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戦国和倉温泉  作者: いばらき良好
第1章
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1の1 突然の荒野

 ――出会いと発見。さあ、和倉温泉に行こう――


 広告のコピーを考えながら、石川達也(三十歳)は静かに布団で寝ていた。

 突然、家が大きく軋み、ぐらりと揺れた。山積みの本が崩れる。

「うわっ、地震だ」

 達也は飛び起きて枕元のスマートフォンを拾った。六月二十五日(木曜日)の早朝五時。胸の鼓動が上がり、逃げようかとも思ったが、揺れはごく短時間で終息した。


「何か変な揺れだったな」

 坊主頭に手を当てて昔を思い返す。大学生の頃に経験した東日本大震災は、もっと強烈で長い時間揺れていた。後になって、全国で緊急地震速報が鳴るようになったが、今回のスマホは無音だったので、おそらく小さい揺れで津波も来ないだろう。


 崩れた本を手に取り「あーあ」と、ため息をついた。

 達也は理系で本が大好き。筑波大学を卒業して大企業に就職したが、休日出勤や徹夜勤務が多くて一年で退社。実家にUターンして「能登デザイン」という小さな設計会社を立ち上げた。でも、図面描きの仕事は無かったので、石川県能登和倉温泉のホームページ作成や広告で食べて来た。


 本をざっと片付けた。台所に行って、冷蔵庫から麦茶を出してマグカップに半分ほど注ぎ、飲むと胃に冷たさが下りて行った。少しだけ気持ちが落ち着いた。


 外は明るくなり、両親が起きて来た。石川家は三人家族だ。

「おはよう、さっき地震あったね」

 山姥のようなボサボサ髪で、まだ眠そうな母の宮子に話しかけた。母はテレビが大好きでいつも夜ふかし。三、四時間しか眠らないから、朝はいつも不機嫌である。


「うん、最初だけ揺れた」

 今日は珍しく達也に応じた。


「おい、断水みたいだぞ」

 トイレから出て来た父の秀彦が騒いだ。

「えーっ、マジかー」

 達也は残念なつぶやきをして、台所の水道をひねって確かめる。やっぱり断水だ。

「台所もダメみたい。さっきの地震でどこかの水道管が壊れたんだ」

「ちょっと外を見て来る」

 すぐに父は着替えを始めた。


 父の仕事は和倉温泉の郵便局長なのだが、町会の副会長もしている。町会長さんや会計さんと一緒になって、町民の相談に乗る立場だ。今日は何とかして断水場所を突き止めるのだろう。


 父は携帯電話を手に取った。

「もしもし、三沢水道の社長さんですか。朝早くに申し訳ありません。今朝の地震で断水したようです。社長さんのお宅は大丈夫ですか。ああ、やっぱり。市役所と連携して何とかしましょう。是非、お力をお貸し下さい」


「ねえ、トイレはお風呂の残り湯で流しなさいね。ご飯は如何しようかしら」

 無神経な母が達也に注意した。主婦は家のことが一番に気になるのだろう。

「分かった、お風呂ね。あと非常用の飲み水があるから台所に持って行くよ」


 北側の納戸が暗かったので雨戸を開けると、風景に違和感を覚えた。直感では空が広いようだ。両目をぎゅっとつぶり、見開いてよく観察すると北東の奥の方、家々の向う側にあった大きなホテル群が見当たらない。

「あれっ、向うのホテル、消えちゃったよ」

 細い体でつま先立ちして奥を眺め、半信半疑な声を上げた。


 急いで窓を閉めると2リットル入りの天然水ペットボトルを台所に持って行き、サンダル履きで外に出た。服装は白のTシャツに黒の膝丈半ズボンである。


「いったい何が起きたんだ」

 和倉町は古い昔に「海に湧く温泉」を中心に埋め立てて出来た温泉町だ。だから海側が崩れて沈んだようにも見える。しかし、そこには大きなホテルが幾つもあったはずだ。何で忽然と消えてしまったのだろうか。


 達也は少し走った。

 前の方でマスクをした町の人たちが、ざわざわと集まっていた。

 今年(2020年・令和二年)は中国武漢から発生した新型コロナウイルスが世界中に広まって、多くの人々が亡くなっていた。特効薬も無いから、感染予防のマスク着用が大事で、日常の姿になっている。


「テレビもダメ、スマホもダメ、ラインも繋がらないわよ」

 達也の耳に奥さんたちの戸惑いの声が聞こえた。ネットがないのも困るし、お客さんのホテル群も消えてしまった。いったい何が起きているのか。


 あっ、失敗した。自分はマスクをするのを忘れていた。ノーマスクでは周りの視線が痛いし、コロナに罹って危険だ。

 立ち止まってポケットに手を入れるも、スマートフォンもハンカチも持っていない。

「しょうがないな。まずは落ち着こう」

 非常時には冷静さこそが大事だ。不安や焦りは思わぬ失敗を生む。


 よく観察すると東の陸地が丸くなっている。いや、この町のみが丸く残ったのだ。

「こりゃあ、やっべーや」

 たぶん父の勤める和倉温泉郵便局あたりを中心にして直径600メートルくらいの「円柱状」に町が残った。境界線の家もケーキをナイフで切ったみたいな様相だ。


 丸くなったこの町は、北を時計の十二時方向とすると、九時から四時の北半分が海で、残りの南半分が山に続いていた。町の外には雑草が繁茂している。電線もない。地下の水道管も消失したのであろう。これが断水の原因に違いない。


 不安で集まった人込みの中に父が居た。

「お父さん、大変なことになったね」

 達也の方を振り返った父と目が合った。どこかで調達したのだろう。父はちゃっかりと白いマスクを装着していた。


「水道はダメだ。町の外には電話も通じない。見えるのは原野だし、水と食料をどうするか。達也も考えろ」

 問題が多くて、猫の手も借りたいらしい。

「もともと和倉町は埋め立て地だから、水は山側の井戸からポンプ供給じゃないの。電気は今年から温泉熱発電があるから大丈夫だけど」


 今年一月に金沢大学の偉い先生が環境省の地域発電モデルとかで、泉温82・7度の和倉温泉に熱電材料を使った温泉熱発電装置を作った。要は効率的に熱を電気に変える仕組みだ。お蔭さまで、安くなった電気代に母は喜んでいたし、メンテナンス費用として温泉組合に振り込まれる電気代に父も驚いていた。

 観光や湯治以外でも温泉は電気として打ち出の小槌に変わった。


「では三沢社長、井戸を掘りましょう。南の山の方に」

 父は、作業服を着た水道屋さんに話し掛けた。

「分かりました。でも人手が足りません。うちの社員は町の周囲の水漏れを塞ぎますし、私は井戸を掘るにしても若い人の手をお借りしないと」

 社長さんも困った様子だ。


「そうですね、仕事や子育てで若い者は皆、都会に出て行ってしまうから。では、町会長の渡辺さんにも相談します。達也、お前も井戸掘り手伝って来い」

「う、うん」

 話は急に飛んで来た。達也は本の虫でインドア派なのだが、今は非常時だ。しょうがないな。ここは「皆の為だ」と割り切ろう。


「分かったよ、お父さん。三沢社長さん、お手伝いさせて下さい。石川達也です」

 マスク姿の社長さんは帽子を少し上げて達也をじろり。そして四十代後半の強い眼が少しだけ笑った。

「ありがとう、安全に頼みます。あと、サンダル履きじゃダメだ。安全靴か、せめて長靴じゃないと」


 達也はマスクもせず、サンダル履きという恰好に後悔した。非常時にこれでは呑気すぎるだろう。

「すみません。すぐ履き替えて来ます」


「集合時間を決めましょう。いろいろ準備もあるので、七時に町の南側へ集まって下さい。では、よろしく」

 達也は腕時計をしていないが、今はだいたい六時過ぎだろうと思った。


「はい。じゃお父さん、いったん帰るから」

「ああ頼んだぞ。もしもし坂井電気の社長さん、どうも。実は切れた電線ですが、子供たちが知らずに触ると危ないので……」


 NTT和倉基地局のお陰で父のドコモ携帯は通話が出来るようだ。他の通信会社はどうなのか。たぶん個別の電波は生きていても基地局が消滅してしまえば通じないだろう。これらを使うには電波送受信のためのシム交換が必要だ。

 でも、こりゃあ大変なことになった。


温泉熱発電はフィクションです。

記憶では、当時の能登地方は温泉の副次利用反対でした。

震災を経た2025年、温水や暖房で活用となりました。

物語上では、大学研究で設置したことにしてあります。

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