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戦国和倉温泉  作者: いばらき良好
第3章
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3の1 戦場への使者

 加賀屋を出ると松様と衛兵たちは太田社長に案内されて、近くの別邸に向かった。

 石川達也も驚く。食糧支援との交換条件で前田家に貸し出された加賀屋別邸「松乃碧」だが、現代人の達也でさえ、立派すぎると感じる建物であった。

 総五階建て客室三十一室で、茶室やお洒落な漆器の美術館もある。もちろん和倉温泉を引いた大浴場も男女別に揃っていた。


 邸内を案内された前田の松様、利政殿、右近殿、鎧の侍や侍女たちも、その広さと豪華な造りに驚いていた。この加賀屋別邸が前田家の館や米蔵として利用される。

 しかし、鉄骨造の客室に米150トンは無理だろう。どこかの空き地に平屋で米蔵を作るしかない。


 松様は一室で書状を書き始めたようだ。

 達也は明日から使者として小田原に行くことに決まった。実際に歩いての旅なんて初めてである。今は旧暦の五月で真夏だし、距離もある。初めての戦場も不安だ。「何で僕が」と嘆いても、誰も助けてはくれない。

 しかたないので、旅の準備のために帰宅した。


「お母さん僕、明日から使者として小田原の戦場に行くことになったんだ。歩きで。今は戦国時代だから」

 母は驚き、疑問に思ったのだろう。

「何で達也が、それって危なくないの」

 ご心配はごもっともだ。僕も今日の成り行きには戸惑っている。


「たぶん信じられないと思うけど、今は戦国時代でね。それで前田家から食糧支援を受けたのだけれど、当主の前田利家公が小田原へ戦いに行っていて、僕が説明する使者に選ばれたんだ。まぁ、しょうがないよ」


「まったく、歩いて行くなんて無理よ。お父さんも朝飛び出したきりで帰って来ないし」

 母の長い愚痴(いつも二時間は当たり前)が始まりそうなので、達也は強制的に話を区切った。

「お父さんとは加賀屋で会ったよ。それにコロナ問題ももう終わりだ。だってここは戦国時代だもん」


 自分の部屋に入って達也は、リュックや下着、靴下、ハンカチなどを用意した。靴は履きなれた運動靴を、ジャージは黒。懐中電灯に100円ライター、折りたたみナイフのキーホルダー、箱のティッシュ、絆創膏、歯ブラシ、タオルも用意した。


 質問回答用には、厳選して関ケ原本と和倉温泉のパンフレットを持った。お米の全国石高表も印刷して準備し、本を広げて豊臣秀吉年表をパソコンに打ち込んで作った。

 母から夕飯の声が掛かるまで、達也は資料と格闘して時間を忘れていた。ネットが使えない時代でも、達也は本の虫であった。


 夕食時に母はオバちゃん連中から仕入れて来た噂話をした。父も張り合って長演説を行い、飽きた達也は相槌や生返事で食事した。

「調べたら住民は二〇五人だった。そのうち未成年が二七人、高齢者が五五人だ」


「そういえば還暦祝いのお医者さんは、息子さんも医者で跡を継いだらしいわ。生き別れになってしまって、可哀想ねえ」

「そうなの。お母さん、ごちそうさま。明日早いから、僕は寝るよ」


 話が長い。結局、人は安心材料を探して生きているのだろう。集団ヒステリーやパニックに陥るよりはマシである。

 今日は古井戸浚いしかしていなが、何だか色々と疲れた。

 でも、戦国時代に突入して死亡者ゼロで終わったのは、良い一日だった。

「よっこらしょ」と布団に入ったが、明日からの「戦国旅」を考えると上手く寝付けなかった。


 翌朝の天正十八年(1590年)五月六日、五時過ぎに起きた達也は朝食を取って身支度を整え、ペットボトルのお茶を飲みながら松乃碧へ向かった。これは飲み干したら水筒替わりにするつもりだ。


 朝六時ですでに前田松様とカレンさん、お医者さん夫婦、御女中衆、衛兵、旅支度の侍一〇名、利政殿、右近殿、見知らぬ老年武将が集まって居た。

「お早うございます。石川達也です。お待たせして済みません」

 達也が近づくと松様が代表して応じた。


「お早うございます石川殿、和倉温泉の説明をよろしく頼みます。当主の利家殿には全てを正直に、他の人間には少し控え目にお話して下さい。まぁ、誰でも驚くでしょうし」

 なるほど。そういうものか。

「承知しました」


「道中脇差も持って行って下さい」

 松様から達也は脇差をもらった。

「有難うございます。何かサムライみたいだな」

「うふふっ」

 松様が明るく笑うと、周囲も笑顔になった。リュックに収納すると柄(握る部分)が上に飛び出たが、まあ良いだろう。


「では利政殿と右近殿、高畠殿もよろしく頼みましたよ。向うは戦場です。お気を付けて」

「母上、行って参ります。皆の者、出立だ」

「おおーっ」


 若い利政殿が元気に声を掛けると一〇名の侍が応じた。

 高畠殿が松様に深く礼をして、先頭に立った。

 達也たちは、袖を押さえて柔らかく手を振る松様や若い御女中衆にいつまでも見送ってもらった。


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