第六話:神也の適性
「え?」
まったく悲愴感のない言葉に、戸惑いながら顔を上げたメリー。
視線が合った神也はといえば、普段通りの笑顔を見せている。
「いや、みんな凄く強いから忘れがちだけど。あやかしとしての実力を隠して冒険するって考えたら、メリーの適性は凄く重要だよ」
「ダーリン。下手な慰めはいいって。敵を一掃できる技とか魔法を使えた方が、絶対にいいに決まってるし」
「そんな事ないよ」
自分の言葉が冗談に取られたと感じ、彼は未だ傷心した顔をするメリーに、真剣な顔を向ける。
「誰にも見つからないって事は、もし敵が用意周到に準備し構えていても、それを崩す力があるって事だよ」
メリーも冗談を言ったわけではない。
だが、真剣に想いを伝えようとする凛とした神也の姿に、彼女は目を離せなくなる。
「魔法を防ぐ対策をされたり、接近戦を許さない防衛をされていたら、僕達だって簡単に勝てないかもしれない。でも、そんな時に相手の背後から奇襲して混乱させる人がいたら、こっちが付け入る隙もできるはずだし。戦いが始まる前に相手の数を減らせたら、こっちが圧倒的に有利を取れる事もある。そして、今の僕達の中で、戦闘でそんな変化をもたらせる才能を持ってるのはメリーだけなんだ。だから、十分役に立てるよ」
冷静に考えれば、あやかし達の身体能力や才能があれば、結果として奇襲が不要なケースも多々あるに違いない。
だが、神也はそんな事など微塵も考えず、メリーの才能を信じ、素直にその才能が必要だと諭した。
──ダーリン……。
彼の信頼を言葉や表情からはっきりと感じ、メリーの心に内にあった不満が消えていく。
──ちゃんと、メリーを信じてくれて。ちゃんとメリーを凄いって言ってくれる。
それが、嬉しかった。
神也が、自分を必要と言ってくれる事が。
「……ねえ。冒険者で隠密が必要そうな職業って、今のだけ?」
先程までの気落ちした彼女はどこへやら。
普段通りの明るさを取り戻したメリーが、セリーヌ達にそう問いかける。
「いえ。低ランクではその二つが主となりますが、ランクが上がれば狙撃手や暗殺者といった上位職に就くことも可能です」
「暗殺者!? それめっちゃかっこよくない? 美少女暗殺者のメリーちゃんとか、超人気出ちゃうじゃん!」
「で、ですが、そのためには盗賊にならないといけませんよ?」
「わかってるよ、セリーヌちゃん。だから、最初は美少女怪盗メリーちゃんで売り出して、そこから伝説の暗殺者として満を持してデビュー。最高じゃん!」
手を合わせて可愛らしさをアピールしながら、夢見心地な顔で話すメリーに、玉藻が肩を竦め笑う。
「ふん。現金じゃのう。さっきまでメソメソしそうじゃったくせに」
「泣いてませんー! でも、ダーリンのお陰で元気出たし。魔法は玉藻や雪に任せて、メリーはメリーで大活躍しちゃうんだから! 期待しててよね? ダーリン♪」
「うん」
表情を柔らかくした神也の笑みと言葉に、彼女らしい笑みを浮かべたメリー。
ころりと態度の変わった彼女を見て、鴉丸や六花も呆れ笑いを見せる。
「残るは、シンヤ様のみですか」
メリーとのやり取りが一段落した所で、ゼネガルドがそう言葉を漏らす。
彼を聖者だと疑わない彼は、自らの髭を撫でながらどこか期待に満ちた顔をする。
それに対し、逆に緊張を見せたのは神也。
自分はあやかしのみんなとは違い、ただの人間。
実力もないからこそ、望むような適性がないのではという不安が、どうしてもそんな表情にさせてしまう。
とはいえ、この儀式から逃れるわけにもいかない。
神也は席を立つと、メリーと入れ替わり銀杯の前に立ち、大きく深呼吸をする。
──どうか、良い適性がありますように……。
八百万の神を信じる彼ながら、どの神に祈るでもなくそう強く願うと、ゆっくり銀杯に手を伸ばし、触れる。
呼応するように、今までと同じく水の中にある水晶の光が強くなる……が。
「何も、変わってない?」
ぽつりと呟いた雪の言う通り、銀杯に入った水は、全く変化を見せなかった。
「まさか……」
驚きを見せたセリーヌは、ゼネガルドに顔を向ける。彼もまたその結果は予想外という顔をしている。
「えっと……これって、どういう事?」
「これは闘気や魔力を測る儀式。となると、若は……」
闘気や魔力が色として表れる儀式で、無色透明のままというこの状況。
困惑するメリーに、鴉丸がこれまでの流れから、最悪の答えを導き出す。
はっきりと言葉にせずとも、あやかしの皆は察してしまったのだろう。
互いに言葉に詰まり、慰めの言葉も出ずにいると、神也は一人苦笑した。
「仕方ないよ。やっぱり、僕は未熟だから」
そう自虐的になる彼だったが。
「いえ。それは早計というものですぞ」
溢れた言葉を戒めるかのように、ゼネガルドが静かにそれを否定する。
神也とあやかし達の視線が集まる中、彼は長いひげを触りながらにんまりとする。
「シャルイン王国時代より多くの者の儀式を見届けてきた私めでも、このような経験は師より聞いた話ににもなく、これまでに目にしたのもたった一度だけ。そのせいで、今までは憶測の域を抜けませんでしたが。これでようやく確証が持てるというもの。シンヤ様との出会いは、本当に奇跡の連続ですな」
勝手に自己解決し、にこにこする老人の姿は愛嬌がある。が、それで周囲が何かを理解できるものではない。
「そういう回りくどい話はいいからさ。ささっと説明してくれないかい?」
「おお。そうでしたな」
呆れた六花が白い目を向けると、我に返ったゼネガルドはコホンと咳払いをする。
「まず、結論から申しますと、シンヤ様にまったく闘気や魔力がないとは言い切れません」
「ふーん。で、その根拠は?」
信用ならないといったサバサバとした六花に対し。
「セリーヌ様にございます」
「セリーヌじゃと? どういう事じゃ?」
予想外の名を出され、玉藻を始め、皆の視線が一気にセリーヌに集まる。
「はい。過去に私めが同じ結果を見たのは、セリーヌ様だけなのです」
「でも、セリーヌは神也に魔法を使ってくれたよね」
「うむ。確かに昨晩、それを目の当たりにしているが」
雪と鴉丸は玉藻とメリーが戻ってくる前に、確かにその光景を六花と共に目撃している。だからこそ納得もいくのだが、そうでない物もいる。
「でもさー。じゃあなんでダーリンもセリーヌちゃんも透明なの? おかしくない?」
「……つまり、測れぬ理由がある。其方はそう申すか?」
「はい」
顎に手を当て考え込んでいた玉藻の言葉に、ゼネガルドが小さく頷く。
「セリーヌ様は勇者の末裔。そして、シンヤ様は聖者の力をお持ちにございます。どちらも慈愛の神アラナ様に選ばれし存在。つまり、神に力を与えられし存在であるが故に、人の世で生み出されし儀式では、力を測れぬ存在なのではないかと」
「ふーん。確かにそれは一理あるね」
説明に納得し頷く六花。だが、鴉丸はそれを聞き疑問を覚える。
「ゼネガルドよ。ひとつ聞くが、勇者の末裔であったセリーヌ殿の両親もまた、同じ結果だったのか?」
「いえ。特に直系にあたる王妃は、多少なりとも勇者の奇跡を扱えましたが、儀式では魔力寄りの適性にございました」
「なぬ? それでは其方の推論も外れではないか」
「いえ。そうとは限りませぬ」
肩透かしを食らった玉藻が呆れ声を出すが、ゼネガルドはそれをさらりと否定した。
「姫様は今まで勇者の奇跡を使えませんでした。ですがもしその理由が、姫様の持つ力が強大過ぎる為、生まれながら神に封をされていた。そう考えれば説明も付きます」
「つまり、セリーヌ殿の封を解いた若もまた、強大な力を持っている、と」
「左様にございます」
ゼネガルドの話はあくまで憶測。
勿論、真偽は怪しいものであり、それが希望となる物かは怪しかった。
だが、話を聞いた神也はすっと銀杯から手を離すと。
「僕も、少しは希望を持って良いって事なのかな」
そう、ぽつりとそう口にする。
何ができるのかもわからない。
あやかし達のような素晴らしい適性があるかもわからない。
だが、今まで『救いの庇護』しか使う事ができなかった彼にとって、新たな力を手にし、皆の役に立てるかもしれない。
そんな希望が生まれたからか。隠しきれない喜びを、控えめな笑みで表現する。
「……シンヤ様」
と。神也の隣に立っていたセリーヌが、優しく彼の両手を手に取り、自身に向き直させる。
「ご自身を信じてください。私に力を下さった貴方様であれば、きっと為せます。ですから、まだ悲観なされないでください。私もご助力致しますから」
真剣に言葉を向けてくるセリーヌ。
じっと視線を交わしていた神也は、彼女の優しさを感じ、にこりと微笑む。
「……まだ、何も始まってないですもんね」
「はい。これからにございます」
互いに微笑みながら向かい合う二人。
周囲は皆、その光景を微笑ましく見守っている……かと思えば。
「セリーヌちゃん。そうやってダーリンを口説くのは禁止!」
「そうじゃそうじゃ。抜け駆けなど許さんぞ」
「お兄ちゃんは、みんなのお兄ちゃんだからね」
と、あからさまに膨れたメリー、玉藻、雪にそう釘を刺され。
「え? あ、そ、その、申し訳ござません!」
一気に羞恥心が高まったセリーヌもまた、ぱっと手を離して神也に背を向け、乙女らしく恥じらいだし。
「え?」
その反応の意味がわからない神也だけが、突然の事に戸惑いを見せ、鴉丸や六花、ザナークやゼネガルドはそれを楽しげに見つめる事になったのだった。




