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一話 二宮海斗① 4月20日

こんにちは奈宮です。

今回の小説は学園青春暴力小説です。

甘酸っぱい話からうす暗い話まで用意しました。よろしくお願いします。

今日で17話すべて投稿していきます。感想、評価待ってます。

 悪魔っているんだなーとコンビニのパンを齧りながら思った。

 北校舎と南校舎を繋ぐ三階の渡り廊下は二階の渡り廊下と違って屋根がない。日当たりがよくて、結構な人気スポットになっている。柵の手前にちょうどいい段差もあるため、そこで昼食を摂る生徒もいるくらいだ。

 大体そういう人は何人かでいるが、中には俺のように一人でいる奴もいる。俺以外いないが。


 ふとグラウンドの方を見た。

 いつもはグラウンドを背にして、柵にもたれかかって昼ごはんを食べてるけど、その時はたまたま振り返った。

 悪魔がいたのはグラウンドではなく、校外だった。

 最寄りのコンビニのすぐ外で、男が男を蹴っている。それだけなら取るに足らない、というと酷いがまあどうでもいい光景だ。

 二人ともうちの制服を着ている。それがなぜ悪魔の存在に繋がるかというと、彼はまだ若いからだ。

 大人でそういうことをする人間は悪魔というか、落伍者だ。人生で負けて負けて負け続けてそうなったのだろう。だか彼のように高校生でありながらそのような蛮行に走る者はどうだろうか。

 大きな挫折もなく、ああなってしまったのは本人の生まれながらにしての性分なのだろう。そんな極悪な人間は悪魔と呼ぶのに相応しい。

 あんな、人を暴力で従わせるような人間は。

 俺は一口パンを齧った。その時。


「悪魔がなんだと?」


「デュア!?」


 驚きのあまり某巨大ヒーローのような叫び声をあげてしまった。しかも食べていたパンが少し口から出た。なんて酷いことをするんだ。もし咀嚼されたパンが下に落ちて誰かの頭に落ちたらどう責任をとるつもりだ。

 どんな女かと確かめてやろうと俺は振り返った。


「そう驚くな」


 俺は彼女のことを知っていた。

 琴原美里。

 音楽でも奏そうな名前をした女子は俺の隣で優雅に立っていた。祖母譲りの金髪を風になびかせ、コンビニの方を眺めていた。

 彼女は一学年上の先輩で、俺とは何の接点もない。俺が彼女を知っているのは彼女自身の性質によるものだ。


「驚きますって。いきなり学校の有名人から話しかけられたら」


「ほう。私のことを知っているのか」


「知らない人の方が珍しいですよ」


 彼女にまつわる噂はいくつもある。

 毎学期のテストは全教科満点で、ある時それをカンニングによるものだと思った教師が密かに彼女を見張っていたことがあったらしい。もちろんカンニングなどしているはずもなく、その教師はテスト最終日の夜に事故によって入院したとか。噂では彼女の気に障ったからだということになっている。

 他には経緯は不明だが、空手部主将を片手で捻じ伏せたこともあるとか。

 お小遣いを投資して一億円の資産を有しているとか。

 読書感想文コンテストで最優秀賞を獲得したことがあったらしい。とても名誉なことだが、彼女は何が気に食わなかったのか、授賞式で賞状を破り捨てたこともある。これは俺も見ていたのでまぎれもない事実だ。

 そんなこともあって彼女はかなり校内で有名だ。

 今もすぐそばのカップルが彼女を見てひそひそ話している。


「そうなのか」


「そうですよ」


「それで、悪魔というのはなんだ」


「気にしないでください。ただの独り言です」


 あまりそうやって問い詰めてほしくない。高校生が「悪魔」などと口にするのはいかにも思春期って感じがしてすごく恥ずかしい。

 ていうか、俺さっき声に出してたっけ?


「独り言か。まあそれもいい。だが私はこうも思う。人という漢字は人と人が支えあってできているのだと」


 何を言ってるんだろうか。


「すみませんちょっと意味が」


「君は今悩んでいる」


 彼女は言い切った。普通こういう時は最後に「のだろう」とか付きそうなものだけど、彼女はすべて見抜いているかのようだ。


 実際、俺は悩んでいる。

 悪魔があんな人間のようにわかりやすい存在であればよかったのにと。


 親友が幼馴染と付き合い始めた。


 親友の名前は信也。幼馴染は香奈という。

 俺も信也は中学からの仲で、絵という共通の趣味がある。趣味と言っても本気だ。俺たちは互いの熱量が同程度だということを理解している。だから親友になれた。

 どこまでも細部を描き切る細やかな絵を描きながら、信也はかなりおおらかな性格をしている良い奴だ。


 香奈は幼稚園のころからの中で、家が隣同士ということもあって家族ぐるみの付き合いをしている。元気いっぱいで周囲を華やかにする笑顔が特徴の女の子だ。


 その二人が昨日付き合い始めた。知ったのは今朝。登校中に香奈から言われた。

 俺はひどく動揺した。嬉しかったのだと朝は思ったけど、どうやらそうじゃない。

 信也も香奈もめちゃくちゃいい奴だ。二人とも大好きだ。信也から香奈が好きだと相談されたときは全力で応援した。二人きりになりやすい状況をたくさん作った。香奈の親友の美紀とも協力した。

 二人きりで楽しんでいる信也と香奈を見て、俺はそこでようやく気が付いた。

 俺は香奈のことが好きだったんだと。ずっと一緒にいすぎたせいで、一緒にいるのがあまりにも当たり前で、そんなことにも気が付かなかった。

 いや、薄々は気が付いていたのに気が付いていないふりをしていた。そうして、行き場のなくなったやるせなさを架空の存在に擦り付けようとしたのだ。


 悪魔っているんだな、と。

 こんな風に人間を操って負の感情を生み出し、それを貪り食う目に見えない悪魔がいるのだ。

 だから、こんな撃退方法の分からない悪魔じゃなくて暴力をふるって楽しむような悪魔ならどれだけいいか。

 そんな悩みを俺は抱えていた。


「別に、悩みなんて誰だってあるでしょう」


「悪魔のことで悩む人間などそういない。せいぜい新興宗教の信者か色恋で迷っている若者ぐらいなものだがな」


「琴原先輩、俺のこと知ってるんですか?」


 彼女は顎に手を当てて数秒間眉間にしわを寄せた。


「知らんな。いったい誰だ君は」


 この人けっこうムカつくな。


「ていうかその喋り方は何なんですか?」


「何かおかしいか」


「作り物っぽいっていうか。ぶっちゃけ気持ち悪いです」


 琴原先輩の喋り方はまるで漫画の敵役みたいだ。そんな喋り方をする人と実際に話してみるとかなり違和感がある。


「そりゃま、作り物だしね。当たり前じゃん。何言ってんのバカじゃない?」


「は、え?」


「だからわざとやってんのわざと。その方がなんかそれっぽいでしょ? 実は結構あんな風に喋るのって疲れるんだよね。学校じゃそういう悪役っぽい? キャラでやっていこうと決めてたから別にいいんだけどさ。ていうか驚きすぎじゃない? 大丈夫? 生きてる?」


 キャラ? やっていく? 何を言ってるんだろう。こいつは。

 ていうかそれめっちゃ疲れるような気がするんだけど。地味な人が陽気を装ったり、短気の人が大人しい風に我慢したりはよく聞くけど、そういうのってボロが出るし精神的にもきつかったりしそうだし。そのうえ悪役っぽいキャラってなんだよ。意味わかんねえよ。誰の敵だよ。


「……つまり、素はそれってことですか?」


「そうだよーん」


 そうだよーんとか言うなって。さっきまでと違いすぎて頭がこんがらがりそうだから。


「それ、俺にばらしていいんですか。学校ではその、悪役っぽいキャラで行くんですよね?」


「いいから言ってんです。周りの人も聞いてないだろうし。お前は人に言いふらすタイプでもないと見た」


「言いませんけど」


 狐につままれたような気分だ。


「まあそんなことはどうでもよくて」


 全然どうでもよくない。


「私が言いたいのは、さっさと前向いて進めってこと」


「昨日の今日の話なんですよ。もうちょっと時間があってもいいと思います」


 胸の奥底にあった感情と、それを覆っていた違和感の正体が同時に発覚したんだ。しかもそれは十数年物の骨董品だ。見事に砕け散ったそれらをコンビニパン一つ食べて消化できる人間が果たしているだろうか。

 そんな奴がいるなら、それこそ悪魔だ。


「でもお前は何十年も引きずっちゃうじゃん」


 言われて、想像してしまった。

 一人、アパートの部屋で寝転ぶ俺。何十年前の出来事を後悔し続け、誰とも付き合うこともできずかつての親友と幼馴染に引け目を感じて自然と切れた縁の大きさに落胆する日々を過ごしている。

 仕事もパッとせず、親しい人間もいない。

 そういう未来を想像してしまったのだ。


「確かに」


 つい呟いてしまった。

 慌てて口を塞ごうとしたが、それは叶わなかった。別の物に口をふさがれたのだ。

 ぬめっとしたものが俺の口内に侵入してきた。舌がそれに接触した。琴原先輩の顔が目の前にある。

 あまりにも衝撃的だった。

 俺は慌てて琴原先輩の肩を掴んで、押し出した。

 一体何秒間のことだったんだろうか。

 数秒にも思えたけど、一分ぐらいだった気もする。俺のファーストキスは意味が分からないまま済んでしまった。


「……いやいやいや」


 俺は何か言おうとした。文句だろうか。それとも他の何かだろうか。

 バタン、という音が聞こえた。渡り廊下の扉が開いた音だ。普通はあんなに大きな音は鳴らない。かなり強く扉を開いたようだ。


「美紀……?」


 香奈の親友の眼鏡をしているくせに真面目からは程遠い適当な女子だ。

 丁寧に手入れされたショートヘアを羽ばたかせて、美紀はずかずかと歩いてきた。


「何やってるんですか!」


 彼女は怒気を孕んだ声をしていた。美紀は気が強く、よく俺に突っかかってくるからその声は聴き慣れていた。

 でも今回の矛先は俺じゃなくて、琴原先輩だった。


「何って、ちょっとした挨拶だ。アメリカじゃこれぐらいあいさつ程度なものだ」


「琴原先輩はアメリカなんて行ったことないですよね!」


「なんだ知ってるのか」


「日本生まれ日本育ちって当たり前にみんな知ってます―――ってそうじゃなくて。海斗は傷心中なんです。お遊びで心をもてあそぶようなこと、やめてください」


「別に彼が誰とキスしてようが君には関係ないと思うが。実際彼は悪い気はしてなさそうだぞ」


「そうなの!?」


「え!?」


 美紀が俺を睨みつけている。

 いやまあ確かに最初は何キスなんてしてくれちゃってるんですかって思ったけど、よくよく考えると琴原先輩ってめちゃくちゃ美人だし。そんな美人とキスできたなら儲けもんかなーとか思っちゃったかもしれない。

 とかいったら殺されそうだ。


「い、いやー別に俺は……」


「海斗!」


「けっこう嬉しかったです!」


「ほら」


「だから、それが駄目なんです! 琴原先輩は海斗のこと好きなんですか!?」


「いや別に」


 そんなバッサリと……。


「それなら期待させるようなことはやめてください!」


「だが別に君と彼はただの友人だろう? そんな君がそこまで心配するほどのことなのか。私は疑問を抱いてしまうな」


「そ、それは……。だ、だって海斗がかわいそうだし……」


 美紀は完全に琴原先輩に言葉に押されている。だんだん語気が弱くなっている。

 ていうか美紀はなんでここにいるんだろ。周りの人たちもなんか注目してくるしめっちゃいたたまれないんだけど。


「友人なら彼の恋路を応援してあげるのが筋だと思うがな。これから私が彼のことを好意的に思う可能性も大いにある」


「だ、だめです!」


「ほう。なぜ」


「私が、海斗のことす……!」


 そこまで言って美紀はハッと口元を塞いだ。

 みるみるうちに顔が赤く染まっていった。美紀の視線は琴原先輩を捕らえていない。ゆっくりと俺の方に向かっていって、目が合った。


「えーっと……」


 やっべえ何言おうと考え始めたところで、美紀が振り返って全力で駆けて行った。


「ほら見た?」


 琴原先輩は素に戻っていた。


「今のが『前』だよ」


 ……まじで?


「ほら行け。ここで行かなかったらお前こそが『悪魔』になっちゃうぜ」


 気持ちの整理もついてないっていうのに、時間は待っちゃくれない。俺は美紀の後を追って走り始めた。

 数歩進んだところで、俺はいったん足を止めて振り返った。


「琴原先輩」


「なに?」


「ありがとうございます」


「いいよ。ファイト海斗」


「はい!」


 再び進みだすと、渡り廊下にいた人たちが露骨に俺から目を逸らした。いきなり妙なものを見せられてどう反応すればいいかわからないのだろう。気持ちはわかるけど。

 美紀の行き先はわかっている。

 こういう時は俺たちが昼休みいつもいる美術室だ。

 追いかけている間。俺は琴原先輩について考えた。

 変な噂がいろいろことしか知らなかった。

 掴みどころがないし、不可解なことはあるし、めちゃくちゃなことする人だけど、これだけははっきりとわかる。

 琴原先輩はいい人だ。

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