*1* 双子の兄妹
「うん。やっぱ似合うじゃん、栞(しおり)。俺に任せて正解っしょ?」
大きな鏡の前でそう得意そうに笑うのはあたしの双子の兄で、ヘアメイクアーティストの拓海(たくみ)。鏡の中には、胸まであったロングヘアをばっさり切って、前髪も目の上でパツンと切り落とされたボブヘアのあたしが少し戸惑い気味で写っていた。
これまでのロングヘアの私のイメチェンとしては大成功のヘアスタイルだけど、元々童顔の顔に磨きがかかったようにも見える。
「たくみー。あたし、もう28だよー?もっとオトナっぽい髪型の方がよくない?」
「年齢よりも似合うかどうかを考えろって。俺の見立ての方が絶対確か。似合ってる。可愛い可愛い」
拓海の自信たっぷりの返答に、そうかなぁ、と言いながら人差し指の先で前髪をちょんちょんと撫でた。前髪がおでこにかかるのなんて、いつぶりだろう?自分が自分じゃないみたいだ。
「気分も一新しただろ?」
鏡越しに拓海と目を合わせると、意地悪そうに微笑む顔が見えた。その顔にムッとした表情を浮かべたあたしに、ちゃんと別れたのか?と拓海が問う。
「別れたよ。ちゃんと」
――この間まで私の隣で笑っていた“彼氏”には、実は私の他にも愛を育んでいた女性がいたらしい。
いつもは連絡して訪れる彼のアパートに、その日は近くを通りかかったからという理由でアポ無しで訪れた。
オートロックの暗証番号を押して中に入り、エレベータに乗って到着した彼の部屋の扉の前でインターフォンを押す。
少しして、パタパタというスリッパの足音が中から聞こえ、中から現れたのは、シャワーを浴びたばかりなのか濡れた髪とラフな服装、そして化粧も落としたすっぴんの女性だった。
どのくらいお互いがお互いを見ていただろう。とてつもなく長く感じたその時間は、きっと実際には数秒のことだったように思う。彼女の後ろから現れた彼が、あたしの姿を落ちるほどに見開いた目で捕らえた時は、あたしがすべてを察知したあとだった。
結局のところ―。
あたしが本命だったのか、彼女が本命だったのか、今となっては分からないけれど、そんなことはどうでもよくて。二股に気付かなかった自分の浅はかさと愚かさに、心底落ち込んだ。そして恋人を失ったことよりも、そういう理由で落ち込んでいる自分に気付いたのと同時に、あたしが彼を愛していなかったことにも気付いたのだった。
「ちゃんと会って、別れてきた」
「相手は何て?」
「別れたくないって言ってたけど。でももう、無理だもん」
「…栞さぁ、いい加減ちゃんとした男と付き合えよ。このままじゃお前がダメな女みたいだろ」
「……」
拓海の言うことはもっともで、この歳になっても恋人から大事にされたことがないに等しい。付き合っている時はそれなりに楽しいし、好きだという気持ちももちろんある。でもそれが愛かと問われたら、返答に困ってしまうのが事実。
新しい相手を見つけては別れることを繰り返すあたしを、拓海はいつも嗜めるのだ。拓海が心配してくれてるのは良く分かる。別れるたびにこうやって、自分の価値を下げるような恋愛はするなって、いつも叱ってくれてることも、分かってる。
でもあたしだって、次は、次こそはって少しは思ってるんだけどな…。
「見る目ないのかな、あたし」
いつもの、拓海に叱られて逆ギレするあたしの反応を予想していたのか、柄にもなくあたしが落ち込んでいる様子を見て拓海が驚いた顔をする。
「なに、凹んでんの?」
「…だって…。あたしこのままずっとこんなだったらどうしよう。お嫁にもいけないじゃん」
「お前、お嫁に行きたいって思ってたの?」
拓海の失礼な物言いに、ぐるっと振り返って鏡越しではない本物の拓海を視野に捕らえた。拓海はおかしそうにくつくつと笑って、肩を震わせている。
「ひどい!あたしも結婚したいって思ってるよ!」
「そうですかー。知らなかった。ごめんね?栞ちゃん」
ぷぅと頬を膨らまして拓海を睨むと、んな童顔で睨まれても怖くねーよ、と一言。拓海のわき腹にグーパンチをひとつお見舞いして、すわり心地のいい柔らかな椅子から立ち上がる。
「拓海、おなかすいた」
「メシ行く?」
「行く」
「じゃあ今日はお嫁に行けないって泣いてる栞ちゃんに、お兄ちゃんが美味いもん奢ってやるよ」
「一言余計!てゆーか泣いてないし!」
お店の戸締りをして向かう先は、あたしたちの行きつけの創作居酒屋兼バーの『浮雲(うきぐも)』。オーナーである河本悠介(かわもとゆうすけ)があたしたちの共通の友人ということもあって、オープン当初からよく足を運んでいるご贔屓のお店なのだ。
しっかり首にマフラーを巻いて、歩き出す。頬をさす風が冷たくて、ふたりしてちょっとだけ早足になった。
はじめまして、籐子です。働くオトコとオンナのラブ話を楽しく書けたらいいなと思っています。更新は不定期になりますが、ぜひぜひお付き合い下さいませ。