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蘇る過去、失った過去

 最初に目に入ってきたのは、一面の赤。これは血の赤、炎の赤。


 気付けば、幼い二城は馬車の中で叫んでいた。目の前で村が燃えている、人間と有翼人種が共存する、南大陸ではそれほど珍しくもない村。二城の生まれ故郷を燃え盛る火炎が蹂躙していく。地を舐め、人を呑み、家を喰らう。何故こうなったのか分からない、気が付けば辺り一面が火の海だった。


 そして村中が混乱している最中、モンスターまでもが攻めてきたのだ。この時点で大人達は消火活動を断念し、馬車で村から脱出することにした。


 二城の父親は剣の腕に覚えがあるため、卓越した身体能力を持つ有翼人種達と共に村に残り、モンスターを食い止めていた。


 二城の乗る馬車は最後から二番目で、一般人と村の子供達が乗っている馬車としては最後尾である。殿は二城の父を含めた村の精鋭達が乗り込み、逃げながら追っ手を迎撃する手筈になっている。


 居てもたってもいられなくなった二城が馬車から飛び降りようとしたが、後ろから母親に抱きかかえられ、未遂に終わる。そして、二城の未練を断ち切るかのように、馬車が走り出した。燃え盛る村の広場で、剣と盾を装備した二足歩行のトカゲと戦っている姿こそ、二城が最後に見た父親の姿だった。


「おとうさーん!」



「――はあっ!?」


 がばっと起き上がり、未だに早鐘を打つ胸に手を当てる。服は寝汗で湿っており、このまま着ていては確実に風邪をひくだろう。


(嫌な夢を見た……父さん……)


 あの後、二城の父親達が乗った馬車が、逃げた先の南大陸王都アジンタに来ることはなかった。後日、国の調査隊が被害状況の確認も兼ねてオクローシュ村に向かったが、父親達の乗った馬車は見つからず、行方不明扱いとなった。


 避難した者達には期限付きの仮住まいが与えられ、二城と母親はそこで暮らす事になる。最初の数ヶ月は流言飛語が飛び交っていたが、時が経つにつれて信憑性の無い噂は淘汰されていき、今回の全容が見えてきていた。


 小火騒ぎに乗じたモンスターの襲撃事件はオクローシュ村以外でも起こっており、全て同じ手口であったが、南大陸各地で短期間に集中して起きた為に対応策がとられることはなく、比較的小規模な村の多くが地図上から姿を消したそうだ。 それと同時に多くの難民が発生し、国内だけでなく他大陸にも受け入れを要請した。難民を受け入れてくれたのは中央大陸と東大陸の二大陸で、北大陸と西大陸には拒否された。難民には孤児も含まれており、三大陸の孤児院では足りず、中央大陸と南大陸は新しく建設したのだとか。


 父親は行方不明だが、母親が健在であった為、二城は孤児として扱われず、南大陸王都アジンタで母親との二人暮らしが始まったのだ。


(それも、長くは続かなかった。俺が十五の時に母さんは死んだ。葬儀屋を拝み倒してオクローシュ村跡地に埋葬してもらって、残った一切合財売り払い、装備を整えて王都の外に出たんだよな……)


 その後早速モンスターに囲まれてピンチになったところをグラファイトに助けられるのだが、途中で記憶を手繰り寄せる作業は中断せざるを得なくなる。


「おや、今日は珍しく早起きですね」


 相変わらず気配を消す事に関しては一流のリオールが、いつの間にか二城の真横に立っていた。これには二城もたまらず飛び上がりそうになったが、なんとか踏みとどまる。


「誰かさんのお陰で寿命がどんどん縮んでいくからな、一秒でも長生きしたいんだよ」


 心臓は未だにばくばくと脈打っているが、嫌味を言う事で何とか落ち着かせる。このままでは本当にリオールの手によって心臓を何かの拍子に止められてしまうかもしれない。まだ行方不明の父親を見つけるという目的を果たしていないのに、寝起きドッキリが死因ではなんとも情けない。


「そう言えば人間には寿命がありましたね。何にせよ、今を精一杯生きるのは良いことです」


 非常に機械らしくない事を言うリオールを尻目に二城はベッドから身を起こし、寝汗を吸って重くなった寝巻きを脱ぎ捨てる。余談だがこの寝巻きはリオールから渡されたもので、抜群の吸水性を誇る。逆に言えばそれ以外にこれと言った利点は無いのだが、これ以外の寝巻きが支給されないので仕方なく着用している。寝巻きを脱ぎ終わると、枕元にたたんである衣服一式(拉致された際に着ていたもの。寝ている間に洗濯されているのか、以前より綺麗になっている気がする)を着込み、寝ぼけている頭を切り替える。


「今日は何をするんだ?」


「何もしません。強いて言うならパトロールです」


「つまり昨日と同じか……」 リオールの言うパトロールとは、広場に行って子供達の遊び相手になることだ。たまになら楽しいのだが、何日も拘束具を付けられた状態で遊び盛りの子供達の相手をするのは辛いものがある。そんな二城の思いを知ってか知らずか、リオールは今日もパトロールを宣言した。


「そういえば、最近あの爺さんを見ないな。体調でも崩したのか?」


 最初の頃はリオールの傍に必ずと言っていいほど一緒に居た老爺が居ない。腰がかなり曲がっていたし、外はあの階段だ。老人の冷や水などというレベルではないだろう。


「彼は……ええ、ここ最近ちょっと体調を崩しておりまして、家で静養していますよ」


 回答まで僅かな間があったが、二城は気付かずに話題を別の方面にシフトさせる。


「この前みたいにモンスターが攻めてくる事は稀なのか?」


「ええ、迎撃システムが多数配置されていますから、並大抵のモンスターなら辿り着く前に息絶えるでしょう。逆に言えば、攻めて来るモンスターはその迎撃システムを突破した猛者ばかり、という事になりますけどね」


 リオールのカミングアウトに、また来ないかなと楽観視していた二城の頭は急速にクールダウンしていく。


「……俺達、良く勝てたな」


「迎撃システムで大分弱っていましたからね。もしモンスターがベストコンディションだったのなら、あなたは一体倒せれば上出来位の強さですよ」


「マジか……」


 二城は自分の非力さに加え、弱っているとはいえその敵の大半を一発の魔法で消し飛ばしたリオールの実力に戦慄を覚えるのであった。


(……でも、俺は強くならなきゃいけない。父さんを見つけるためにも、第二のオクローシュ村を作らないためにも!)


 まだ見ぬ敵に対して二城は闘志を燃やす。そして二城は気付かない、既に大きな敵の口の中に自分が身を置いている事に。




 二城が地の底で決意に燃えているころ、一人でギルドを発って港町アイリントに着いたリーシャは、船着場で足止めを喰らっていた。


「ふむ……悪いなお譲ちゃん、予定表だと定期便は昨日出ちまってるから、明日まで待って貰うことになる」


「じゃああの立派な帆船は何なの!?」


「確かに定期便とよく似ているが、ありゃ貨物船さ。人じゃなくて荷物だけを載せる船だよ……念の為に言っておくけど、密航は重罪だ。十年やそこらじゃ出られないぜ」 リーシャが指差した帆船は、薄い青色の水兵服を着た船員の言うとおりの貨物船で、中央大陸が注文した世界各国の特産品が多く積まれている。中央大陸は西大陸以外の航路を閉鎖しているので、貿易は全て西大陸を仲立ちとして行われるのだ。そのため海賊の襲撃にあうことも良くある。


「……分かりました。明日まで待つことにします」


「うん、物分りが良くて助かるよ」


 リーシャは船着場から町の中央に戻り、公園の椅子に腰掛けて物思いにふけっていた。


(孤児院を出る際に院長様が言った言葉、あの言葉に嘘がなければ、私は本当の孤児じゃない……)


 約二年前、リーシャはギルド『ヘカトンケイル』に入るため、半ば飛び出すような形で孤児院を出た。理由は勿論、孤児院を出ると言って反対されたからだ。尚且つ、孤児院の人達がいう事はこれ以上ないくらいの正論だ。リーシャが居た孤児院は個人経営であり、何よりも信頼が大事なのだ。まだ引き取り手も見つかってない子供が孤児院を出たら、あらぬ疑いを掛けられるのは目に見えている。しかし経営は苦しく、自転車操業という言葉が正にぴったりの有様だった。


 なんとしてもお金が必要だった。だからリーシャは一人孤児院を抜け出すことに決めたのだ。しばらく諦めたふりをして入念に脱出ルートの下見を行い、ある夜に決行に移した。裏庭の木を登り、そこから柵を飛び越える。連日の下見で見張りが居ない事も分かっていた――はずなのだが、背後から声をかけられた。


 驚いて振り返ると、そこにはリーシャの良く知る人物、院長が居た。院長とは文字通り孤児院の経営者で、物腰の柔らかい老婆だ。いつも笑顔を崩さず、滅多な事では怒らなかったので、皆から院長様と呼ばれ慕われていた。


「院長様……私を捕まえるの?」


 リーシャの問いに、院長はゆっくりと首を振る。訳がわからないといった表情で院長を見つめるリーシャに対して、院長はこれまたゆっくりと口を開いた。


「いつか、こんな時が来ると分かっていたわ……。リーシャ、よくお聞き。あなたは、本当の孤児じゃない」


「それって……どういう……?」


 院長の口から語られる予想外の事実に、リーシャの動きが完全に止まる。


「オクローシュ村に行きなさい。うまく行けば、あなたの秘密に近付けるわ」


「私の……秘密……?」 リーシャには、幼い頃の記憶が無い。いくら遡ってみても、孤児院に入る以前の記憶がどうしても思い出せないのだ。


「もう一つだけヒントをあげる。……八年前の事件。行き詰まったら、この言葉を思い出して」


 そう言うと、院長は踵を返し、孤児院の中へ入っていった。


「院長様……ありがとうございました」


 リーシャは見えなくなった院長に深くお辞儀をする。そして当初の予定通り木を登り塀を越え、孤児院を脱出した。


 そして朝がくる前にギルド行きの馬車に潜り込み、ギルドに着いた。そこでフラーレンに師事して冒険者としての基礎を学んだ。


 一人でも依頼をこなせるようになり、孤児院への仕送りも安定した。残す目的は後一つになったのだ。



(私の、過去の記憶……。八年――いえ、あれから二年経ったから十年前ね。ようやく手掛かりを探す旅に出たんだから、もっと前向きに考えなきゃ!)


 淀みかけていた気持ちを入れ替え、胸の前で小さくガッツポーズをとった瞬間、耳をつんざくような警報が町の各所から響き渡った。そしてまだ警報の残響も収まらぬ内に、今度は嗄れた老人の声が大音声で流れる。恐らく音だけを大きくして指定した場所に転送する魔法を使用しているのだろうが、いささか出力設定が大きすぎるのではなかろうか。


『町民に告ぐ! 現在港にてハーピーの襲撃を確認! 港の周囲にいる者は直ちに冒険者ギルド「パンタグリュエル」に避難せよ! 繰り返す、これは訓練ではない!』


 ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、それとも大音量の警報に驚いたのか、公園で遊んでいた子供達は皆泣いており、母親達が懸命にあやしている。


 リーシャはすぐさま背負っていたザックを降ろすと、町の地図を引っ張り出し、現在地を確認する。公園も港も一つずつしか無かったので、特定はすぐに終わった。港と公園はそれなりに離れており、ハーピーがここまで攻めてくる可能性は極めて低い。


(役に立てるか分からないけど、魔法でサポートする位なら出来る!)


 一瞬で判断を下し、リーシャは降ろしたザックを背負い直すと、港に向かって駆けた。公園から港まで一キロメートルほどあるが、リーシャの足ならば二分もあれば充分だ。



 リーシャは避難する人ごみの中を縫うように最短距離で一気に走り抜け、息を切らせながらも戦場である港に到着した。


「嘘……何でこんなに……」 港の上空には、数え切れないほどのハーピーが群れており、地上で応戦している人間達に時折数羽が弾丸のような速度で急降下攻撃を仕掛けている。


 応戦しているのは、冒険者ギルド「パンタグリュエル」で間違いないだろう。何故なら、その応戦部隊の中に一際目立つ人物が立っていたからだ。


「おおりゃああぁぁ!」


 他の人間より頭二つ分は大きい長身の男が、雄叫びをあげながらパンチから魔力の矢――マジックミサイルを乱射し、上空に群れているハーピーを次々に撃ち落としていく。あの人物こそギルド「パンタグリュエル」のリーダーで「豪腕のゼット」の異名を持つゼットその人である。


 ゼットは顔の下半分を覆う濃い髭と人並み外れた体格のため、遠目から見るとまるで山賊の頭に見える。だが注目すべき点はそこではなく、ゼットの魔術式にある。ゼットは魔法を自身の肉体を経由して打ち出す『肉弾兵器マッスルウェポン』の使い手なのだ。分かりやすいように例を取って説明すると、炎の魔法を拳に乗せれば殴った相手は燃え上がり、マジックミサイルなどの射出系の魔法を蹴りに乗せれば、蹴り足の先からその魔法が打ち出される。既存の魔術体系を完全に無視した独自の魔術式であり、ゼット以外にこれを扱える魔術師は今のところ存在しない。


「……って、見とれている場合じゃない、私も応戦しないと!」


 自身を奮い立たせるリーシャだが、リーシャの武器は短刀一本を除いて他にない。空を飛んでいるハーピーに対しては必然的に魔法攻撃でしか有効打を与えられないことになる。


(カバー主体の戦いになりそうだけど、何も出来ないよりは――!)


 そこまで考えたとき、戦線の一部が急降下攻撃により崩れた。そしてそこを狙い澄ましたかのように次々とハーピーが突っ込んでくる。崩れたのは魔術師らしく、隊を組んでいた槍使い二人が慌てふためいている。他の魔術師ではどんなに急いでもカバーが間に合わないだろう。


(お願い、間に合って――!)


 間一髪で急降下してくるハーピーと槍使いの間に割り込んだリーシャは、自分を中心に槍使い達を囲むように青い半球状の対物バリアを張り、ハーピーの急降下攻撃を全ていなす。


「すまん、助かった。……君は一般人か?」


 槍使いの内の一人がそう尋ねてきたので、リーシャは周囲を確認した後バリアを解除し、質問に答える。「いいえ、私は冒険者よ。今は訳あって流れだけど、帰る場所もちゃんとあるわ」


 そう、今のリーシャは依頼ではなく自らの意志で動いているため、ギルド規定で言えば「流れ」にあたる。流れの冒険者はその町や村に定住しないために評判が悪いが、身分証の役目を兼ねているギルドカードの発行等により徐々に悪いイメージは払拭されつつある。


 だが、良く言えば長閑、悪く言えば田舎と呼ばれる地域ではギルドカードという概念がまだ浸透しておらず、質の悪い冒険者が幅を利かせている地域も未だある。


「そうか……君の協力に感謝する。ありがとう」


「どういたしまして――って言いたいけど、お礼を言うのは少し早いんじゃない?」


 リーシャはそう言うと、さっきの急降下の勢いを殺しきれず地面に激突し、気絶しているハーピーに歩み寄る。


 ハーピーは鳥と人間の女性が混ざったような容姿をしている。身長は大体百七十センチ前後、体表は全体的に茶褐色の羽毛で覆われており、上半身と顔が人間の女性、それ以外は鳥の面が強くでている。人間の言葉を解することはなく、彼女達の縄張りを犯したものに対しては容赦なく攻撃を仕掛けることで有名だ。


 リーシャは腰にさげた鞘から短刀を引き抜くと、ハーピーの首筋目掛けて振り下ろそうとしたが、後ろから槍使いに羽交い締めにされたためにその動作は中断された。


「駄目です! やめて下さい!」


「何で止めるのよ! ハーピーはモンスターなのよ?」


「四族同盟でハーピーの殺害は禁じられています!」


 四族同盟――どこかで聞いたワードにリーシャの記憶が反応する。確かヘカトンケイルに入団して間もない頃、冒険者としての技能が全く無い自分にフラーレンが教えてくれたことだ。


 世界は大まかに分けると四つの種族に分類される。人間、有翼人、獣人、亜人の四種だ。


 四族同盟は四つの種族から代表格を一人ずつ選出し、四つの種族が真に平等になるように様々な問題を話し合い、結論を下す。


 そして、最初の議題に選ばれたのが種族の定義だ。例えば、狼は獣人に入るのか、ゴブリンは亜人に入るのか、といった基本的なことである。長い話し合いの結果、モンスターとそれ以外というなんとも曖昧な分類に至った。しかし、仮にも四族同意で決まってしまったので、このリストは冒険者ギルドを始めとした各ギルドの基準となった。 ちなみにハーピーはモンスター寄りだが有翼人種となっているので、一方的な加害及び殺害には問答無用で有罪判決が下る。要は先に手をだしてはいけないのだ。


「――今回は先に攻撃されたから問題無いでしょう?」


「うちのギルドは、十年前の事件を期に有翼人種の保護を始めたんです! だから――」


「十年前の事件ですって!?」


 リーシャの発言に、槍使いが「しまった」という表情と共に口元に手を当てる。この動作で僅かに緩くなった羽交い締めを振りほどき、槍使いと対峙する。流れとは言え、他のギルドに所属しているリーシャに情報を漏らしてしまったのだ。焦るのも無理はない。


(これは、後でじっくり話を聞かせてもらわないとね――)


「そう言うことなら仕方ないわね。でも、後で話を聞かせてもらうわよ」


 短刀を鞘に戻し、未だ上空に留まるハーピーの群れに視線を戻す。


 群を観察していると、群の中央に他のハーピーと一線を画す純白の身体を持つ個体を発見する。もしかするとあれがリーダーかも知れない。そう思ったが、生憎狙い撃ちが出来るような魔法をリーシャは持ち合わせていない。


 リーシャが攻めあぐねていると、純白のハーピーが突如として耳をつんざくような金切り声を発した。孤児院にあった黒板を爪で引っ掻いた時のような嫌な音に、思わず両手で耳を塞いでうずくまってしまう。


 そしてそんな絶好のチャンスをハーピー達が逃すわけもなく、大量のハーピーが狙い澄ましたかのようにリーシャへと急降下攻撃を仕掛ける。


 ハーピーとの戦闘経験を持つギルド員達は事前に耳を塞ぐことに成功しており、うずくまってしまったリーシャの前には槍使い二人が前に出てカバーの態勢に入る。そこへハーピーが押し掛け、防戦が始まる。


 最初こそ爪をいなし腹を打ちなりして防いでいたが、次第に押され始める。何しろ数が多い上に攻撃の間隔も段々短くなってくる。攻撃が一カ所に集中したために余裕が出来た仲間が強化魔法を槍使いに掛けるが、焼け石に水だ。


 そろそろ限界かと思ったところで、不意にハーピー達の猛攻が止む。何事かと思った槍使いはハーピー達のいる上空を仰ぐ。一見変わりないように見えたが、よく見ると負傷したハーピーを、他のハーピーが支えるようにして飛んでいた。 はっとしてすぐ横の地面を見ると、ついさきほどリーシャが止めを刺そうとしたハーピーが忽然と姿を消していた。槍使いは、すぐ側で救助活動が行われていても気付かない程の猛攻を捌いていた自分を心の中で褒め称える。


 仲間の無事を確認し終えたのか、純白のハーピーはこちらに背を向ける。その光景を見た槍使いはほっと安堵の息をつく。この行動は退却のサインだ。さっきの金切り声も地上に取り残された仲間の救出が主だったと考えれば、一斉攻撃にも得心がいく。今回は横に広い陣形を組んでいたため、一点を集中攻撃されると脆い。現に強化魔法しか支援が届かなかったことを考えると、まだまだ改善の余地がある陣形だ。


「つ、うぅ……。まだ頭の中に金切り声がこびりついてるわ……」


 残響に悩まされる頭を押さえながらも、ようやく立ち直ったリーシャ。大丈夫ですかと声を掛けてきた槍使いに「大丈夫」とだけ返し、「それよりも」と話を続ける。


「それよりもあなた達のリーダーに会わせて欲しいのだけれど」


「リーダーでしたら、あなたのすぐ後ろにいますよ」


 まるで槍使いの言葉に反応するかのように、ぬっと影がリーシャを覆い隠す。弾かれたように後ろを振り返ると、確かに居た。かなりの至近距離であり、いつの間にここまできたのかという驚愕に、思わずバックステップで距離を取る。


「ふむふむ、良い反応だ。大抵の者は呆気に取られて何も出来んからな、その中では良い方と言える」


「……じゃあ、ベストな対応って何ですか?」


「千の刃のグラファイトは知っているだろう? 奴は後ろに立ったワシにいきなり斬りかかってきおった。無論、危ないから忠告も兼ねて刃を砕いてやった」


(刃物を砕くって、馬鹿力にもほどがあるんじゃない?)


 内心で呟くが外には勿論漏らさない。下手に喋って相手に警戒されたら、折角の情報が水泡に帰してしまう。


「たぶんそれうちの団長ですね」


 何気なく言った一言だが、ゼットはそれに反応を示した。


「む、団長と言うことは「ヘカトンケイル」に所属しているのか?」


「はい、そうですけど……」


「依頼でも無いのに団員を残して基地を開けるとは、奴の永遠のライバルとして嘆かわしい! 団長とはワシのように基地に常駐してこそ、真の価値を発揮するのというのに!」 突然団長のなんたるかについて語り出すゼット。いつもこうなのかと心配になって周囲を見てみると、「またやってるよ」とか「本当、好きだよね」などといった声が聞こえた。どうやらこれが平常運転らしい。恐らく誰の目から見ても、グラファイトへの対抗意識を燃やしていることは明白であろう。


 しかし、団長としてはこれが正しい姿なのかもしれない。どこぞの団長みたく平然と数ヶ月単位で基地を開け、その間のことは副団長のダイアに任せっきりな団長こそが異端なのではないか。


 ただ一つ分かることは、今は団長の是非について語るべき時ではないということだ。団長に限らず、長とつく者の話が長いことは全世界共通の認識となっている。だが、リーシャが今欲しているのは高説ではなく情報だ。


「あの、私は団長じゃないので、そういう話をされても困ります」


 放っておけばいつまでも演説が続きそうなので、息継ぎのタイミングを狙って今の話に興味がないことを告げる。


「いかんな、つい熱くなってしまう。……すまないが、あの事件はまだ、人々の心に爪痕を残している。出来ればギルドで話したいのだが、良いだろうか?」


 口調こそ穏やかだが、根底には確固たる意志がある。もしこの問いかけに嫌と答えれば、この男は何も話してくれないだろう。


「分かりました、話はギルドで伺いましょう」


「ありがとう。奴もこれくらい素直なら良いのだがな」


 ゼットの言う奴とは、十中八九グラファイトのことであろう。ゼットが場所を移したがっていたのは、今回戦闘に参加していたギルド員は勿論、助太刀に来てくれた船乗りや腕に覚えのある町民の中にも「十年前の事件」の関係者がいるかもしれないと考えたからだ。


 ゼットはギルド員に港の後片付けの指示を出すと、リーシャをギルドに案内した。


 リーシャはギルド「パンタグリュエル」の団長室に通された。応接間で良いと言ったのだが、ゼットが頑として譲らなかったので、仕方なく従った。しかしいざ入ってみれば団長室とは名ばかりで、実際はゼットの私室兼トレーニングルームと化していた。一目見た感じでは黒と白のモノトーンで纏められ落ち着いた雰囲気の部屋だが、隅には些か場違いな使い込まれたサンドバッグやバーベルが置いてあり、普段から体を鍛えている事が窺える。「飲み物は何が良いかね?」


「……長い話になるんですか?」


 直接の答えになっていないが、ゼットはリーシャの質問の意図を理解し、頷いてみせる。


「ああ、君の様子からすると、十年前の事件についてあまり詳しくないと見た。だから時間が掛かるかもしれない」


 ゼットはリーシャが十年前の事件について知らない理由を追求しなかった。同業者の過去を無闇に詮索することはタブーであり、暗黙の了解となっているからだ。


「特に注文が無いならワシが勝手に選ぶが、構わないだろうか?」


「ええ、お任せします」


 リーシャの返答を受け、ゼットはおもむろに壁に歩み寄る。地面から一メートルほどの位置にある突起に手を掛けると、力任せに手前に引く。普通の壁ならびくともしないが、何らかの仕掛けがしてあったらしい。壁はドアのように開き、尚且つ隙間から冷気が漏れてきたのだ。ドアの向こうはリーシャが座っている位置からでは見えないが、ゼットが中に手を突っ込んで何かを探っているのは分かる。手を引き抜いたゼットの手には、恐らく本人用に作られたのであろう大きめのコップが二つ握られていた。


「さあ、ワシからのもてなしだ。ぐいっとやってくれ」


 突き出されたコップの中には、乳白色の液体がなみなみと注がれている。ゼットは飲めといっているが、正体不明の物を口にする気になれなかったリーシャはゼットに尋ねる。


「確かにお任せしますとは言いました。けど……何ですか、これ?」


「強い肉体を作るためのスペシャルドリンクだ。飲んでトレーニングすれば筋肉がモリモリ付くぞ!」


「何が入ってるんですか?」


 警戒しているのか、コップに口どころか手すらつけようとしないリーシャ。ゼットは仕方ないなといった表情をしながらも内容物を説明する。


「牛乳、生卵、鶏のささ身が主成分で、隠し味にプロテインだ。君のには飲みやすいように特別に砂糖を入れておいたぞ!」


 誇らしげにサムズアップをしてみせるゼット。リーシャは驚愕のレシピに目を丸くする。


「何で固形物を入れたんですか! ……それに、私はこれ以上体を鍛えるつもりはありません!」


「そうか……。これは老婆心だが、身体は君くらいの年齢でなるべく鍛えて置いた方が良い。年をとってからでは効率もがくっと落ちる。それに牛乳に含まれるカルシウムは骨を強くする。冒険者にとっては良い事だらけだ」 リーシャに特製ドリンクを受け入れてもらえなかったことがよほどショックだったのか、ゼットは肩を落とし、負のオーラと特性ドリンクの効能を垂れ流す。これでは話を聞けないと思ったのか、リーシャは意を決して発言する。


「そ、そんなに落ち込まないで下さいよ。最初はちょっと、材料に驚いただけで、飲まないとは言っていませんから――」


「そうか! 飲んでくれるか! ワシはその言葉を待っていたぞ!」


(しまった――乗せられた!)


 今までの落ち込みぶりは全て演技……リーシャがそれに気付いた時、ゼットは満面の笑みでコップを突き出していた。


「さあ、一気にぐいっと飲むと良い。リフリジレイターで冷やしてあるから飲みやすいぞ」


「リフリジレイター? 何ですかそれ?」


 このままではゼットのペースで無理やり一気飲みさせられかねない。そう直感したリーシャはゼットの注意を逸らすために話題をシフトさせる。


「うちの遺跡探索チームが南大陸の遺跡から発掘した機械だ。仕組みは良く判らんが、中に入れた食料を冷却する事で腐敗を遅らせる装置だった。仕組みはともかく発想は面白いと感じたのでな、ワシの部屋にも氷の魔法でやや強引に再現した物を置いてある」


 口ぶりからして、自分のやり口が少々強引なことには気付いているらしい。改善しようとしていないのは問題だが、注意は逸らせた。リーシャはゼットの手からコップを引ったくり、中身を飲む。最初こそ甘めの牛乳だったのだが、すぐに生卵と鶏ささ身が容赦なく口の中に侵入してくる。生卵と違って他と一切合わせる気が無い鶏ささ身に辟易しながらも、全て嚥下した。


「良い飲みっぷりだ。ワシは君のような人材を探していた!」


「……いきなりヘッドハンティングですか?」


「ああ、是非そうしたい。何しろワシのスペシャルドリンクを飲んでくれたのは、君で二人目だからな!」


 それを聞いたリーシャは、言いようの無い気持ちに襲われる。ゼットの発言を鑑みるに、他人に勧めたがことごとく断られたのは想像に難くない。それを飲んでしまった自分と、断りきれずに飲んでしまったもう一人。二人とも押しに弱いんだろうなと、どこか他人事のように考える。「……まあ冗談はここまでにして、そろそろ本題に入ろう」


 ゼットがそう言うと、場の空気が急速に引き締まったものに置き換えられていく。今までのふざけたやり取りは全て前振りだったのだ。その割には特製ドリンクを飲まされたりしたのだが、それも含めて前振りである。……リーシャはそう思うことにした。


「十年前の事件。この言葉が意味することはただ一つ、南大陸でのモンスター大量発生と、それによる被害を指す。……十年前、まだワシやグラファイトが冒険者だった頃、南大陸全域に一日にしてモンスターが大量発生し、街や村の殆どが壊滅させられたのだ」


 ゼットの口から語られる十年前の事件。南大陸は温暖な気候と肥沃な土地を有し、他大陸と比べて遺跡も数えるほどしか無い。冒険者にとって旨味は少ないが、戦闘能力を持たない一般人からすれば天国のような場所である。現に他大陸からの移住率はトップであった。……十年前までは。


「モンスターの襲撃は、王都アジンタを除くほぼ全ての街や村に及んだ。王都から近く、人の出入りが多い街は大した被害は出なかったが、村ではそう簡単にはいかなかった」


 王都から距離があり、訪れる冒険者もいない。そんな状況の村がモンスターに襲われれば、ひとたまりもないだろう。


「……なるほど。ところで、ハーピーを退けた後、団員の一人が有翼人種の保護と言ってましたけど、具体的に何をしているんですか?」


「その話か。……実は、十年前の事件は、人間による陰謀ではないかと裏で言われている」


 それまで渋い顔をしていたゼットだが、リーシャがその話を切り出した途端、表情は一層険しくなり、声のトーンも明らかに落ちた。


「……どうしてですか?」


 疑われるからには、何かしらの理由がある。リーシャの発言は、根拠のない言いがかりに憤慨しているように見えるが、その実そう思われる理由を求めている。


「思い当たる節ならある。まず有翼人種……いや、これは他の人種にも言えることだが、彼らは人間と比べて定住意識が強い。獣人が良い例だろう。彼らの中には北大陸から一歩も出ず、その生涯を終える者も居ると聞く」


「……言われてみれば、私も獣人は本でしか見たことありません」「彼らからしてみれば、住み慣れた土地を離れて生活する者は、さぞ奇怪に映るのだろう。――話を戻すが、そう言った定住意識の強い人種は、大抵が排他的な性質を持ち合わせているが、有翼人種だけは違った。後から入ってきた人間を受け入れるどころか、共生関係まで築いてみせたのだ」


「……良い話ですね」


 気づけば話に聞き入っていたリーシャは、正直な感想を述べる。


「ここまでならそうだ。だが、人間は徐々に増え、勢力を拡大し、ついには人間だけの王都まで作り上げた」


「それが、王都アジンタですか?」


 リーシャの問いかけに、ゼットは頷くことで答え、話を続ける。


「人間だけとは言え、南大陸である事に変わりはない。当然有翼人種も流入してくる。だが、有翼人種はそこで迫害の憂き目にあったのだ」


「な、何でですか!?」


「ワシは初めに言っただろう? 定住意識の強い人種は、排他的な性質の者が多いと」


 ゼットの言葉の意味する事はつまり、人間も決して例外ではない。何かを求め冒険者になる者もいれば、その地に根を張って生きる事を選ぶ者もいる。他の地に行く術を持たぬ者にとって、自らの生活を脅かす存在は全て敵なのだ。例えそれがかつて自分達を受け入れた種族であっても。


「だからって、自分達以外のものを排斥して良い理由にはなりません。恩を仇で返すなんて……」


「有翼人種はそう簡単にやられはしない。デモ行進を毎日行い、王都の兵士たちと何度も衝突していた。――十年前の事件が起こるまでは」


「まさか……!」


「これが一つ目の理由、まるでデモを妨害するかのように事件が起きた」


 偶然にしてはタイミングが良すぎる。狙い済ましたかのような精度で起こる大事件、意図的な力の関与を匂わせるには十二分と言える。


「二つ目……ワシの考えでは、主にこの二つの理由が噂の原因だと睨んでいる。モンスターが大量発生した際、小さめの村……特に有翼人種と人間が共に暮らす集落への被害が極めて甚大だったのだ」


「それは何故ですか?」


 ゼットの言った事と陰謀説が頭の中でうまく結びつかず、リーシャは首を傾げる。


「有翼人種と人間を見分ける方法は主に二つある。一つは背中に生えた翼で、もう一つは人より優れた身体能力だ」


「身体能力?」


「戦闘能力と言い換えても良い。反応速度、体捌き、感覚、動体視力に治癒能力と、戦闘向きの技能が同年代の人間より優れている」「ちょっと待ってください。有翼人種の翼は、空を飛ぶためのものですよね? だとしたら、空を飛ぶために骨がスカスカになるのでは?」


「確かに有翼人種の翼は空も飛べるが、本来は『足場の悪い場所を移動する為』に得たものとされている。彼らは主に山で狩りをして過ごすから、仮に転落しても怪我をしない程度に飛べれば良かった。だから骨も君が想像しているほど脆くは無い」


「じゃあ、もし村が襲われた際に殿を務めるのは……」


 人間と有翼人種が共存している村が襲われた場合、村の皆を逃がす為にモンスターの相手をする役は、当然戦闘能力の高い有翼人種が優先的に選ばれる。


「そう言う事だ。これにより有翼人種は相当数が戦死したと言われている。それと引き換えに、人間の被害はそれなりに抑えられたそうだ」


「そんな……」


「更に孤児や難民の問題もあったが、これらは他大陸の協力によりそれ程度大きくならなかった。だが、逆にある一つの問題が浮上した」


「問題……ですか?」


 リーシャの表情は見るからにげんなりしている。口にこそ出さないものの、更に問題が増えるのかと、表情が雄弁に語っていた。


「うむ、実は有翼人種の子供と人間の子供を見分ける方法が、皆無に等しいのだ」


「……どういう事ですか?」


「有翼人種の子供は、成人するまでは人間の子供となんら変わりはない。成人になるのに特別な儀式はいらず、時間経過で自然と発現する。個人差はあるが十七歳から十九歳にかけて成人となり、成人になった証として背中に翼が生えることが、これまでの調査で判明している」


 つまり、有翼人種の子供と人間の子供はバラバラになって他の大陸に散っていったことになる。


(……ちょっと待って、他の大陸にあって孤児を受け入れる事が出来る施設と言えば……孤児院しか無いじゃない!)


 リーシャは自分が孤児院育ちである事を言うべきか迷ったが、ゼットが見分ける方法が無いと言っていたので、報告だけするつもりで口を開く。


「あの……実は私、中央大陸の孤児院育ちなんです」


「何? それは本当か! ……いかん。あまりに驚いたので大声をあげてしまった。……重ね重ね失礼だが、君の年齢は幾つかね?」


 リーシャの爆弾発言が、ゼットに目を思いっきり見開かせるというリアクション芸を取らせる。しかしそこは団長の精神力か、すぐさま立ち直ると、リーシャの年齢確認作業に入る。「あと三ヶ月足らずで十七になります」


「つまり十六歳か。……もし、君が旅先で有翼人種と判明するか、他の有翼人種を見つけたのであれば、証である翼を誰にも見られないように隠し、真っ先にこのギルドに来て欲しい。君が思っている以上に、世間は有翼人種に対して冷たい。一刻も早くここに来て、ワシかイダテンに取り次いで貰うように受付に言ってくれ」


「イダテン……さん……?」


 急に出てきた人名らしきものにリーシャが戸惑っていると、ゼットが説明を入れる。


「ああ、イダテンはニックネームで、本名は横井田天空よこいだ てんくう。有翼人種保護プロジェクトの提唱者で、彼自身も有翼人種だ。有翼人種への差別や迫害を、誰もが見て見ぬ振りで許容されている今の状況を何とかするために、有翼人種の発見と保護を第一に行動している。ちなみに、君と同じく、ワシのスペシャルドリンクを飲んでくれたのは彼だよ」


 最後の説明は要らないような気もするが、リーシャに限って言えば、その説明がまだ会ったこともないイダテンに対しての警戒を解き、親近感を抱かせることに大きく貢献した。


「それにしても、十年前の事件の話から、大きく脱線しましたね」「……実を言うとワシやグラファイトは、あの事件の当事者じゃない。だからあまり詳しい事は知らんのだ。それでも良いのなら、わかる範囲で君が望む答えを提示しよう。何か質問はあるかね?」


 リーシャはゼットの願ってもみない申し出に対し、質問内容を思案していた。


 正直に言ってしまえば、特に聞きたいことは残っていない。リーシャの懸念は、オクローシュ村と言う単語を出すべきか否かで揺れている。


 これまでのゼットを観察した限りでは、隠し事が出来るような人には見えない。だが、どこか疑いを捨てきれない。どこぞの団長と違い、長の務めを理解しているゼットが、他のギルドの人間にわざわざこんな話をするだろうか。


 考えれば考えるほど、思考は下り坂を転がり落ちていく。……一方向に考えが偏るのは、頭が正常に働いていない証なのだろう。恐らく、これ以上ここにいても、有用な情報は手に入りそうもない。リーシャは、もう尋ねるような事柄が無いことをゼットに伝えた。


「そうか……、少しでも君の力になれたのなら、喜ばしいことだ。なんならうちに泊まっていくかね? 空き部屋であれば貸し出せるが」「いえ、お気持ちだけ受け取っておきます。もう宿は別に取っているので。私はこれで失礼しますね」


 実のところ宿など取っていないのだが、こうでも言わないと成り行きで泊まることになりそうなので、リーシャはとっさに嘘をついていた。


 それに対してゼットは、「ならばせめて入り口までは見送ろう」と言って席を立つと、本当にギルドの入り口までリーシャを案内し、盛大に見送ってくれた。


 ただでさえ大きいゼットだが、手を振るとより一層目立つ。あまり目立ちたくないリーシャは、ゼットに礼を述べると、そそくさと町の方へ今晩の宿を探しに駆けていくのであった。

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