不死の宝玉
中央大陸の王都ミンスターから徒歩数時間、道無き道を踏破した木倉の視線の先にその洋館はあった。周囲は晴れているにも関わらず、その洋館の上部には正体不明の暗雲が立ちこめており、普通の人間なら気味悪がって立ち去ろうとするだろう。
『キルギス伯爵家跡地』。跡地と言う割には洋館がしっかりと残っているのだが、これにはれっきとした訳がある。
長年風雨にさらされ、手入れする者も居なくなった金属製の門扉は、元の材質が何なのかすら分からない程に錆びていた。しかしこのままでは洋館の庭にすら入れないので、腐食が進みボロボロとなった門扉に蹴りを入れる。
蹴られた門扉はいとも簡単に崩れ去った。木倉は残骸を跨いでキルギス伯爵家の庭に足を踏み入れる。すると突如として地面が盛り上がり、灰色の手が二本出てきたかと思うと、木倉の左足首をがっしりと掴む。
(ふむ……グールかゾンビか、いずれにせよ低級のモンスターですね)
簡単な当たりをつけると、捕まれていない右足を振り上げ、腕の一本を蹴り飛ばす。大した抵抗も無く腕はもげ、空気中に溶けるように消えていった。一本消えたことで腕の拘束が弱まったので、木倉は左足を動かしてもう一本の腕を振りほどき、そのまま蹴り飛ばした。
二本の腕を片付けて一息つく木倉、これでは拍子抜けにもほどがある。とでも言いたげな表情を浮かべている。
(全く、何故不死者の巣窟をこんなになるまで放っておくのか……。まあ、アンデッドが大量にいると言うことは、死者の宝玉が出来る可能性も高いわけですが)
そう言って庭に視線を向けると、地面のいたるところが人型に盛り上がり、そこからゾンビやら、骨だけで出来たスケルトンというモンスターやらがわらわらと出てくる。
(溶けるように消えていったのを見る限り、簡易召還の一種でしょうか)
雲霞の如く湧いてくるアンデッドモンスターの群れを見て、木倉は思考を巡らせる。
例え下級モンスターであっても、本来その場にいないものを呼び出す召還魔法は、全てが大魔法に分類される。
しかし今の木倉の目の前には、なおも地中から這い出てくるアンデッドの群れが立ちはだかる。この物量を普通の人間が再現することは、簡易召還を使わなければ無理な芸当である。
(簡易召還の触媒に使われたのは、恐らく無謀な冒険者の遺骸でしょう) 簡易召還とは、呼び出すモンスターと何らかの共通点のある物を触媒にする事で、召還に必要な魔力を大幅にカットする手法である。例えばゾンビなら死体、ドラゴンなら大トカゲや大蛇等、元になりそうな物がある限り召還自体は容易に行う事が出来る。
(問題は呼び出している者がどこにいるか。術者を叩かなければこの召還が止まることは無い)
例えタネが分かっていても、そのタネを見つけなければ見破ったとは言えない。手品にも同じ事が言える。
(まずは探索。術者が誰なのか見当がついている分、探す場所は予想がつく)
木倉は大体の行動計画を立てると、眼前をよたよたと歩くゾンビを蹴り飛ばす。蹴られたゾンビは他のゾンビやグール、スケルトンも巻き込んで将棋倒しのように倒れていく。スケルトンに至っては倒れてくるゾンビやグールの重さに耐えきれずバラバラになっていた。
あまりの弱さに蹴った方の木倉が呆気に取られていたが、素早く気を取り直すと、倒れたゾンビを足場代わりに踏みつけながら洋館の中に入る。
洋館の中は暗雲のせいで薄暗い屋外より更に薄暗く、木倉は懐から『ライト』の巻物を取り出すと、結び紐を解いて記された呪文が露出するように広げた。すると巻物から光の玉が三つ出てきて、木倉の頭上でゆっくりと旋回を始める。
(効果時間は約十分、いくらかストックはありますが早く終わらせたいですね……)
視界が広がったことで僅かに余裕が出来た木倉は、洋館の内装を確かめる為に周囲を見回す。一見何の変哲もないホールだが、壁に掛けられた絵はボロボロで、そのうちの何枚かは壁から剥がれて床に落ちている。そして調度品の類を載せる台座の周りには、砕けた陶器の破片が無残に散らばっている。床に敷かれた赤い絨毯はズタズタに裂かれた上に埃が積り、見るも無惨な状態となっている。元は白かったであろう壁も、経年劣化とその他様々な要因でくすんだ色になり、物悲しさが漂う。一言で表すなら『廃墟』である。
ふと木倉が天井を見上げると、シャンデリアが音も無く揺れていた。照明としての役割を一切果たしていないのに、その位置に残り続けようとする。――まるで自分のようだと木倉が思った瞬間、シャンデリアを吊るす部分が音を立てて壊れ、支えを失ったシャンデリアが真下にいる木倉を押し潰そうと迫ってくる。「なっ!?」
考えるよりも早く体が動き、咄嗟に飛びのく事で落下するシャンデリアを躱す木倉。タイミングが良すぎると感じた木倉は、ホールに自分以外の存在……『シャンデリアを意図的に落とすことが出来る何か』が居ないかを探す。しかし結果は振るわず、人影どころか気配すら感じることが出来ない。
(これは……厄介なダンジョンに足を踏み入れてしまったようですね)
どこか他人事のように感じながら、木倉はその足を動かす。目指す場所は唯一つ、この洋館を廃墟にした張本人、キルギス伯爵の私室である。そもそもこの洋館はキルギス伯爵が不治の病で妻を亡くした後に建てた洋館で、伯爵は毎日怪しげな研究に没頭していた。使用人たちは気味悪がりながらも仕えていたが、伯爵は次第に食事をとらなくなる。更に館内にはアンデッドが溢れかえるようになり、使用人たちは全員逃げ出してしまった。洋館は管理維持するものを失い、廃墟の出来上がりと言うのが事の顛末である。
ちなみに何度か教会からアンデッド討伐の為に神の加護を受けた聖騎士達が派遣されたが、いくら浄化しても簡易召喚でどこからともなくアンデッドが出現するので、何度か挑んだ後、結局諦めたようである。幸いにもアンデッドは伯爵家の領地から一歩も外に出ない為、教会からは無かった事として扱われている。
(聖騎士ですら手を焼く魔境ですか……)
木倉は洋館一階の廊下を走っていた。道中のゾンビやスケルトンを足払いや手刀で無力化しつつ、各部屋に掛けられたドアプレートを確認しながらの疾走である。
(ここら一帯は、使用人の部屋が大半を占めていますね……)
一階部分に目当ての部屋が無いと分かると、階段を登って二階に上がる。外から見る限り三階程度の高さがあったため、探索は約三分の一が終了したと言える。
二階に上がって数歩進むと、床から湧き上がるように二体のスケルトンが出現する。木倉は驚いて距離を取るが、突然現れた二体のスケルトンの僅かな違いに疑問を抱く。
(このスケルトンたちは、他と違いますね)
木倉の前に現れたスケルトンは、二体とも鉄錆の浮いた装備を身に纏っていたのだ。一体は双剣を持った矮小なスケルトン、もう一体は大剣を両手で持ち、西洋鎧をつけた大柄なスケルトンだ。勿論どちらの装備も元の色が分からない位に錆びている。 木倉が観察を終えると、矮小なスケルトンが双剣を振りかざして躍り掛かってきた。それをバックステップで躱し、回し蹴りを放つと、矮小なスケルトンは双剣を交差させて木倉の蹴りを受け止める。
(『槍』を抜くか……? いや、こんな雑魚に使う必要は無い!)
木倉は懐から短刀を抜き放つと、何を思ったのかその刃に巻物を何重にも巻き始めた。そして巻き終わると、突然刃が発光して巻物が弾け飛び、輝く刀身をさらけ出した。
「これは魔に打ち勝つ聖なる光です、当たれば痛いでは済みませんよ!」
簡易的なアンデッド策を施し、木倉は反撃に打って出る。聖なる光を纏った刃は、攻撃を防ごうとして矮小なスケルトンが交差させた双剣を打ち砕き、本体に致命傷を与える。
聖なる一撃を受けたスケルトンは、少量の白い煙を残して空気中に溶けていった。
現れた二体の内の一体を倒した木倉は、背後からの殺気を感知してすぐさま通路の壁際に寄る。するとさっきまで木倉がいた位置を塊のような何かが通過し、決して脆いとは言えない床をぶち抜いた。いつの間にか木倉の後ろをとった大柄なスケルトンが、自慢の大剣を思いっきり振り抜いたのだ。
(とんでもない馬鹿力……一発でも貰ったらお終いか)
大剣は床に深く突き刺さっており、すぐには抜けないだろう。その間隙を縫うように木倉は大柄なスケルトンに接近し、背骨に一太刀を浴びせる。連結部をやられた大柄なスケルトンは上半身と下半身が泣き別れとなり、下半身は一足早く溶けていった。
「これで止めです」
見事に一刀両断されたスケルトンの上半身は、木倉の身長よりも低かった。木倉から見ると丁度良い位置にあるスケルトンの頭蓋骨に、両手で持った短刀を深く突き立てた。煙となって溶けていくスケルトンを見て、木倉は一つの推測を立てる。
(もし三階を見て、一階と変わらないようであれば、この階に目的の部屋があるとみて間違いありませんね)
木倉は光のなくなった短刀をしまって三階に上がり、一階と同じような敵構成を見て、二階に目的の部屋があるという確信を得た。
「……ここですね」
二階を探し回り、ついに目的の部屋を見つけた木倉。そのものずばりとまではいかなくとも、手掛かり位はあるだろうと考え、私室というプレートが掛かけられている部屋へと足を踏み入れる。 室内に入った瞬間ライトの効果時間が切れ、木倉の視界が暗くなる。懐からストックしていたライトの巻物を取り出し、光球を再び出現させる。室内は一見普通の部屋だが、机の上にはフラスコをはじめとした様々な実験器具が並んでおり、本棚も荒らされた痕跡があった。伯爵の研究を盗もうとしたのだろうか。
(どこの誰だかわかりませんが、随分お粗末ですね)
木倉は別の本棚に目をやると、「日記」とタイトルの付いた本を手にとり、パラパラと捲る。程なくして手を止め、ライトで照らされた文面を読む。
『今日は記念すべき日だ。私はついに真理をこの手に掴むことに成功した。この成果を早速試してみよう。眠る知識達の奥深く、生が逆転するとき、扉は開かれるだろう』
(これは……暗号?)
それ以降は白紙であり、これが最終ページのようだ。だとしたら、真理とやらを試し、何かが起こったことは間違いない。
(できれば、成功していて欲しいのですが……)
ここに帰ってきていないことを考えると、恐らく失敗したのだろう。
(聖騎士が攻略を諦めたのは、この暗号のせいかもしれませんね。あそこは浄化のことしか頭にないようですし)
木倉は日記を本棚に戻し、頭の中で解読を試みる。
(……眠る知識の奥深く。これは、図書室でしょうか? 誰にも読まれない本は眠る知識とも取れます。しかし、これだと次の生が逆転するとき、という文に繋がりませんね……)
考え込む木倉だが、その思考にふと一筋の光が差した。
(――いや、ある! 二つの意味を同時に成せる場所が!)
木倉は部屋の窓を開け、半ば身を乗り出すようにして下を見る。すると木倉の予想通り、ライトの明かりに照らされた身寄りのない使用人たちの共同墓地があった。
(死者の蘇生を目指すものにとって、死者は『死んでいる』のではなく『眠っている』と考える。これが当たっているなら、死者は多くの知識を蓄えたまま眠っているという解釈になるはず!)
更に部屋の中を見て回ると、丁度良い長さの縄梯子が見つかった。木倉はそれを二階の窓から垂らすと、するすると降りていった。 着地した瞬間、地面から幾つもの手とゾンビが這い出してきたが、木倉は目もくれず墓地の方に足を運ぶ。途中足首を掴もうと蠢く手を何本か蹴り飛ばし、共同墓地の領内に入る。そして背後を振り返ると、ゾンビたちは墓地の領内に入ってこようとしない。恐らくは結界か術者からの命令で、ゾンビたちは領内に入れないのだろう。
正面に向き直ると、墓地の中でも一際大きく中央に据えられている墓碑に近付く。ある程度近付いて墓碑に何か彫られていることに気付いた木倉は、しゃがみこんで彫られた文字を読む。
(我が妻、リネッタ・キルギス。底に眠る……か、やはり正解ですね。後は生が逆転するとき、扉は開かれるだろうの一文。……墓を発け、という事でしょうか?)
木倉は墓の裏に回り、あちこちを軽く叩いてみる。するとやけに手応えの軽い場所があり、そこを押し込むと墓が地面を削りながらスライドし、地下へと続く階段が現れた。
「奥深く、とはこういう意味でしたか……」
思わず声に出してしまう木倉、予想外だったらしく、しばらく呆気に取られていた。が、すぐに意識を切り替え、ライトで段差の先にトラップの類がない事を確かめると、階段を降りていった。
階段の先には錆びた鉄の扉があり、その脇にはコンソールが取り付けられていた。木倉が操作パネルに触れると、画面には『PASSWORD?』の文字が浮かび上がる。
(キルギス伯爵はどうやってこれを手に入れた? 動力部は魔力で動くように改造されていますが、パスワード式の施錠システムなんて……)
普通に考えればどこかのギルドと繋がっている線が濃厚である。資金援助を受ける代わりに、有用そうな技術があれば優先的に渡す。貴族の中には蒐集癖を持つものが多く、キルギス伯爵もその一人だったと考えれば、このような機械技術を手にする事も容易であろう。
(パスワード……生の逆転。これは見たところ古代言語のようですね、入力パネルを見てもそうだと分かります。ならば――)
木倉は荷物を入れる道具袋から厚い書物を取り出した。表紙には、『古代文字変換表』と書かれている。古代文字専用の辞書のようだ。木倉がそれをパラパラとめくると、本のページにはアルファベットが踊っていた。
(生は……LIVE、ですか。これを逆さまにして入力すればあるいは……)
外れた時の為に該当ページに栞を挟み、パネルを操作してパスワードを打ち込んだ。『PASSWORD? EVIL・・・ OK!』
難なく解錠は成功し、ガチャリという音を立てて扉のロックは解除された。あまりにも簡単に開いたので、逆に罠ではないかと疑いたくなる。しかし、待てど暮らせど罠が発動する気配は無い。木倉は運良く当たったのだと解釈し、先に進む。
扉の先には、意外と開けた空間が広がっていた。壁も地面も天井も天然の岩肌がむき出しで、なおかつ多量のマナを蓄えていたため、部屋全体が淡い光を放っていた。不思議と崩れてしまいそうな危うさはない。
部屋の大きさだが、天井までは五メートルあり、縦は二十メートルほどの奥行きがあるのに対し、横は七メートルしかない。相手の攻撃方法によっては苦戦を強いられるだろう。
そして部屋の端には、神や天使とは似ても似つかぬ物が描かれた祭壇があった。その祭壇には横たえられた骸骨があり、手前では人影のような何かがうごめいている。
「……あなたが、キルギス伯爵ですか?」
木倉の呼びかけに、もぞもぞと動いていた影が木倉の方に向き直る。ローブを纏っていたが、その体は紛れもなく人の骨で出来ていた。
痛いほどの沈黙が場を支配する。キルギス伯爵と思しき骸骨は、口を開くことも魔法で語りかけてくることもない。
さっと右手を上に向けると、それだけで漆黒のゲートが五つ現れる。ゲートは直径が一メートル程で厚みがほとんどなく、縁が金の枠で飾られていた。
骸骨は上に向けていた手のひらをさっと木倉の方に向ける。すると五つある漆黒のゲートから、先端が鋭く尖った骨が雨のように降り注ぐ。
木倉は咄嗟に『シールド』の巻物を使うが、ものの数秒であっさりと貫通される。しかしその間に木倉は骨の射線上から逃れ、狙いを付けさせないために『ミスト』の巻物を使用していた。
瞬く間に白い濃霧が発生し、骸骨が標的を見失って一瞬だが狼狽える。その後すぐに五つのゲートを横一列に並べようとするのだが、時すでに遅し。
濃霧の中から白銀に輝く槍を構えた木倉が飛び出し、ゲートの一つを貫いて完全に消滅させた。更に木倉は周囲をなぎはらい、残りの四つも纏めて消滅させる。守るものが無くなった骸骨の喉元に、木倉は槍を突きつける。
「この槍は魔を打ち破る聖銀から作ってあります。あなたのような死に損ないを、一突きで消滅させることが可能です」 今木倉が骸骨の喉元に突きつけている槍は、このダンジョン攻略の為だけに造られたと言っても過言ではない。倒しても復活するアンデッドに対し、肉体を消滅させて魂の器を無くすことで『倒したことにする』ための槍であった。
材料は神の祝福を受け、邪なるものを一撃で消し去ると言われる聖銀である。木倉は過去の伝手を最大限に活用し、聖銀を手に入れると、今度はそれをミンスターの刀工に渡し、槍を造ってもらったのだ。
出来は上々で、アンデッド以外にもそれなりの威力を発揮する代物が完成した。
アンデッドにとっては即死級の猛毒に等しい武器。そんなものを至近距離に持ってこられているのに、伯爵は冷静だった。
「……何が望みだ?」
伯爵の口が動いた。しかし骸骨なので当然声は出ず、代わりに木倉の頭の中に直接声が響く。テレパシーの一種である。
「おや、随分と物分りが良いのですね?」
さも驚いたように木倉が言う。場合によっては挑発とてれなくもない。
「私の討伐であれば、何もここで止める必要は無い。したがって、私自身か、私に関係する用事があるとの結論に至った」
「いやはや、話が早くて助かります。では早速本題ですが、私は『不死の宝玉』を探していまして」
「なるほど、宝玉をよこせと、そう言いたいのだな?」
不死の宝玉。それは、アンデッド達の発する『生への執着』が凝り固まった物で、宝玉と言っても純粋な鉱物ではない。
それは核となる強い思いを中心にして周囲の『生への執着』を吸収して大きくなり、ある程度の大きさになると実際に効力を持ち始めるのだ。小さい物であれば自然治癒力を高める程度だが、大きな物になれば死者の蘇生や不老不死になることも可能であると言われている。
だが、そのようなサイズの宝玉は未だに見つかっておらず、作るにしても莫大な費用と時間が掛かる為、死者の蘇生や不老不死は仮説の域を出ない。
「はい。無理だというのならば、あなたの研究結果を纏めた資料でも構いません」
「……お前は、生きたまま愛する者を生き返らせる気か?」
「はい、そのつもりですが」
「止めておけ、絶望するだけだ。……この私のようにな」
「それは、忠告ですか?」
「ああ、人の身には重すぎる枷だ。……だから私が取り去ってやろう」 伯爵の意味深な言葉を理解しようとした木倉だが、嫌な気配を感じ取り咄嗟に距離をとる。すると、さっきまで木倉が立っていた位置に魔法陣が浮かび上がり、先ほどまで木倉が立っていた位置に、先端が鋭利な骨が無数に突き出ていた。もし木倉が飛び退っていなければ、今頃は串刺しである。
「……交渉決裂、ですか」
「何故今の肉体に拘る? 愛する者の魂と世界の終わりまで寄り添いたいのなら、劣化する肉体など必要ない。魂の器など……そう、人形で事足りる」
「では何故、あなたはその骨の体を棄てないのですか? それこそ不必要な物のはず!」
「……愚か者め、お前は本当に大事なものを何処へ隠す? 金庫へ入れる? 地中に埋める? 違うだろう。本当に大事なものは手元に置く。いくら伝説の道具があっても、蔵の中ではただの物に過ぎない」
「まさか……」
木倉の頭は高速回転し、次々と仮説を立てていく。仮に宝玉があるのなら、何故蘇生を行わないのか? 声が出せないのは、発声器官やその他の内臓が無いから。では頭蓋骨の中は? 不死の宝玉には核が必要。ではその核は? そもそも、今相対している骸骨は本当に伯爵なのか?
「気付いたかね? 目の前に居る骸骨はただの入れ物で、本体は台座の上で寝そべっていたのさ」
槍を握り締めた木倉が突撃するが、遅かった。上半身を起こした本体は、傀儡の頭蓋骨を叩き割り、中から暗黒を塗り固めたかのような漆黒の球体――不死の宝玉を取り出すと、それを頭上に掲げた。すると、球体から同色の霧が噴出して本体を包み込む。霧が晴れるとそこには、いかにも貴族と言った出で立ちをした、生前のキルギス伯爵が優雅に微笑んでいた。
「宝玉が欲しいのなら、私を倒して奪い取ってみる事だ」
その言葉が戦闘開始の合図だったのか、槍を構えたまま突進してくる木倉を中心に、骨の針山を生み出した魔法陣が七つ現れる。そこから骨が植物の蔓のように伸びてきて、尖った先端を突き立てようとしてくる。
木倉は身を捻り、槍を駆使して切り抜ける。柄の部分で刺突を防ぎ、薙ぎ払いで魔法陣から伸びる骨の根元をまとめて破壊する。根元からはすぐに新しい骨が伸びてくるが、木倉の元に達するまで僅かな時間があったため、背後に飛んで距離をとる。
下がった後背後を見ると、入ってきた扉ではなく壁があった。扉は少しずれた位置にあり、もう後退は出来そうにない。「その槍は厄介だ……」
「対アンデッド用に作った物ですからね。当たれば痛いじゃ済みませんよ!」
伯爵に見えないようにこっそりと槍に『ホーリー』の巻物を巻きつけると、木倉は地を蹴り、槍で何も無い虚空を薙いだ。すると槍が強く輝き、空中に描いた軌跡から白い三日月形の斬撃が幾つも飛んでいく。
伯爵は落ち着いた動作で骨だけの手を動かして自分の手前に魔法陣を移動させると、そこから骨を大量に発生させて三日月形の斬撃を全て防いだ。
「……小手先の技では私は倒せんよ」
(さっきの動作を見るに、あの七つの魔法陣は全て手動で動いている。だとすれば……)
木倉は尚も前進を続ける。伯爵が迎撃の為に木倉の周りに魔法陣を纏わせた瞬間、木倉の体から霧が噴出した。
「何だと?」
想定外の事態に驚いた伯爵の手が一瞬だが止まる。そして見計らったように飛んでくる先ほどの斬撃。しかも今回は二つの箇所を同時に狙っている。伯爵本人と、伯爵の頭上……つまり天井である。間一髪で魔法陣を移動させて骨で斬撃を防ぎ、残りの魔法陣で斬撃による天井の崩落を食い止める。あと少し対応が遅ければ、間違いなくやられていた。
「ふ、くくく……残念だったな。あと一歩、詰めが甘かったな」
「甘いのはあなたの考えですよ」
「なっ!?」
気付けば、喉に槍の先端を突きつけられていた。しかも今度は背後からである。どう見ても伯爵の完敗であり、詰んでいる。
「……分かった、不死の宝玉をやろう。私の完敗だ」
木倉が入ってきた扉の前に漆黒の不死の宝玉が現れ、伯爵の姿が元の骸骨に戻る。それと同時に天井の崩落を食い止めていた魔法陣が消え去り、落盤が起こる。木倉は何とか逃れたが、伯爵の姿は見えない。どうやら瓦礫の中に埋まってしまったらしい。
「……何故、逃げなかったのですか?」「言ったはずだ。肉体など仮初の物に過ぎぬと。魂さえ無事であれば私は不滅だ」
「……また、不死の宝玉を作るのですか?」
「しばらくは無理だ。不死の宝玉を作る際に必要な『核』を探さねばならん」
「では、この館は?」
「不要だ。お前の好きにするが良い。……ではな、もう二度と会わぬことを願おう」
そう言うと、瓦礫の中から光を放つ何かが浮かび上がり、空の彼方に飛び去っていった。
「……私も、丸くなったものですね。以前なら、魂だろうと問答無用で殺していた」
誰も聞いていないと分かっている為か、物騒な事を呟きながら背後を振り返る。直径三十センチ程の漆黒の球体を見つめる木倉。これがあれば、妻と娘を復活させる事が出来る。だが、生命とは正反対のマイナスエネルギーを凝縮した物体である為、生身で触れれば触れた部分からあっという間に腐り落ちていき、最後は死に至るという。だから専用の道具が必要であった。
「一つくらい無くなっても、誰も不思議に思いませんからね」
木倉が荷物袋から取り出したのは、全ての辺が四十センチくらいの木箱である。外側には謎の模様が書かれた札が貼られており、異様な雰囲気を醸し出している。札という事で以前フラーレンに聞いてみたところ、「様々な効果を打ち消す効果が書かれてるね。これに入れれば、大抵の呪いや魔法効果は防げると思う」との返答が返ってきた。断定していないのが不安であるが、これに掛けるしかない。
それにこの箱は面倒な採集依頼の際にギルドから支給される品であり、壁抜けの能力を持つ妖精や、意思を持ちテレポートで逃げ回るキノコ等も捕獲できる。たとえ『不死の宝玉』であろうと問題は無いはずである。
スライド式の箱の蓋を開け、逆さまにして『不死の宝玉』に被せた後、ゆっくりと蓋をスライドさせて閉じる。これで『不死の宝玉』は手に入れたことになる。
「さて、用事も済んだことですし……ギルドに帰って実験する事にしましょうか」
小さく呟くと、落盤で崩れた地面を足場に、晴れ渡る青空の広がる地上に木倉は帰還したのである。
「……そう言えば、リーシャにぬいぐるみを頼まれていましたね……」
最後に残った大仕事に、木倉はため息を一つ吐くのであった。




