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あのあと、禁足地には複数の救急車と警察まで来て、結果的にかなりの大ごとになった。私たちはというと、メディア関係の人たちが話を聞きつけてやってくる前に、その場を立ち去っていた。それも全て、義隆さんが根回しをしてくれた結果らしい。
その後、事件のことが大々的に報道され、私に動画を送ってきた張本人は、かなり反省をしたみたいだった。憔悴して、数日学校を休むくらい。当の私はと言うと、その噂を聞くまで、そのことにまったく気付かないくらいには、その子に興味がなかった。あんな大変な思いをさせられた割には。
彼女は登校するなり私を呼び出すと、謝罪という名の言い訳を長々とした。曰く、彼女の好きなクラスメイトが、私のことを気にしているという、なんとも迷惑な噂を耳にしたようで。そのとき流行っていた「不幸になる動画」を私宛に送ったことが、全ての元凶らしかった。
彼女には何かあったかと聞かれたけれど、私は何もなかったよと嘘をついた。もう正直、彼女のことなんてまったく気になっていなかった。
あれから数日が経ち、私は放課後、またあのお店を訪ねようとしていた。重い扉を押すと、低い音でベルが鳴った。
「……あ、茉莉花ちゃん。いらっしゃい」
柔和な表情で、義隆さんがひらひらと手を振る。
「どうも……」
その話を義隆さんにすると、「まあ思春期だしねぇ」とのんびり彼は言った。
義隆さんは慣れた手つきで私が注文したコーヒーを用意すると、どうぞとカップを出してくれる。
「……あれ? でも茉莉花ちゃん、コーヒー飲めないんじゃなかったっけ?」
「そうなんですけど……あの日は何故か美味しく感じたんですよね。このお店のコーヒーが特別なのかな……」
そう言って一口啜ってみると……苦い。どろりとして、舌にまとわりつく感じもする。頑張って、口に入れた分だけを私はなんとか飲み込む。そんな私の表情を見て、義隆さんはふふと妖しく笑った。
「……すごいね、正解だよ。うちのコーヒーは特別なんだ。あの日みたいに怪異に見られた人には、美味しく感じるようにできててね」
えぇ……なんですかそれは。一体どういう理屈で……?
「……まあでも、逆にそれで良かったです。そのほうが、この先楽しめそうですし」
私は鞄から一枚紙を取り出して、義隆さんに差し出す。
「……履歴書?」
「バイト、募集してるんですよね?」
店内の張り紙を指さした。
「ありがたいけど……でも、どうしてうちなの?」
「……コーヒー、飲めるようになりたくて。大人っぽいかなーって」
「あの感じだと、当分難しそうだけどねぇ」と言う義隆さんを見て、私はとても意地悪だと感じたのだった。




