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いいねが消える日

作者: 星恋 hosiko
掲載日:2026/05/08

この物語は、「いいね」が消えた世界の話です。


けれど本当に消えたのは、数字ではなく、

誰かを“ちゃんと見ること”だったのかもしれません。


名前を呼ぶこと。

隣にいる人の声を聞くこと。

触れられる距離にいる誰かを、見失わないこと。


当たり前すぎて、気づかなくなっていたものを、

少しだけ思い出してもらえたら嬉しいです。

その日、世界から「いいね」が消えた。

正確には、消え始めた。


最初に気づいたのは、クラスの中で一番フォロワーが多い陽キャの子だった。


「ねえ、なんかおかしくない?」


昼休み、スマホを見ながら言った。


「昨日まで3万あったのに、今2万切ってるんだけど」


最初はバグだと思われていた。

でも違った。


全員、減っていた。


いいねが、減っている。


それだけのことなのに、世界は簡単に揺れた。


放課後、教室の空気はどこかざわついていた。

誰もがスマホを見ている。

誰もが、自分の価値を確認している。


私は、その輪の外にいた。

もともと投稿なんてほとんどしないし、いいねの数なんて気にしたこともなかった。


はずだった。


ふと、開く。

自分のアカウント。


0。


たったそれだけの数字なのに、喉がひりついた。

昨日までは、たしかにいくつかあったはずなのに。


「ねえ」


隣から声がした。


彼女だった。


名前も知らない。

でも、いつも同じ時間に同じ席にいる人。

窓際、一番後ろ。


「減ってる?」


「……うん」


「私も」


彼女は少しだけ笑った。

でもその笑い方は、どこか他人事みたいだった。


「ねえ」


彼女は続けた。


「もし全部なくなったらさ」


少しだけ間を置いて。


「私たち、どうなるんだろうね」


その問いに、私は答えられなかった。


翌日、ニュースになった。


“いいね消失現象”。


専門家は原因不明と繰り返す。

企業は対応に追われる。

インフルエンサーは発信をやめる。


世界が、「数字」を失い始めていた。


学校では、もっと分かりやすく変化が起きた。


人気者だった子が、静かになった。

目立たなかった子が、さらに消えた。


そして、誰も誰を見ていいのか分からなくなった。


私はまた、あの席を見る。


彼女は、いつも通りそこにいた。

本を読んでいる。


「それ、面白いの?」


気づけば、話しかけていた。


彼女は顔を上げて、少し驚いて、それから笑った。


「うん。評価とか関係なく、好きな話」


その言葉に、少しだけ救われた気がした。


「ねえ」


彼女は言う。


「名前、なんていうの?」


少し戸惑った。

同じクラスなのに、名前も知らないなんて。


「……美咲」


「そっか」


彼女はうなずいた。


「私は、陽菜」


その瞬間、胸の奥が少しだけ温かくなった。


数字じゃない。

ちゃんとした“名前”。


それだけで、こんなにも違うんだ。


それから、私たちは少しずつ話すようになった。


いいねが減っていく世界で、私たちは増えていった。


会話が。

笑う回数が。

一緒にいる時間が。


「ねえ美咲」


「なに?」


「私、ちょっと怖いんだよね」


「何が?」


「全部なくなったらさ」


彼女は少しだけ目を伏せる。


「誰にも見つけてもらえなくなりそうで」


私はすぐに言った。


「見つけるよ」


彼女が顔を上げる。


「絶対、見つける」


根拠なんてなかった。

でも、それだけは本当だった。


ある日、いいねが完全に消えた。


世界から、数字が消えた。


誰が人気で、誰が価値があって、誰がすごいのか。

何も分からなくなった。


そして同時に、陽菜が学校に来なくなった。


理由は、誰も知らない。


でも私は、探した。


SNSを開く。

投稿は残っている。

でも全部同じに見えた。


数字がないと、誰が彼女なのか分からない。


初めて気づいた。


私は彼女を、“ちゃんと見ていなかった”。


数字の外で。

本当の意味で。


走った。


記憶を頼りに。

言葉を頼りに。


好きな本。

帰り道。

笑い方。


全部、かき集めて。


そして、見つけた。


小さな図書館。

窓際、一番奥。


彼女は、そこにいた。


「……来たんだ」


「当たり前じゃん」


息を切らしながら言う。


「探した」


「どうやって?」


「ちゃんと覚えてたから」


彼女は少しだけ驚いて、それから泣きそうに笑った。


「そっか」


沈黙のあと、私は言った。


「好き」


今度は、迷わなかった。


彼女は少しだけ目を見開いて。


「いいね、つかないよ?」


少しだけ笑った。


「いらない」


彼女は泣いた。


その涙は、どんな数字よりも確かだった。


数年後。


世界は元に戻らなかった。

いいねは復活しなかった。


でも、私はもう困らなかった。


隣には、陽菜がいる。


「ねえ」


「なに?」


「いいね、押してよ」


冗談みたいに言う。


「もう押してる」


私は、彼女の手を握った。


「ここで」


彼女は笑う。


「そっか」


世界から数字が消えても、残るものがある。


名前。

記憶。

そして。


「好き」


それだけで、十分だった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


この物語を書いたきっかけは、

「いいね」というたったひとつの数字が、

どれだけ私たちの感情や価値観に影響を与えているのか、

ふと考えたことでした。


誰かに見てもらうこと。

認めてもらうこと。

それ自体はきっと、悪いことではありません。


でも、数字がすべてになってしまったとき、

見えなくなってしまうものもあるのではないかと思いました。


名前を呼ぶこと。

誰かをちゃんと見ること。

その人のことを、覚えていること。


そんな当たり前のようで、忘れがちなものを、

この物語の中に残したかったのだと思います。


読み終えたあと、あなたの中に

消えない何かが残っていたなら、とても嬉しいです。

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