*6* スタイリスト・タケル
「こちらへどうぞ」
新井さんに案内されて、拓海と一緒に『WEAVE』編集部の一区画にある会議室へと向かう。
今日は一回目の打ち合わせの日、つまり顔合わせの日だ。
今朝は7時過ぎに目が覚めた。
朝は得意な方じゃないけど、何が特別なことがあるときに目覚ましよりも早く目が覚めてしまうのはあたしの小さな頃からのクセ。
何があっても全く動じないたわしの心臓の拓海に電話をかけて、身支度を急いだ。
「新堂さんも先ほど来られて。こちらでお待ちなんですよ」
第3会議室と書かれた扉をノックし、新井さんが扉を開ける。
大きな長机と、その周りに椅子が並べられており、その隅に一人の男性が座っていた。
彼はあたしたちの姿を視野に捉えると、すっと立ち上がりにこりと微笑んで、新堂ですと軽く頭を下げた。
「スタイリングを担当します、新堂タケルです。あ、俺のことはタケルでいいんで」
そう屈託なく笑う彼に、あたしも拓海も少し緊張がほぐれた気がした。
身長は拓海と同じくらい、年齢もあたしたちくらいだろうか。
笑うと少し目尻が下がり、少し幼く見えなくもない。
赤のチェックのシャツに、浅いブルーのダメージジーンズを合わせ、足元はスニーカー。
シンプルな組み合わせだけど、様になってる。
「はじめまして。朝倉栞です。よろしくお願いします」
「朝倉拓海です。俺のことも拓海でいいんで」
様子伺いのようなどこかぎこちない自己紹介を終えると、新井さんが口を挟む。
「KENと莉子が少し撮影が押していて20分くらい遅れてしまうようなので、もうしばらくこちらでお待ちいただけますか」
申し訳なさそうにそう言って、新井さんは会議室を後にした。
拓海はタケルくんの隣腰を下ろし、その隣にあたしは席を取る。
「タケルは、いくつ?」
根っからのNO人見知りの拓海が、タケルくんの横でいきなりの呼び捨て、タメ口で攻め込むのを視野の端に捕らえながら、拓海に気づかれないように小さくため息をついた。
いつもそうなんだよな、拓海は。
これでタケルくんがあたしたちよりも年上で、言葉遣いに敏感な人だったらどうするの。
「俺は27。拓海は?」
「28だよ。じゃあ俺らのほうが1個上か。あ、ちなみに双子だから、俺ら」
「あ、そうなんだ? 俺苗字が一緒だからてっきり夫婦かと」
「いやいや。まぁよく間違えられんだけど。な、栞」
な、栞、じゃないよ。
…心配して損した。
NO人見知りなのは拓海だけじゃなかったようで、というかこのふたり、なんか似てる気がする。
拓海は小さい頃から初対面の人にでもすんなり違和感なく馴染める才能を持ち合わせていた。
だから拓海の周りには人が自然と集まっていたし、友達も多かった。
あたしもあまり人見知りする方ではないけれど、拓海には負けるなぁっていつも思う。
その拓海の周りを取り巻く空気と、タケルくんのそれとが良く似ているのだ。
「……ってことは栞ちゃんも28…ってことだよね?」
「そーそー。見えないっしょ?童顔だから、コイツ」
「ぜんっぜん見えない。俺、絶対年下だと思ってた」
「だろー。詐欺だよな、これで30前ってのも」
好き勝手言う拓海の腕を肘で一突きすると、いててと笑う。
「俺さ、栞ちゃんの写真好きなんだよね」
「え?」
思わず振り向いてタケルくんの目を見ると、優しく微笑む彼と目があった。
「あたしの写真、見たことあるの?」
「そりゃもちろん。俺、結構雑誌見てるからねー。ポートフォリオも見せてもらったし」
「そうなの?」
「うん。新井さん経由でね。それ見てやっぱ好きだなーって。だから一緒に仕事できるなんてラッキー」
自分の写真を好きだと言ってもらえると、褒められて嬉しい気持ちと、ちょっと気恥ずかしい気持ちが混ざって何とも言い難い不思議な気持ちになる。
でもあまりにも素直に好きだと言ってくれるから、あたしも素直にありがとうと答えることができた。
それから、
「あたしもタケルくんのスタイリング、ずっと好きだったの」
いつもだったら言えないようなこんなセリフも、自然と口から零れていたのだった。