転生悪役令嬢は転生皇太子に熱烈に推されるらしい。
昨夜確か倒れた女子高生を助けようとしたはずだ。ミランダ・ミッシェルこと俺はこれからどうしようかと考える。そんななかやってきたのはこの国の皇太子殿下。彼の様子が記憶の中と違うような……?
※細かいことは気にせず読んでください。
白い肌、ルビーの瞳、透き通るような金糸の髪に豊満な身体付き。鏡の向こうに見えるその姿は、確かに美しいの一言に尽きた。ミランダ・ミッシェル。その名を知らぬものはこの貴族社会にはいないだろう。なにせこの国随一の公爵家の長女にして皇太子の婚約者候補筆頭なのだ。
いやしかし、はてさてしかし、俺は首を傾げていた。そして鏡の向こうのミランダも首を傾げている。それはつまり、この身がミランダであると物語っている証拠であろう。
おかしいだろ。
「確か、横断歩道で倒れた女子高校生を助けようとした、そこまでは覚えてる」
俺は考える。そして思い出す。それは俺にしてみたらついさっきの出来事であった。
「会社からの帰路だ。家に帰ろうとして横断歩道を渡ろうとしたら、向こうから渡ろうとしてきた近所の高校の制服を着た女の子がこけたんだ」
鏡の向こうのミランダが頭を抱えている。そして同時に俺の頭にも手の感触が、手には髪の感触があるから同じ行動をとっているに違いない。目線を鏡から下に移すはらり、と落ちてきた横の髪が金糸であることを確認する。つまりは、ああつまりはそういうこと。
「巻き込まれたかぁ~?」
横断歩道で倒れた女子高生に向かってトラックが突っ込んできた。それに気が付いた俺は持っていたカバンを放り投げて女子高生に駆け寄った。助け起こそうとして女子高生の体に触れたのは覚えている。そのあとの記憶がない。女子高生を助けれたのだろうか。もしや一緒にトラックにぶつかったのだろうか。それともぶつかる直前に超常現象が起きたのか。どれも想像でしかないが、ともかく俺はここにいる。ミランダ・ミッシェルの今までの記憶を所持したまま。
「展開的には転生モノとか憑依モノってことだと思うけど、たぶん主役はあの子だろうな、じゃあやっぱ……」
これはたぶん、あの女子高生が主役の物語だ。あの子が事故のにあって転生して、この世界の主人公になっている。これは妄想にしか過ぎないが、確認する術がない。なにせ、俺はミランダ・ミッシェルを知らないからだ。
こんなにも美しい女性は現実にいていいものでは無い。おそらく傾国だってやってのけるくらいには美しいのだ。この女性がしゃなりとしなだれれば世間の男たちは鼻の下を伸ばして群がるだろう。その思考は吹き飛ばしておいた。何せ中身はこの俺だ。
それにしてもどうしてこうなったのだろうか。ふう、と息をつく。とりあえずこれから朝食の時間である。その時間をミランダの記憶を駆使して何とかこなしてから後のことを考えよう。
*****
「ミランダ様、お客様がおいでです」
朝食を終えた後、俺は自室に戻って来ていた。これから家庭教師による教養の授業があるはずだったのだが、メイドの一人・シーラの発言によって予定が変更になってしまった。
「先ぶれも無しに? どなたかしら」
俺は頬に手を当てながら憂うように首を傾げた。それを見たシーラが頬を少し赤らめた。この仕草は女性にも効果的であるらしい。いざという時にだけ使った方がいいかもしれない。
しかし本当に誰だろうか。ミランダはミッシェル公爵家の長女である。そのため忙しいのだ。一分たりとも無駄に出来ないとばかりに詰め込まれたタイムスケジュールが毎日用意されている。そのため普通ならば手紙やら使者やらでお伺いを立てないと会うことすらできないのだ。だから突撃訪問するのは失礼に値する。けれどもシーラはこれに不快感を示すこともなく告げてきた。ともなれば、それが許される相手であるのだろう。
ミランダの家族なれば先ほどの朝食で全員と顔を合わせた。親戚は常識がある人ばかりなので先ぶれがあるはずだ。公爵家以下の貴族なれば言うまでもなく。なら、それ以上。
「皇太子殿下でございます」
察してはいた。そういうことだろうなと思っていた。俺は慌てて椅子から立ち上がり、そうしてシーラに告げる。
「すぐに着替えます! シーラ、手伝ってくれるかしら?」
「もちろんでございます!」
シーラは嬉しそうに部屋を出て行った。おそらく他のメイドを連れてくるのだろう。俺は大きく息をついて訪問者の顔を思い出していた。
皇太子殿下・アーチェルト様は見えだけで言うならばミランダと正反対の御仁だ。少し浅黒い肌に青い瞳、銀糸の髪。ただ彼は剣を嗜んでいるため体格がいい。そのためミランダと二人並ぶと豊満な圧力カップルとなるだろう。いやミランダは皇太子の婚約者候補筆頭ではあるがまだ婚約者ではない。だから、普通に失礼なんだけれどもなこの訪問は。
*
応接室はミッシェル公爵邸の正面玄関から右に曲がった先にある。一方ミランダの部屋は二階の一番奥にある。つまりは遠いのである。東京ドーム一個分はあるかもしれないこの邸宅を歩きながら、俺は静かに息をつく。斜め前を歩く執事のローディンが気づかわしげな視線を投げてきたのを微笑んで返す。彼はこのミッシェル公爵邸を取りまとめる筆頭であるが、皇太子の突然の訪問にてんやわんやしたことだろう。今日の功労賞は君にあげよう。
「お待たせいたしましたアーチェルト様」
ローディンが開けた扉をくぐってその先にいる御仁を目に入れる。その姿が記憶の中の者と寸分違わなかったのでかしこまった礼をする。ドレスの裾を軽く持ち上げて相手に最大の敬意を表すカーテシー、その姿に誰かが恍惚の吐息を漏らした。
頭をあげて姿勢を正すと、先ほどよりも頬を染めたアーチェルト様がいた。
――ん? なぜ頬を染めた?
「急な訪問本当にすまない」
「いえ、アーチェルト様なら構いませんわ」
暗に他の人であれば許さなかったと含めて告げたがそれは受け取ってもらえなかった。
しかし妙だな。ミランダの記憶の中のアーチェルト様はミランダを見てこんな表情をする人だっただろうか。
俺の知っているミランダの記憶の中のアーチェルト様は、かなり冷徹な人物であった。幼い頃より厳しい帝王学を叩き込まれてきたアーチェルト様には隙なんてものが一糸たりとも存在しなかった。ミランダも完璧を目指した女性だが、アーチェルト様には及ばなかっただろう。
だから、違和感だ。何かおかしいような。
「すまないが他の者は下がってもらえるだろうか」
アーチェルト様がそう告げるとローディンが俺の後ろに控えていたシーラと共に扉の向こうに消えていった。俺は改めてアーチェルト様を見た。柔和な微笑みを携える彼は、やはり可笑しいとしか思えなかった。まるで別人のような――。
「ミランダ、あぁミランダだ」
アーチェルト様はソファから立ち上がって俺の方へと向かってきた。その身のこなしはアーチェルト様のままなのだけど、表情も、言葉の上ずり方も、全く違う。俺は一つの結論に達していた。
急に中身が変わったのは、何も俺だけではないのでは?
「アーチェルト様?」
「立ち絵そのままだ、けども動いてるだけで全く違う。実写だ、本物だ……」
実写、と来たか。俺は口元をひくりと動かした。つまり元になるようなものがあったということだ。そしてそんな言葉はまだこの世界には無いだろう。
まるで別の世界の人間が入り込んだようだな。
「お尋ねいたしますが、昨夜事故にあったりしませんでしたか?」
「え? なんで知って――え?」
俺は思い出す。昨夜の出来事。横断歩道で倒れた女子高生。彼女の手にはスマートフォンが握られていたことを。その画面に映し出されていたものまでは記憶にないが、その時の何かが作用したのだとしたら。
「――君、あの時の子だな?」
「――もしかして、あの時の方ですか!?」
思った通りらしくてまた頭を抱えてしまった。彼は――いや彼女はあのときの女子高生であるらしかった。普通中身逆じゃない?
*
「つまりはミランダ・ミッシェルはその……『聖なる乙女の学園忌憚』ってゲームの悪役令嬢なんだな」
「はい、最高に美しい私の推しです!!!!!」
「おお……んでお前さんはどのルートでも破滅するミランダの未来を変えたくて、候補者筆頭止まりのミランダをとっとと婚約者に据え置いて主人公放っておいて結婚までとんとん進めたかったと」
「推しと結婚できるんですよ、最強ですよ」
「君は今皇太子なんだから元から最強なんだよなぁ」
「というわけで結婚してください」
「きちんとした手続きは踏みなさいね」
この勢いのアーチェルト様めちゃくちゃ怖いなと思いながら、俺は遠い目をしながらこれからの生活に想い馳せるのであった。
ミランダ・ミッシェルこと俺は、アーチェルト・レイリスト様こと彼女の最推しに転生してしまったらしい。たぶんだけど、これから大変になるだろう。
つづく……?
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