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戦国和倉温泉  作者: いばらき良好
第3章
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3の3 戦場への使者

 翌五月十九日、朝日に照らされて蝉が大合唱を始めた。

 竹皮に包んだ握り飯を頂戴し、達也たちは利家公の衛兵二〇〇名と鉢形城を離れて小田原に向かった。


 関白殿下は、箱根の谷にある湯本の早雲寺に本陣を置いていた。小田原城は一三万の主力と二万の水軍で包囲している。その他にも伊豆の韮山城攻めに四万(織田信雄ら)、武蔵の鉢形城攻めに三万三〇〇〇(前田利家ら)が遊撃軍として動いていた。

 達也は坊主頭なので、関白殿下との対面時には茶色い「陣僧」の恰好をさせられた。


 前田利家・利政親子と奥村右近殿、そして石川達也は関白殿下にお目通りを願い出た。

「どうした又左、若いのは息子たちか」

 関白殿下は寺の書院上座にすっと腰を据えた。とても身軽だ。この人があの秀吉かと思うと、達也は感激した。利家公が話を通してくれる。


「関白殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう、お慶び申し上げます。これなるは次男の孫四郎と家老の三男坊で右近です。二人とも初陣となりました」

「前田孫四郎利政にござります」

「奥村右近孝行にござります」

 利家公の紹介に、利政殿らは名乗った。


「うむ大儀。で、後ろの坊主は誰だ」

 おっと、東北武将か北条家で降伏した武将かと、達也は見られたようである。

「これなるは、能登国和倉温泉の石川達也という者です。関白殿下、どうかお人払いを」

 利家公は平身低頭してお願いした。達也も深く頭を下げた。


「なんじゃ又左、ワシらの間に隠し事はないじゃろ。能登の温泉が如何した、言ってみろ」

「殿下、お人払いを」

 利家公は強気で押した。我慢比べが続く。達也も頭を畳に付けたまま、利家公に従った。


「分かった。お前ら下がっていろ」

 関白殿下が手を振って武者たちを追い払った。

「しばし、石田治部(三成)殿は殿下のお側近くに」

 利家公が、若い三成殿に向かって丁寧に話し掛けた。


 これで関白殿下、三成殿、利家公、利政殿、右近殿、達也の六人が広間に残った。

「又左、言ってみろ。大事な話であろう」

 関白殿下は直感で何かあるなと思ったようだ。


「石川達也、例の品物をここへ持て」

 利家公が命じたので、「はい」と返事して前へ出た。

 達也はリュックからクリアファイルに挟んだ和倉温泉のパンフレットと全国石高表、豊臣秀吉生涯略年表、そして関ケ原本を取り出した。


「石川達也たち和倉衆は、四百三十年後の世界から来ている。秀吉の生涯も記録に残っているので、よく見てみろ」

「そんな馬鹿な、どれ」

 クリアファイルを珍しそうに眺めて剥がし、文書を読んで関白殿下の表情は固まった。


「佐吉(石田三成)も読め」と年表を手渡す。

「これは本当か、石川とやら」

 三成殿から迫力のこもった声で尋ねられた。


「はい、私の時代の歴史です。しかし歴史は変わります。例えば秀次殿が関白にならなければ、乱心や謀反騒ぎもなく、切腹事件は起きませんでした」

 うんうんと頷く関白殿下。

「秀次は小心者だし、戦も下手だ。身内可愛さにワシは失敗したらしいな」

 話の途中で関白殿下は何か考え込んでしまった。


「方広寺の大仏は地震で崩れます。南蛮船を造って貿易した方が木材は有効です」

 間が開いたので、あまり深く考えずに達也は未来情報を述べた。

「大仏建立には刀狩りという別の理由があるのだが、じゃが、南蛮船とは面白い」

 関白殿下は扇子でピシャリともう一方の手を叩いた。


 達也も知っている。「有難い大仏の釘にするので百姓は刀槍を差し出せ」と命じたらしい。実際は百姓一揆をなくすという秘めたる主目的があったのだ。


「話は戻るが、和倉衆とは何人いるのだ。時を越えてやって来た者たちだ」

「二〇五人です」

 達也は正直に答えた。

「他の者にも会ってみたい。だがまずは天下統一だ。秋には能登の国に行くぞ。利家、小城など早く落として小田原攻めに合流せよ」

「ははっ」


「佐吉、策を練るぞ。秀次は関白を継ぐ器にあらず。あやつは小牧長久手で、三河奇襲の移動がにぶ過ぎて、家康に逆襲される始末。一門衆として半国も与えればいいだろう」

 老人風であった関白殿下の頭が急に回転し始めた。さすがは天才である。


「秀吉が病死した八ヶ月後に、このワシもあの世へ旅立つらしい。その後は家康の天下だ。残念だが豊臣家も滅ぼされるらしい。なあ石川よ」

 利家公の説明に関白殿下の顔が苦く変わった。とくに眼が怖い。


「はい、本をご覧下さい。徳川と戦ったのは、石田三成殿八万の軍勢です。他には宇喜多殿、大谷殿、小西殿、真田殿と上杉殿が徳川に勝負を挑みました」

「なんと我が八万の軍勢を率いたのか。でも家康の天下ということは、負けたのだな」


「はい、斬首です。でも楠木公のように有名ではあります」

「豊臣家を守れずに無念である。ぐ、くっ」

 石田三成殿は何かを強く感じたのであろう。腕で顔を覆って涙した。


「泣くな佐吉、お前は一番の忠義者だぎゃあ。ありがたや、ありがたや」

 立ち上がって関白殿下は、三成殿の肩に触れ、関ケ原本を手渡した。

「殿下、すみません。我が無力ゆえに」

 関ケ原本を広げて、三成殿は声を殺して男泣きした。


「又左、一日だけ石川殿を貸してくれ。豊臣家存続のための策を練りたい」

 関白殿下は両手を合わせてお願いして来た。

「豊臣家と前田家はすでに同じ船に乗っている。ワシらが死んでも、息子たちがいる。よいか三成、利政も右近も胆に銘じよ。決して徳川に潰されてはならんぞ」

 利家公が強く宣言した。


「ははっ」

 名指しされた三人は決意の声で返事をした。

「そういえば、石川はわしの領民なので間違っても殺すなよ。護衛として息子利政と右近を置いて行く。必ず返せよ」


「えーっ」

 一緒に熱くなっていた達也はドン引きした。ひどく物騒な話だなぁ。


 そして利家公は戦場に戻って行った。残された三人は三成殿に預けられて、質問責めにあった。三成殿は押しが強いが、理解力は抜群であった。


「そもそも家康に関東を与えるなんて多過ぎです。相模、武蔵、安房、上総、下総の五ヶ国で一九〇万石。他は取り上げればいい」

 達也は酒に弱い。夕食で飲んだ一杯で目が回って、ぐらぐらしていた。


「関東の家康を睨むとしたら上杉と真田だな」

「あと、佐渡と伊豆、薩摩には金山、石見と但馬には銀山、日本各地に銅山があるので、何とか確保して下さいね」


 三成殿は真面目だ。いつも何か考えている。夕方は控え目に話していた達也だが、これだけは言いたいと関ケ原の話を持ち出した。

「そもそも関ケ原の戦いは、武断派と文治派の争いで、家康に付け込まれたのが原因です。三成殿は敵を作らない方法を学んで下さい」


「石川殿の言いたい事は判るが、我が生き方は変えられぬ」

 とても真面目で頑固な人だなと思った。


「物事の道理が解かる人には義を説き、損得で生きている人は利で釣り、名誉だけが生き甲斐の人は褒めるのです。これは嘘を付くのとは違います」


「なるほどな」

「世界は大航海時代なのに、日本国内で揉めている場合じゃないです」

「だいこうかいとは具体的に何でござるか」

 三成殿が問うて来た。


「ヨーロッパという地方の強国たちは、船を使って世界の支配権を争っています。日本にも伴天連が来ているでしょう。南蛮坊主はその国にキリシタンを増やして反乱を起こし、国王を討たせるのです。今の世界王はスペイン国王で、この世の金銀の四分の三はスペインが持っています。むあぁ眠い。でも、今から二年前にスペインの無敵艦隊は、イギリスとオランダに負けました。死者は二万人以上出たそうです」


「おお、大戦争ではないか。戦の様子は分かるか」

 全員が身を乗り出す。

「はい、攻める無敵艦隊は一三〇隻で大砲二五〇〇門。守るイギリスは、王室の三四隻と寄せ集めの海賊船一六三隻。戦いは引き分けでしたが、暴風雨と慣れない海で艦隊は座礁と沈没です」


 そこらへんで達也は記憶が遠くなって来た。長旅の疲れもあり、酔っていたし、もう深夜一時くらいだったであろう。燈明の光も弱いから。

 熱心な利政殿たちに何かを答えていて、いつの間にか寝てしまった。


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