表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国和倉温泉  作者: いばらき良好
第1章
4/58

1の2 突然の荒野

 町の周囲が消えた。驚くべき天変地異なのだが、パニックは起きていない。

 住民は「正常性バイアス」が掛かっているのだろう。これは、かなりの大災害であっても「自分だけは大丈夫だ」と思い込むのが、人の心理というものなのだ。


 いったん家に帰ろうと歩いていると、小中高と同級生だった森山三郎に出くわした。愛車のスポーツタイプ250CCバイクを布で磨いていた。

「おっす、森山」

「おう、石川」


 森山は郵便局勤めで、赤いバイクの配達員だ。よく日に焼けていて、仕事服が似合っている。

 パソコン屋の達也とは違うタイプだが、仲は良い。なんか最近、若くて綺麗な彼女が出来たと聞いたぞ。うらやましいなこのやろう。


「今日の朝七時から井戸掘りだけど、森山も手伝ってよ」

「石川はアホか。仕事はどうする。郵便だよ」

 前庭から出て来た森山もノーマスクなので、ちょっとだけ距離を取った。達也より体力があるのに、配達だけではもったいないだろう。


「いいか、手紙もお金も品物も、郵便っていうのは大切な仕事なんだよ。ときには人生が決まるときだってあるし、俺たちは皆の愛と真心を運んでいるんだ」

 おっと、思い出した。森山はこういう熱い漢だった。


「よく見てみろ、この町以外は消えたぜ。それなのに仕事馬鹿か。水道出ないから三日分の飲み水確保な。町内の郵便なら一時間で終わるだろうに」

「本当だ。向うの建物が無くなっている。ただの地震かと思った」

 かなり呑気だなあ。


 そうこうすると、向うから細身で鮮やかな水色のワンピース姿をした目元美人の外人さんがひとりで歩いて来たので、達也は挨拶してみた。

「グッド、モーニング」

「グッモーニン、何か起きたのですか」


 欧米系の白人娘さんで長く赤い髪をポニーテールにしている。

「あっ日本語、この町は丸くなりました」

 達也は変な日本語で応じてしまった。一応、三人ともソーシャル・ディスタンスを取って話している。


「私はカレン・コガ・ベイカーです。スコットランドから来ました。私のお婆ちゃんは日本人です。私はお花が好きなので、京都の池坊短大でお花を習っています。今はコロナで学校がお休みなので和倉温泉に来ています。それで、町の様子を教えて下さい」

 綺麗な日本語を使った。頭も良いのであろう。森山と交代だ。


「俺はサブロー・モリヤマ。彼はタツヤ・イシカワだ。どうやら和倉温泉以外は消えたらしい。京都もイギリスも、今はまったく判らない」

 森山の説明も日本語で曖昧だった。これで外人さんに上手く伝わったのかと疑問に思う。達也も英会話をちゃんと勉強すれば良かったと後悔する。


「ごめん。僕たちもよく判らないんだ。通信も出来ないようだし」

 達也が認識不足を謝ると、カレンさんはつぶやいた。

「パラレルワールドですか」

 おおっとそう来たか。よく知らないが、SFでいうところの並行世界。町ごと別世界に飛ぶなんて在るのだろうか。


「私は加賀屋さんに泊まっていますが、お金少ない。どうしよう困った」

 そうか、このお嬢さんは「お金持ちなんだ」と思った。和倉温泉といえば加賀屋だ。日本一の旅館として、泊まればゆっくり出来て豪華な料理も食べられる。宿代も高額で一泊4万円から5万円はする。


「政府の緊急事態宣言が解除されて、加賀屋さんも営業再開したばかりだ。お客さんが少なくて経営はキツイだろう。それに郵貯銀行のATMも回線が死んでいては、現金もおろせないよな」

 達也が森山に確認した。お互いうなずく。


「取りあえず今は加賀屋さんに泊まっていて、どうしても追い出されたなら、俺の彼女の家でシェアハウスするか。俺の名刺渡しておくよ。ポストマン、モリヤマ、OK」

 さすがに体育会系のノリで決めてしまった森山だが、あとで彼女さんに絶対怒られるであろうと達也は思った。


「センキュー」

「美人には弱いな」

 達也はぽつりとつぶやいた。森山の眉がきゅっと寄る。

「あっ、僕は井戸掘りだ。森山も彼女さんに連絡しろよ。では解散します。グッバイ」

「さようなら」

 外人さんに手を振って帰路につく。


「おっ、猫だ」

 白黒交じりの野良猫「オセロ」に手を振った。達也は何を置いても無類の猫好きで、近所の猫たちに「チャトラ」や「ヤマト」と勝手に名前を付けて楽しんでいる。非常事態でも、野良猫は呑気に顔を洗っていた。


 家に着くと、母が朝食を用意してくれていた。

 今朝の地震は中程度だったので、プロパンガスは自動ロックされなかった。でも残り寿命は一ヶ月か二ヶ月くらいであろう。


「朝ご飯食べるでしょう」

「ありがとう」

 朝が弱い母の気まぐれ料理に感謝した。

「僕、七時から井戸掘りに行ってくるよ」

 ペットボトルの水少量で手を洗い、達也は母に伝えた。


「そう。今日は食料品買えるかしら」

 主婦は家のことが心配なのだろう。

「食糧調達も大事だね。お父さんに相談してみたら」


「だめよ。お父さんは家のこと何もしないから」

 母には「ごもっとも」と、うなずくしかなかった。朝方に飛び出して行った父は、夜中まで帰って来ないだろう。町も郵便局も大変だから。


「じつはお母さん、この町は丸く切られて郊外は荒れ野原になっちゃった。だから買い物に行くスーパーも無いよ。たぶんね」

 母はきょとんとした顔でつなぐ言葉を失った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ