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白銀の夜明け(プレリュード) [乾クエ1]  作者: 群青 坊哉
04.白銀の夜明け《プレリュード》
8/8

終幕

epilogue


「……本題、とは?」

 洞穴には、リチウムとファーレン、二人の姿しかない。

「『アナタガタの戦力分析』、ね? ……まぁ、確かにこっちの事もいろいろ掴んでるみてぇだし、それもあるんだろうが。花禁術の密売ん時、押し問答になる前に出た話題についてはどうなったよ。……確か、最近魔族の動きが活発になってるとかなんとかぬかしてやがったっけか。今回てめぇが重い腰上げて干渉してきたのは、そっちの調査も含めてのことだろ? 天使が魔族に接触する、なんてリスクでかい事、幾ら執念深いてめぇでもただじゃやんねぇだろ」

 リチウムの浮かべたニヒルな笑みに、ファーレンは深い溜息をつくと、

「……本当に。余計な物事に関してだけ、働くんですね……その記憶力は」

 気怠げに腕を組んで、近くの岩肌にもたれかかった。

「いいでしょう。貴方方にも関係していることですし。お話できるところまで話します。……時に、リチウム。貴方は神と呼ばれるものをご存じですか?」

「…………は?」

 唐突な質問に、リチウムは瞳を丸くして素っ頓狂な声を上げた。

「……神だ?」

「そうです。天使、人間、魔族。世界(フロース)に住まう全ての種族の生みの親とされ、各種族に崇められている巨石の事です。我々が住む天界でも実際に巨石は祀られています。……人界には見当たりませんが、所在不明の巨石を探そうとするストーンハンターが多数居る事はご存知ですよね?」

「ご存知も何も、人界の巨石についての真偽不明の情報は五万と飛び交ってるが……って、それと今回の騒ぎとどういう関係があるんだ?」

「以前にもお話ししましたが、このところ魔族が人界に出没しているという報告が多数寄せられていまして。今回私に、魔族の実態を調査する様、極秘の指令が下ったのですよ。そこで、申し訳ないとは思いつつも」

「うそつけ」

「貴方方にご協力いただいたと、そういう訳です。警察内部の人間を操り『記憶を探る石』を使わせ、貴方方の記憶を魔族に見せると同時に、魔族の記憶も覗かせてもらいました。……彼の記憶によれば、彼ら魔族の行動の活発化の要因は、魔族の巨石が目覚めた事によるものらしい」

 ファーレンの表情はいつしか険しくなり、金色の瞳は、虚空を通して何かを睨んでいる。

魔族に崇められている魔界の巨石が目覚めた――

「……それって」

 告げられて、露骨に眉を顰めるリチウム。

「それって、具体的にはどういう事なんだ?」

 ファーレンが、大きくずっこけた。

 リチウムに限らず人界に住む多くの人間は、天界は愚か魔界の事情なんて知る由もない。神と崇められている巨石や魔族の存在さえ、神話の類だと信じて疑わない者がほとんどだ。

 大体、『石が目覚める』というのも解らない。世界(フロース)を創造した巨石が確かに在るという事を前提としても、だ。巨石は意思を持っているという事なのか。

 しかし、それが目覚めたからってどうなる。魔族がはた迷惑にお祭り騒ぎでも起こしているのだろうか。

 リチウムの思考を、降ってきたファーレンの声が中断させる。

「蜘蛛の記憶によれば、魔族の巨石の力を持ってすれば、魔石にもう一度生命を与える事が出来るのだとか」

 聞こえてきたファーレンの言葉は、全く現実味を帯びないものだった。

「……マジか」

「冗談でこんな事言いませんよ。このところの魔族の動きは全て、魔石収集の枠を出ない。貴方の禁術封石だってこうして例外なく、蜘蛛に狙われたでしょう? 貴方は『死球』と呼んでいましたか……その黒い結晶はかなり高位の魔族だったようですね」

 言われてリチウムは、先程消滅した魔族を思い出す。リタルの言う通り口数の多い魔族だった。しかしその発言は全く意味不明な内容だったので、ほとんど聞き流していたのだが……奴は確かに、『死球』を『主』と呼んでいた。

 ファーレンの話に当てはめると、あの魔族は『死球』を――『死球』という能力を持っていた魔族を蘇らせようとしていた、という事になる。

「つか、禁術に指定されてる魔力の持ち主が際限なく生き返るとか、どんなおとぎ話だよ。仮にマジだとしても……とことんヤバ気な感じがしないでもないんだが……」

 ファーレンが呆れ顔でそちらを見遣る。

「ヤバいどころの騒ぎではありません。魔族が蘇らせようとしているのは、かつての大戦で石と化した魔族の王たちです。先の戦いでは我々だって例外なく、大いなる魔力を所持した多くの仲間を消滅させられた。現時点で我々と彼等の戦力は五分五分なのです。今、かつての魔族王達が目覚めればそれは、魔界の戦力が天界のそれを完全に上回るという事。これまで辛うじて保たれていた均衡は崩れ、魔族が世界(フロース)の支配を目論み動きだす日もそう遠くはない」

 静かな剣幕に、さすがのリチウムも返す言葉が無い。

「私はこれから、お上に調査結果を――事の次第を報告する為に天界へ向かいます」

 沈黙を横目に、壁につけていた背を離すファーレン。畳んでいた羽を悠然と広げる。

「今後は恐らく、これまで以上に我々の魔石探索が活発化すると思います。現段階ではまだ魔族も水面下で動くのみに徹しているようですが……我々の動きに気づき、我々が事態を把握している事を悟れば――次に魔族がどんな手に出るか。貴方でも予想がつきますよね?」

「面倒なのが目に見えて、考えたくもねぇけどな」

 吐き捨てるように呟くリチウム。

 構わず、ファーレンは二対を軽ろやかに羽ばたかせ、僅かに宙に浮いた。

 生まれた風が、リチウムの長い銀髪を揺らす。

「そういう訳で、貴方にはなんとしてでも、『死球』を死守してもらいたい。天界で保管したいところですが、その石はあまりにも禍々しすぎて正直手に負えない。貴方方に手を出さない理由は……確かに面白味があるから、というのもありますが、大きく占めているのは、その『死球』の存在です。あの蜘蛛も言っていましたが、我々も……何故貴方がそれを使いこなす事が出来るのか、理解できない」

 ファーレンの物言いに、思わず左手の黒い石を見る。

「……つか、ンなにすごいもんなのかコレ。確かにグレープに触らせたら軽く世界(フロース)が滅んじまいそうなもんだが」

「冗談でもよしてください」

 リチウムの軽口に、しかしファーレンの顔は一瞬にして青ざめ、

「無知は時にあらゆる災厄を上回る恐怖を齎すものなのですね……」

 やれやれと額に手を当て、嘆きの表情で首を振る。と、はたっと動作をやめ、リチウムを見下ろした。

「……理解していないようですから話しておきますが。トランの場合は心配いりません。『炎帝』は天石ですから」

 リチウムの目が点になる。

「……って、天石? あのレア物の?」

「ええ。一つの取り残しもなく天界に保管されていると言われる天石を、一体どういう経緯(ルート)で彼が入手したのか、結局把握できませんでしたが。今日彼の記憶を覗かせてもらったところ、確かにあれは天石。炎を統べる天使の結晶でした。炎の魔力において、あの方に敵うモノなどいない」

「……確かにあの石コロの魔力量は半端ねぇが……マジもんの天石ってか」

 これまでリチウム達は、手に入れた石の属性や魔力量を調べ、気に入ったものは石化製品に造りかえ、気に入らないものは総てファーレンに売り払っていた。リチウムたちにとって石は、便利な道具か資金源か、そのどちらかでしかなく、その素性を調べた事は一度たりともない。これは一度、今所持している全ての石を、文献かなにかでじっくり調べた方がよいのではないだろうか。

「リタル・ヤード――彼女の魔石も特殊ですしね。用心は必要かもしれません。『転位』の能力は、現存している魔族の中でも持つ者は少ないらしいですから。それよりも問題は――彼女」

 ファーレンの指す人物がリチウムにも理解できた。彼によると、警察で使われているという天石を用いても記憶を探る事が出来なかったという。すべての石を暴発させる彼女の能力は誰も、彼女自身ですら把握できていない。瓜二つの半透明の少女の存在もだ。

 この気に食わない上級天使には、何か解ったのだろうか。彼女について。その存在の意味。彼女が、何者であるのか。しかし、彼女の事を奴の口から聞きたくなかった。欠片でも。何故だか、無性に腹が立つのだ。

「……まぁ、一応善処する」

 会話を打ち切るように背を向け、出口へ向かって歩き出す。

 と、風の吹く方から、大きな溜息と、よく通る例の声がした。

「これ以上ないと言える程の大事を前にして、相変わらず飄々とした物言いですね。貴方らしいといえば貴方らしいですが。……そのうち、そうも言っていられなくなりますよ」

 宙で腕組みし呆れ顔で見下ろしていた天使は、次の瞬間、その金の瞳でリチウムの姿を直視した。

「――貴方方は」


「お帰りなさいです。リチウムさん」


 扉を開けるとすぐに、自分を出迎える声が聞こえて、リチウムは思わず目を見開いた。

 朝靄が立ち込める街並み。昼間の喧騒が嘘のような世界。東の空が徐々に明るみ、今にも太陽が顔を出しそうな気配が立ち込めている。

 総ての人間が例外なく爆睡こいていると確信していたリチウムは、ようやく辿り着いたホームから飛び出してきた笑顔に、いささか拍子抜けした。


「起きてたのかよ」

「は、はい。……えと」


 何か言いた気なグレープの様子を横目にリビングに入ったリチウムは、再び目を丸くする。


 リタル。

 トラン。

 クレープ。

 三人がそれぞれの位置で雑魚寝していた。


「みなさん、帰ってきてすぐに、動かなくなってしまって」


 リチウムの様子に苦笑してみせるグレープ。

 三人は……きっとグレープが掛けたのだろう毛布に包まって、なんとも幸せそうな寝顔で床に転がっていた。

 ちなみに、幽体であるクレープにも毛布は掛けられていたのだが、透けた体と毛布が重なっていて全く意味を成していない。


「……どうせならソファで寝ればいいのによ……ったく」


 踏んでも謝らねぇぞ……などと悪態ついたリチウムの横でグレープはクスリと笑み、


「きっとそれだけお疲れだったのですよ」


 言って、三人を見回した。


「まぁ、リタルに至っちゃ三日も毒漬けにされてた訳だからな……」


 リチウムは身を屈めると、横のソファに寄りかかって寝ているリタルの顔を覗き込んだ。

 顔にかかる黄緑色の髪をかき上げる。洞穴の暗がりで解らなかったが、こうして改めて窺えば、その顔色から見て取れた。リタルの消耗はかなり激しい。

 昔から彼女は、年齢を疑わずにはいられぬ程の気丈さを持っていた。おそらく今回も、無理を押して場に立ち続けていたのだろう。

 『魔眼』さえ満足に使えぬ状態にあったのに、初めて対峙した魔族相手に強気に振る舞い、トドメに全員を連れて『転位』したのだ。

 無事この部屋に着いた――いや、自分が洞穴に辿り着くまで意識を保っていただけで上等、と賞賛すべきであろう。

 ……まぁ、クレープの奴がいつもの調子で怒らせて、負けず嫌いなこいつの調子を保たせていたからこそ……というのも、あるんだろうが。

 立ち上がって、周りを見てみる。

 トランやクレープも、熟睡……というよりは、ぐったりしていた。

 普段は眠りの浅い彼女達が、全く起きる気配がない。

 この分だと彼等はこのまま――数日は眠り続ける事になるかもしれない。


「リチウムさんはどうなさいますか? お風呂にしますか?」


 思考を止めて視線を戻せば、窺うように自分を見上げているグレープの赤い瞳がすぐ側にあった。


「あ? あぁ……そうだな」


 言われて自身を顧みれば、体が疲労で悲鳴を上げている事にようやく気づく。


「風呂は後にして、俺様も寝るわ」


 言って背を向けると、自室へ向かうリチウム。

 その後ろから鈴の音がかかる。


「そう、ですね。そうした方がいいです。なんだかリチウムさん、とても疲れた顔をなさってますから」

「…………」


 ……ポーカーフェイスには自信があったのだが。

 普段ポケーっとしているかと思えば、こういうところは結構鋭い。

 振り返って、とたとたと奥へ歩いてゆくグレープの、どこか危なっかしい足取りを目で追いながら、リチウムは先程からいまいち廻らない頭のまま、その名を呼んだ。


「グレープ」

「? はい?」


 立ち止まって、グレープは小声で振り返る。

 さらりと揺れる、艶やかな青の髪。対照的な輝きのルビーに真っ直ぐに見られて、リチウムは一瞬完全に言葉を見失ってしまった。

 そんな自分を不思議そうに見つめながら、しかしグレープは静かに、次の言葉を待ってくれている。


 彼女の浮かべる穏やかな表情は、日常の象徴のようなものだと、この時リチウムは改めて思った。

 彼女の姿が異様に、儚げに映ったからだ。

 出会ってから、三ヶ月は経過しただろうか。

 しかし三ヶ月どころか。もうずっと前から自分と一緒に居たような……そんな錯覚を抱かせる程に、彼女は生活に溶け込んでしまっていた。

 自分が今ここで、先程まで考えていた事を口にしてしまえば、たったそれだけで彼女に象徴される平穏が崩れてしまいそうな、そんな訳のわからない漠然とした感情を抱く。

 ……これを、不安と呼ぶのだろうか。


 しばしの沈黙の後。


「……これから。忙しくなる」


 たったそれだけを、リチウムはようやく口にした。

 事を知らせるには全く役不足な羅列。

 短い言葉は、彼女には到底理解不能だっただろう。

 証拠に、グレープは大きな目を丸くしたまま、しばらく自分を見上げていた。

 が、


「はい」


 次の瞬間には、いつもの笑顔が零れる。


 頷いた彼女は、何事もなかったかのように、再び、とたとたと歩き始めた。




 太陽が上がる。

 いつもの日常。

 いつもの朝の光景…………とは、ちょっと違った、穏やかな朝ぼらけ。

 自室に戻って、ベットに倒れこむ。


「………………」


 リビングからは相変わらず、パタパタと何かが動く音がする。

 それを遠くで聞きながら――先程抱いた妙な不安と、帰宅の際ずっと心中を覆っていた厚雲が不思議と消え去り……軽くなっている事を感じて、リチウムは襲ってきた睡魔に素直に身を委ねた。

 昇りゆく朝日の白い光は、少しだけ、自分と同じ顔をした慇懃無礼な天使を思い起こさせた。……が、どこまでも直線で、刺さったら痛そうなそれとは明らかに異なる穏やかな光が、カーテンの僅かな隙間から、薄暗い室内に差し込む。

 白銀の光帯。

 ゆったりと、流れる時間。

 ふと、洞穴内で最後に聞いた、奴の予言めいた言葉が脳裏に蘇る。


 ――貴方方は、決して事態を避ける事は出来ないでしょうから。


「……つか。迷惑料。ふんだくるの忘れた。…………俺様とした事が」


 [終]

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