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旅は道連れ世は情け

 地底では不穏な空気が漂い始めていたが、地上にはそんな気配は微塵もなく、爽やかな潮風が吹き渡り、旅人にここが港町であることを再認識させる。


 ポート・ヤチマタ。それがこの港町の名前だ。ヤチマタとは古い言葉で、『いくつにも道が分かれる地点』という意味を持つらしい。その言葉に嘘偽りは無く、この港からは船を使って文字通り世界中どこにでも行くことが出来る。


 そのおかげか否か、港町には世界各国の品が集まり、今では西の大陸に行けば値段のつくものなら何でも売買出来るとまで言われるようになった。根っからの商業国家――西の大陸の異名の謂れである。


「ふあ……くそ、あの筋肉ダルマ、なーにが『天使のモーニングコール』だ! 危うく魂まで地獄に持って行かれそうになったぜ……」


 欠伸を噛み殺しながら毒づくのは、ギルド『ヘカトンケイル』リーダーのグラファイトである。その出で立ちは真っ赤なロングコートに金髪オールバック、更に薄い黒色のサングラス。大凡の人がリーダーと聞いて思い浮かべる人物像とはかけ離れた容姿をしているが、これでも一ギルドのリーダーという看板は伊達ではなく、強さは申し分ない。


「団長は悪い人じゃないんですよ。ただ人の話を聞かないだけで――」


「そもそも何でお前が付いて来るんだ? お互いの認識も顔見知り程度で、義理人情なんて欠片も無いぞ」


 グラファイトは団長――この場合はギルド『パンタグリュエル』団長のゼットを指す――にフォローを入れようとするイダテンの言葉を遮り、疑問を被せる。


「団長の粋な計らいです。あなたは少し目を離した隙に大変なことをしでかすから、見張っていて欲しいと」


「……随分な言われようだな」


 正直これから地底に乗り込もうとしている以上、同行者は要らないと言うのがグラファイトの本音であった。仮にイダテンを熟練の冒険者だと仮定しても、やはりリスクのほうが打ち勝ってしまう。


(一旦宿をとって、寝たふりでもして振り切るか……)


 現状で一番効果があると思われる作戦を考案し、イダテンに「とりあえず宿をとる」と声をかけて人でごった返る港の大通りに一歩踏み出す。


 流石商人の国と言ったところだろうか。人々のざわめきに邪魔されることなく、様々な宣伝文句が耳に入ってくる。 そんな宣伝を聞き流しつつ通りに出ている屋台にざっと目を走らせると、様々な国から旅行者が来るためか、『○○大陸特産品』やら『○○国名物』等の文字が入ったのぼりがやたら目に付く。その国の住人が目もくれないのを良いことに、各々で勝手にでっち上げた特産品(自称)を、こういった場に不慣れな旅行者に高値で売りつけるのだ。


「おっ! ちょっとそこなロングコートのお兄さん!」


 グラファイトは嫌な予感を抱きつつ振り返ると、ジェームズのように恰幅の良い商人が手招きをしていた。中途半端に目立つ格好をしているせいか、こうして街中で呼び止められることはままある。仕事柄衛兵の類から声をかけられると高確率で面倒な事になるため、宿をさっさと確保したいのが現状だ。そうなるとこの商人は無視するべきなのだろうが、グラファイトは何故かそれが出来なかった。商人からひしひしと感じる嫌な予感の正体を確かめない限り、どの行動が最善なのかは分からない。


 しかし逆に言えば、商人の手の内さえ分かれば、後はどうにでもなる。グラファイトは意を決して人の流れに逆らいつつも商人の下へたどり着く。


「お兄さん、見たところ冒険者だろう? こんな所に店を出してはいるが、実のところウチの主な客層は冒険者でね。こうしてお兄さんを呼び止めたのさ」


 明らかに冒険の邪魔になりそうな地方特産品(自称)を店頭に並べておいてそんな白々しいことを言うのかと、グラファイトは呆れ果てていたのだが、商人はグラファイトの反応を素直な驚きと勘違いしたようで、早速商品の説明を始めた。


「気になるでしょう? ですがウチの商品は高性能な物を取り揃えていますんで、信頼できるお客さんにしかお売りできないんですよ」


 商人がそこまで言ったところで、グラファイトには大体の手の内が読めてしまった。


(抱き合わせ商法か……しかしこんな人通りの多いところでやっても――ああ、なるほど。人通りが多いからこそ俺みたいな目立つ格好の奴が標的なわけか……) こういった商売は悪質な物が多いため、大抵は路地裏で行われる。しかし今グラファイトの目の前に居る商人のように、表通りで堂々と行うものも最近現れてきた。


 冒険者や傭兵など、社会的に身分が低いが大金を持っている者を狙った悪質な商売だ。国の騎士団や民衆の目を後ろ盾として使い、使い道の無い高級品を適当な冒険者用の装備等と抱き合わせて一緒に売りつけるのだ。


 中には「買わないと騎士団に突き出す」といった脅迫まがいの手段に出る連中もいるらしい。自国に住む商人と身元の知れぬ冒険者、どちらの言い分を国が信じるか、結果は火を見るよりも明らかだろう。


 この商人も騎士団かそれに準ずる組織と繋がりがあるのだろう。まずはそれを聞き出さないといけない。


(うちのギルドは、中央大陸以外だと知名度ゼロだからな。……あの筋肉ダルマのギルドなら何とかなるだろうが、後が面倒臭いからな)


 各国から様々な名目で引く手数多だったグラファイトが二つ名を返上してまでただの一冒険者に逆戻りしたのは、王侯貴族間のドロドロとした人間関係に嫌気が差したからというのが大きな理由だった。


 政略結婚や暗殺などと言った話が日常的に耳に入り、狙いの見え透いた接待を目の当たりにし、腹の中ではお互いを亡き者にしようとしている夫婦と話をする。グラファイトには到底耐えられない世界だった。


「ところでお兄さん、あなたは何処の大陸の出身ですかな? ウチは、身元の証明が出来、更にウチの商品を買ってくれるお客様しか信用できませんので……」


(なるほど、所属国をさり気なく聞きだすと同時に土産物の真贋を見抜かれないようにするか。うっかり相手の所属国に存在しない地方特産品(自称)を見せると、目も当てられない事態になるからな)


 一度見当をつければ、いくらでも推察の材料となるものは出てくる。しかし、決めの一手が見つからない。今のままではただの悪質商売の真似事に過ぎない。確実にどこかの組織と繋がっている極悪人であると判明しない限り、邪険に扱う事はできない。


「出身は北方大陸。この服装を見れば分かるだろう?」


 ダイヤが横にいれば「またそんな大嘘を……」と呆れ混じりにつぶやきそうな事を平然と口にするグラファイト。本人に言わせれば、これでも立派な鎌かけのつもりらしい。 商人は「そうですねえ……」と口で言いながらも、その視線はグラファイトを舐めるように上から下へとさり気なく、かつ注意深く観察する。もし商人に透視能力があれば、グラファイトのロングコートの裏にある様々な武器の柄を見て先ほどの発言が嘘だと見抜けるのだろうが、商人は良くも悪くも一般人であった。


「お兄さんは運が良い。ここに並べてあるのは、北方大陸じゃあ手に入らない珍しい物ばかりだよ!」


 肉付きの良すぎる体をたぷたぷと揺らしながら力説する商人とは対照的に、グラファイトは冷ややかな視線で売り棚を眺めていた。


(十年くらい前は世界中を飛び回っていたが、ここにあるものは見たことも聞いた事もねえぞ……?)


 商人が地方特産品と声高らかに謳う物は、過去に世界中を回ったグラファイトですらお目にかかったようなことが無い物ばかり。


(流石に全部の町や村を回ったわけじゃねえからな……。仕方ない、ここはもうひとつ探りを入れてみるか……)


 今一度商品棚を見て、自分の知っている商品が何一つない事を確かめると、口を開いた。


「実はこれから中央大陸に向かう予定なんだが、向こうではどんなものが流行っているか分かるかい? ……偽物を掴まされたくは無いんでね、情報が欲しい」


 ぺらぺらと嘘八百を並べ立てるグラファイト。表情はおろか声色や話すペースにまで一切の変化が無いあたり、そこらの悪徳商人よりよっぽど性質が悪い。


「それでしたら……はい、こちらなんてどうでしょう?」


 少し悩むような素振りを見せた後に商人が取り出したものは、牛のような白黒のまだら模様をした馬だった。


「……何だ、これ?」


 ギルド「ヘカトンケイル」のリーダーとしてこれまで様々な中央大陸内の依頼を解決してきたグラファイトだが、こんな生物は大陸内で見たことも聞いた事も無い。


「この生物は『ホースタイン』と言って、中央大陸では一般的な生物です。これはミニチュアですが、実物は三メートルほどの巨体を持っています」


 グラファイトの呟きを別の意味で解釈した商人は、ここぞとばかりに商品の説明をしたが、グラファイトの開いた口に見えないつっかえ棒を差し込む結果になった。


(ホースタインって……南大陸で農業用に交配された生物じゃねーか! しかも実物とはかけ離れた造形……南大陸はおろか、中央大陸ですらこんなもん一体も居ねーぞ!?) 渾身の突っ込みも、開いた口がふさがらない状態では外に出せない。結果として心の中での突っ込みにとどめてしまったが、一つの確信を得る事に成功した。


(薄々感づいてはいたが……やっぱりハズレか)


 サングラスの奥の目をスッと細めるグラファイト。頭の中では既に何通りもの逃走方法の模索と検討が行われていた。


(イダテンを頼るのは本末転倒、強引に逃げれば騎士団かそれに近い何かを呼ばれる。……それっぽい理由をつけて立ち去るか。また来るとでも言っておけば良いだろう)


 瞬時に答えを導き出したグラファイトは、懐から黄色の懐中時計を取り出す。遺跡探索の時に貰って返し損ねていたものだ。


「……っと、もうこんな時間か。悪い、連れと待ち合わせてるから、買うのはまた今度な!」


 相手に何か言い返す隙を与えず、その場で素早く踵を返すと人ごみの中にさっと消えていく。商人が「ちょっと、お客さん!?」と言い終えた時、既にグラファイトの姿は見えなくなっていた。



「さてと……宿はどうするか……」


 赤レンガ造りの倉庫が立ち並ぶ港を離れ、グラファイトは街中へ来ていた。


 また露天商に捕まるのは面倒であったし、逃げるにしても同じ手が何度も通用するとは思えない。そもそもさっきの方法は不完全だった、木倉が教えてくれた方法では、逃げるに当たってミストの魔法か巻物を使った方が成功率が高いのだ。最も、その逃走方法は木倉のように何処にでもいそうな人物に対してのみ有効であり、グラファイトのように目立つ人物に対しての効果は到底期待できる物ではない。


 そしてグラファイトが今歩いているのは人目につきにくい裏通り。表通りのように綺麗に整えられた石畳は存在せず、ただ雨でぬかるんでしまう事を防ぐ為だけの適当な大きさの石が敷かれていた。


 しかしグラファイトはそんな地面には目を向けず、辺りを見回して一番最初に目に付いた宿に入る。中は外から見たときよりも広く感じるが、真正面にある受付カウンターに鎮座する無愛想な中年オヤジのせいで開放感より息苦しさを強く感じる。


 グラファイトが一歩近付くなり、挨拶もなしに「どの部屋に泊まる?」と聞いてきた。初めての場所なのにどこに泊まれるかなど分かる物かと反論しようとしたグラファイトの背後から、聴きなれた声がした。


「いつもの二人部屋で頼むよ」 驚いたグラファイトが振り向くと、確かに撒いたはずのイダテンが涼しい顔で立っていた。イダテンは面食らっているグラファイトなど気にも留めず、カウンターに銀貨を三枚置いた。オヤジは置かれた銀貨に一瞥をくれると、それを片手で掴んでポケットにねじ込み、代わりにカウンターの下から取り出した鍵を無造作に放り投げる。


 イダテンは緩やかな放物線を描く鍵を掴むと、カウンター横の階段を登っていった。イダテンが階段を登る途中付いてくるように手招きをしたので、グラファイトも渋々ながらイダテンの後を追って二階に上がる。二階は全体的に板張りの四角い部屋で、イダテンは前方に三つあるドアの内、右側の部屋に入っていった。


 グラファイトもその部屋に入る。部屋は明かりがついてないために薄暗く、壁についた明り取り用と思われる窓にも厚いカーテンが掛けられていた。グラファイトは危険がない事を確認すると、後ろを振り返ってドアノブ横のツマミを捻って鍵を掛ける。裏通りにある宿にしては珍しくセキュリティーがしっかりしている。感心しながら部屋の方に向き直ると、部屋の天井付近に光り輝く球体が浮んでおり、部屋の中を照らしていた。恐らくはイダテンのマナライトであろう。


 改めて部屋の内装を確認すると、必要最低限の物しか置いてない事に気づく。二つ置かれたベッド、簡素なテーブルと椅子、そしてソファが一つだけ。質素を通り越して貧相といっても過言ではない。


 グラファイトはどっかとソファに体を預けると、鋭い眼光でイダテンを睨みつける。


「で、どうやって俺の居場所を探り当てたんだ?」


 あの場から逃げ出した後もグラファイトは早足で歩き続け、路地裏に入り、思い出せないほどの曲がり角を適当に曲がってきたのだ。途中何度も振り返り、追っ手が居ない事も確かめた。それなのに自分の居場所がばれている、これは一体どういう事なのか。


「特に何もしていませんよ。僕はただ行きつけの宿に来ただけです」


 イダテンの発言にグラファイトは何も答えず、ただ視線に力を込めた。路地裏のチンピラ程度なら尻尾を巻いて逃げ出しそうなものだが、当のイダテンは平然としている。案外肝が据わっているのかもしれない。


 そして効果が無いのではこれ以上睨みつける必要性はどこにもない。グラファイトは視線から力を抜き、話題を変える。「それなら仕方ねえ。旅は道連れって言うからな、最後まで付き合ってもらうぜ?」


「構いませんが、僕はあなたがどこに行くのかすら知りませんよ?」


 困ったような顔で返すイダテンに対し、グラファイトは不敵な笑みを浮かべる。


「そう言えばまだ話してなかったな。親睦を深めるためにも、今から腹割って話し合おうぜ。まずは俺からな」


 グラファイトは一人で話を進めると、イダテンが何か言う前に話し始めた。


「今回の旅の目的は、言うなれば遺跡探索だ。場所はここからそう遠くない所にある洞窟で――」


「それってまさか、『大地の虚』の事ですか?」


「……今はそんな名前になってるのか?」


 聞き慣れない名称に反応し、グラファイトはイダテンに聞き返す。世界各地に点在する迷宮には、そこでしか達成出来ない依頼が出たときのため、一番近くの村や街が名称を付けるように義務づけられている。そして付けられた名前は正式名称として登録され、冒険者ギルドで使われるのだ。


 ……ちなみに、名称の変更は可能だが、冒険者を無闇に混乱させないため、一度変更するとその後三年間は名称の変更が出来なくなる。


「ええ。街が近い上に出てくるモンスターのレベルも低いので、初心者を初めとした冒険者に探索しつくされ、今では空っぽの洞窟が大口を開けている……。それが由来だそうです」


「随分と現金な由来だな」


 呆れを通り越して情けなさを感じるネーミングセンスに、思わずため息をつく。


「前と比べて冒険者の絶対数が増えましたからね。以前はアウトロー的な扱いを受けていた冒険者が、社会的な地位を得たのが原因でしょう。そしてその元凶は一人の冒険者、『千の刃のグラファイト』」


「俺かよ……」


 グラファイトは頭を抱えながらも、自分が世界を回っていた頃を思い出していた。確かにあの頃の冒険者と言えば、遺跡や迷宮を探索すること以外は、路地裏のごろつきやチンピラとさほど変わりない有り様だった気がする。


「……まあ良い。それより明日は迷宮の探索だ、今日中に戦闘の打ち合わせをしておく。……と言うわけだから、ほら、さっさと武器出せ!」


 話題をそらすために早口でまくしたてると、イダテンは懐から二挺の拳銃を取り出し、テーブルの上に置いた。


「僕の武器はこの二挺拳銃だけです」


(拳銃か……強力だが、少し心許ないな) これから挑むのは通常の迷宮に加え、地底という未知の領域を追加したスペシャルコースだ。予備の弾を持っていると仮定しても、早い段階で使わせる訳にはいかない。


「サービスだ、最初の内はこいつを使え」


 グラファイトはロングコートから双剣の柄を取り出すと、それを無造作に投げ渡す。イダテンは飛んできた二つの柄をそれぞれ片手で受け取り、訝しげに観察する。


「……流石に柄で戦えとは言いませんよね?」


「当たり前だ。後、柄を自分の方に向けるな。危ねえぞ」


 イダテンが観察を終え、柄の本来刃がある部分から顔を離した瞬間を見計らい、グラファイトは刃の部分を生成する。突如として目の前に現れた剣の刃に驚いたイダテンは、思わず剣を取り落としてしまった。持ち主を失った双剣は真っ逆さまに落ち、床に突き刺さる。


「ほら、言わんこっちゃない」


 そう言って笑いながら、グラファイトは床に突き刺さった双剣を引き抜き、マナライトの明かりに翳す。刃渡り四十センチ程の剣が二振り、明かりを受けて銀色の刀身をきらめかせる。


「その剣、一体どうなっているんですか? ギミックソードには見えませんし……」


「知りたいか? 知りたけりゃ、お前が隠している情報一つで教えてやるよ」


 グラファイトの言葉に、イダテンの表情がほんの一瞬強張る。そしてグラファイトはその一瞬の変化を見逃さなかった。


「やっぱり何か隠していたか……。ビンゴだ」


「見当がついていたのなら、どうして……」


「そりゃあお前、プライバシーってやつだ。誰だって言いたくないことの一つや二つある。どうしても言いたくない事なら言わなくて良いし、代わりの情報を開示しても良い。どうせ今回限りのパーティーになるからな」


 イダテンの問いに、グラファイトはイダテンの目を真っ直ぐ見て答えた。あくまで情報を対価として要求しているが、相手に選択の余地を与えるのは、グラファイトなりの遠回しな信頼の証だ。これがどうでも良い相手なら、自分が欲しい情報だけを吐かせ、後はのらりくらりとかわしたり、どうでも良い情報をべらべらと喋ってうやむやにするだろう。


「……分かりました。一時的とはいえ共に迷宮を攻略する以上、お互いの事は知っておくべきでしょう」


 そう言うと、イダテンはいきなり着ていた上着を脱ぎ、上半身裸になる。


「おい待て! 俺にはそっちの気は無いぞ!」 イダテンの予想外な行動に面食らったグラファイトだが、何とか平常心を取りもどし予防線を張る。しかし次の瞬間目に飛び込んできた光景に、グラファイトは目を見張る。イダテンの背後から、純白の二枚の翼が顔を覗かせている。そして翼はあっという間に巨大化し、イダテンのシルエットは天使のようなものになる。


「僕の種族は人間ではなく、亜人……正確には有翼人種です。有翼人種は幼い頃は人間と同じように育ちますが、大体十七歳前後で背中から翼が生えてきます」


「こいつは……とんでもねえ隠し玉だな」


 グラファイトはただ呆然と自分の背丈以上もある翼を見上げる。そして好奇心からか翼に触れようと手を伸ばすと、触れる直前でイダテンが翼を引っ込めた。


「これで僕の情報は教えました。今度はそっちの番ですよ」


 翼を収納したイダテンは脱いだ服を着なおすと、椅子に腰掛ける。グラファイトの説明を待つ態勢だ。グラファイトは触り損ねた右手を虚空に向けてワキワキさせていたが、諦めがついたのかイダテンのほうに向き直り、メタモルフォシルの説明を始めた。金属を自由に操り、鎧や盾に始まり、果ては剣の刃まで生成できる秘宝の力を、そして何故か武器の柄を生成できないという制約を。


「――なるほど。だからあなたはコートの裏に武器の柄だけを隠し持っているのですね?」


「コートの裏が収納に適しているだけで、別に隠しているつもりは無いんだがな。現に今までメタモルフォシルの能力を初見で見破った奴なんて、ゼット……もとい、あの筋肉ダルマも含めて五人しかいない」


「団長は……そんなに凄い人だったんですか?」


 グラファイトの口からでた意外な人物の名前に、イダテンが食いついた。無理もないだろう、冒険者=アウトローのイメージを覆すことに大きく貢献した人物に認められているのだ。イダテンにしてみれば誇らしい事なのだろう。


「あの筋肉ダルマはとの戦闘は何と言うべきか……。とにかく、二度と戦いたくないな」


(あの『千の刃のグラファイト』に二度と戦いたくないと言わしめるなんて……)


(筋肉ダルマめ、出した武器を片っ端から柄ごと粉砕しやがって……。補充費用が大赤字になってダイアに大目玉くらったっけな……いかん、思い出していたらふつふつと怒りが――)


 二人が頭の中で思い描いているのは同一人物だが、評価は面白いほどに正反対で、尚且つ雲泥の差が開いていた。「まあ、お前が有翼人種なのが分かっただけでも良しとしよう、知っているのと知らないのとじゃ大違いだからな。……ところで、飯はどうする? 食いに行くか?」


 グラファイトが窓に掛かっていたカーテンを引くと、すでに空の端が夕闇に染まり始めている。


「そうですね。ここの宿は泊まる為だけの宿ですから、表通りに食べに行きましょう。……あ、スリには気をつけてくださいよ?」


「スリ? わざわざ人が距離をとるような俺に近寄ってくるスリなんていないだろ」


 グラファイトの格好は人ごみの中にあっても目立つ。そんな派手な格好をした人物からスリをしようなんていう者はまずいないだろう。大通りでスリをする者は、万が一気付かれて騒がれても、誰が叫んでいるのか分からない状況を上手く利用して逃げるのだ。グラファイトのように目立つ格好の人物は、その容姿だけで敬遠されやすい。


「……それもそうですね」


「人ごみに出れば嫌でもわかる。よく観察してみると面白いぞ、皆あからさまにじゃなくて、微妙に進路をずらして避けようとするからな」


「服のセンスと合わせて、趣味が悪いですね」


「元アウトローだった頃の癖だ。路地裏のゴロツキ程度なら、奇抜な格好をするだけで相手の調子を乱せるからな」


 そんな会話を交わしつつ、路地裏を抜けて町の中心を貫く大通りへと出る。本格的に夜が訪れてきているので、商売に機械を使うジャンクフード系の屋台などは店をたたみ始めている。夜になっても機械を使った商売を続ければ、機械が発する騒音被害の原因としてしょっ引かれるのだ。更に夜になると当然客足が激減する為、日が暮れた後に残る屋台は殆ど無い。


 二人の足は自然と定食屋へ向かう。着いた先はカウンター席しかない小さな店だ。量が多い点は屋台と変わらないが、値段に天と地ほどの開きがある。屋台は商売できる時間が限られている上に場所代なども掛かるので、こう言った店と比べて割高にしなければやっていけないのだ。


「おっ、さすが港町だな。海産物を使ったメニューが豊富だ」


「僕はA定食ですね。あなたはどうしますか?」


 壁に張り出してあるメニューからイダテンが選んだA定食は、魚のフライにスープとライスが付いた一般的な定食だ。グラファイトは何にしようか悩んでいたが、メニューの隅っこに小さく書かれている文字を見つけた。


「おっ、刺身定食があるのか! 俺は刺身定食にするぜ」「兄ちゃん、刺身定食を頼むなんて、中々の通だねぇ!」


 夜になって機械が使えなくなった為に、自分の手で料理を作っている店の主人が感心したように言う。しかしイダテンはグラファイトにこっそりと耳打ちする。


「……生魚なんて食べて、大丈夫なんですか?」


「……確かに生ものを口にするのは冒険者としてはタブーだがな、ここは港町だぜ? 魚の鮮度については信頼が置けるし、なにより刺身は美味いんだよ。食えば分かる」


「そ、そうなんですか? じゃあ、一口――」


「ダメだ、一切れたりともやらん。今度自分で買って食え」


「ケチですね」


「褒め言葉として受け取っておこう」


 漫才とも口喧嘩とも取れるやりとりをしていると、二人の前に定食の載ったトレイが置かれる。魚のフライがメインのA定食と、刺身がメインの刺身定食だ。


 二人は口論を止めると定食に向き直り、両手を合わせて「いただきます」と唱える。そしてスプーンやナイフ、レンゲなどの食器がごちゃ混ぜに入れられた容器から、迷わず箸を抜き取って食事に取りかかる。


「その中から箸を抜き取るか! いいぜ、気に入ったぜ! 兄ちゃん達よぉ!」


 見た目が完全に他大陸人であるグラファイト達(西大陸出身者は全員茶髪)が数ある食器の中から箸を選んだことが、何故か店主であるオヤジの琴線に触れたらしく、一般人なら思わず耳を両手で押さえてしまうほどの大音声でがっはっはと豪快に笑う。


「はっはっは! それほどでもねぇぜ! オヤジ!」


 普段から音の反響する遺跡に籠っている冒険者にとって、オヤジの声は日常会話となんら変わりない。その証拠に、グラファイトの左手は耳を押さえるのではなく、オヤジへ親指をビシッと立てる合図に使われている。


 イダテンはグラファイトとは対照的で、耳を押さえてこそいないものの、一言も喋ることなく黙々と食べている。しかし箸の扱い等は完璧であり、文句のつけようが無い。


「黒髪の兄ちゃんもよぉ、何か喋ったらどうだ? もし話すことが無いんなら、冒険の話でも良いんだぜ?」


「全くその通りだ。ついでに重要情報なんかもポロッとこぼしてくれると有り難い」


 酒でも入っているのかと疑いたくなるような雰囲気だが、二人ともこれが素面である。酒の力が無くとも本音を言える分、意気投合するのも早いのかもしれない。


「何だ、兄ちゃん達。もしかしてライバルなのか?」「おうよ! 今回は呉越同舟だけどな!」


 尚も大声で話し続けるオヤジ。夜なので苦情の一つでも来そうなものだが、不思議なことに苦情の類は一切来ない。ただ、オヤジの屋台があるところは、近くの家に住む人間が早々に引っ越す事で有名な、曰く付きの土地なのだとか。


「……食事中くらい、静かに出来ないんですか? 最低限のマナーですよ?」


 いつの間にかA定食を平らげていたイダテンが最初に発した言葉は、静かな語調の中に確かな怒気を含んだものだった。


「……黒髪の兄ちゃん、ここは狭くてちっこいけどよ、れっきとした大衆食堂だ……騒いでこそ大衆食堂だろう! 兄ちゃんの言ってることは、外で寝転んでおきながら『太陽が眩しくて寝れない』って言ってるようなモンだぜ!」


 グラファイトは「それは何か違うんじゃね?」と思ったが、敢えて口には出さなかった。ちなみにその理由は「面白そうだから」である。


「……そうですね、すみませんでした」


「がっはっは! 別に気にしちゃいねえぜ!」


 意外にもあっさりと引き下がるイダテンに、感心を覚えるグラファイト。A定食の食べ方から考察し、良いとこのボンボンだろうと当たりをつけていた分、自己主張が激しいものだと思い込んでいたようだ。確認の意味も兼ねて、上機嫌で洗い物を片付けるオヤジの後ろ姿を見ながら、イダテンにそっと耳打ちする。


「意外だな、お前のことだから自分の意見だけは絶対に曲げないと思っていたんだが――」


「『郷に入っては郷に従え』という格言の通り、従ったまでです。……それと、ここの定食が意外にも美味しかったから、また来ることになるでしょうし……」


(……本当に素直じゃねえな、こいつ)


 グラファイトの発言を打ち切るように発せられたイダテンの言葉。後半の言葉は蚊の鳴くような声だったが、グラファイトにはばっちり聞こえていた。まるで、反抗期を迎えた弟を見守る兄のような目でイダテンを見るグラファイト。


 二人の距離はゆっくりと、だが確実に縮まりつつあった。

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