王子、お湯も沸かせないくせに私を追放ですか?――熱効率100%が凍った王国を取り戻すまで
「ただ祈っているだけのぐうたら女など、この国には不要だ。湯を沸かすだけの聖女より、派手な奇跡を起こせる聖女が見つかったのだ。お前には、出て行って貰う!」
この国の聖女である私に、この国の王子で婚約者でもある男が新しい聖女の肩を抱きながら言う。
別に良いんですが、その女は今必要なんですか? 王子。
私は、短く息を吐くと、王子の方に半身で振り返る。
「分かりました。すぐに出て行きますわ」
凛と言って、私は王子の目の前で淡々と荷造りをする。
聖女の衣装や小物ばかりで、私の本当の私物など、たかが知れています。
荷造りの間に王子と新しい聖女がイチャイチャし出したのは少し気に入らない。
嫉妬ではありません。
「ごめんよ。この国の聖女になる事が、こんな地味で退屈な事だとは思わないでくれよ。コイツが役にも立たずに、二十年も居座って、この国をダメにしてしまったんだ」
「そうなのですか? ひどーい! 私は必ずお役に立ってみせますわ!」
「もう、君は僕にとっての救いの女神さ……!」
せめて、私の荷造りが終わるまで待ってられないの!
私のこの国での二十年はたったこれだけ、旅行鞄一つ分の荷物にしかならないのに。
あっという間に荷造りをすると、王子を一瞥もせずに部屋を出る。
新しい聖女と一緒で、王子は私が部屋を出た事にも気付かないでしょうけど。
「それから、お前の料理は味が薄い」
王子の声が背中に届く。
なっ!?
なんですってー!!
聞き捨てならない台詞に、振り返って言い返しそうになったけど、グッと我慢する。
この人には、もう関わりたくない!
私の料理の美味しさが分からないなんて!
味覚がおかしい!
この国の人たちは、おかしーい!!
王子に追放されて、私は、そのまま城を出る。
——そして、行き倒れる。
パタッ
私は城の外を歩きなれていないせいで、少し疲れてしまった。
地面に横になると、固い岩がゴロゴロして、寝心地が悪い。
それでも寝れてしまうのは、前世でのブラック企業勤務のおかげかしら。
聖女と崇められて二十年。
地位もあるのに誰にも認められない、今の方がブラック企業時代より、心身ともに疲れてる。
……ちょっと眠るだけ。
少し寝たらすぐ起きて、すぐに魔王城へ出発するから……。
……。
「……まさか、こんな所で聖女を拾えるとは——」
私は、黒衣の騎士の大きく力強い手で抱き抱えられる。
消えゆく意識の奥で、かすかに安心感に包まれた。
——。
◆◇◆
私には、生まれた時から祈りの力があった。
先の大賢者様が国の危機に私を見つけて、聖女として王宮に迎え入れられた。
望んだわけでもないのに、聖女と言われて王宮に閉じ込められて、好きでもない王子の婚約者にさせられて……、一切の自由が無かった。
それでも、大賢者様にみんなの為と言われて頑張ってきた。
けれど、大賢者様が亡くなってから風向きが変わった。
私の能力が本当に必要なのか?
そういう議論が国中でされて、一生懸命に祈っても、休息時間の過ごし方の批判ばかり。
こんな所にいてあげる必要なんて無かったんだもの、王子に追放されて清々しているわ。
◆◇◆
私が目覚めるとふかふかのベッドの上だった。
王宮のベッドよりも数段良いものだ。
聖女と呼ばれても名ばかりで、大事にされていなかった私の部屋のベッドは安物だった。
いや、今はベッドの質よりも、なぜベッドで寝ているのかよ。
私は国を追放されて魔王城に行く途中で、地面に倒れたはずだけど……。
ここは一体どこなの!?
慌てて起き上がると、部屋に黒衣の騎士が入って来た所だった。
「目覚めたのか、聖女よ」
それは倒れた後に聞こえた声。
この人が助けてくれた!?
「——!」
私は、命の恩人を前にして、何も言えなかった。
黒い身体から禍々しいオーラが立ち上っている。
人間ではないことはすぐに分かった。
魔王軍の魔物だ、それもかなりの大物——。
私はゴクリと唾を飲み込む。
でも、恐れる事はない、私は自ら魔王の領地に踏み入ろうとしていたのだから。
「……魔王様に会わせて下さい」
私は持てる勇気を振り絞って言った。
黒衣の騎士は、まあ待てと言う。
「目覚めたばかりだ、もう少し落ち着いてからにしよう」
騎士様は、見た目と違って優しいことを言う。
パンとスープの簡単な食事が運ばれてくる。
魔王領の食事はどんな物かと恐る恐る見たが、人間の物と変わらない見た目だった。
お腹が空いていたので、警戒もそこそこに食べてしまう。
そして、後悔する。
不味い……。
中まで火が通っていないパンと、ほとんど生のままの野菜の入ったスープ。
調味料で誤魔化そうとしてるのか、しょっぱ過ぎる。
これが魔物の好みなの!?
でも、食べないと空腹で魔王と対面しても勝てる気がしない。
私はぬるいスープで無理矢理お腹に流し込む。
国を喜んで追放された事を、ちょっとだけ後悔した……。
「食事は終わったか。では、魔王様の所まで案内しよう」
けれど、騎士様が私の手を取って丁寧に接してくれる。
慣れない事にドキドキしてしまう。
王子にもこんな丁寧に扱われたことがないのに、やっぱり追放されて良かった!
◆◇◆
「お前が、聖女か」
魔王様の前で私は跪いていた。
「よくやった、暗黒騎士よ」
魔王様は私の横にいる黒衣の騎士に呼びかける。
——暗黒騎士!?
国にいた時に聞いた、魔王軍最強の騎士の名前だ!
見た目は強そうで最初は驚いたけど、優しい物腰に怖さが薄れていたけど、
やっぱり魔王軍の大物、それも最強の騎士なんて……!
「聖女よ。我々はお前に頼みがあって、探していたのだ」
魔王様が言う。
困っていた魔王軍の命令で、騎士様は私を攫いに来て、たまたま行き倒れているのを発見したとか。
なんて、タイミング!
なんでも魔王領は資源に乏しく、お湯も沸かせないほどのエネルギー不足なんだと言う。
料理に火も通らないって! あの生焼けパンとスープはそう言う事だったの!?
「……てっきり魔物たちの好みなのかと……」
私が驚いていると、騎士様が説明してくれる。
「魔王軍には魔物もいるが、王国を追い出された人間も多い。この地にある魔力の呪いによって魔物と同じ力を得て、人間と区別されているだけなんだ」
「騎士様も、人間なんですか?」
魔王様はツノが生えた獣の顔で、明らかに魔物という容姿だけど、騎士様は鎧を脱いだら人間なのかもしれない。
「何百年と生きて、人間と言えるかは分からないがな……」
少し自嘲気味に答えた騎士様から、人間味を感じた——。
だったら、この状況は放ってはおけない!
人間が生焼けのパンやスープを食べるしかないなんて!
魔物だって、ちゃんとした料理の方が好きなら、ちゃんと美味しいものを食べさせてあげるべきでしょう!
「分かりました! 私、魔王様の為に祈ります! 私の力で魔王領を救わせて下さい!」
「おお! 聖女よ、よく決意してくれた!」
魔王に続いて、騎士様も礼を言ってくれる。
「お前の意思も聞かずにいきなり連れて来てしまったのに、すまない」
いえ、むしろ助けて貰ったのは私なんだけど、この心配り。
騎士様って、本当に魔王軍の方?
王子より、素敵なんだけど……!
お、お友だちになれるかしら?
◆◇◆
私は早速、魔王領に祈りを捧げる。
魔王城から円を描くように祈りの力が広がっていく。
まずは魔王城の料理が改善され、お風呂も定期的に入れるようになる。
魔王様がお風呂場で歌う鼻歌が魔王城に響くようになる。
「温かいご飯とお風呂は生活の基本ですね。それだけで毎日が幸せです」
「じゃがいもが火を通すと、こんなに形が崩れやすいなんて知らなかったわ」
城の侍女たちが明るい声で話していた。
だんだんと魔王領全体に広がった祈りは、魔王様が作った人間の領地との結界に阻まれる。
すると、領境の人間の村や町が魔王領への編入や停戦を希望してくるようになる。
元々、人間の村と魔王領の村は金貨による物の取引が行われていたから、差がすぐ伝わったのでしょう。
少しずつ人間と魔物との争いが消えていく——。
ここまで、部屋に籠って祈っていただけの私。
休憩時間には、身の回りの世話をしてくれる侍女たちとお菓子を食べて楽しくおしゃべりしたり、本や雑誌を読んで息抜きして過ごす。
ピンクの可愛いトッピングが乗ったチョコレートを食べたら、甘味のなかにピリッと刺激があってクセになる食感。
「美味しい! 人間の国にはないわ」
「魔界の森の果物なんですけど、最近、果樹園での栽培に成功して、よく見かけるんですよ!」
へぇ、魔物の世界でも農業が盛んなのね。
「果樹園のある東の町は、寂れてたんですが、買い付けに来る人がたくさんいて賑わってるらしいです」
扉がノックされて騎士様がいらっしゃる。
みんなでおしゃべりしてお菓子を食べているところを見られてしまった。
『ただ祈っているだけのぐうたら女』
王子の言葉を思い出す。
「騎士様、これは……」
「お前は、休むことなくずっと仕事をしているんだな」
「え!?」
騎士様は私の休憩中の姿を見て言う。
「聖女が、侍女たちから話を聞いたり本で情報を集めて、的確に“特別多く祈りを送る必要がある地”を選んでくれるから、魔王領は何処も豊かになった」
私は驚く。
「ど、どうして、わかったんですか!?」
「お前と領地を見ていれば分かる。祈ることも楽な仕事ではないんだ、本当の休憩もちゃんととって欲しいが、無理なのだろう」
騎士様は持っていた袋を侍女に渡した。
「珍しいお菓子があったから、せめてこれを食べている時は休んでくれ」
とっても嬉しい
「騎士様や魔王様が届けてくださる差し入れには、そんな深い意味があったんですね! 私、とても嬉しいです」
私は笑顔で伝える。
「……魔王様も……」
侍女が騎士様から頂いた袋を、差し入れの山に一緒に並べる。
半分が騎士様で、半分が魔王様で、他の方からも少し。
「もっと、たくさん持ってこよう」
「え、いえ、もう食べきれないほど頂いてます!」
騎士様が本気でたくさん持ってきてくれそうで慌てる。
「騎士様や魔王様が、私のことをわかって喜んでくれるだけで嬉しいです! ……王子には全然分かって頂けなかったから……」
二十年も一緒だったのに……。
「追放された国だ。王子の事など、もう考えなくていいだろう。君はここに、俺たちとずっといるんだ」
“俺たちと“と騎士様は言っているのに、”俺と“と言ってるように聞こえてドキッとする。
「お、王子の事は本当に最初からどうでもいいんです! 国民の事を考えたら、時間が経つほど薪が手に入らなくなるし、困ることが増えると思うんです……。怒って出て来てしまったのは浅はかでした」
魔王領の生活が豊かになるたびに、祖国の事が気になっていた。
私が居なくなった国では、魔王領とは逆向きのことが起こっているはずだ……。
「……魔王軍に降伏する町も増えている。このまま人間の国を征服していけば、聖女の力が及ぶ人間の国の範囲も増える」
騎士様が私を慰めるように言ってくれる。
「……はい! 私、騎士様が早く征服出来るように、全力でサポートします!」
燃えてきました!
◆◇◆
私は出来立てのスープを皿によそった。
最近は祈りの時間に余裕が出来て、本当にしたかった息抜きも出来るようになっていた。
これも、騎士様と魔王様たちのおかげだわ。
王宮に大きな調理場を借りて沢山作ったから、騎士様の配下の方々にも順番によそっていく。
「聖女、すまない、こんなに大勢の分を作らせてしまって」
ズラッと魔王城の食堂には百人以上の魔族の方々がいらしている。
「私、料理が大好きなんです! こんなにたくさんの方の分を一度に作れて感激です」
「大好き……」
騎士様は心配してくれるけど、しばらく腕を振るう機会がなかったから本当に張り切って作りました!
「まさか! こんな大量のスープがこんな短時間で完成するなんて! さすが聖女様です」
なんだかんだでみなさんに喜んでもらえています。
魔王領は、人間の国と比べても薪が少ないし、ずっと料理に苦労していたのだ。
——私の祈りには、炎の伝わる範囲を広げる力がある。
普通は鍋の底の直接炎が当たる所にしか熱が届かないけれど、祈りで逃げる熱を一箇所のより広範囲に集中させて届けることで、早くお湯を沸かす事ができる。
無駄になっている熱を直接水に届ける事で、薪の量が少なくて済む、前世の現代日本の知識で言うと“超省エネ魔法”の祈りなのだ。
「聖女様が作ると、たったこれだけの薪でここにいる全員分のスープが温められるんだ!」
「しかも、じっくり煮込んであるから野菜に全部火が通っている!!」
温かいうちにスープを食べて貰えて、喜んでもらえるのはとっても嬉しい。
だけど、『喜ぶとこ、そこなの!?』ってちょっと寂しい。
私が本当に喜んで欲しいことは……。
「すごいな……。こんな自然の味そのままで美味いスープは初めてだ……」
騎士様がつぶやく。
思わず漏らしたと言うような言い方。
私は、思いがけず欲しかった言葉を貰えてドキッとした。
騎士様はそのことに気付かない。
騎士様は鎧を被ったまま器用に食べていて表情が分かりません。
でも、騎士様が黙々と食べる姿から、本当に私のスープを気に入ってくれたみたい。
騎士様を横目で見ながら、私は嬉しくて胸の鼓動が高鳴るのを抑えられなかった。
◆◇◆
「冷たッ!?」
王子の叫びが城に響いた。
「どう言う事だ! 風呂の湯が氷のように冷たいではないか!」
「なんだこの硬さは! 野菜に、全く火が通っていない! スープも冷た過ぎる!」
先の大賢者の弟子が言う。
「聖女様の祈りが無くなったからでしょう。二十年前の薪不足の際に、先の大賢者が探し出した、超省エネ魔法を使える聖女様だったのです。彼女がいなくては、この国の森林の規模では湯を沸かす事も出来ません」
「聖女がいるだろう! 派手な魔法が使える新しい聖女が!」
新しい聖女で、王子の新しい婚約者になった女は奇跡を起こす。
彼女の祈りが色とりどりの光になって城の空に花を咲かせる。
国民の受けが良く、湯沸かし聖女より王国への支持を集められる。
しかし、光が消えてしまえばそれまでだった。
湯沸かし聖女がいれば一ヶ月は持った薪を消費して、新しい聖女の奇跡は終わった。
「だから、先の大賢者も私も言っていたのです。聖女がいなくなった後の事を考え、森を育てていかなければいけないと! それを、聖女がいて少ない薪で生活できるからと、かえって森を減らして、それが当たり前であるかのように聖女を蔑ろにする。
これでは国が傾くのも当然です!」
聖女が居なくなり、エネルギー効率が悪くなった国では、急速な木の伐採が進んでいる。
同じ湯を沸かすのにも、聖女がいた頃の三倍以上の薪が必要だ。
城の木々の並びが美しかった庭園も見る影もなくなっていた。
「うるさい! うるさい!」
王子も王たちも、先の大賢者の弟子の言う事など今更聞けなかった。
城の外では、風呂に入れない、洗濯も水のみでするようになり、感染症が蔓延しだしていた。
これから冬に向けての暖房も心配だ。
銀貨一枚で買えた薪が、今では銀貨三枚になっている。
昨日の給料で十分に買えた薪が、今日は買えなくなっている。
資源を持っている貴族や商人はまだマシで、給料の銀貨で生活していた庶民の暮らしがたち行かなくなっている。
しかも、それは家をまだ持たず、薪を保存できていない若者から先に影響を受ける。
打開しようと急激に木を切り倒した場所では、雨で土砂が崩れ、田畑への水の供給が滞って、次の収穫期の影響もどれほどか分からない……。
人も木も未来の為に育てなければいけないものから壊れていく——。
国が壊れていく中で、王子は未だに元の生活を維持しようと薪を数倍のスピードで消費し続けた。
クションッ!
「薪が足りないぞ!」
◆◇◆
先の大賢者様の弟子の賢者の話に私は震える。
王子、あなたはなんて、バカなの!?
ただでさえ少なかった薪を自分の為に使って、国民を飢えさせるなんて!
魔王様との違いに泣きたくなる。
魔王様は毎日でもお風呂に入れると言うのに、
「魔王領での薪の生産量が確保できるまでは贅沢は出来ない」
そう言って、週に二、三度しかお風呂に入っていただけない。
感染症が流行らないように、民には毎日でもお風呂に入るようにお触れを出して、私も入らせて貰っているけど。
みんな、魔王様のお風呂での鼻歌を毎日でも聞けるように、資源の生産を考えている。
それで、騎士様は最近あまり城に姿を見せてくれない。
毎日届く差し入れで、元気な事は分かっているけど……。
『君に似合うだろうから贈る』
手紙と宝石よりも、私は騎士様と会ってお話ししたいのに。
「聖女様。どうか、祖国の国民をお助け下さい」
賢者様がおでこを床につけて頼む。
それは、私も助けたい。
今はまだ秋の始まりで、寒さはそれほどでもない。
けど、本格的な冬になれば、どうなるか……。
寒さによる凍死、感染症の蔓延、火を通さなければ食べられないものも多いから食糧不足も深刻になる。
そこから広がっていく二次被害は想像もできない。
騎士様や魔王様に征服していただく前に、国が滅んでしまうわ!
ここから私の祈りを届ける為には、魔王様の結界をどうにかしなくてはいけないけど……。
そうだ!
「……魔王様! お願いします! 私に暗黒騎士様をお貸しください! 必ず、人間の国を征服して参ります!」
◆◇◆
私は騎士様と魔王軍と、祖国に帰ってきた。
緑に覆われた美しい国は見る影も無かった。
……秋だからかしら?
いえ、本来なら薪には使っていなかった、冬も緑のはずの針葉樹が切り倒されている。
針葉樹はすぐに火を使えるけど、すぐ燃え尽きてしまうから大量の薪が必要になる。
あっという間に森から木がなくなっていく様子が目に浮かんで、冬を前にこの国はどうなってしまうのかと思う。
偵察に来た灰色になってしまった街の隅に、倒れた小さな人影が見える……。
「——!」
思わず目を逸らしてしまう。
逸らした先にも人が倒れている。
ゴホゴホと咳をして、生きているのが分かってホッとする。
けれど、感染症が蔓延するのは秒読み段階なのだ。
倒れたり、そうでなくても痩せて暗い表情の人々の間で感染症が流行ったらどうなるのか……、恐ろしい……。
ゾクッと身体に冷たいものが流れた。
……これは、
私のした結果でもあるんだ……。
「私も自分の能力が当たり前過ぎて、ここまでの事を引き起こすとは思っていませんでした……。先の大賢者様には聞いていたけど、言われていたことをやっていただけ……」
「以前の魔王領もこんな光景が溢れていたよ。君が魔王軍に来た事で救われた命はたくさんあるんだ」
騎士様の声がとっても優しい。
「騎士様に拾っていただかなければ、私は死んでいました。私がいなければ、どちらの国も同じ光景が広がるだけだったんですね。
私、騎士様に拾っていただけて良かった……」
私は、騎士様に感謝の笑顔を向けた。
「前向きに考える事にします。
私は、騎士様のおかげでどちらの国も救う事が出来るんですもの!」
笑って言ったのに、騎士様は少し悲しそうだった。
鎧で表情は見えないけれど、鎧を反射する光が冷たくなった気がする。
私は、騎士様の鎧の温度を確かめたくなって誘われるように騎士様の方に歩くと、小石につまづいてふらついてしまう。
騎士様に抱き止められた。
触れた騎士様の鎧は思った通り冷たい。
「君の稀有な力に、この世界は頼らなくてはいけない。でも、たった一人で無理はしないで欲しい」
騎士様は私をとても心配してくれている。
「私がみんなを救えるのは、騎士様に守ってもらえるからです! 全部、二人の力ですよ!」
騎士様が息を呑んだ。
「まさか! 君だけの力だ……」
騎士様は驚いていた。
「違います! 騎士様に守っていただいて、魔王様にも、みなさんにも、祈る場所と時間を提供していただけるから私の力は発揮できるんです」
「……魔王様と、みなさん……」
……追放されたことがキッカケで、この素晴らしい人々に会えたから、王子のお陰でもあるのが少し癪だ。
まあ、お礼はさせていただきましょう!
楽しみです!
◆◇◆
魔王様にお願いして、一時的に解いて貰った結界の先に、私の祈りが届くようになる。
王都を囲んだ魔王軍の陣営では、わずかな薪で大量の料理が作られていた。
次々に立ち昇る湯気や煙に、灰色の町から人が集まって来る。
「聖女様、ありがとうございます」
そう言ってスープを飲む人々は、痩せて汚れていて痛々しい。
灰色の街で、人々は温かい料理に戦意を無くし、戦わずして私たちは王城まで来た。
「この、裏切り者が! 湯を沸かすしか出来ないくせに国を乗っ取りに来るとは、どこが聖女だと言うんだ!」
王子が私に叫ぶ。
私に向かって投げつけられた陶器を騎士様が防いでくれた。
「大丈夫か! 聖女!」
騎士様が私の肩を抱いて、怪我がないか確認する。
「大丈夫です……。騎士様に、守っていただきました」
私の言葉に安心した騎士様は、王子に向き直ると、身体を包んでいたオーラが一層暗くなった。
「無能な王子よ…」
低い声で王子に向かって行く。
「待って下さい! 騎士様!」
私は、ここは自分に任せて欲しいと騎士様に言う。
騎士様に睨まれて王子と奥の王や王妃も腰が抜けたように動けず、その場で震えている。
彼らが可哀想で同情したわけではない。
「か、帰って来る気になったか、聖女よ」
王子が寝ぼけたことを言う。
私の後ろの騎士様のオーラがまた暗くなる。
「また、この国で湯を沸かす祈りを捧げることを許可する!」
王子が尊大に言う。
これだけのことを引き起こしておいて、何なのですか? この男は。
無能なだけで悪気がないのが、救いようがない。
私は、暗い瞳でゴミを見るように王子を見下す。
いえ、ゴミは燃料になるので、王子と比べてはゴミに失礼でした。
「王子、お湯を沸かすということは、命を繋ぐということなのです」
私はずっと言いたかったことを言う。
「あなた、私の料理の味が薄いとおっしゃったけど、素材に火が通れば肉や野菜そのものの素材の味で料理は美味しくなるんです。
分かる方になら美味しく食べていただけて、作った私も幸せになって、ずっと作ってあげたいと思うものなんです!」
後ろの騎士様が驚いたことがわかった!
そうなのです、味が分からない方も世の中にはいるのです! 騎士様!
「当たり前の価値が分からず、調味料を大量に使ったり、余計な物に浪費して民を苦しめた、あなたに王子の資格はありません!」
「なっ!? 聖女如きが……!!」
王子が怒りに震えて私を見ている。
「私は魔王様から交渉役も申しつかっているのです。あなた方王族がこのままこの国に居続けたいと言うなら、我が魔王領との取引は金貨や銀貨ではなく薪で払っていただきます! よろしくて?」
サーっと王子の顔から血の気が引く。
薪で払わなければ物が手に入らないと言うことは王家を支える金貨銀貨の富の価値がなくなると言うこと。
王子の地位に居座ったとして、権力はないも同然です。
「くっ……」
王子が何か反論しようとも、私の後ろには暗黒騎士様がいる。
それだけじゃなく、城に大臣や使用人、貴族や国民が、もうあなたを要らないと言っているの。
そう言えば、新しい聖女はどこへ?
見捨てられてしまったのかしら?
「王子、あなたを、追放……は、可哀想だから、この国で平民として、暮らす事だけは許しましょう。木を大事に育てて下さい。
ただし、あなたたち王族には、私の力は及びませんから!」
私がニッコリ笑うと、王子は絶望したように膝と手を床につけた。
王子、床から伝わる石の冷たさを、これからはずっと感じて生きていくのです。
ざまぁ! ですわ!
◆◇◆
私は魔王城の自分の部屋に戻っていた。
この半年で溜まった荷物をどうやって運ぼうか悩んでいた。
騎士様に頂いたお菓子以外の差し入れがとっても多い。
魔王領では友人に物を贈る風習があるんだと思う。
騎士様が私を大事な友人と思って頂けているのは嬉しいんですけど……。
ちょっと、悲しいです。
キラキラ光る指輪はまだはめていないけど、騎士様と友情の証に大事にしたい。
半分くらい荷造りが終わった時に、騎士様が訪ねてくる。
「なんだ、これは……」
荷造りで散らかった部屋を見て驚いている。
「王子もいなくなって、賢者様に国に戻って来て欲しいと言われたんです。だから、急いで戻るための荷造りをしているんです」
私はさっきの指輪を取り出す。
「騎士様からの友情の証、ずっと大事にしますね!」
明るく言ったつもりなのに、何故か涙がこぼれ落ちた。
「この指輪は友情の証ではない」
「え!? 私、騎士様の友達になれていなかったんですか!?」
そうか……。
騎士様は誰にでも優しい方なんだ……、勘違いしていました……。
「人間の世界では、結婚の申し込みに指輪を贈るんだろう?」
「え? 私には、生まれた時から婚約者が決まっていたから、よくわからないけど、確かそうだったと思います……」
少しだけ沈黙があった。
「聖女、君をあんな国には帰さない。君の料理も、君自身も、俺だけのものにする——」
ええ!!
鎧をとった騎士様の顔が私に近づく。
想像してた通りの男らしい顔だけど、思ったより若い!
「指輪だけじゃ足りないなら、ドラゴンが守る宝石を全部奪ってお前に贈ってもいい。だから、人間の国にはもう帰るな」
「そんな、ドラゴンが可哀想だし、宝石なんていりません!」
騎士様の顔が悲しみに沈む。
「聖女、お前を手に入れるにはどうすればいいんだ?」
懇願するような目で騎士様が私を見つめる。
「騎士様が、美味しそうに私が作ったスープを食べてくださった時から、私はもう、あなたのものです」
私が言うと、騎士様は大きく目を開いて、次に笑った。
「お前のスープをもっと食べさせてくれ」
私がずっと求めてた言葉。
笑顔になると騎士様は少年みたいで、胸が高鳴る。
そして、騎士様は私をつぶれそうな強さで抱きしめる。
鎧が阻む騎士様の熱も直接私の身体に伝わって来る。
「聖女のおかげで、俺の初めての恋の熱が全部届きそうだ」
二人の熱が溶け合うみたいで、私は騎士様の愛に熱せられてしまう——。




