着くと、そこには疲れた様子は微塵も無く、平時と変わらぬ顔で買い物をするダイアの姿があった。丁度ダイアがお金を払い終えたところで、カウンターの向こう側に居る太った男――この店の店主であるジェームズから投げる事に適したスロウナイフを数本受け取っていた。消耗品の補充である。


「あら、結構遅かったのね。こっちはもう準備完了だけど、二城君は何を買うの?」


 受け取ったナイフを慣れた手つきでスーツのあらゆる所に仕込みながら、ダイアが二城に尋ねる。二城は衣服の袖で額の汗を拭うと、質問に答えずにカウンターへと向かう


「もしかして先に行った事を気にしているの? 細かい事を根に持つ男の子は嫌われるわよ?」


 ダイアのからかうような声音に、二城は振り向く事無く返す。


「別に、そこに居れば嫌でも分かると思いますよ」


 懐から財布を出し、中から銀貨と銅貨をそれぞれ三枚ずつ取り出すと、カウンターに置かれている皿の中に入れた。ジェームズは素早く額を確認すると、早速品物を取り出しにかかる。二城が銀貨と銅貨を三枚出すことは、常連客の『いつもの』と言う合図のような物である。


「――いきなりですが、オマケは要りますか?」


 ふとジェームズが二城に尋ねる。いつもと違う対応に多少驚いたものの、しっかり聞き返した。


「――珍しいな。がめついジェームズがタダで物をくれるなんて」


「そうね、不良品でさえ廃棄せずに半額で売るジェームズがそう言うなんて……」


 目の前で辛辣な事を言われたにもかかわらず、柔和な笑みをたたえたジェームズがオマケの説明に入る。


「いつも二城さんが利用している『自動人形』ですが、新型が出るという噂は勿論聞いてますよね?」


 ジェームズの言う自動人形とは、その名の通り魔法によって動く五十センチの身長を持つ人形で、主に遺跡等のトラップの解除に使われている。普段は手の中に数体単位で収まるほど小さく圧縮されているが、頭部に強い衝撃――例えば、指で強く押し込む等の動作で頭部の魔法回路を刺激する事でスイッチが入り、瞬く間に大きくなって動き出す。


 もし罠の解除に失敗しても、わざと作動させる事でその身を持って罠を除去するのだ。その為か、一部では『自爆人形』とも呼ばれている。「ああ、今より高性能な物が作られているらしいが――まさか、もう出来たのか?」


 『自動人形』に何度もお世話になってきた二城にとって、上位互換の登場は願ったりかなったりだ。


「いえいえ。もしそうならもっと大々的なキャンペーンを行っていますよ」


 その言葉に二城はがっくりとうなだれる。早合点して喜んだ事もあってか、その落ち込みようは深そうだ。


「ただ、試作品ならこうしてありますけどね」


 そう言ってジェームズが店の奥から引っ張り出してきた物は、普通は白く塗られている『自動人形』を、ただ青く塗っただけのような代物だった。


「――ただ青く塗っただけじゃないのか?」


 二城も流石にこれは怪しいと思ったのか、ジェームズに疑いのまなざしを向ける。


「そんな事はありません! こう見えて性能は折り紙つきですよ! 実際に試して見ます?」


 なおも自信満々に薦めてくるが、これで本物だと信じるほど二城は楽観的ではなかった。


「ああ、是非とも見てみたいね」


「では、こちらにどうぞ」


 カウンターから出てきたジェームズは、店の右手にある出入り口とは別のドアを開けると、手で中へ入るように促した。


「お、おう。分かった」


 意外と素直な反応に虚をつかれたのか、思わず了承してしまう二城。返事をしてしまった手前、もう後には引けない。恐る恐るジェームズが開けてくれたドアをくぐり、魔法によって照明が灯されている部屋へと足を踏み入れる。そしてそのまま待つかと思えば、急に後ろを振り向いた。どうやらジェームズを驚かそうとしたようだが、後ろに居たのはジェームズではなくダイアだった為、逆に二城が驚かされる羽目になる。


「うわっ! ……何でダイアさんが入ってきてるんですか?」


「あら、私が入ってきたら駄目なの?」


 あっさりと返され、返す言葉も見つからない。そもそも冒険者用の道具は基本的に誰でも――言い換えれば、どんな職業の者でも扱えるように作られている。剣や己の体一つで戦う者でも、道具を使えば魔法が放てるのだ。その逆も然りで、魔法を扱うものでも緊急時に肉弾戦が出来るように、一時的に身体を作り変えるサプリメントなんかもあったりする。


「では、早速試してみましょう。あそこにある罠を除去しますので、良く見ていてくださいね」 ジェームズが指し示すほうを見ると、地中に隠される事も無く、堂々とその姿を晒している機械文明の負の遺産――対人地雷が二つ置かれている。今も遺跡に仕掛けられていたりする危険な罠の実物に二城が驚いているうちに、ジェームズは手の中で自動人形を起動させて地面に放る。


 一瞬で豆粒大の人形が五十センチほどのサイズに成長する様は、魔法文明の高さを如実に物語っているといえよう。全体的に青みがかったのっぺらぼうの人形は、遠目に見れば人間と区別がつかない程の滑らかな動きで地雷に近付き、両手をかざす。瞬間的に視覚化された青い魔力が地雷全体を覆うような放射状に広がり、幾つもの金属音を響かせながら、ものすごい速さで地雷を分解していく。そのまま分解は進んでいき、元が何であったのか分からない程のパーツの小山が出来たところで分解は終わった。


「どうです? 今も遺跡の深いところで冒険者の命を奪い続けている地雷でさえこの通りです。さらに――」


 ジェームズが手元で何かを操作すると、ジェームズ達と人形の間を分断するように光り輝く透明な壁が張られる。壁の正体が気になった二城がその壁を軽く叩いてみるが、軽い音が反響しただけでそれ以外は依然として正体不明だ。


「防御魔法――という事は、人形のもう一つの用途を実践しようって訳ね」


「ええ。この人形が『自爆人形』と呼ばれる所以を、これから見せて差し上げましょう」


 ジェームズが懐から箱型の何かを取り出す。いくつかのボタンやレバー、アンテナがついたそれはまるで――。


「何だ? そのリモコン」


 リモコンそっくり……というより、リモコンそのものだ。


「試作型ですから。色々な機能が試験的に取りつけられているんですよ」


 にこやかな表情を一切崩さずに手元のリモコンを操るジェームズ。するとどうだろう。今まさに二個目の地雷解除に取りかかるため、右足を一歩進めようとした状態で固まる。まるでそこだけ時が止まってしまったかのように。


「えー、マニュアル操作に切り替えてここを動かすと……」


 ブツブツと小さく呟きながら手元のリモコンをいじり続けるジェームズ。数秒後、人形は多少ぎこちない動きをしつつも、真っ直ぐ地雷へと突き進む。解除するための両手はだらんと下がったままだ。


「お、おい! 試作型はあれ一体だけとか、そう言うオチじゃねえよな?」 ジェームズに食ってかかる二城。年間何人もの死傷者を出している地雷の威力に、使い捨てることを前提に作られている作業用魔法人形が耐えうるだろうか? ……答えは否である。


「確かに現品限りですが、性能テストは重要ですよ? このデータが正規品の完成を早める可能性は充分にあります」


「そ、そうなのか……すまん」


 力強いジェームズの発言にたじろぐ二城。しかし、同時に疑問も抱いていた。当初は二城の手に渡る方向で話が進んでいたはずなのに、今のジェームズは人形に地雷を踏ませようとしている。


 恐らく、二城の反応を見て新型は売れると確信したのだろう。だとしたら、データを送って正規品の完成を促そうとするのも頷ける。その方が総合的な利益が見込めるからだ。


 カチリと音が鳴る。人形はその歩みを止めることなく、地雷を何の迷いもなく踏んだ。ジェームズが操作しているので当然の結果とも言えるが。


 ジェームズがさらに次の操作を入力した瞬間、溢れんばかりの光が部屋の四隅すら照らす勢いで広がる。


 二城はとっさに両手で目を覆ったが、閉じた瞼の裏にはしっかりと残像が焼き付いていることだろう。


 そして今まで黙していたダイアは、光の防御法こそ不明だったが、冷静に魔法壁の向こう側を観察していた。


 バラバラに弾け飛び、破片がところどころ炭化していたり燃えていたりする元人形と地雷の部品。衝撃の余波が残っているのか、未だにビリビリと微細に振動する魔法壁。不自然な程に損傷が見られない壁と天井。しかし注意深く観察すると、うっすらと魔法壁が見て取れた。


「凄い爆発でしたね、部屋全体に魔法壁を張っておいて正解でした」


 爆発の衝撃でひっくり返ったかそれとも腰が抜けたのか、地面にへたり込んだジェームズがそう言った。


「ええ、賢明な判断でしたわ」


「ここに店を構えているとは言っても、場所を借りているわけですから。こういったことには細心の注意を払っているんですよ」


 その言葉にダイアは感心していた。ギルドを結成してまだ数ヶ月の頃、何の前触れもなくグラファイトが商人として連れてきたのがジェームズだった。


 最初こそ疑わしかったものの、元手としてまとまったお金と店をやるための部屋を提供してからは、ちゃんと運用できているようなのでひとまずは安心していた。それに加え今回の出来事、ジェームズの株はダイアの中でも上位に位置していた。「……どうかしたんですか? ダイアさん」


 何をするでもなく、ただその場に立っていたダイアを不審に思ったのか、二城が声をかける。


「ちょっとね、昔の事を思い出していたのよ」


 そう言うと、二城はそうでしたかとだけ呟くと、後ろを振り返り、力なくうなだれる。……無理もない。試作型はバラバラ、最悪の場合は粉々で、しかも地雷の部品とごっちゃになってしまっている。これでは流石にフラーレンの力をもってしても直せないだろう。


「――くそっ!」


 二城は魔法壁に拳を叩きつけるが、地雷の爆発にも耐えた壁がただのパンチで砕けるわけもなく、二城の拳だけにダメージが一方的に蓄積していく。


「……止めなさい。それ以上やると、明日に支障を来すわ」


 二城はずっと壁に拳を叩きつけており、それは見かねたダイアが一喝するまで続いた。



「……はぁ」


 三十分後、二城はそれほど柔らかくない……むしろ固いといった方が適切な自室のベッドにダイブしていた。その右手にはしっかりと雑貨屋『八百万の手』の半年間二割引券が握られている。


 あの後、罪悪感を感じたジェームズが特別に手書きで発行してくれた物だ。二城は最初受け取ろうとしなかったが、ダイアがじゃあ替わりにと名乗りを上げると、一瞬で掌を返して受け取った。収入と支出がほぼ同額の二城にとって、割引券は貴重なライフラインなのである。


「試作型……欲しかったな」


 未練がましく呟く二城。しかし、ジェームズが実際に試してくれたおかげで、耐久性のバージョンアップが望めないことが分かったのもまた事実である。


「……考えても仕方ねえ。今回はすっぱり諦めるとするか」


 上体を起こし、壁に掛けた普段着のポケットに割引券をねじ込むと、二城は掛け布団を首元まで引き寄せ、眠りに就いた。「――腹減った……今何時だ?」


 あれから何時間経ったのか、基地内の自動消灯システムによって明かりが落とされ、真っ暗となった自室の中で目覚まし時計を手探りで探す二城。


 暫くするとそれっぽい手触りの物が手に当たり、自分の近くへと持ってくる。そして自身の記憶を頼りに、文字盤を見易くするためのライトを点けるボタンを押した。


 照らされた文字盤が指し示す現在時刻は午前の三時、何とも中途半端な時間だ。


 しかし起きないわけにもいかない。夕食を食べずに寝てしまった所為か、既に二城の腹の虫は空腹を訴えており、意識がハッキリしていくにつれてその行動はエスカレート、今現在暴動が起きているのだ。速やかに食料を与えて鎮圧せねばならない。


 このような時間帯では食堂などは既に営業が終了している。ジェームズの所に行けば魔法人形(商人タイプ)が何か売ってくれるだろうと考えた二城は、それまでに倒れてしまわないように部屋の明かりを点け、自室の食べられそうな物を探しだした。


 見つかった食料品は、ダンジョン探索時の保存食を除くとすべてが菓子類であり、水が無いこの状況で口にすれば生死に関わる物(クッキー等)もある。その中から取り敢えずチョコレートを選んで口に入れると、財布を持って雑貨屋『八百万の手』に向かった。



「イラッシャイマセー」


 雑貨屋の扉を開くと、案の定魔法人形がおり、カタコトながらも入店時に挨拶をしてくれた。しかしこの魔法人形シリーズ、コスト削減の為か顔面にあるべきパーツが一切ついておらず、端から見るとのっぺらぼうのマネキンがただ突っ立って居るだけに見える。


 ちなみにさっきの挨拶は首元の青い珠から聞こえた為、恐らくそこが発声器官であろう。


「ベーコンエッグサンドイッチを二つ」


 道すがら考えた物を魔法人形に注文する。魔法人形は注文を受けてから動きを止めていたが、数秒後「カシコマリマシタ」と言って店の奥に入っていった。


 恐らく魔法で冷凍した物を解凍しているのだろう。しかしパン類を冷凍したとなれば、解凍時の品質劣化は避けられない。あくまで品質にこだわるならば時間操作系の魔法で対象の時間経過を止めてしまえば良いのだが、そんな高等魔術を扱えるのは、各大陸ごとに存在している王家お抱えの宮廷魔術師くらいであろう。


「オマチドウサマー」 二城が余計な事を考えているうちに、解凍作業は終わったようである。少し水分を吸ってふやけているが、食べられないほどではないように見える。


 二城は分かりきっていた事とはいえ、少しげんなりとした表情で代金を支払う。割引券は明らかにジェームズの手書きであった為、本人以外には使わない方が賢明だと判断したのだ。……まあ実を言うと、ただ単に自室から持ってくるのを忘れただけなのだが。


「ダイキン、チョウドイタダキマシタ。マタノオコシヲ、オマチシテオリマス」


 代金が入れられた皿を下げ、人形は器用に腰を折って礼をする。下手をするとジェームズより丁寧な接客に、二城は思わず吹き出しそうになる。


 こみ上げてくる笑いをかみ殺し、サンドイッチ片手に店を後にする二城。しばらく歩くと笑いも引いてきたので、サンドイッチを一口かじる。……予想通り、湿気ていたようだ。なんとも複雑な表情をしている。しかし、空腹は最高の調味料、あっという間に全部平らげてしまった。


 そのまま部屋に帰って寝ようとした二城だが、これまでの経験上、食べてすぐ寝ると翌日には胃もたれになってしまうことを思い出した。今の時間帯なら誰も起きていないだろうと踏んだ二城は、少し基地の中を散歩する事にした。


 レンガで造られた通路を一人歩く二城。ギルド『ヘカトンケイル』……その基地の外観は、赤いレンガ造りの砦である。大抵の建物が木造建築だというのに、この基地は時代遅れの赤レンガ造り。グラファイトが独りで考えた設計図通りに作られたこの基地は、夏暑く、冬寒い。住む上ではこの上なく不便なのだが、守りに関しては(恐らく)長けている。


 篭城用なのか、基地には結構な広さの中庭付き(今現在はギルドメンバー達の憩いの場)。その中庭の四隅を囲うように塔があり、塔と塔の間には連絡用の通路(出入り口や商店等はここ)がある。……要するに、上から見るとカタカナの『ロ』の文字そのものだと考えれば分かりやすい。


 二城は外の景色を見たかったのだが、見ることは叶わなかった。深夜の為に視界が極端に悪い事と雨戸が閉まっていた事が合わさり、物理的に見えなかったのだ。


 門を開けて外に出る事も考えたが、みすみすモンスターの餌になる勇気は無かったようだ。そんな陰鬱な気分を晴らすために、自然と夜風を求めて二城は中庭に通ずるドアを押し開ける。


「――誰?」 木製のドアが僅かに軋む音で、既に中庭にいた先客に気付かれたようだ。二城はこんな深夜に珍しいものだと思ったが、頭の中でお互い様だなと勝手に結論付ける。


「……眠れなくてね。夜風にあたりに来た」


 早過ぎる時間に寝たせいで深夜に目が覚め、しけたサンドイッチをむさぼった挙句やることが無くて中庭に来た。とは口が裂けても言えない。


 うっかり口を滑らそうものなら、ギルド最年少である二城は「お子様だな」と皆にからかわれることになる、それは火を見るより明らかで、目を閉じただけで簡単に想像が出来てしまう。


「何だ、アタシと一緒ね」


 そう言って立ち上がったのは、なにやら明るく輝く光球を自らの頭上に配置しているフラーレンだった。


「フラーレンじゃないか」


 明かりに照らされた予想外の人物に驚く二城。明日――いや、今日の作戦に参加する人物が、こんな時間にここに居て良いのだろうかと、二城は自分の事を棚に上げて考えはじめる。


「その声は……二城君ね。ちょっと待ってて、そっちにも式神を向かわせるから」


 いつの間にか近くに来ていたフラーレンに式神って何だ? と聞き返す間もなく、気が付けば二城の頭上には握りこぶしほどの大きさの光り輝く球が浮いていた。不思議な事に直視しても何とも無く、目を凝らせば光の球を両手で抱え、一生懸命羽ばたく小さな人型の姿が見える。


 初めて見る術に面食らった二城はフラーレンのほうに顔を向けるが、肝心のフラーレンは二城を見ておらず、不思議な文様が描かれた縦に長い長方形の紙の束を、無造作に腰のホルスターに突っ込んでいた。


「一体こんな時間に何をしてたんだ?」


 二城はフラーレンに尋ねる。一般常識から逸脱した時間帯に居るはずのない人物が居る、それは掛け値なしに怪しい事だと、やはり自分の事を棚に上げて考える。


「薬草採取だよ。二城君は知らない? ここに生えている草にはね、何かしらの薬効があるんだよ。――例えば今私が見せているこの草。単体だと役に立たないけど、調合する際には安定剤としての効果を発揮するし、手持ちのほかの薬草と組み合わせれば湿布代わりになるの。その手の知識がある人から見れば、この中庭は宝の山だよ」


 二城とフラーレン、高い城壁のお陰でそよ風すらふきこまない中庭で、二人の影だけが静かに揺れる。「そうなのか。……ところでさ、フラーレンって何で冒険者なんかやってるんだ? 装備品だって殆ど自作だし、その技術さえあれば大抵の職には就けるんじゃないか?」


 年上のフラーレンに対して随分な物言いであるが、二城はフラーレンを年上としてあまり意識していない。髪型や服装、言動などの要因もある、それらが合わさって醸し出される雰囲気が、二城に無意識の内にフラーレンを妹か同年代のように思わせているのだ。


「……その道は、アタシが昔捨てた物。今更持ってこられても、こっちから願い下げよ」


 それまで笑みを浮かべていたフラーレンの表情はさっとかげり、小声で何か呟くとうつむいてしまった。何かまずいことを聞いてしまったのかと焦る二城に、顔を上げたフラーレンが笑いかける。


「冒険者の過去はむやみやたらに詮索したら駄目だよ。これ、冒険者業界での暗黙の了解だからね?」


 フラーレンは人差し指を一本だけ立て、まるで幼子に物を教える時のような調子で二城に話しかける。子供扱いされたことで多少むくれる二城だが、実際子供である上に知らなかった情報なのでぐうの音も出ない。


「その、聞いたことについてはごめん。謝るよ。けど……俺は子供じゃねえから、そういうのはちょっと……」


 謝りつつも、遠回しに自分は子供じゃないとアピールする二城。しかし二城は十八歳、ギルド内では最年少であり、いくら否定してもその事実は覆らない。結果として二城が一人で片意地をはっているだけなのだが、もちろん誰もまともに取り合わないため、空回りに終わっている。


「ふふっ……じゃあ、そういうことにしておいてあげる」


 フラーレンは小さく笑うと、もう話すことは無いという意志を表すかのようにくるりと向きを変え、二城が入ってきた扉とは逆方向の扉に向かう。


「……そろそろ眠くなってきたから、アタシは寝ることにするわ」


 最後にそう言い残すと、フラーレンは扉の向こうに消え、完全に姿が見えなくなる。


「……もしかして、フラーレンは俺と同じように中途半端な時間に目が覚めただけなのかもしれないな」


 誰にともなく呟くと、二城も扉を開けて自室に戻り、今度こそ目覚ましを止めることなく起きられますようにと祈りながら、床に就くのであった。

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