第二話:神也達のこれから
セリーヌの安らぎの心による治療を済ませた後。
神也達はセリーヌの厚意で食堂に場所を移し、朝食をご馳走になる事になった。
広い食堂にある長テーブル。
中央には向かい合い神也とセリーヌが座り、神也の隣には順にあやかし達が。セリーヌの隣にはザナークとゼネガルドが座っている。
昨晩すっかり忘れていた互いの自己紹介の後。メイドや執事達によって取り分けられた料理は、焼きたてのブレッドに鶏肉のソテー。温かなシチューという組み合わせ。
相手が亡国の姫君とはいえ、決して豪華とはいえないやや質素な食事。
だが、その味は現代の物と引けを取らない美味しさで、神也達だけでなく、あやかし達も皆満足げに口にした。
「お兄ちゃん。これ、凄く美味しいね」
「うん。そうだね」
神也にこんな感想を伝えながら、雪もまた彼の隣で温かなシチューを堪能しているが、本来雪女は熱いものが苦手であり、こんな食事を摂る事はできない。
では、何故雪はまるで人間のように、こうやって温かい食事を摂る事ができるのか。
これは以前、彼女が神也に『救いの庇護』によって救われた事に起因する。
先のセリーヌの勇者の末裔の力が解放された時同様、怪我や穢れを取り払われた際に同時に得た不可思議な力。
これは彼女だけに限った話ではない。
鴉丸を始め、ここにいるあやかし達が皆同様に『救いの庇護』で助けられ、何らかの力を手に入れていた。
だからこそ、玉藻もあの時セリーヌが、勇者の末裔の力を使えるかも知れないと踏んだのだ。
さて。食事もひと段落し、皆が紅茶でひと息吐いていると、玉藻がセリーヌにこう問いかけた。
「セリーヌよ。昨晩聞きそびれたが、伝承に『あやかし』という言葉があったが、それは真か?」
「あ、はい。間違いございません。聖者の奇跡についても、ゼネガルドが口にした通りにございます」
「ふむ。左様か……」
「タマモ様。何か気になる事でも?」
神妙な顔で考え込む玉藻は、セリーヌに問いかけられると、一度神也の方を見る。
目が合った彼は言いたい事を理解すると、代わりに口を開いた。
「あの。実は僕以外のみんなは、自分達のいた世界で『あやかし』と呼ばれる存在なんです」
「何と!」
彼の言葉に、興奮気味にゼネガルドが声を上げる。
目を爛々と輝かせているのは、やはり知的好奇心を刺激されたからであろうか。
「まさか、聖者様の聖徒とも呼ばれしアヤカシの方々だったとは!」
「あの不可思議な力や戦いの結果も、確かに納得できますね……」
ザナークもその真実を聞き、納得していたが、
「そんな凄いもんじゃないよ」
と、釘を刺したのは、意外にもメリーだった。
「伝承じゃそうなのかもしれないけど。私達の存在って、こっちの世界の言葉にするなら、怪物って方が相応しいもん」
「そうなのですか?」
予想外の言葉に、セリーヌ達が少し驚いた顔をしたが、それも仕方ないだろう。
確かにこちらの世界において、怪物とは一般用語だ。
人を襲う魔族の人鬼や喰鬼。翼人に牛人。屍人や龍などなど。
この世界に巣食う人々を危機に晒す物は、総じて怪物という呼称で括られている。
「確かにメリーの言う通りだね。昨晩あんた達だって、あたしの事をそっち系かと思ってたろ?」
「あ、その……失礼しました」
六花の言葉を認め、ザナークが思わずバツが悪そうに萎縮する。が、彼女はそれに機嫌を悪くする事なく、笑顔で話を続けた。
「構いやしないよ。あたし達の世界でもそれが普通だし、こっちにも自覚があるからね。ただ、だからこそ、あたし達が救世主って言われてもピンとこないのさ。伝承にある『あやかし』が、あたし達の世界のそれと同じとは限らないしね」
「僕もそう思います。自分が聖者だなんて自覚もないですし、みんなも含めて世界の救世主と言われても、全然実感もないんです。ですから、できれば僕達の事は、たまたま皆さんを助けただけの存在と思ってもらえませんか?」
歳の割に、落ち着いた態度を見せる神也。
その謙虚さは、セリーヌにより強く聖者らしさを感じさせる物だったが。彼女は敢えてそんな考えを心の内に止めた。
「承知しました。ザナークとゼネガルドも、そう心得なさい」
「ははっ」
セリーヌの言葉に、二人もうやうやしく頭を下げ、その言葉を受け入れる。
「あの、話ついでで恐縮ですが。できればこの世界の事について、色々お聞かせいただいてもよろしいですか?」
「承知しました」
丁度良い機会と考えそう願い出た神也に頷いたセリーヌは、彼からの質問に答えながら、この世界について色々と聞かせてくれた。
質疑応答を繰り返し、話を聞いていく内に。
──やっぱり、異世界ファンタジーっぽいな。
神也は素直にそんな感想を覚えた。
フラヴェールと呼ばれるこの世界には剣と魔法があり、街の外には怪物が徘徊している事。
そんな世界には冒険者という職業があり、迷宮探索や怪物の討伐などを行い生計を立てている事。
今いるファルベザン大陸には幾つかの国があるが、現状他国と戦争をするような状況はなく、また伝承にあるような邪神や、ファンタジーでよくある魔王のような存在が世界を脅かし、危機に陥れているような状況でもない事など。この世界に関する様々な話を聞けば、そう思うのも必然であろう。
「となると、若がこの世界に呼ばれた理由は、世界の危機を救うといったものではない、という事か」
「伝承とは異なるが、今の時点ではそういう事になるかのう」
「そういう類の話がないんだとすれば、まずは自分達の足で、神也に助けを求めた奴を探す必要があるね」
ひとしきり話を聞き、鴉丸と玉藻、六花がそんな感想を漏らした直後。
「だったらさ! 私達、冒険者にならない?」
と、突然楽しげに口にしたのはメリーだった。
「冒険者に?」
「そうそう! 実力だけなら私達だって十分この世界で旅ができるけど、先立つ物がないと旅なんてできないじゃん。だったら、冒険しながらお金を稼げたほうがいいでしょ? 色々な場所にも行きやすいし」
雪の疑問の声に、真っ当な回答を示すメリー。
「確かに、一理あるのう」
「でしょでしょ?
「若はどう思われますか?」
「うーん……」
玉藻達が納得する中、鴉丸から話を振られた神也は少し考え込んだ後。
「確かに、アイデアとしては良いかな。でも……」
と、少し煮え切らない返事をした。
「お兄ちゃんは嫌?」
「ああ、そうじゃないんだ。ただ、そうなると色々と考えなきゃいけない事があるなって」
「例えば?」
メリーが問いかけると、彼は頭を整理しながら離し始めた。
「まず、みんなには力を隠して、人間として振る舞ってもらわないといけないのは必須でしょ」
「え? そうなの!?」
「うん。昨日はここの人達を助けるために止むなく力を使ったけど、僕らの世界と一緒で、普段はできる限り素性は隠さないと、色々な街で怖がられてたら情報収集とかままならなくなっちゃうでしょ」
「あー。確かに。昨日は急だったから仕方ないけど、あたし達がいつもあんな事をしてたらそうなっても仕方ないね」
メリーは驚いたものの。理由を聞いて六花は納得し、鴉丸も無言で頷いている。
「それに、冒険者になる為には職業につかないといけない、みたいな条件があるなら、そのための技術や魔法を身につけないといけないよね」
「それはそうじゃのう」
「後、会話ができてるから助かってるけど、僕達がこの世界の言葉を読み書きできなきゃ、旅をするにしても大変でしょ? そういう問題は結構多いんだ」
「確かに。若の言う通り、言語の壁は中々に厚いですな……」
彼の言葉に、あやかし達も捻り、暫く考え込む。
神也の語った問題は、確かに異世界から来た彼等にとって、切実な問題である。
酷い話をすれば、あやかし達に悪事をさせ、金を奪い取り相手を脅し、旅をする事は十分可能であろう。
勿論あやかし達は、神也がそんな行動を望まない事を知っているし、それを裏切る気も早々ない。
ただ、そんな考えを持つからこそ、旅に出る話を面倒にしているのは確か。
郷に入っては郷に従え。
彼がこの世界に適応し、この世界を旅しようと考えているからこそ、より多くの問題を抱えているとも言えた。
「……でしたら、しばらくこの街で、ゆっくりなされてはいかがでしょうか?」
神也達が神妙な顔をしていると、セリーヌがそう声を掛けた。




