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*5* 始まりの合図

そういう流れで、あたしの毎日はこれまでの仕事プラス新しい企画への準備などで、おのずと忙しくならざるを得ない状況になったわけだ。



しかもあの後、雨宮さんはしれーっとヘアメイクが拓海だと言うから二度驚く羽目になった。


「え?拓海?拓海ってあの拓海?うちの拓海??」

「そうだよ。お前んとこの拓海」

「え!?ホントに!?え、え、ホント!?」


という会話を5回は繰り返したように思う。



拓海がフリーになったのは、今から一年と半年前。


都心にある結構有名な美容室で指名もバンバンもらっていたのに、急に「俺、フリーになるわ」と宣言し、数ヵ月後には本当にお店をすっぱり辞めてしまった。


しかし、そこはしっかり者の拓海。

あたしと違って物事をよく考える方の部類に属するだけあって、その後のビジョンをしっかりと固め、必要な人脈や土台をちゃんと作り上げていたのだ。


拓海がフリーになったのはスチールの仕事を主にやりたかったから。


毎日ひっきりなしにやってくるお客さんの髪を綺麗にすることももちろん好きな仕事ではあったみたいだけど、拓海が本当にやりたかったことはスタイリングを主にしたヘアメイクだったから、お店に勤めながらそういう仕事おするのは不可能なのが現状だった。


その夢を実現するための拓海の決意。


最初こそ激減した収入に苦労していた時もあったけれど、一年が過ぎた頃から少しずつ軌道に乗り始め、今ではカットやカラーなどの顧客はあたしたち家族と、悠介たち友人数人に抑えて、それ以外はスチールの仕事を主にこなしている。


ずいぶん前にいつか一緒に仕事ができたらいいねーなんて話したことが、こんなにも早く実現するなんて思ってもみなかった。



それと…。


今回のこの企画は、本来は裏方としてのポジションであるカメラマン、スタイリスト、ヘアメイクがモデルと共に同じラインに立っている。

それはこれから名前を売っていたいと思っていたあたしや拓海にとっては願ってもないことで…。


この仕事が、少しでも雨宮さんやお父さんに近づくための一歩になればいい。



だから。


しばらくはもう恋は、いいや。


まずはあたし自身があたしの足で立てるようにすることが先決。


それができたら、きっとその他のことも上手くいく。そう信じたい。



20代後半にもなれば、そつなく何でもこなせると思ってたのにな。


現実ってホントに厳しい。


仕事もまだまだ一人前には程遠いし。

恋だって、全然。未だに自分で自分が分からない。



だけど…。


そんなことを言ったって何も始まらないことは分かってる。


自分のことを大切にできない人に、人を愛することなんてできないって、誰かが言ってた。

ここはひとつ、踏ん張って、欲張らないで目の前のことからひとつひとつ自分のものにしていこう。




そう決めたら、意外と楽になれた自分がいた。

雨宮さんのアトリエからの帰り道、いつもは刺すように冷たい冬の風も、心なしか優しく感じて。


コンビニで買った拓海の好きなGIMAをお土産に、双子水入らずであたしたちの新しい仕事が決まったお祝いをするために、拓海のマンションへと向かったのだった。




******


――――― 


朝倉栞様


いつもお世話になっております。

『WEAVE』編集部の須藤です。

今回の企画のスタイリストとモデルが決まりましたので、お知らせいたします。

つきましては、打合せを兼ねた顔合わせを致したいと思いますので、

来週中でご都合のよろしい日時を教えていただけたら幸いです。


―――

――


スタイリスト…新堂タケル

モデル…KEN、莉子




朝、いつものようにアトリエに着いてメールチェックをすると、『WEAVE』エディターの新井さんからメールが来ていた。

そのメールに目を通し、はやる気持ちを抑えて雨宮さんに声をかける。


「雨宮さん!スタイリスト、新堂タケルだって!」



新堂タケル―――。



最近雑誌で、このスタイリング素敵だな、と思うものは彼が担当していることが多くて、何かと気になっていた人だった。


「お、決まったんだ?よかったじゃん。栞、一度仕事したいって言ってたもんな」


写真をセレクトしていた手を止めて、雨宮さんがあたしの横に立ち、MACの画面に目をやる。


「モデルはKENと、莉子…?」


KENは20代半ばの純日本人モデルで、大手メーカーが手掛ける携帯電話のCMに出るようになって以来、若い女性を中心に巷で話題になっている。


KENの顔がカバーのその携帯電話のパンフレットがショップから消えたというのは有名な話で。


街頭や駅のロータリーなどにデカデカと飾られたKENが写ったポスターに、思わず立ち止まって見入る女性がたくさんいるというのも、これまた有名な話だ。


一方、女性モデルであろう“莉子”という名前に、あたしも雨宮さんも少し首を傾げた。


「俺、知らないわ、莉子ってモデル」

「あたしも…。新人さん、かな?」

「うーん。だな。編集部が推してる子かもな。どっちにしろ、KENと組ませるくらいだから、結構期待のホープなんじゃねーか?」



確かに、雨宮さんの言うことはもっともだ。

今をときめくKENの相手に、無名の新人を当てるということは、それなりの期待をかけているという証拠。


おもしろそうになってきたな、とあたしの肩をポンと叩いて雨宮さんが笑った。

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